表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第5章 転身
55/91

55 裏キャバ

 モデルの仕事は初日以降はほとんど入らず、KAORIの本業はSORAの接客だった。SORAは指紋認証の登録をしないと入店できない会員制の高級クラブで、顧客には著名人も名を連ねていた。だが実は風営法の許可がない裏キャバだった。キャバ嬢のほとんどが駆け出しのモデルやダンサー、美術系の学生などで、ルックスのアベレージは都内でもトップクラスだった。

 SORAにはベンチシートがなく、客はバラバラに置かれた個椅子に座り、女の子はスツールに座った。個椅子は肘掛が高く、女性の体に手を出しにくい造りだった。おまけに対面のポジションなのでスキンシップはできない。客はあくまで女の子の容姿と会話を楽しむ。それ以上を望むなら店外デートするしかないシステムだった。他の客が視線に入らないように、絶妙な角度で置かれたソファの脇には、カラーが生けられたガラス製の大きな花瓶がいくつも飾られ、インテリアに溶け込んでいた。

 通常のキャバクラでは時給の他に同伴の営業歩合が4、5割あるが、あくまで読者モデルや学生のバイトという建前になっているので、指名料以外の歩合はなかった。営業時間は午後3時から午前3時と長く、早めに出て馴染客が来たら六本木に繰り出す子も多かった。

 KAORIはすぐに売れっ子になり、指名客が殺到した。アフターの誘いも多かったが、安売りするなという日振の指示で遊びは自重していた。だが、岡光だけは違った。

 「それとそっくりの石を見たことあるよ」1人掛けのレザーのソファに座るなり、岡光はKAORIの指輪を見とがめて言った。右手の薬指には、堂本が残したロイヤルブルームーンの指輪が填っていた。

 「どこで見たんですか」KAORIは真顔になった。

 「よく見せて」岡光に言われるまま、KAORIは身を乗り出すようにして左手を差し出した。青いバイアスカットのワンピースの襟元から、吸い込まれそうに深い胸の切れ込みが露に見えた。岡光は胸には興味がないように、KAORIの手を取り、指輪をためつすがめつした。

 「まちがいない。前に仲良くしてた子が、これと瓜二つの指輪をいつもしてたんだ。君と同じくらい美人で、土曜日しか出ない子だったから、OLでもしてたのかと思う。何度も見たから見間違えない」岡光の口調は用意してきたみたいにもっともらしかった。

 「今もここにいる子ですか」

 「いや、3年くらいも前だよ。あんなきれいな子はめったにいないからよく覚えている。名前はそうAKANEだった」

 香夜子は一瞬ぎくりとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。指輪の内側に彫られた名前はAKANEではなく、MIKOだった。

 「AKANEって本名ですか」

 「どうだろう。違うんじゃないか」

 「そうですよねえ」香夜子の胸が再び高鳴りを覚えた。「AKANEさんの写真とかありますか」

 「あったと思うけどどうして」

 「美人だっていうから見てみたくて」

 「今はないよ。いや、パソコンにまだ入ってるかも。探してみようか」

 「はい」

 「例えば今日、外で会うってのはどう」

 「それは…」

 「初回の客じゃアフターはダメかな」

 「お写真拝見するだけなら」

 「それならメビウスホテルでどう。あ、いや誤解しないように。ロビーを待ち合わせに使うだけだよ」

 「お名刺とかはないんですか」

 「名刺を出せない仕事なんだ」

 「どういうことですか」

 「察しがつかないかなあ。例えば査察とか」岡光は国税局だとほのめかした。

 「ササツ?」

 「声が高いよ」

 「ここは危ない人は会員になれないって聞きました」

 「高級官僚は危ないのかなあ。こういう店はお目溢しがないとやっていけない。いざという時役に立つよ」

 「そろそろ交代の時間なんです。ご指名いただいたら後でまた回ってきます」

 「別にもういいよ。1時にメビウスのロビーで待ってる」

 「ホテルは私…」

 「ほんとに待ち合わせに使うだけだよ。路上じゃ目立つだろう。そうだ、まだ名乗ってなかったね。僕は岡光と言います」

 「KAORIさん」黒服がやってきてチェンジを告げた。

 花瓶に生けたカラーを抜いて渡せば15分の延長になるが、岡光は渡さなかった。KAORIはマルニの上質なドレスの裾を直しながら立ち上がった。すぐに別の子がやってきた。長身に和風の小顔、おじんギャル風のジャケットにショーパンがアンバランスな印象を受ける子だった。

 「黒川と申します」そう女は名字を名乗りながらスツールに座った。店外デートが目的の出会い系キャバでは、本名を名字で名乗るのが流行りで、KAORIのように源氏名を使う子はむしろ少なかった。

 「下の名前は」

 「秘密です」

 「なるほど。だけど知ってるよ。黒川典子だろう。先月の「服華」の表紙に出てた。出身は関西だよね」

 「マイナーな雑誌なのによく知ってるね。お客さん、業界の人なの」黒川は名前を言い当てられても驚かなかった。

 「ここでバイトしてるモデルの素性はたいてい知ってる」

 「じゃ、さっきの子とかは」

 「KAORIはツバサプロの新人だろう。東北の被災者だって」

 「怖いねえ。ところでなにか飲んでもいい」

 「いいよ」岡光は大様に笑った。黒川はロングアイランドアイスティーを黒服に頼んだ。

 「じゃさ、あの子は。ほら、小柄なミニの子」

 「これで最後にしてよ。あの子はダンスカンパニーJINの子だ。名前はSHOYA」

 「すごい。ほんとに知ってんだ。ねえ、それじゃ今日出てる子で、メジャーになりそうな子はいる?」

 「さっきのKAORIかな」岡光は即答した。

 「やっぱそうだよね。あの子初日からオーラが違うもの。だけど仙台の風俗で見たって噂もあんのよ」

 「別に珍しいことじゃないだろ」

 「そうだけどさ、やっぱそういうのって、メジャーになったら傷でしょう」

 「黒川さんだって、関西じゃヤリマンでブイブイ言わせてたりして」

 「やだ、やめて。誰が本気にするかわからないでしょう」

 「そろそろ帰るよ」

 「え、まだいいじゃない。もっとお話したいよ」

 「実はアフターが入ってる」

 「誰と? まさかKAORI?」

 「内緒」岡光は精算のために黒服を呼んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ