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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第3章 なりすまし
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31 悲しい再会

 柳生がもしも見つかったら間違いなく殺される。金のありかを知っていようと知るまいと関係ない。6億円にからんだ全員がばらされる。だから指名手配されたやつらはさっさと警察に出頭したんだ。いくらチンピラでしかなかった児玉にだって、それくらいはわかった。今しも柳生に遭遇するのではないか。そんな予感がして、児玉は国分町の無電柱化された通りに目をこらした。そのとたん見覚えのある姿が視界に飛び込んできた。心臓が不思議なほど高鳴った。

 「城山さん」地階へ階段を下りていく女の背中に児玉が声をかけた。香夜子は夏が近いというのにガウンを羽織っていた。下は薄着だと察せられた。道路に面したエントランスには「レディードール」と書かれたネオンが輝いていた。

 「ああ、あなたは」香夜子も児玉の顔に見覚えがあった。

 「この店にいるのか」

 「うん」香夜子は自分の堕ちた姿を見られて顔を赤らめた。

 「指名するよ。名前はなんていう」

 「KAORI」

 「わかった」児玉はKAORIと並んで階下の店に入った。

 黒服が児玉を一番奥のボックスに案内した。店内はほぼ満席に近い状態だった。周囲のボックス席には、ストッキングをガーターで止めた古典的なランパブスタイルの女たちが、お客と1対1の接客をしていた。

 硬いレザーのソファに座ると、すぐにKAORIが現れた。地震の日にはドロドロだった香代子の肌が、今日は真っ白に輝いていた。ほっそりとした体にアンバランスなほど大きな胸とピンクレースのランジェリーがよく似合っていた。美人だなと思った。ケガをしたはずの右脚に目が行ったが、傷跡はうまく隠されていて、後遺症もないようだった。

 「フリードリンクなんですけど、ウィスキー、ブランデー、焼酎、なにがいいですか」

 「焼酎」

 「わかりました」KAORIは黒服に合図し、自分は児玉の隣に座った。

 「再会できてほんとにうれしいです。どうしても会いたかったから」

 「ほんとか」

 「だって命の恩人ですよ」

 「そんな大げさなもんじゃねえよ」

 「水浸しの空港に腰までつかりながら運んでくれたんだもの」

 「意識なかったんじゃねえのか」

 「ちゃんと覚えてます」

 「そっか。空港の回りはまるで海だったかんな。脚はだいじょうぶなのか」

 「うん、おかげさまですっかりいいわ」

 「両親は見つかったか」

 「お父さんの遺体は見つかったの。お母さんは…」KAORIは涙ぐんだ。

 「大学はどうした」

 「入ったけど1日行って退めたの。あたし、ここでお金貯めて来年は留学する。仙台の大学なんてつまんないよ」

 「そっか」

 「仕事はつらくねえか」

 「楽しいよ。指名のお客さんも何人かついたしさ」KAORIはムリに強がって言った。ランパブの仕事が楽しいわけがなかった。

 「美人だからな。それに痩せてたと思ってたら意外と」

 「見かけによらないデブかな。ランパブは胸がないダメだからね。ここではGカップなんてけっこう普通なのよ」

 「そうでもねえだろ。やっぱでけえよ」

 「なんか変だね。こんな話をこんなとこでするなんて夢みたい。そうだあたし、名前聞いてなかったのよ」

 「こ…堂本だよ」児玉は本名を言えなかった。

 「かっこいい名前ね」

 「子供の時よく言われた」

 「ねえ、おなじみのお客さんだけ案内するボックスがあるけど行く? そこならもっとゆっくりできるよ」

 「かまわないよ」

 「ちょっとホールより高くて、30分1万円だけどだいじょうぶかな」

 「金ならあるから」

 「じゃ行こう」KAORIは児玉の手を引いて立ち上がった。

 KAORIが案内したのは安っぽいビニールレザー製のベンチシートがある半個室だった。シートの座面が微妙に広くてハーフベッドくらいに使える。これは裏風俗だなと児玉は察した。

 「横になってもいいのよ」

 「ああ」児玉言われたとおりベンチシートに横になった。シートと同じ素材の肘掛クッションが枕にちょうどよかった。

 KAORIはランジェリーのまま児玉に被さるように添い寝してきた。ブラの尖った布地が児玉の脇腹の筋肉を刺激した。つぶれた家の前で抱えあげた時、背中に感じた感触が甦ってきた。あの時の香夜子の体は巣から落ちたすずめの子のように震えていたが、今日の彼女の体はとても温かく滑らかだった。

 「こんな店で驚いたでしょう」

 「好きでやってんじゃねえだろう。生きるためならしょうがねえ。俺だって似たようなもんだ」

 「そうだよね、しょうがないよね」

 津波さえなければ、こんな風俗店で働かなくても、普通の女子大生になっておもしろおかしく遊んで過していただろうに。

 「きれいな体だな」

 「ねえ、胸に触って。あたしって、これしか自慢がないの」

 「ああ」

 児玉は生返事をしたものの気後れしたように手を出さなかった。

 「ほんとは嫌なのよ、お客さんに胸を触らせたりするの。だけどやる以上は他の子に負けたくないから」

 「強いんだな」

 「騙されたの。お触り禁止の健全なお店だって面接のときに聞いたのに、みんなウソ。ランパブがお触り禁止なんて、いま考えたら信じるほうがおかしいけどね」

 「知ってるさ。高校辞めてすぐ川崎で案内所の店番やってたことある。固いこと言う女は俺らや常連さんでやりまくって…ごめん、よけいなこと言った」

 「いいのよ、そのとおりだから。あたしも研修だって言われてオーナーの友達に順繰りにやられちゃった」

 「もう黙れよ。触るぞ」

 「うん、どうぞ」

 児玉は恐る恐るKAORIのブラの縁に手を差し入れた。柄にもなく指先が震えていた。

 「ねえ、これどうしたの」KAORIは児玉の腕の異変に気づいた。十円玉くらいの大きさの壊死が起こっていた。

 「別に」

 「痛くないの」

 「たぶんガレキ運んでん時に痛めたと思うよ。そのうち治るさ」

 「ならいいけど」

 「ねえ、ここも触っていいよ」

 KAORIはTバックショーツの紐のように狭いクロッチに児玉の指を導こうとした。

 「これも店のサービスか」

 「ううん、下着さえ脱がなければ、どこまでかは自分の判断なのよ。脱ぐのだけはランパブだからタブーなの。普通はこんなことまでさせないんだけど堂本さんは特別」

 ウソだろうと児玉は察した。風俗がどんな仕事か免疫がないことにつけこまれて、ここまで客たちに堕とされたのかと思うと児玉は思わず唇を噛んだ。

 「ね、じっとしてて。あたしがぜんぶやるから」

 KAORIは児玉のジーンズの股間に手を伸ばし、ヘルス風のサービスを始めようとた。復興特需で流れ者の客が増えた国分町はなんでもありだと噂には聞いたが、ランパブのシステムでここまでさせるとはひでえ店だ。だが怒る気にはならなかった。津波が全部悪いのだ。

 どんなにKAORIが懇親の愛撫をしても児玉は勃起しなかった。ナオの時は気にしなかったが、今度は児玉も不安を覚えた。KAORIが努めて気づかないふりをしているのがわかった。児玉の年でKAORIの指に反応しないなんてありえない。

 「やっぱ俺、今日はだめみてえだわ。気にすんなよ。KAORIが可愛くねえわけじゃねえから。もうなんもしなくていいから、側に寝ててくれよ」

 「うん、わかった。ほんとに疲れてんのね」

 「津波のときはドロドロに汚れててよく見えなかったけど、ほんときれいな体なんだなあ」

 「もうだめよ。せっかく助けてもらったのにこんなに汚れちゃった」

 「そんなことねえよ」

 「ほんとにそう思う…ねえ、ほんとに…」

 「ああ…」

 児玉は催眠術にかけられたようにKAORIの腕枕でいつの間にか眠りに落ちていた。なにかしあわせな夢でもみているのか、不思議なことにいくらか勃起してきたようにKAORIの指先が感じた。

 「堂本さん、ありがとうね。あたしの天使だよね。泥んこの中から2度もあたしを見つけてくれたもんね」

 そっと唇を近づけながら、KAORIの目から大粒の涙が零れ落ちた。

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