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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第4章 廃棄物調査
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51 白骨クイーン

 放射能特別警戒区域内の住民の一時帰宅が実施されることになり、フタバックス最終処分場も自衛隊員が同行しての点検が行われることになった。純白の化学防護服とレベル3の防塵マスクを着けた社員3人が自衛隊の装甲車に乗り込み、原発から半径20キロ圏内に入った。

 「こいつはひでー…」迷彩塗装の装甲車から降り立つなり、田路工場長は荒れ果てた処分場の様子に絶句した。

 門扉が壊され、進入路の両脇には便乗投棄された廃棄物が塁をなし、土手のようになっていた。ガイガーカウンターが高い値を示す瓦礫もあった。事務所は繰り返し盗難にあったようで、ガラスが割られ、ドアもこじ開けられていた。金目の物は全部盗まれ、非常用発電機の燃料も抜き取られていた。検査室に入ると高価な試薬の瓶が床に散乱し、一部が割れて焼け焦げのような染みを作っていた。ガスクロなどの高価な検査機器は不思議と無事だった。水処理施設のポンプは動いていた。電気が復旧していたのだ。しかし配管が目詰まりしたため、暴気槽に滞留した汚水が腐敗し、悪臭を放っていた。

 「全部復旧するには何千万じゃ済まないな」田路はがっかりしたように言った。

 処分場内にも便乗投棄があったが、面積が広大だったこともあり、進入路ほどひどいようには見えなかった。しかし、坂道を下りるにつれて惨状が明らかになった。

 「あと15分で退避してください」放射線量計が警報音を鳴らし始めるなか、同行している自衛官が言った。

 「おい、なんだか、臭くないか」検査技師の井戸が言った。防塵マスクの活性炭では除去できない悪臭が漂ってきた。

 「確かに臭いな。こりゃなんかの死体だわ」総務主任の前野が言った。

 「あれはなんだ。ブタでも捨てられたか」田路が指差す先のガレキの中に黒い塊が見えた。近づいてみると、蠅がブンブンと飛び交い、カラスに食い破られた胴体から、真っ黒な泥のように腐った臓物が零れ、白い蛆虫のかたまりが自然発生したかのようにゾロリと転がり出していた。

 「ひょっとしてこれ、人間の足みたいだよ」前野が言った。

 「ウソ?」井戸が眉をひそめた。

 「これやばいですよ」前野が田路を見た。

 異変を察して同行している自衛官の中で一番の上官の大仲2等陸士がかけつけてきた。「どうしたんだ」

 「どうしたもこうしたないすよ」前野が言った。

 「は?」

 「死体があんすよ」鼻をつく異様な悪臭に大仲もただならぬ事態を悟った。

 ガレキの中に人の胴体らしきものが半ば埋まっていた。周囲には炭化して真っ黒に変色した脚とも腕ともつかないものがばらばらに転がり、一見して尋常な死体でないことがわかった。

 「ひでえ臭いだ。おまえら、えらいもんを見つけたな」大仲は悪臭を放つ死体から顔をそむけもせずに、ガレキを崩して死体を暴き始めた。腐乱が進んで一部白骨化した死体は男女の区別もわからなかった。だが、被災地でたくさん見てきた他の水死体とは違うことは大仲にもうすうすわかった。

 警察は、フタバックス最終処分場で発見された死体を、年齢20歳から30歳の女性、死後3か月以上を経過したものと判定した。ちょうど東日本大震災が発生した頃のため、被災者の可能性がやはり高く、事件性は薄いというのが警察の見方だった。死体があることに気づかずにガレキと共に仮置場に移動されてしまうことは珍しくなく、故意でなければ死体遺棄罪で立件はできない。行方不明者はまだ数千人も残っており、身元の特定は簡単ではなかったが、最終処分場という特殊性があったので、いちおう司法解剖に回すことにした。

 「刑事さん、死体のことは、ほんとに知らないですよ。第一自分の処分場に死体を捨てるバカがいますか。避難してる間に有象無象の連中が事務所を荒らしたり、いろいろやばいブツを捨てに来たりしてんのはご覧になったでしょう。これはそれなりにプロの仕事ですよ。処分場に捨てたら俺らがなんとかしちまうとでも思ってんだ。たしかにいちいちやばいもん見つけるたんびに事件にしてたらこっちも仕事になんないすけど、死体をみっけて届けないなんてことはいくらなんでもねえ。わざわざ処分場に棄てにきたんだから、土地勘のある地元のやつか、それとも一度ならずここに来たことがあるダンプの仕業だと思いますよ。高速代をただにしたでしょう。それで便乗が増えて、かえってゴミを呼んじまったかもしれませんよ。それでゴミん中から死体を掘り当てたやつがいて、いたずらしてったに違いありません」処分場の関係者として警察署に留め置かれた田路工場長は否認を続け、翌日には解放された。

 司法解剖の結果、肺にも胃にも海水を飲んだ形跡がなく、津波の被災者ではないことが明らかになった。頭蓋骨と脛骨に骨折があり、死因は転落による脛骨骨折と、それに伴う窒息死と推定された。ほかにもいくつも不審な点が見つかり、県警は死体遺棄事件として捜査することになった。死体は全裸で、下着も脱がされていた。死亡してから犯された屍姦被害者の可能性もあったが、組織の腐敗がひどく膣内の精液を採取することはできなかった。脱がせた衣服などの遺留品も見つからなかった。左手の中指骨の欠損は死後で、指輪を盗んだ形跡だと考えられた。警察犬が処分場内の廃棄物から切られた指の骨を発見し、切断痕から鋭利なナイフで切り落とされたことがわかった。フタバックスの社員が発見する前に、指輪泥棒が死体を発見していたのだ。

 田路工場長の証言にしたがって、警察は放射能警戒区域内に処分場があることを知っている者の犯行、すなわち処分場に廃棄物を搬入したことがある業者が、ガレキと一緒に死体を運んだ可能性が高いと見ていた。死体の周辺に散らかっていたゴミは、地元より首都圏の物が多かった。フタバックスの過去の取引先を洗い出すとともに、死体周辺の廃棄物1点1点の出所を調べる地道な作業が始められた。

 頭骨から復元した顔のイラストも作成され、全身骨格から身長も推定された。出来上がったイラストがなかなか美人で、推定身長も165センチとモデル並みだったことから、さまざまな憶測をよび、タブロイド新聞やゴシップ雑誌が白骨クイーンとはやしたてた。津波で行方不明になった身内ではないかという情報が多数寄せられ、その都度身体的特徴と照合され、可能性があればDNA鑑定も行われたが、一致するものはなかった。

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