43 くぬぎ山
調査3日目、涸沼と目黒が乗ったレンタカーのX-トレイルは関越道を所沢に向かって北上していた。
「くぬぎ山って知ってるか。所沢インターの北西に広がる見渡すかぎりの雑木林のことを言うんだ。インターの先の左手になるな。もうすぐだ」目黒は助手席の涸沼に向かって言った。
「知ってます。ダイオキシンが問題になったところですよね」
「環境屋のウソ話にマスコミが乗せられたんだよ。被害者なんか誰もいねえのに、産廃屋も農家も大迷惑したわ」
「環境屋って」
「ありもしねえ環境問題を煽ってメシの種にしてるカスだわ」
所沢インターを降りると、X-トレイルは畑の中の農道を縫うように進んだ。
「焼却炉ぜんぜんないですね」
「ちっちゃいのが何百もあったけど、役所が金出して片したんだわ。だけどよ、川崎や大阪みてえなでっかい煙突ばっかのとことは、もともと汚染のレベルが違うよ。マスコミってのはでっかい問題には蓋をして、ちっちゃい問題ばっかり騒ぎやがる。環境屋もマスコミもオオカミ少年なんだわ」
目黒の目指した先は河北土工だった。くぬぎ山が近づくにつれ、遠くからでもそこここに堆く積み上げられた産廃の山がはっきりと見えてきた。そのうちでも河北土工の積替保管場は最大級の堆積量で、近くの高圧線の鉄塔が隠れるほどの高さに産廃が積み上げられていた。
「ざっと1万立米はあるかなあ」目黒は堆積されたまま放置され、雑草が薄く生え始めた廃棄物の大山を見上げた。
「こんな市街地から近いところにずっと積んでおいたら、苦情があるでしょうね」
「全部撤去するとなると1億だな。一発屋(無許可ダンプ)に出しても2、3千万てところだろう」
河北土工の事務所はもぬけの殻だった。門扉は開いたままで、事務所の窓もドアも破られ、室内には書類が散らかったままになっていた。
「こりゃ、夜逃げしたらしいな」目黒は事務所に入って書類を漁りはじめた。
「なにやってるんですか」
「ぼけっとしてねえで、オメエも探せ。取引してた産廃屋でもダンプでもなんでもいい、手がかりになるものを探すんだ」
「なるほど」涸沼もしゃがみこんで床に散らかった書類を集めた。
「どうだ、なんかあるか」目黒が涸沼の手元を覗き込んだ。
「請求書ですね。川崎の翼商会」涸沼は丸めて捨てられた紙くずを広げた。請求金額は20万円ちょうど。大した金額ではなかったが、目黒はなにかピンときた様子だった。端数を書かない大雑把な請求書はヤクザの常道だ。
「オメエ、なかなか筋がいいぞ」目黒は紙くずを奪い取って写真も撮らずに無造作にポケットに入れた。
「隣のホヅミ(積替保管場)も寄ってみるか」目黒はX-トレイルを河北土工に停めたまま、右隣にある協栄運輸機工につかつかと入っていった。河北土工と似たような規模の廃棄物の置場だったが、堆積量は多くなかった。
ユンボ1台が稼働中で、深枠のダンプがちょうど産廃を積み込んでいるところだった。事務所は中古のプレハブで、風雨に傾き、ドアにも大きな穴が開いていた。倉庫に使っているコンテナが2つ、その隣には以前事務所に使っていたのか、古い観光バスが錆びて朽ち果てるままに放置されていた。
「なんだ、オメエら」2人の姿を見ると、ダンプの誘導をやっていた男が、目黒につっかかってきた。
「警察だ。あそこに停ってるダンプはなんだ。社名も書いてないな。許可はあるんだろうな」目黒がバッジをちらつかせると、男はたちまち態度を豹変させ、背中を丸めて事務所へ走って帰った。
目黒は勝手にずんずん奥に入ってダンプに近づいた。運転手はシートを倒して寝たふりをしていた。
「おい、降りろ」
「何事ですか」運転手は窓を開けて、面倒臭そうな顔で言った。
「どこに運ぶつもりだ」
「ここに運んで来たんすよ。これから降ろすところすよ」運転手は荷台を上げた。積んだばかりの産廃が湯気を立ててこぼれた。産廃は積んでおくと木くずが発酵して熱が篭るのだ。
「あぶねえだろう、この野郎」目黒がよけたすきをついて、ダンプは急発進して場外へ逃げていった。
「野郎、覚えてやがれ」目黒はダンプのテールに向かって毒付くと、事務所に向かった。
「隣はどうした」目黒は事務所に隠れた男に聞いた。
「隣って」
「河北土工だよ。やってねえみてえじゃねえか」
「ああ、その隣ですか。もうかれこれ3か月にもなるかなあ。全然動いてないすねえ」
「夜逃げか」
「そうすねえ、社長がヤクザもんに揺すられてるって話は、ちょくちょく聞いてたんすけど、そのうちどんどん積み上がって。それでうちの社長が文句言ったんすよ。こっちに崩れたらどうしてくれるって。そしたらいい加減なとこで切り上げて、それっきりす」
「20メーターはあるな。高圧線の鉄塔に紅白の色分けがあるだろう。あれがワンスパン10メートルだから」
「なるほど」
そこへ留守の男から連絡を受けた協栄運輸機工の社長の諸岡が、古ぼけたセルシオに乗って飛んできた。
「これはこれは警視庁からわざわざご苦労さんです」諸岡はぺこりと頭を下げた。
「隣を調べてんだ」
「ああ、そゆことか。俺ん所もひっかかっちゃって。大した金額じゃないですが、マニフェスト100枚ほど貸しただけすから。1枚8万だから、それでも800万すかね」諸岡はもったいぶった口調で話しはじめた。
「河北は誰に揺すられてたんだ。そうやすやす揺すれる玉じゃねえだろう」
「白紙の借用証書を書かされたって話で。そしたら吹っかけられて3億だって噂ですよ。会社はまだあるんですよ。河北はここで受けて福島に持って行ってたんです。それで向こうでやばくなると、こっちへ引き上げたりして、なかなかうまくやってたんすが、ヤクザもんともめたらしくて。根っこは西の連中ですがね。福島の捨て場が見つかって撤去することになったんですよ。その矢先の地震でしょう。これ幸いと雲隠れですわ」
「なるほど、福島にねえ」
「それで刑事さん、うちはなにかやらかしたんで」
「いや、隣を見に来たついでに寄っただけだよ。あんたんとこはなんでもねえよ」
「そりゃそうでしょう。手堅くやらせてもらってますから」
「ところで社長、川崎の翼商会を知ってるかい」
「破鬼田さんが今度社長でしょう。そういや、隣に出入りしてたわ」
「こことの取引は」
「あの人はやばいブツばっかだからだめだわ。もしかして河北が逃げたのは」
「もう、その話はしめえだ。このごろ所沢の景気はどうだい」
「所沢バッシングがまだまだ続いてますよ。産廃業者は全滅させるのが悲願だとかで、市も県も環境屋の尻馬に乗って理不尽なことばかり言ってくる。団体の連中は根も葉もないウソ話で増長するばかりで、訴訟を起こしては面白がってる。うちはまあ信用してくれるお客さんが多いから、まだいい方だけど、施設によっては、環境屋が余計なちゃちゃ入れるもんだから、仕事が半分になったと悲鳴を上げてるとこもあるくらいでね。ただ環境屋だって、それが仕事でしょう。産廃屋がみんなまっとうになっちまったら、商売上がったりだわな」
「減った仕事はどこへ行ったんだろうねえ」
「そこですよ。不景気といったって工場から出る産廃が半分になったわけじゃありませんからね。市も県もそこがわかってない。環境屋はわかっていて、都合の悪い話は知らん顔だ。所沢で処理できない産廃は周辺の市にこぼれてるんです。埼玉だったら川口、川越、深谷、八潮あたりでしょうかね。それから府中や市川にも行ってるんだろうなあ。ダイオキシンが騒ぎになってるころには、所沢特需だって言われましたよ」
「所沢問題は、余所にとっちゃあ特需だったのか」
「ご存じでしょうが、そもそも所沢の釜(焼却炉)は県が推奨して作ったものなんです。県は当時の基準だと1日5トン未満の釜なら許可はいらないからって、野焼きやってる業者に釜を買え買えって指導して回ったんですよ。それが今度は大型炉じゃないとダメだって。一番の特需は釜屋(焼却炉メーカー)だったでしょう。ダイオキシン問題のあと、日本中で新しい釜をこさえたから、どこも何千億も儲けましたよ。環境屋が釜を廃止しろと騒いで結局儲けたのは釜屋だ。原発だって今にそうなりますよ。古い原発をどんどん壊して新しい発電所をこさえる。結局んとこ儲けるのはゼネコンと重電だ。うまくできたもんだわ。環境屋サマサマだね」師岡の話は止まなかった。産廃業者の社長は他所の話となると饒舌だった。




