68 恐喝
乃木坂9丁目のオフィスビルの9階にあるツバサプロモーションの社長室のソファで、税務官だと名乗る男が社長の小手山に対峙していた。芸能プロにしては重厚な内装の部屋で、奥の壁には白木の神棚があった。黒いバッファローレザー製のソファに座った岡光の後ろには、小手山の用心棒が2人立って、腕組みしたまま警戒していた。
「税務調査なら春に受けたばっかだろう」小手山は岡光から受け取った名刺を、渋い顔でためつすがめつした。
「垂れ込みがあったんでんですよ」
「なんでそんなこと教えるんだ」
「今なら揉み消せますよ。告発状は私の机の中です」
「なんだい、そりゃあ」
「舎弟の破鬼田さんに裏帳簿を埋めさせたでしょう」
「てめえ、なに言ってやがる」小手山は血相を変えた。
「掘り出したっていう人が居るんですね」
「もともとないもんをどうやって掘り出すんだね」
「ツバサプロは裏キャバをいくつも経営していますね。風営法の許可も食衛法の許可もない。女は全員モデルの卵、いやモデルになれる見込みなんて最初からない未受精卵かな。会員は政治家やスポーツ選手、マスコミ関係者、IT企業の営業マン、脱税している中小企業の社長といった連中ばかり。ほんとのオーナーはあんたじゃなく、某大手IT企業の創業者だ。顧客名簿が流出しかねない警察や保健所の検査は御免被りたいですからね。もちろん税務署にも」
「うちのやってるクラブだったら秘密でもなんでもない。あんたのような役人の客も多いんだ」
「知ってますよ。これが会員証でしょう」岡光は得意げに数枚のカードを机に並べた。いずれも小手山がオーナーになっているクラブのもので、何枚かは指紋認証システムのカードだった。小手山は無言で苦い顔をした。
「だけど私が言いたいのは、こうした特定のお店だけじゃありませんよ。別荘などを借り切って秘密のパーティを開催していますね。表向きは撮影会やゴルフコンペにしてね」
「知らないね」
「この女はどうです。秘密クラブの支配人じゃありませんか」岡光は1枚の写真を見せた。
「ばかげてる。うちにもといたモデルじゃないか」小手山はうっかり口を滑らせ、しまったという顔をした。
「ほう、顔を覚えていましたか。今はどうしてます」
「田舎から上京した冴えねえ大学生だったんだよ。それをブランチ系のテレビにちょい役で出れる程度の売れっ子には仕立ててやったんだが、大学を出ると地元に帰ったよ」
「写真を公表すると脅かして週末だけ上京させてたんじゃないですか。せっかく高く売れるようになったのにもったいないですからねえ」
「なにを根拠に言ってんだ」
「まあ、どうでもいい。チョーという中国人が彼女を誘拐したことはご存知ですね。手引きをしたのはあなたの愛人の神崎梨花だ。この子の名前は佐々木美姫。どうですか」
「合意の上でチョーと入籍したんだ。きっかけは誘拐まがいだったとしたって、ハッピーエンドじゃないかね」
「やっぱりご存知じゃないですか」
「税務調査ってのはウソだな。要求を言え。金なら欲しいだけ払ってやる」
「国税庁ですから税金を払っていただければ」
「いくらだ」
「重加算税を含めて5億円くらいでしょうか」
「あんたの口座に5千万振り込んでやる。それが狙いなんだろう」
「まだ話の途中ですよ。3月11日になにがありましたか」
「地震があったじゃないか」
「チョーの別荘で撮影会がありましたね。そこでちょっとした事故があったでしょう」
「あんたなにが狙いだ。5千万では不服なら言え」
「ありがとうございます。さすがに話が早いですね。1億でいかがですか。口座は使いません。キャッシュで願います。3日で揃えられますか」
「むちゃ言うんじゃないよ」
「それじゃ1週間で」
「帳簿と交換だぞ」
「いま、帳簿と言いましたね」
「持ってるんだろう」
「どうでしょう」
「持ってないなら取引はなしだ」
「じゃあ、この話はなかったことに。他所ならもっと高く売れそうですから」
「きさまも鷹目のようになりたいか」
「帳簿は鷹目があんたから盗んで隠そうとしていた。どうですか、図星でしょう。鷹目に揺すられていたんですね。児玉がユンボでひっかけなければ、破鬼田にばらさせようとしていたんでしょう。児玉が起こした事故は渡りに船だった」
「1億で手を打て。後腐れなしだ」
「いいでしょう。受渡方法はこちらで指定します」岡光は立ち上がった。




