61 同伴出勤
関越道と東北道を経由して、涸沼のパジェロが国分町に着いたのは夕方の5時過ぎだった。空はまだ明るく、風俗街の営業時間には早すぎた。ミニの制服姿の高校生で賑わう一番町のアーケード街で腹ごなしし、喫茶店で時間をつぶしてから、美神連合の入ったビルの前で待ち伏せた。
8時半、まだ初秋だというのに、リカは真冬に着るような毛皮のコートに身を包んで、店の黒服が運転するレクサスの後部座席から降り立った。
「あのう、もしかして佐々木美姫のお友達の神崎梨花さんですか」涸沼は思い切って声をかけた。
「あなた誰」リカは怪訝そうな顔で立ち止まった。
「美姫のフィアンセだった者です」
「そんなこと聞いてないよ。あなたは何者なの。名刺くらい出せないの」
「すいません。涸沼と言います」涸沼は市役所の名刺を渡した。
「へえ、意外とお堅い仕事ね。ちょっと安心した。用があるなら、お店で話しましょうか」
「できれば別のお店で」
「そうはいかないわ。私がごちそうするからついてきなさいよ」リカは涸沼の答を待たずにエレベータに乗った。涸沼は迷わず4階のボタンを押した。
「へえ、なるほどね。もう内偵済みなのね」
ママが若い男を同伴して出勤したので、黒服たちは一瞬気後れしたように道を開けた。まだ開店間もないのに、店内はすでに五分の入りだった。
「適当に飲んで待ってて。挨拶を終えたら戻ってくるからね」コートを脱いで鮮やかなエミリオ・プッチ柄のドレス姿になったリカは、水を得た魚のように店内を軽やかに歩き出した。
広々としたボックスについた涸沼は、手すきのキャバ嬢たちに囲まれた。頼んでもいないのに高そうなボトルが並び、涸沼はなりゆきにまかせてウィスキーを選んだ。たちまちニューボトルの封が切られた。
「お客さん、ママと同伴なんてすごいね」
「下で遭っただけですよ」
「それだってすごい。ママの同伴初めて見た」
「あたしも」女たちは勝手に盛り上がった。
「お客さんも東京ですか。ママの友達はみんな東京」
「僕はいわきです」
「え、あたしも福島」隣に座った女が、いきなり涸沼の手を馴れ馴れしく握った。
「どこですか」
「浪江」
「じゃ一番放射能が大変なとこだ」
「ママとどういう関係か、聞いちゃってもいいですか」向かいに座った女が興味津々という顔つきで言った。
「初対面」
「ウソですよ。ママって呼び込み営業やらないもん」
「僕から声をかけました」
「お客さん、冗談上等だね」
「お名前聞いてもいいですか」
「涸沼です」
「ヒグマ、強そうな名前ね」
「ヒヌマ、涸れた沼です」
「それ、あたしっぽい。男いない暦3年目突入。ほとんどミイラよ」
「ミイラなんて涸れ沼さんに失礼でしょう」
そこへリカが挨拶を終えて戻ってきた。「盛り上がってるのに悪いけど、2人だけにしてくれる」
「わかりました」女たちは探るような目で2人の様子を交互に見比べながら、ボックスを立った。
「お待たせしたわね。それでなんのお話だったかしら」リカは涸沼のグラスに氷を足しながら言った。
「佐々木美姫のこと、ご存じですか」
「いいえ、知らないわ」
「それじゃこの写真に見覚えは」涸沼は美姫のアルバムから抜いてきたリカと美姫のツーショットのプリクラを見せた。
「これが私だって言うなら人違いよ」
「しらばっくれても警察が調べたらすぐにわかることです」
「どうして警察が」
「美姫が白骨死体で発見されたからです」
「えっ、それほんとなの」それまで冷静だったリカが声を上げた。
「原発の近くの廃棄物の処分場で見つかったんです。警察署で死体を見せてもらいました」
「なんだ、その事件ならテレビで見たけど、身元不明なんでしょう。DNAとかはどうなの」リカは落ち着きを取り戻した。
「調べたと思いますけど、結果は聞いてません」
「それじゃ違うんじゃないの」
「でも指輪があったんです」涸沼は香夜子に返してもらった美姫の指輪を見せた。
「これがどうして証拠になるの」
「死体の側に落ちてたんです」
「そんな大事な証拠、どうして警察じゃなく、あなたが持ってるの」
涸沼は堂本との不思議な出会いから説き起こした。リカは堂本が児玉のことだとは気づかなかった。
「いろいろ話してくれてありがとう。ご事情はわかりました。協力して差し上げたいのはやまやまだけど、彼女のお名前に心当たりはないし、お写真にも指輪にも見覚えがないわ。用事が済んだのなら、そろそろ帰ってくれないかな。お客さんが増える時間なのよ」
「そうですか。ご迷惑をおかけしました。帰りますので精算してください」
「御代は結構と言ったはずよ」
「そうはいきません」
「それじゃあ、セット代5千円だけいただこうかな」
「わかりました」涸沼が取り出した財布はキャッシュコーナーから引き出した万札でぱんぱんだった。公務員が日常持ち歩く金額ではなかった。
リカは財布を見ないふりをして5千円札を受け取ると、涸沼をエレベータホールまで見送った。
「あっ、そうだ」帰りかけたリカを涸沼が振り返った。
「なんですか」
「城山香夜子をご存知ですか」
「今度は誰。その子も死体で見つかったってわけかな」
「美姫と同じ事務所のモデルですよ」涸沼は鎌をかけた。
「人違いだって申し上げたはずよ。忠告しとくけど、2度と国分町には来ないほうがいいと思うよ」リカは顔色一つ変えずに店内に戻った。
国分町通りに戻った涸沼の耳に、聞き覚えのある乾いたエンジン音が響いた。破鬼田のフェラーリだった。涸沼がいるところには、誰かが見張っていて通報したみたいに破鬼田が現れた。それどころか、うかうかしていてフェラーリを路上に乗り捨てた破鬼田と正面から対峙してしまった。
「なにガンつけてんだよ。待てよ、オメエどっかで」破鬼田が、呆然と立ち尽くしている涸沼を睨みつけた。
「待たせちゃったあ。ねえ、なに食べる?」涸沼に誰かが後ろから抱きついてきた。
「ああ」涸沼はとっさに声が出なかった。
プラダは破鬼田の視界から涸沼を隠すように体を入れ替えた。
「ちっ」
破鬼田は舌打ちすると、涸沼に興味を失ったようにビルの中に消えていった。
「何階に行ったか確認しないと」後ろ髪を引かれるように涸沼は振り返った。
「見なくても美神連合に行ったのわかってるでしょう」
「それじゃあの男とリカさんは」
「時々顔出してるけど、あいつはオーナーの犬」
「オーナーは誰ですか」
「後でゆっくり話すわ」
「あの男がここに来るなんて予想外だった。間一髪でした」
「あいつと遭ったことあったみたいね」
「川崎の翼商会で。ああ、あの男が破鬼田ですね」
「そうよ。あんたまさかリカママんとこ行ってきたの」
「ついさっきまで」
「危ない危ない。破鬼田と鉢合わせするとこだったじゃないの」
「まさかこうなるとは」
「それとも、リカママが気を効かせたのかしら」
「そうかもしれません」
「まあいいわ。河岸を変えよう」
「えっ」
「めんどくさいなあ。国分町から離れよう」プラダは涸沼の腕を取って歩きだした。




