41 占い師
六本木の路地裏に、1人の盲目の占い師が露店を出していた。傍らには首輪を着けた犬が、大人しく前足を揃えて控えていた。精悍な顔つきをしたグレートデンとブルドッグの雑種は、盲導犬というより闘犬に見えた。商売っ気はまるでなく、張り込みでもしているみたいに、占い師はじっと通り過ぎる人々の立てる物音に聞き入っていた。
ベントレー・コンチネンタル・スーパースポーツ・コンバーチブルの白い車体が、迷惑も省みず、路地裏に我が物顔に進入してきた。通行人は大パニックになり、悲鳴を上げながら、思い思いに軒下や側溝の蓋の上に逃げた。
「あの野郎、迷惑も考えねえで。おっぱらってやろう」チンピラが2人、路地の真ん中に居直るようにして、ベントレーの運転席を睨みつけた。だがベントレーはスピードを緩めなかった。2人は危うくはね飛ばされるところを、左右に転げるようにしてかろうじて逃れた。
「ばかやろう、ふざけやがって」チンピラは口汚くベントレーを罵倒したが、どうせ防音壁に守られた運転手には聞こえなかった。
涸沼はすっかり夜の装いに化粧直しを済ませた六本木の町をさまよっていた。路地裏から飛び出したベントレーが涸沼に気づいて急停止した瞬間、涸沼の姿は同じ路地裏に吸い込まれるように消えた。ベントレーは目に入っていない様子だった。
「ちょっと、あんた」涸沼を呼び止める声がした。ドブ板の上に店を出している盲目の占い師が目に入った。小さな看板には「運勢見立不明探索、開運変位器物呪詛、京膳架空大易大司」と行書で書かれていた。
「あんた、捜し人だね」無視して通り過ぎようとする涸沼に京膳が言った。
「確かに捜している人がいないこともないですが」迷惑そうに立ち止まった涸沼の答は自信なさげだった。
「ま、そこに座らないか」
「別にいいですよ。占いなんて信じてませんから」
「信じなくったっていいよ。俺も暇なんだが、あんたも暇そうだから声を掛けたんだ。暇人同士ちょっと寄っていきたまえ」
「そんなこと言って、見料を後で請求したって払いませんよ」
「そんな端金いらんよ。俺はこう見えたって易者じゃないんだ」
「じゃなんですか」
「たとえば、あんたの恋敵かもな」
「それならむりですね。僕の彼女は…」
「人は見かけによらないぞ。あんただって、その見かけと中身は違うだろう」
「もう行きますよ」涸沼は立ち去りかけた。
「悪いことは言わない。ちょっと待ちなって。あんたが捜してる女が見つかるかどうか占ってやろう」心の内を見透かしたような京膳の言葉に、涸沼はぎくりとした。
「ほらみろ、当たっただろう」
「誰だって捜してる人の1人や2人。数打てば当たるイカサマじゃないですか」
「イカサマじゃない占いなんて、この世にあるのかい。俺が女を見つけて渡りをつけてやろうか」
「今度は女衒ですか」
「まあ、俺に任せてみろって」
「じゃ、仮に彼女を見つけたとして、それからどうなるんです」
「座るのがやなら歩きながら話そうか」
「なにを話すんです」
「あんたの尋ね人のことだ。それとも死人を捜してたんだっけ」
「やっぱり思わせぶりですね」
「俺はそんじょそこいらの占い師じゃないんだよ。人の恨みを物に込める器物呪詛師なんだ」
「物に恨みを込めるって、どういうことですか」
「たとえば死人の形見とかに」
「それなら指輪はどうです」
「指輪があるのかい」
「美姫に贈った指輪が見つかったんです」
「あんたの尋ね人の名前は巫女と言うんだね」福島訛りで、美姫の語尾が上がったので、巫女に聞こえた様子だった。
「美しい姫と書きます。神様につかえる巫女じゃありませんよ」
「かわいそうに殺されたんだね」
「どうして殺されたって」
「その指輪には大変な恨みが篭っているんだ。恐ろしい復讐の企みが篭っている」
「ほんとに思わせぶりですね。指輪を持つ者に、なにか災いがふりかかるとでも言いたいんですか」
「もちろんそうだ」
「でも、僕は持っていません」
「持っていなくてもかかわった者すべてに災いがふりかかる。それが死霊の呪いだ。その指輪に篭められた呪いが、誰かに指輪を拾わせて、あんたに届けさせたんだろう。かわいそうに、そいつにはもう指輪の呪いに振り回されているぞ」
「ほんとに偶然としか言えないことです」
「あんたには偶然としか言えないことだろうが、俺にははっきりと因果の道筋が見える。いずれあんたも死ぬことになるぞ」
「彼女がそれを望むならかまいません」
「おやおや」京膳は呆れた様子で言った。「悪鬼が指輪に篭めた呪いが、どれほどの人を不幸にするかも知らずに純愛ドラマかね。死んだ恋人と再会できるとでも」
「あなたは間違ってます。彼女は生きていますから」
「俺なら指輪の呪いを解いてあげることもできる。無料ではないがね」
「指輪の呪いが僕を彼女へと導いてくれるなら、呪いを消してほしくないです」いつの間にか涸沼は京膳の話術に引き込まれていた。だが、座りはしなかった。
「つまりあんたも信じているのじゃないか。指輪に死者の思いが篭められていると。それこそが器物呪詛なんだ」
「詭弁は願い下げです。思いは僕の気持ちの中にあるんです。指輪の中にあるんじゃありません」
「生きながら死に、死んだつもりがどっこい生きてるのが尋ね人だよ」
「それはどっかの歌の文句ですか」
「なにちょっと口が滑った」
自信たっぷりの京膳を見ていると、涸沼はなんだか憎めなく思った。「あなた何者ですか」
「天才ペテン師だよ。今夜は大収穫だ。墓の外に逃げ出した死人を見つけるだけで50万。俺にとっちゃお安いご用だ」
「50万なんて…あの…なにも頼んでませんよ」
「手付は5万でいいよ。気が向いたら連絡をくれ。さあ、ハスキー行くぞ」立ち上がった京膳はポンと涸沼の肩を叩くと、目をパッチリ開いて雑踏の中に消えていった。いかにも盲目の占い師のように盲導犬を連れていたのは、客寄せのパフォーマンスだったのだ。




