37 叶わぬ夢
涸沼は目黒を福島駅に送り届けてから、レンタカーの返却予定を翌日まで延長し、そのままいわき市の自宅に戻った。新興住宅地の安普請の建売で、随所に手抜きの跡がある家だった。基礎は継ぎ接ぎ、建具は注文住宅の返品の再利用、壁紙の柄合わせもいい加減で、接着剤が浮いていた。それでも涸沼にとっては美姫と住むためにムリをして購入した愛しい新居で、ローンがまだ17年残っていた。芝生を張った狭い庭はこぎれいに植栽されていたし、どの部屋も整理整頓が行き届いていた。フィアンセが帰ってくると信じて管理しているのだが、もともと几帳面で掃除好きな性格だった。
証拠の入った袋をどこに置くか迷った末、ガレージに置くことにした。目黒から放射能があると忠告されたので、家には入れないほうがいいと考えた。ガレージの明りをつけ、ありあわせのゴミ袋に詰め込んできた廃棄物を、ゴム手袋をした手でそっと広げてみた。このゴミがどこから来たか調べれば、美姫の指輪の出所がわかり、美姫の消息の手がかりになるのだ。そう思うと、ゴミが宝物に見えてきた。ゴミを新しいゴミ袋に移し終えると、着ていた衣類をすべて洗濯機に入れ、頭から入念にシャワーを浴びた。それも目黒のアドバイスだった。
放射能を洗い流した涸沼は、やっとさっぱりした気分になって居間のソファに身を投げ、飾り棚にある美姫との思い出の写真を取り上げた。不意をつかれたような歪んだ表情の写真だったが、それがたった一枚の写真だった。どこにも不満のない美姫だったが、気がかりなことがいくつもあった。たとえば何度デートを重ねても、美姫は写真を撮られるの許さなかった。
「私ってレンズ恐怖症なのよ。それに写真て本人と似てないから嫌い」美姫はいつもそう言っていた。だからまともなアングルの写真は撮れなかったのだ。
もう1つ、不審な行動があった。学生時代の友達とフラメンコ教室に通うのだと言って、毎週末に上京したのだ。そんな彼女を涸沼はいつも車で駅まで送っていった。いわきから上野まで特急で2時間半、日帰りできない距離ではなかったが、いつも金曜日の夜にでかけて日曜日に帰ってきた。だから、週末のデートはしたことがなかった。都内に彼氏がいるのかと何度も疑ったが、問いただせなかった。
失踪したあと、美姫が両親に説明していた上京の理由がフラメンコ教室ではなかったことを知った。大学時代から続けている国際協力NPO「パルシック」のインターンシップを続けると説明していたのだ。涸沼は東京神田にあるパルシックの事務所に問い合わせた。外国語が堪能だった彼女は確かに学生時代にインターン登録していたが、帰郷後は1度も顔を出していなかった。フラメンコ教室がどこにあるかはわからず、たぶんそもそもそれはウソだったろうと察した。美姫の消息を知る手がかりはほかになかった。そして3年が過ぎた。市役所での堂本との出会い、そして目黒警部との出会い、指輪の発見から始まる出来事はまさに奇跡だった。偶然がこんなにも重なるものかと思った。




