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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第6章 取り引き
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66 香夜子の夢

 香夜子は夜毎夢を見るようになった。指輪を持っていたころに見た悪夢ではなく、堂本が生きて帰ってくる夢だった。涸沼から堂本の死亡届が出ていないと聞かされたことが暗示になっていたのだ。

 夢の中の堂本の顔はミイラのように布で覆われていた。布の隙間から溶けて垂れ下がった肉が覗いていた。

 堂本さん、生きてたの。香夜子は恐る恐る声をかけた。

 俺は不死身なんだよ。堂本の口からは腐った肉の臭いがした。

 ほんとに生きてるの。東北大病院から千葉の病院に移って亡くなったって聞いたよ。

 そこからまた東大病院に移ったんだ。先生が20人もいてよ、毎日毎日手術なんだ。体中にいろんな機械をつけられて、まるでサイボーグを作る映画みてえだ。看護婦さんが全員美人なんだ。それが一番たまげたなあ。原爆症はなんとかなったけど、白血病で余命は半年だとよ。骨髄移植を何回もやったけどだめだった。オメエに会いたくて病院抜け出してタクシーできたんだ。

 ありがと。それにしても色白になったね。マイケル・ジャクソンみたいよ。

 エリテマなんとかって病気なんだって医者が言ってたよ。マイケルも同じだとよ。

 そっか。香夜子はまるで胎児に戻ったような堂本の透き通るような肌をしみじみと見た。

 オメエ、どうして大学行かねえんだ。

 モデルやってお金貯めて、家のローンが終わったら留学したいの。

 津波で流されちまった家のローンなんか、払わなくったっていんだって弁護士が言ってたの、病室のテレビで見たぞ。

 知ってるよ。自己破産するんでしょう。だけどそうしたら留学のパスポート取れなくなるから。

 モデルって儲かるのか。

 読モじゃ交通費にしかなんない。結局あたしなんか、体しか売るものないんだってわかったよ。だけど売れものがあるだけましよ。堂本さんに助けてもらったおかげよ。

 なにを勉強すんだよ。

 法律よ。地震がなかったら英文科に入るはずだったんだけど、今はアメリカで弁護士になりたいの。できるかどうかわからないけど、いろんな国の被災者の力になりたいのよ。

 なんでアメリカなんだよ。日本にだって法学部あんだろう。

 日本の弁護士じゃ世界に通用しないのよ。弁護士とはいっぱい寝たけど、みんな自惚れが強くてスケベでバカよ。

 いろいろ考えてんだな。留学応援するよ。

 まだモデル始めたばっかで、お金貯まるかわかんないよ。

 仙台で稼いだ金は卯月に取られたのか。

 ちょっと残ったけど。

 なんであんなやつ。

 あたし卯月にやられるまでバージンで、なんもわかんなくてさ。

 あいつ、逃げたふりして、おまえ狙ってたのか。強姦した男、なんで好きになる。

 わかんないよ。好きじゃないけど、一緒にいると寂しくなかったから。でも、もう会わないよ。

 仕事やめてこの金で勉強しろよ。堂本は紙袋を香夜子に渡した。札束が30個入っていた。

 これってどうしたの。見たこともない札束に香夜子はびっくりした。

 やばい金じゃねえよ。東日本電力から賠償金もらったんだ。どうせ死ぬのに金なんか意味ねえよな。3千万あっから、これで留学しろよ。

 これは受け取れないよ。それよか、一緒に暮らそう。

 だめだ。正月まで生きられる保証もねえんだ。

 1か月でもいいから一緒にいたいの。あたし、最初会った時から好きなの。

 それこそ意味ねえな。

 じゃあ、今抱いてよ。まだ1度も抱いてくれてないよ。それともあたしじゃむりかな。

 できねえって知ってんだろう。原発の青い光を見たせいなんだ。

 やってみなきゃわかんないよ。あたしにだってプライドがあるんだからね。

 じゃあ好きにしろよ。

 香夜子は後ろ向きになって恥じらいながらキャミソールを脱いだ。下着姿になって振り返ると堂本の姿はなく、シーツに黒い血のシミができていた。

 夢から覚めた香夜子はじっと純白のシーツを見つめた。堂本は生きている、そんな予感がした。会いたいと思った。どうして好きになったかわからないが、ほんとに好きだった。ただ、ガレキに埋まっているところを助けてくれただけ。たった1度のデートをしたこともない。2度目に会ったときはお店の客で、3度目に会ったときは路上で卯月を襲い、大金を投げ出してくれた。ただそれだけの出会いで、なんの思い出もない。それなのに、この世の中で自分を守ってくれるたった1人の天使のような気がした。彼は死なない。天使なのだから死ぬわけがない。彼が死ぬときは自分も死ぬ。彼が生きるなら自分も必死に生きる。そう信じたかった。

 隣で誰かがゴロリと動いた。秋吉が寝ているのを忘れていた。秋吉は日振の目を盗んでは、たびたび香夜子のアパートに泊まった。身長190センチの秋吉は、マネージャーとしてよりボディガードとして最適だった。日振の前では腰が低かったが、2人きりになると粗暴で好色な性格を露わにし、命令口調で物言いした。この男は卯月と同じだ。初対面のときからそう思っていた。いや、卯月以下だった。卯月も粗暴だが、自分の女を守ろうとする本能的な優しさを持っていた。秋吉には好きになれるところが一つもなかった。だが、大嫌いな男と寝る方が楽だし冷静でいられるってことを覚えてしまった。

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