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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第3章 なりすまし
30/91

30 6億円事件

 小奇麗なアーケードが一直線に並ぶ仙台市の一番町通りでは、真夏の到来を待ち切れずに薄着をした若者たちが、夜更けまで遊びほうけ、震災復興景気にわきかえるネオン街の国分町通りには黒服たちがたむろして、懐具合のよさそうな余所者を物色していた。そんな夜の巷をうろつきながら、児玉はキャバクラ美神連合の入っているビルに恐る恐る近づいた。堂本のダンプを売ったことが脇田にばれたら半殺しでは済むまい。もっとヤバイのは堂本になりすまして市役所に義捐金まで申請したことだ。今ならまだ引き返せるが、金を手にしたらもう後戻りはできない。だが児玉のままでは、いずれ再逮捕される。堂本に成りすませれば金と自由が手に入るのだ。

 意を決して国分町通りにもどったとたん、見覚えのある真赤のフェラーリが轟音を上げながら児玉を追い越していった。

 どうして破鬼田が仙台に。まさか原発からばっくれた自分を追ってきたのか。いや、そうではない。リカが紹介してくれるダンプの買手とは破鬼田のことだったのかと、今さらに悟った。

 ダンプを売るのはやめて逃げようかと思った。しかし逃げる先の名案もなく、美神連合から近いおでん屋に隠れて心を落ち着けた。名物だと薦められたニラ玉を肴にビールを飲んでいるうちに、だんだん強気になってきた。これは破鬼田と決着をつけるチャンスかもしれない。ダンプを売った金で原発から逃げたケツを拭けばいいのだ。なんとかなりそうな気になった児玉は、美神連合に向かった。

 破鬼田は中央のボックスに女たちをはべらせてブランデーを飲んでいた。まだ10時前、店内は5分の入りだった。

 リカが破鬼田の隣に脚を組み合わせて座っていた。深く切れ込んだサテン地の裾が割れて、真っ白な素足が覗いていた。その妖艶さは息を飲むほどだった。周囲にもリカが選りすぐった女たちが座っていた。どの子もモデル並みのプロポーションだが、リカと一緒では、満開の桜の枝に隠れた水仙のように目立たなかった。

 破鬼田は自慢げに携帯より一回り大きな機械を見せていた。放射線量計だった。

 「どこでも鳴るんだぜ。都内のスクラップ屋とか、いまでも警報が鳴ってんだ。千葉から群馬まで全部だよ。病院でも鳴ってたって聞いたぜ。テレビってのは訴訟が怖くてなんも報道できねえんだ。それで今頃んなって水道がどうの下水道がどうのって騒いでやがる。銀座の路地だって鳴るんだからよ、国分町だってドブ板の下とかだってぜってえ鳴るぜ」

 「そうなの」女の1人がものめずらしげに、線量計のデジタル数値が変化するのを覗き込みながら言った。

 「日本中だめなんだよ。安全なのは沖縄と小笠原くれえだろう。いや、太平洋はもう全部だめかもな」

 「やだ、どうしよう」

 「ガキを作んなければいいんだよ。大人はでえじょうぶだよ」

 「子供ができないようにすればいいのね。それなら得意よ」

 「ばか、そらあ意味がちげえだろう」破鬼田はなぜか上機嫌だった。

 「お連れ様がお見えです」黒服が児玉を破鬼田のボックスに案内した。そのとたん放射線アラームが鳴り出した。破鬼田は数値が跳ね上がるのを見て、あわててスイッチを切った。

 「やばいもん運んでんじゃねえだろな。てめえのダンプだいじょうぶなのか」破鬼田は児玉を睨みつけた。児玉が来ることは知っていたようだった。

 「やばくないものなんてあるんすか」

 「きいた風なことを。まあ、そのへんに座れよ。逃げなかっただけ褒めてやる。のこのこ出てきたってことは、手土産があるってことだな」破鬼田は怒っていなかった。

 「へえまあ」児玉は遠慮しがちに破鬼田に対座した。すぐに隣に小柄な女が密着し、グラスにブランデーを注いだ。

 「水割りでいいですよね」もう水割りを作り始めてから、女が言った。児玉は答えなかった。

 「アイちゃんよ。かわいいでしょう。ナオがいなくてごめんね。あの子開店の日だけのヘルプだったから」リカが愛想を言った。

 「アイです、よろしく」

 「ああ、別にナオとはなんでもねえし」児玉は生返事をした。

 「どうぞ」アイはいくらか中国訛りがある長身の美人だった。原発事故の後、一緒に留学していた友達はほとんど中国の親元に呼び戻されたが、アイは残っていた。国分町には余るほどいた留学生のキャバ嬢だが、今は貴重な存在だった。

 「オメエ、痩せたな。だけどよ、原発からばっくれたのは正解だったな。東日本電力ってのはとんでもねえ会社だったからな。俺らが送った連中はよ、放射能のモルモットにされて、みいんな3日でお払い箱だとよ。あいつらのヤリクチ、ヤクザ以下だわ。俺もとんだ恥をかいたぜ」

 「そうなんすか」児玉は驚いた顔で破鬼田を見た。宇田川の言ったとおりだと思った。騙されたと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 「ところでオメエのダンプの年式教えろや」

 「15年登録で18万キロってとこっす」児玉はウソをついた。ほんとうは30万キロ回していた。

 「そんなもんか。意外といいじゃねえか。200でいいならすぐ払ってやるわ。だけどよ、原発からばっくれた迷惑料として50引かせてもらうぜ」

 「300で迷惑料なしっす。やなら帰ります」

 「印鑑証明出せんのか。名変できんなら300払ってやるわ」

 「これでどうすか」

 「貸してみい」破鬼田は児玉が出した書類を奪い取った。「オメエのダンプじゃねえんだ。なるほど。こいつの印鑑も預かっていいか」

 「ええ」児玉は堂本の免許証と印鑑を尻のポケットから取り出した。

 「用意がいいじゃねえか。名変が終わったら判子と金はリカに預けとくからよ。それでいいか」

 「ええ」

 「わかった。めんどくせえ話はこんで終わりだ」破鬼田は小さな集金鞄に書類を無造作にしまった。

 「ところでリカよ、こいつを見かけたことねえかな」破鬼田は写真を1枚取り出しながら真顔で言った。

 リカが写真を取り上げる瞬間、児玉は一瞬写真の顔を見て息を飲んだ。津波でつぶれた警察署の留置場から一緒に釈放された柳生だったのだ。

 「この人がどうかしたの」リカが真顔で言った。

 「国立くにたちの6億円事件に絡んでんだわ。警備保障会社が襲われた事件知ってんだろう」

 「だって犯人捕まったでしょう」

 「ありゃあ下っ端だわ。防犯カメラに映ってて指名手配になったから、自分から出頭したんだわ。金は持っていねえよ」

 「じゃ、この人が6億円持ってるの」

 「さあ、それはどうかな。こいつはよ、ピッキングの常習犯だから仲間に入れられたんだろう。金を隠した連中はよ、今はタイだわ。あっちで一軒家を買って隠れてんだ。まだわけえ連中ばっかだから、毎日女を買いまくってるとよ。あっちにいんのは4人でよ、みんなキモノ(刺青)を着てんから、向こうのオデコ(警察官)にもばれてんだ。だけどよ、4人が固まってるってことは、金はタイにはねえ。金を分けたなら一緒にいるはずがねえ。税関は厳しいかん、そんな大金は持ち出せねえよ。そのうち誰かが抜け駆けすんじゃねえかと、俺らの仲間が今見張ってんだ。2人は韓国人だから、そのうち2つに割れんぜ」

 「じゃあ、6億円はどこなの」

 「茨城か千葉だって俺らは見てる。日本中のヤクザもんが6億円探しにやっきだわ。オデコが見つけるめえに見つけて横取り狙ってんだ」

 「破鬼田さんもなの」

 「いまどきのヤクザにとっちゃあ6億円は大金だかんな。みんな欲しいだろう」

 「ヤクザじゃなくてもそうでしょうけど」

 「でよ、このピック野郎は仙台の出だからよ、こっちに戻ってんじゃねえかと思って探しに来たんだよ。500万かそこらの小金は掴んだはずだから、国分町で遊んでんじゃねえかと思うんだ。金のありかを知ってたらめっけもんだろう」

 「ふうん、じゃ、ダンプ買うために来たんじゃないんだ」

 「あたぼうじゃねえか。なんでそんなけちな用でわざわざ俺が来るかよ」

 「そうだよね」

 「で、どうなんだよ」

 「この写真預かっていいの」

 「捜してくれんならいいよ」

 「報酬はいくらよ」

 「居場所がわかれば100万払うわ。もしも足止めしてくれたら200万払ってもいいぜ」

 「わかった。じゃ、話は終わりにして飲もうよ」リカは写真をドレスの胸にしまいながら表情を緩めた。

 「俺、用が済んだから帰るわ」児玉は写真の件には興味がなさそうなそぶりで立ち上がった。

 「まだいいじゃないの。一緒に飲みましよう」

 「あにいの前じゃ落ちつかねえから」

 「遠慮すんな。俺のおごりだから遊んでいけや。それともこんな店じゃ物足りねえか」

 「また今度たのんます」

 「そっか、じゃ好きにしろ」

 「すんません」児玉は頭を下げてボックス席を離れた。

 アイが見送りにエレベータホールまで出てきたが、児玉は逃げるように階段を降りた。

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