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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第5章 転身
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 予約を確認する電話を1時間前に入れた後、駅前の喫茶店でなんとなく時間をつぶし、涸沼はあえて通りで見かけた女が入ったのと同じホテルペガサスに午後2時少し前にチェックインした。

 部屋番号を伝える電話をかけ、借物のカメラの設定をしていると、15分後にチャイムが鳴った。AKANEはほんとに美姫なのだろうか、ドキドキしながら扉を開けた。現れたのは長身だが華奢な体付きだった美姫とは似ても似つかない肉付きの女だった。替え玉を派遣されたのだ。服装は路上で見た女と似たようなマイクロミニだが、上背があるのでいっそう大胆に肌を露出しているように見えた。

 「AKANEさん、じゃないですよね」涸沼は開口一番、替え玉をとがめた。

 「AKANEですよ」

 「わかってますから、ウソつかないでください」

 「AKANEさん、急用で来れなくなったの。あたしはLAILA」女はあっさり替え玉を認めた。

 「そうですか」涸沼はがっかりした様子で言った。

 「気の抜けた返事ねえ。AKANEのお馴染みさんなの」

 「いえ、1度だけです」涸沼は出まかせを言った。

 「気に入らなかったらチェンジできますよ」

 「待ってたらAKANEさん来ますか」

 「わかんないけど」

 「そうですか」

 「撮影始める?」

 「AKANEさんに会うにはどうすればいいですか」

 「あんた、AKANEと1度だけなんてウソでしょう。なんかやばい事情があるって感じ。もしかして前のお店からの追っかけとか」

 「違います。AKANEさんがいないなら、KAORIさんはどうですか」

 「チェンジなら事務所にかけてよ」LAILAは不機嫌そうに言うと、ソファに座って脚を組み、タバコに火を点けた。完全にふてくされていた。

 「わかりました」

 涸沼は事務所に電話しようと、携帯に発信履歴を表示した。

 「待って。めんどくさいから教えちゃう。AKANEもKAORIも来ないよ。AKANEは写真だけのダミー、KAORIはいるけど、フラッシュには出たことないの。今夜はたぶん西麻布のSORAよ」

 「空?」涸沼は電話をやめてLAILAを見た。

 「クラブよ。会員制だからあんたは入れないと思うけど、電話教えてあげるよ。LAILAの馴染みだってダメ元で言ってみな。あたしもたまに出るからね」

 「はい」

 「あんた意外と素直ねえ」

 LAILAはiPhoneの画面に電話帳を表示して涸沼に見せた。

 「もう1つ聞いていいですか」

 「チェンジなしならいいけど」

 「チェンジしません」

 「ありがとう。ならなんでも聞いて」LAILAは涸沼の目の前で服を脱ぎ始めた。

 「あの、そういう意味じゃ」

 「脱がないとかえって落ち着かないのよ」LAILAは下着姿になってポーズを決めた。白い肌にはシミ1つなく、胸の膨らみも腰のクビレも申し分なかった。

 「どう、あたし。時々グラビアとかも出てんのよ。先週号のSPIA!とか見てみて」

 「とってもきれいです」

 「撮りたくなった? いきなり全部脱いじゃったほうがいい?」

 「写真はいいんです」

 「つまんないなあ。いいカメラ持ってるのに」

 「もう少しお話を」

 「わかったよ。でもこっちで話そうよ」LAILAは白けた顔でベッドに座った。

 「地震の日に行方不明になったモデルいないですか」涸沼はベッドに座りながら言った。

 「あんたマッポじゃないよね」

 「実はし…」涸沼が市役所と言いかけたのをLAILAが遮った。

 「あんた、所轄に見えないねえ。ねえ、ピストルとか持ってんの」

 「こういう捜査では持ってきません。それに僕は制服じゃないから」涸沼は逆らわないことにした。偽警官なら経験済みだった。

 「そっか。キヤリアってやつね。バッチとかはあるの」

 「潜入捜査ではなにも持ってきません。さっきの話どうですか」

 「あたし、前の事務所契約切れで、ここ入ったばっかだし、地震の日は岩国の実家にいたから」

 「そうですか」

 「事情はわかんないけど、あんまりマジになんない方がいいと思うよ」

 「空にAKANEさんに行ってみます」

 「ローマ字でSORAよ」

 「どうしてローマ字なんですか」

 「カッコイイと思ってんじゃないの。それとも外人の客が多いからかも」

 「そうだ、モデル料4万円、指名料2千円ですよね」

 「まいどです。悪いね、なんにもしてないのに。あ、指名料はいいわ。振り替えバレたって事務所に言っとくから。余った時間で遊んでもいいんだよ。うちのシステムって、そっちがメインだから」涸沼が財布から取り出した万札をLAILAは、ベッドサイドに無造作に置くと、長い髪をたくし上げた。

 「最後にもう1つ聞いてもいいですか」

 「なに」

 「AKANEさんとKAORIさん、どっちが人気ですか」

 「だからAKANEの写真はダミーだって。ったく、人の話聞いてなかったの」

 「ダミーって」

 「いない子なの。ずっと前にいた子らしいけど今はいない。美人だから写真は残してるらしいよ。あんたみたいに写真指名が入ったら別の子がAKANEだってことにして行く。どの子もレベル高いから怒る客はそんなにいないよ。だからあんたがAKANEと1度会ったって言った時から、ウソだとわかってたわよ」

 「ずっと前ってどれくらいですか」

 「知らないよ。マッポなら調べたら。わかった、あんた、AKANEが失踪したと思って調べてるんでしょう。それは違うわよ」

 「それじゃ、AKANEはどこに」

 「結婚したってこないだ偶然聞いたのよ。あんたもそうだけどさ、AKANEさんてレジェンドあるらしいね」

 「結婚? 誰と…」

 「それは知らない。でも、すごいお金持ちの外国人だって噂よ」

 「外国人…」

 「それ以上は知らないわよ。ねえ、あんたほんとに遊ばないの」

 「帰りましよう」涸沼は使い方もよくわからない借物の一眼レフをジュラルミンのケースにしまって立ち上がった。

 「あんたったら。LAILA様のプライド、ボロボロね。あ、ちょっと待って。一緒に出ようよ」

 「捜査のことは秘密ですよ」

 「わかってるって」LAILAは急いで履いたミニスカートの裾を直しながら涸沼を追うと、強引に唇を重ねてきた。なにもしないのはプライドが許さなかったのだろう。

 唇の刺激に涸沼の劣情がよみがえった。LAILAが舌先を絡めてきても涸沼は逆らわなかった。だが、脳裏には同じことをしていたかもしれない美姫の姿が浮かび上がっていた。

 「ねえ、時間までいようよ。こんなことしてまさか捜査費は出ないんでしょう。4万円自腹なんだったら遊ぼうよ。あんたいけてるし、潜入捜査なんて言うからさ、あたし、なんだかムラムラしてきちゃったよ」

 「いえ、出ましょう」涸沼は股間にまとわりつこうとしたLAILAの手を振りほどいた。

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