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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第4章 廃棄物調査
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52 替え玉

 「半白骨化死体発見 原発から5キロのフタバックス最終処分場」そんな記事が出たことに涸沼は気付かなかった。

 1週間後、廃棄するために市役所の廊下に積まれていた新聞スクラップの記事を発見し、涸沼は卒倒しそうになった。すぐに続報をネットで探し、頭骨から復元したイラストが白骨クィーンと呼ばれていることも知った。期待したほど美姫に似ているとは言いがたかった。美姫の身長は163.5センチで、推定身長とは微妙な誤差があったが、涸沼は死体は美姫だと確信し、福島県警本部に出頭した。

 「処分場で発見された死体の身元を知っています」涸沼の第一声に捜査一課の誰も無関心だった。すでに似たような通報が数百件寄せられていて、ムダな確認作業にうんざりしていたのだ。

 「どういうことかいちおう説明してもらおうか」若手の捜査員の反応が鈍いのに気づいて、ベテラン捜査員の馬上課長代理(警部)が自ら応対に出た。涸沼の殺気立った顔に何か感じたのだ。

 「僕のフィアンセに間違いありません」

 「詳しく話を聞こう」

 面接用の個室に案内された涸沼は、3年前の美姫の失踪の場面から、供述を始めた。

 「写真はあるか」

 「あります」涸沼は携帯の待ち受け画面の写真を見せた。

 「イラストとは似ていないな。ほかの写真はないのか」

 「実家に行けばたくさんあります」

 「全身写真が何枚かあれば骨格鑑定ができる。DNA鑑定ができれば完璧だ。肉親は健在か」

 「もちろんです。本人の部屋も失踪した時のままです」

 「だけど掃除はしただろう」

 「それはたぶん」

 「だいじょうぶ、肉親がいればDNA鑑定はできる」

 「お願いします」

 「早まるなよ。あんたの話だけじゃ動けん。家出した女はいくらでもいるからね。それに、あんたと同じような通報が500件以上溜まってるんだ」

 「指輪があるんです」

 「どういうことだ」

 「死体が発見された処分場に美姫の指輪が落ちてたんです。名前が彫ってありましたから間違いありません」

 「あんたが拾ったのか」

 「拾った人に市役所で偶然会ったんです」

 涸沼は堂本との出会いを説明したが、一緒に処分場に行ったことと、目黒警部と廃棄物の調査をしたことは黙っていた。処分場に行ったことがわかれば、現場から証拠を持ち去ったことが罪に問われかねないと思った。

 「指輪はどこだ」

 「その人が持ってます」

 「名前はわかるのか」

 「堂本賢治です。住所も電話番号もわかります」

 「すごいじゃないか。死体の指が切られて指輪が盗まれたことは、ブンヤは知らないんだ。あんたの指輪の話と符合する」

 「指が切られてたんですか」

 「そういう死体は珍しくないんだ。その堂本ってやつが切って盗んだかもしれん。どうして堂本と知り合ったか、もっと詳しく聞かせてもらおう」

 「市役所のラウンジで煙草いながら、美姫の指輪を弄んでいたのに偶然気づいたんです」

 「どうして市役所にいたんだ」

 「義捐金の申請に来て順番待ちしていたんです」

 「なるほど」

 「指輪に見覚えがあったので尋ねてみると、廃棄物の処分場で指輪を拾ったというので譲ってほしいと言ったんです」

 「堂本の顔写真を所轄に探させるから、その間ちょっと待っててくれるか」馬上は携帯で所轄の捜査員に連絡した。

 「死体を見て確かめたいんですが」

 「所轄にあるよ。だけど、どうせ白骨化してて肉親が見てもわからんよ。遺留品もないしな」

 「でも一目」

 「むだだよ。それにあんたが騒ぎ立てるとブンヤに嗅ぎつかれる。そうでなくても憶測記事が多くて困ってる。あんたの彼女の写真はイラストよりもっと美人だし、あることないこと書かれたら、家族も困るだろう。あんたの彼女だと決まったわけじゃなし、本人が生きてるのかもしれないじゃないか」

 「わかりました」

 馬上の携帯が鳴った。メールの着信だった。

 「堂本の顔写真が届いたぞ。家は流されているが、県警に同級生がいて高校の卒業アルバムがあったそうだ」

 「ずいぶん早いんですね」

 「津波のあと、身元確認のために被災地の住民の情報はいろいろ集めてあるからな。堂本の家も流されてるよ」

 「それは本人から聞きました」

 涸沼は馬上の携帯に届いた写真を覗き込んだ。

 「この人は堂本さんじゃありません」涸沼はきっぱり言った。

 「いや、こいつが堂本だ。よく見てみろ」

 「年は近いかもしれませんが、全然違います」

 「なるほど。それじゃ、あんたに指輪を拾ったと言ったのは別人なんだ」

 「そんなはずは。だって、義捐金の申請には本人確認書類が必要なんですよ」

 「つまり替え玉ってことだな」

 「どういうことですか」

 「おそらく義捐金詐欺だな」

 「だって免許証を持ってました。僕が受け付けたんです」

 「よく顔と写真を照合したのか」

 「もちろんです」

 「それじゃ写真を張り替えたんだろう。それにしても死体漁りをやったり、義捐金詐欺をやったり、とんでもねえ野郎だな」

 「そんな人には見えませんでした」

 「見えないから詐欺師なんだよ」

 「ほんとに別人なんですか」

 「その堂本を名乗った野郎に金は取られなかっただろうな」

 「ちょっとは渡しました。指輪を発見した場所に案内してもらう約束でしたが、待ち合わせ場所に来ませんでした」

 「堂本は義捐金を受け取ったのか」

 「最初の2回だけ振り込まれてます。その後は申請がありません」

 「それだけでも詐欺罪だが、その偽堂本は死体遺棄の重要参考人だな」

 「はあ」意外な展開に涸沼はため息をついた。

 「あんた、どうする。偽堂本を告発するか」

 「どうして」

 「義捐金を騙し取られたんだろう。それにあんたの金も」

 「市としては義捐金詐欺の疑いがあるからといって、いちいち告発はしない方針です。それに堂本さんは詐欺師ではないように思いました」

 「そんなに簡単に疑われるようじゃ詐欺師にはなれんよ。まあいい。今日のところは帰れ。死体があんたの婚約者かどうかは調べておくよ」

 「お願いします」堂本が替え玉だったと聞かされた涸沼は、信じられないといった顔で立ち上がった。

 「堂本さんの名前を騙った人が見つかったら会えますか」涸沼は帰りがけに尋ねた。

 「なんで」

 「指輪を返してほしいんです」

 「そうだなあ、市が告訴しないんじゃ被害者がいない。いまのところ死体遺棄の証拠もないしな。指輪の窃盗の線は濃厚だが、あんたが盗まれたわけじゃないだろう。死体は被害者にならんよ」馬上警部の返答は歯切れが悪かった。

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