62 友情
2人は定禅寺通り沿いのコーヒーショップに避難した。全国チェーンの可も不可もない味の店だが、自家製のパンが人気を呼んでいた。もっとも1週間の研修だけの店員が焼くのだから、焼き立てといっても冷凍パンとレベルは一緒だった。それでも宝石店並みに明るい店内は好感が持てた。同伴出勤するキャバ嬢と食事前に待ち合わせるピークを過ぎたのか、店内は学生専用の自習スペースと化していた。
「お店行かなくてもいいんですか」
「あたしもさっき破鬼田に顔見られたでしょう。あのビルにはもう近づけないわ。いい潮時だから辞めるよ。ゴスロリってイメージじゃなかったし。ついでにニューヨークも引退するわ」
「すいません」
「あんたのせいじゃないから。あたしさ、ネットショップ始めるのよ。原宿ブランドを上海とかシンガポールとかバンコクとかクアラルンプールとかに売るの。あっちの原宿人気すごいのよ。渋谷は今やアジアのパリ、原宿はミラノ、銀座はニューヨーク、代官山はロンドンってとこね」
「中国には売らないんですか」
「鋭いとこつくわね。中国はZOZOとか大手がやってて、もう入る隙がないのよ」
「ダンプとは全然違う世界ですね」
「あたし、これでも学校は美術系よ。ゆくゆくは自分のブランドも持ちたいの。それより私なりにリカママのネタを仕込んだけど買わない」
「いくらですか」
「いくらでもいいのよ。あなたが決めて」
「どんなネタですか」
「じゃあ友情に免じて無料でも教えてあげる。さっきも言ってた美神連合のオーナーがモデル事務所をやってることがわかったの」
「誰ですか」
「まあ、そんなに焦んないで。時間たっぷりあるでしょう」
「モデル事務所って少ないんですか」
「東京には何百もあるわ。モデルが2、3人てとこがほとんどだけど。メジャーになれる子って何千人に1人だから、ほとんどの子はアパレルとかキャバとかでバイトしてるの。オスカーみたいな大手だってそうだからね」
「詳しいですね」
「ちょっとおシャンティーなヤンキーだったら、1度や2度はモデルエージェンシーとかから声かけられてっから。いまはプチ風俗雑誌とかもはやってるから、そういうとこでお嬢様系とかだってキャッチされるけど、ちょっと前はモデルやタレントにスカウトされんのは、みんなモトヤンよ」
「プチ風俗って」
「そう改まって聞かれると困るけど、耳掃除とか、キャバとか、ランパブ程度までならプチじゃない。セクキャバとかソープとかヘルスとかピンサロとか、そういう本格的じゃないとこがプチよ」
「プラダさんも経験ありですか」
「あたしってさ、いつもいい話ばっかされて遊ばれて終わりなのよ。みんなきったないの。プチとか言ったってさ、適当なとこで抜けないと、クスリ覚えさせられて、だんだんディープな店に移らされて、AVとかも出されてぼろぼろよ。地元の子はさ、やっぱオヤバレ怖いでしょう。だけど地方から来てる学生とかだったら、どっちみちやりまくりだし、モラルハザードなんかないからね。あ、ごめん、あんたも彼女も地方出だよね」
「モデルはともかく、美姫が風俗なんてありえませんから」
「それはそうと、その美神連合のオーナーがやってる事務所だけどね、地震の日に撮影会に派遣してたモデルの何人かが行方不明なんだって噂耳にしたのよ」
「すごい情報です」
「でしょう。しかもさ、その事務所の名前なんだと思う」
「僕はモデル事務所なんて1つも知らないですよ」
「ツバサプロモーションよ」
「どこかで聞いたような」
「思い当たらない」
「あっ、翼商会」
「ビンゴね。どっちもオーナーは小手山ってやつなのよ。破鬼田は翼商会の社長だけど名前だけで、ボスはこいつね。小手山はバリバリヤクザの幹部だからゴミ屋の社長にはなれないでしょう。破鬼田もヤクザなんだけど、破門状を神奈川県警に出して社長にしたらしいよ」
「破門状って警察に出すんですか」
「ブラックリストから外してもらうためのポーズってことよ。小手山がリカママのパトロンなのは間違いないね」
「産廃とモデル事務所、なんだかピンと来ませんね」
「コンプレックスじゃないの。ゴミ屋ってさ、ゴミと正反対のキレイなものに憧れがあるんじゃないの」
「なるほど」
「それよか、あんたの失踪した彼女の写真を見せて」
「え、どうして」
「いいから見せてよ」
「待ち受けにしてますけど」
「貸して」プラダは涸沼から携帯をもぎ取った。
「そんな写真しかないんです」
「なるほど。あたし全部わかったみたい」プラダはしたり顔にうなずいた。
「なにがわかったんですか」
「あんたの彼女もツバサプロのモデルだったんじゃないの」
「その可能性は僕も考えました。でも美姫は保母ですよ。その写真だってモデルっぽくないでしょう」
「学生時代とかはどうよ。都内に下宿してたんじゃないの」
「それはそうですけど」
「ツバサプロを探ればあんたの彼女見つかるかもよ」
「リカさんなら美姫がモデルだったか知ってると思って、今日は会いに来たんです」
「で、どうだったの」
「美姫なんて知らないって」
「怪しいなあ。やっぱツバサプロにいるんじゃない」
「残念ですが、美姫はもう死体で発見されたんです」
「ほんとなの」
「ええ」
涸沼は堂本が指輪を拾った処分場で白骨死体が見つかったことを説明した。
「指輪と死体が同じ場所から出たってだけじゃ、身元は確認できないわね。やっぱツバサプロのモデル全員当たってみるべきよ」
「全員なんてむりですよ」
「ツバサプロのホームページで登録モデルは見られるのよ」
「ほんとですか」
「待って」
プラダは自分のスマホを操作して、ツバサプロのホームページからモデルのプロフィールを次々と表示して涸沼に示した。
「これは」涸沼はAKANEの写真を見て絶句した。厚化粧だが、紛れもなく美姫だと思われた。
「ビンゴでしょう」
「どこに行けば会えますか」涸沼は震える声で言った。
「さっきも言ったけど、メジャーじゃない子はどっかでバイトしてるはずよ。ツバサプロが関係してるキャバとか、しらみつぶしにすれば会えるんじゃない」
「美神連合には」
「この子は居ないと思うわ」
「わかりました。東京でAKANEを捜してみます」美姫の消息の手がかりを得たというのに、涸沼は案外冷静に戻って言った。
「言っとくけど、モデル系の子のいるお店ってどこも高いわよ。市役所の職員に行ける店じゃないわよ」
「お金ならだいじょうぶです」
「そうなんだ。それは頼もしいね。まさか退職金とか言わないよね」
「市役所は辞めるかもしれません」
「なんで。このご時世さ、贅沢しなければ公務員が一番お気楽じゃん。昔の彼女のことなんか忘れて楽しめば。あんた、意外と面もいけてるし、一途なとこがかっこいいよ。あたしでよかったら付き合ってもいいよ」
「友情じゃないんですか」
「そうよ。だけど男と女の友情なんてウソ」
「AKANEに会わないと」
「そりゃそうね。火点けたのあたしだもんね。それはそうと、あたし超暇なんだけど、もうちょっと付き合ってくれる」
「車で帰るのでお酒はだめです」
「じゃ、ドライブ行こう」
「どこに」
「秋保に行こう。定宿にしてるホテルがあるから」
「ホテルですか」
「温泉入りたいだけよ。誤解しないでよ。してもいいけど」プラダは嬉しそうに立ち上がった。




