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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第5章 転身
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59 回帰

 涸沼はさっきまで城山が座っていたぬくもりの残る椅子席にわざと座りなおし、美姫の指輪の帰還がなにを自分に語りかけているのか考え続けた。ようやく手に入れられた懐かしくも愛しい指輪を見ていると、バラバラだった手がかりを1つにまとめられるような気がしてきた。今座っているその席は美姫が最後に座った席だった。

 この指輪は処分場で発見された死体が美姫だという証拠になるのか。そうだとすれば指輪を証拠として警察に届け出るべきだろうか。仮に死体が美姫ではないとしても、美姫となんらか縁のある死体だということは確かなことだ。そもそも堂本は、どうして指輪を手に入れたのか。警視庁で聞いたように、彼自身が死体を運び、死体から指輪を盗んだと考えるのが自然ではないのか。死体を運ばなかったとしたら、なにをしに処分場へ行ったのか。廃棄物を捨てに来て、たまたま死体を見つけたということなのか。堂本がわざと自分に指輪を見せた可能性はないのか。堂本と翼商会の破鬼田に接点はないのか。堂本から指輪を預かったという城山香夜子は何者なのか。堂本の彼女にしては美人すぎる。美姫の写真を見せた時の城山の表情は普通じゃなかった。彼女は美姫の顔を知っているんじゃないのか。美姫が週末に都内へでかけるたびに、モデルをしていたとすればどうだろう。城山もモデルで、同じ事務所だとすれば、美姫の顔を知っていても不思議ではない。堂本が原爆症で死んだという城山の言葉は信じられない。堂本の戸籍は何度も確認したがそのままだ。確かに堂本が原爆症で入院したという新聞報道があった。警視庁で聞いた堂本は偽者だという話も気になる。偽者なら死んでも戸籍が残っている理由になる。本当の名前がわかって、本当の戸籍が抹消されたのなら、堂本の戸籍は残る。だが、堂本にせよ別の誰かにせよ、入院した原爆症患者が死んだという続報はない。原爆症の初の犠牲者なら、大きく報道されたはずだ。ホームレスの行き倒れならともかく、大学病院が原爆症患者の死を隠蔽するはずがない。そもそも堂本が被爆した理由が不明だ。堂本に救出されたという城山の話を信じるなら、堂本の被災地は岩沼か名取あたりだということになる。原発からはかなり離れている。原発の臨時作業員だった可能性もなくはないが、原発は若い人を雇わないと聞いている。いったいどこで被爆したのか。避難勧告が出ているのに、わざわざ原発に近づいたのか。処分場に不法投棄をしにいって被爆したことは考えられる。警戒区域はゴーストタウンだから、不法投棄は容易だ。だがあの処分場にたまたま不法投棄に行ったくらいで死ぬほどの被爆をしたとは考えられない。

 堂本が死んだかどうかより、もっと大きな疑問は処分場で発見された死体の身元だ。死体の指が切られ、近くにこの指輪が落ちていたとすれば、指輪は死体から外され、換金価値がないとわかって、その場で捨てられた可能性が高い。美姫の死体ではないとすれば、死体の指に美姫の指輪が填っていた理由をどう説明するのか。美姫がだれかに売ったのか。しかし売れるような価値のある指輪ではない。ロイヤルブルームーンは、ダイヤやルビーのように高価な石ではないし、台座は銀だ。売ったらせいぜい千円にしかならないだろう。だとすれば美姫が誰かにプレゼントしたか、それとも貸したか、それとも盗まれたかもしれない。あるいは誰かが死体を美姫に偽装しようとしてわざと填めたのかもしれない。たとえ死体の指に美姫にあげた指輪が填っていたことが証明できたとしても、それだけでは身元確認の決め手にはならない。DNA鑑定の時代なのだ。DNA鑑定をすれば死体が美姫かどうかはすぐにわかるはずだ。警察から未だなんらの連絡もないということは、やっぱり死体は美姫ではないということなのか。

 死体の身元が誰にせよ、この指輪の発見は、処分場と死体と美姫のなんらかの関係を示唆している。指輪は発見されるべくして発見されたように思えてならない。指輪泥棒が死体の指を切ったことは、おそらくハプニングだっただろうし、泥棒が捨てた指輪を不法投棄にやってきた堂本が拾ったこともハプニングだっただろう。堂本が拾った指輪を持っていわき市役所にやってきて、自分と出会ったことは、それこそ100万分の1の確率の奇跡に近いハプニングだっただろう。もしもそれが全部起こらなかったらどうなっていただろう。死体は白骨化してから発見され、身元確認に手間取ったことだろう。死体は全裸だったそうだから、指輪が残っていれば、身元確認の唯一の手掛かりになっただろう。指輪には自分と美姫の名前が彫られている。警察がその気になれば、KOJIとMIKOのカップルを探すのに、それほど時間がかかったとは思われない。警察はまず、死体が美姫ではないかと疑い、自分を容疑者扱いにしたかもしれない。だが、死体が美姫ではないとわかれば、美姫の周辺で行方不明になった女性を捜しただろう。死体の身元が判明すれば死因が究明され、死体を遺棄した犯人が検挙されただろう。死因によっては殺人事件に発展したかもしれない。死体が美姫ではないとすれば、これこそが死体の指に美姫の指輪が填っていた理由だったのかもしれない。つまりこの指輪は事件を解決させるために故意に作られた証拠なのだ。だが、それならば誰が死体の指に指輪を填めたのか。美姫自身か、それとも誰か別人か。美姫自身が殺人事件に関与していて、誰かがそれを暴こうとして美姫の指輪を盗んで死体に填めた可能性だってある。

 この指輪を警察に届ければ、事件は解決に向かうだろう。自分が探さなくても、警察が美姫の行方を捜してくれるだろう。しかし、その結果、美姫自身が検挙されることだってありえる。そうはさせたくない。だとすれば、この指輪は警察には渡せない。だけど真相は知りたい。いっそ死体が美姫であってくれたらよかった。いや、そんなことはない。美姫には生きていてほしい。

 きっと美姫が自分に託したメッセージに違いない。美姫はどこかで自分がメッセージに応えるのを待っているのだ。そう考えればすべての説明がつく。美姫のメッセージに従って、自力で事件の真相に迫り、美姫を救出してあげなくてはならない。

 因果を巡り巡ってとうとう自分のもとに帰ってきた美姫の指輪を汗ばむほど握りしめながら、市役所にはもう戻れないと覚悟を固めた涸沼は、喫茶店を飛び出し、キャッシュコーナーであり金を引き出し、愛車のパジェロを飛ばして仙台へ向かった。

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