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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第5章 転身
65/91

65 焼き入れ

 ペガサスを出た涸沼は、表がまだ明るいのに妙な気持ちになった。こんな時間からラブホに入るなんて、いわきに居たらありえないことだった。しかも隣にいるのは派遣モデルとは名ばかりのデリヘル嬢だ。ロビーを抜けると、LAILAは涸沼に軽く会釈してさっそうと駅方向に歩き出した。涸沼も同じ方向に行きたかったが、後を追うのに気後れがして、方向違いの路地に折れた。そのとたん待ち伏せしていた黒服の男たちに囲まれた。

 「ちょっと顔貸せや」

 「あんたたち誰ですか」

 「つべこべぬかすな」

 黒塗りのベンツが横付けされ、涸沼はむりやり後部座席に押し込まれた。ベンツは力強い加速力で音もなく発進した。

 「涸沼、あんたのことは調べさせてもらった」隣に座っていた先客が言った。サングラスをかけているが、見覚えがあるような気がした。

 「あなたは」

 「破鬼田だよ。もう何度も遭ってるだろう。正直、あんたには驚いた。刑事の名刺作っていろいろ嗅ぎ回ってん時は、アホな公務員だとバカにしてたが、翼商会を突き止めたのは褒めてやる。美神連合だけじゃなく、フラッシュにまで来たとは驚いたよ」

 「美姫の死体を運んだのはあなたですね」

 「警察ゴッコはこれまでだ。LAILAがさっきしゃべったことは忘れてもらわねえとな」

 「なんの話ですか」

 「あんた所詮素人だな。ラブホには隠しカメラがあるって知らねえのか。2人の会話はぜえんぶ聞かせてもらった。その後のおたのしみもな」

 「なにもしてないですよ」

 「どうかな」破鬼田は隠し撮りビデオをキャプチャーしたピンボケ写真を何枚か見せた。そこにはベッドに座った涸沼と下着姿のLAILAが確かに写っていた。

 「見てのとおり話をしてただけです」

 「デリヘル嬢を呼んでなにもしてねえなんて、誰が信じっかな。金渡したとこの写真もあるしよ、やってるとこの写真なんて、首をすげ替えていくらでも作れるしな。こりゃあ立派な買春だ。市役所にばらまいたら懲戒免職だろうな」

 「彼女もぐるですか」

 「あの女しゃべりすぎだわ。来週から片道切符の海外ロケだな。25過ぎたモデルはよ、どうせ使えねえよ」

 「彼女は関係ないですよ」

 「関係ねえのはてめえだろう。西麻布に行くつもりなら一緒に行くか」

 「もう行きません」

 「遠慮すんな。KAORIに用があんだろう。LAILAの名前じゃ入れねえぜ」

 「彼女も関係ないですから」

 「KAORIって女、ああ見えて、金次第で誰でもやらせるって知ってっか。もしかしてオメエもやったのか」

 「まさか」

 「じゃ、どんな関係だ」

 「写真で見て気に入っただけです」

 「まあいい。KAORIとやりてえならやらせてやっから、おとなしく福島に帰りな」

 「美姫はAKANEなんですか」

 「みこって誰だよ。巫女さんか」

 「僕のフィアンセです」

 「ふん、呆れた話だな。そんなのいつの話だよ。AKANEが生きてたとしたって、オメエのことなんか覚えてっかよ」

 「どうして死んだこと知ってるんですか。やっぱりAKANEは美姫なんですか」

 「それ以上首を突っ込むと福島に返せなくなるぜ」

 「あと1つだけ聞いていいですか」

 「もうやめとけ。おまえ、刑事ドラマのつもりか」

 「犬に襲われた時、一緒にいた人はどうなりましたか」

 「ああ、あの偽犬か。さあなあ、犬のことは犬に聞いちゃどうだ」破鬼田は愉快そうに笑い出した。

 「社長、着きました」運転手役の黒服は城南島埋立地の人気のない倉庫の前にベンツを停めた。

 「涸沼よ、公務員をケガさせると、デコがマジになっから、今まで我慢してたけどよ、てめえの小生意気な口っぷりで気が変わったわ。今日はただじゃ帰せねえぜ。骨を1か所折るとしたらどこがいい。腕か、アバラか、それとも頭蓋骨がいいか」

 「美姫は事故で死んだんですか。それとも死んだのは…」

 「減らず口だな。俺は警告したんだぜ。車を降りろ」

 涸沼は黒服たちに車から引きずり出された。破鬼田は反対側のドアからゆっくり降りた。いつの間にか拳にタオルを巻いていた。

 「僕は美姫の死因を突き止めるまで…」

 「死因死因てうるせえな。もうしゃべんなよ。でねえと舌を噛み切るぞ」破鬼田は電光石火で涸沼に襲いかかり、フックで顎の先端を削ぎとるように殴った。ケンカ馴れしていない涸沼には破鬼田の拳が見えなかった。ガキッと顎骨が外れる鈍い音がして、涸沼の体は横に吹っ飛び、倉庫のシャッターが激しい音を立てて外れた。脳震盪を起こしたのか、倒れる前に意識が落ちていったので、涸沼には何も聞こえなかった。

 「素人相手にやりすぎちまったよ。顎にヒビが入ったみてえだからよ、適当な病院の前に捨ててこいや。救急車なんか呼ばれちゃ面倒だ」破鬼田は黒服たちに命じると、傷ついた右の拳を舐めながら、倉庫の影に停めておいた愛車のフェラーリに向かった。

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