53 オーディション
城山香夜子は緊張した顔でオーディションの順番を待っていた。前後にも悲喜こもごもの境遇の女達が並んでいた。高校生から20代中盤くらいまで様々だったが、年齢にかかわらずどの子もみな夢破れ、回り道をして、また新たな夢を抱いてここに並んでいるに違いなかった。会場は東京ミッドタウンの裏手の小さな貸しスタジオだった。卯月と別れて単身上京してから、ミッドタウンには何度も遊びに来たことがあったが、ここにスタジオがあることは知らなかった。もっとも看板が出ていないから知りようもなかった。どこが入口かわからない凝ったデザインのコンクリート打ちっぱなしの建物は、地階から2階まで吹き抜けになったフロアがイタリアンレストラン「フィッテ・アモル」、3階が貸スタジオ「wee」、4階から上が貸会議室と貸オフィスだった。
3人の面接担当者は、ジルスチュアートのラブリーなミニのドレスを着た香夜子を見るなり相好を崩した。段違いにかわいかったし、K-Popの流行で芸能界のトレンドとなった巨乳と美脚を兼ね備えている上に、19歳という年齢以上の色気もあった。縁故の有無にかかわらず、最初の一瞬で採用は決まっていた。
「城山さん、話は後にして先にカメラテストをやろう」プロデューサーの日振がのっけから乗り気に言った。
「今からですか」香夜子は当惑して答えた。
「モデル登録用の写真が必要だろう。つまり合格内定ということだよ。モデルと言っても、ショーモデル、グラビアモデル、雑誌モデルとタイプがいろいろあるから、カメラテストが終わってから、どの路線で売り出すか相談しよう」
香夜子は訳もわからずスタジオに連れていかれた。暗いスタジオの隅で女性のメイクさんが自己流でやってきた控え目なアイメイクとチークとヘアを手際よく直すと、それだけで格段にチャーミングになった。
カメラマンは男性週刊誌のグラビアや女性ファッション誌のタイアップ広告を主な仕事にしている四之宮という中年太りの男だった。四之宮はすぐに香夜子の魅力を悟り、見た目の年齢よりも妖艶なポーズを取らせた。着衣2ルック、水着1ルックの撮影は1時間足らずで終わった。どのルックも美しかったが、とくに水着の美しさは最近の応募者の中で群を抜いていた。グラビアモデルなら明日にもデビューできると四之宮は思った。もちろんセクシーさを武器にして売りだす以上、それなりの覚悟が必要になる仕事だが。
「ちょっとこっちにきて」元の私服に戻って面接会場に戻ろうとする香夜子を四之宮が呼び止め、狭苦しい小道具部屋に誘った。「ここだけの話、あんた、ヤンキーか、それともウリをやってたよね」
「なんのことですか」
「隠さなくてもいいよ。モデル志望の子はみんなそうだから」
「ヤンキーじゃないです」
「コンビニでバイトしながら予備校に通ってるって願書に書いてあるけどウソだろう。そういう地味な子はこんな危ないとこ来ないから」
「ここ危ないんですか」
「わかってるだろう。モデルで成功する子なんて1パーセントもなくて、あとは風俗嬢と同じだよ」
「だったら最初から風俗店に行きます」
「それじゃ高く売れないだろう。いまどき風俗嬢なんて余ってる。モデルって肩書きがあるだけで、楽して何倍も高く稼げるんだよ」
「そういうシステムなんですか」
「はっきり言うけど、君、風俗の経験あるだろう。俺の目はごまかせないよ」
「ほんとにコンビニで」根が正直な香夜子はうつむき加減に言った。
「まあいい、どう転んでも君は合格だと思うよ。カメラ映りは抜群だった」
「もういいですか」
「怒ったなら謝るよ。気に入ったからざっくばらんに話したんだ。合格したかったら、この場で脱いでやらせろなんて言われるオーディションが多いんだよ。そういう業界だからね。だけど俺は本気で君が気に入ってんだ。なにか困ったことがあったら相談しなよ」
「それってナンパですか」
「違うよ。君はきっとどんどん偉くなる。どんな経験も肥やしだと思えばいい。だからこれからもよろしくと思ってさ」
香夜子は複雑な思いで面接会場に戻った。四之宮が撮影したばかりの写真がすでにモニターに写っていた。
「カメラテストはよかったよ。顔も体もきれいだし、表情に暗さや固さがあるのがかえってとてもいい。東北出身だし、笹山望や吉岡由莉子みたいに大化けするかもしれないね。だけどモデルになりたかったら、直してもらわないといけない箇所がいくつかある。自腹になるけど、そこまでの覚悟はあるかね」日振が言った。
「どこを直すんでしょうか」
「顔をアップにするから見てごらん。全体を作り直せとは言わないが、最低でも目尻と歯列は直さないと。あとはエステでウェストと太腿を一回り絞ろうか。バストアップのエクササイズも必要だ。FならG、GならHにする。グラビアなら大きいに越したことはない。だけど巨乳は形を維持するのに金がかかる」
「いくらかかるんですか」
「200万くらいかな」
「そんなお金ありません」
「お金は貸してあげる。君ならどのジャンルでもメジャーになれるチャンスがある。最終的にはグラビア向きだとは思うんだけど、希望はファッションモデルだね。年齢的にはぎりぎりだけど、とりあえず読モから始めて、クラブで働きながらお金を返せばいい。指名客がすぐにつくだろうし、お金は簡単に返せる」
「クラブとか言って、実質風俗店で働けなんて言わないですよね」香夜子は仙台のレディードールで騙された経験を思い出した。
「うちはそういうシステムじゃない。しかし、メジャーになりたかったら、関係者と寝てもらうことはありだよ。寝る寝ないは君の意思だけど」四之宮がほのめかした言ったことを日振ははっきりと繰り返した。これがモデル業界の公然の秘密で、知らないのは田舎者の自分だけだと香夜子は思った。
「クラブというのはどんなとこですか。行ったことがなくてわかりません」香夜子はとっさの機転であえて田舎者で通した。
「うちが持ってるのは会員制のキャバだよ。VIPな客しか来れないおしゃれな店だ。芸能人にも会えるよ。君なら初日から人気だろうね」
「キャバってやっぱり風俗じゃないんですか」
「それは考え方次第だと思うね。テレビに毎日出てるような女優やタレントだって、上京したてにはみんなここから始めたってことは、君だって薄々知ってるでしょう。今日契約してくれたら、支度金として30万円キャッシュであげよう。モデルらしくするには服、靴、髪、ネイル、いろいろと物入りだからね。とりあえず目と歯のプチ整形を事務所の経費でやったら、すぐに読モの仕事を入れよう。今決めないと後でやっぱりはないよ。君程度の子は毎日面接に来るんだ。1日延ばせば1日新鮮さがなくなる」
「わかりました。お願いします」香夜子は覚悟を決めて言った。
「いい判断だ。もっと本格的な整形をやるなら韓国の病院を紹介するよ。安いし上手だし、今どきのK-POP風のマスクにしてくれる。君ならイ・シヨンばりの超美形になれるよ」
「それは結構です」
「まあ、そうだね。プチで十分いけるだろう」
目の前に支度金の入った封筒と契約書が置かれた。香夜子はよく読まずにサインした。30万円は情けないほど薄っぺらで、国分町に戻れば数日で稼げる額だったが、風俗以外の仕事で始めて手にした大金だった。
「じゃ行こう。今日からしばらく僕がマネージャーだ」日振の隣に無言で座っていた秋吉が立ち上がった。190センチはありそうな長身の男だった。
「まずは部屋捜しだ。それから整形の予約も入れよう」秋吉が言った。
「部屋ならあります」
「ああ、下落合じゃだめだよ。うちのモデルはみんな恵比寿か中目黒に引っ越してもらう」秋吉が下品に笑った。この男は卯月と大差ないかもしれないという直感が香夜子にはあった。




