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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第3章 なりすまし
28/91

28 覚悟

 いわき市役所の社会福祉課の自席に戻った涸沼は、堂本が持っていた指輪の残像に頭がくらくらした。思いがけない指輪の発見、これをどう解釈したらいいのだろうか。これは起こってはならない凶兆なのか。それとも起こるべくして起こった吉兆なのか。美姫は生きている。そのことを3年間、疑ったことはなかった。指輪の発見は、彼女の生の証になるのか、それとも死の知らせになるのか。いずれにせよ、これは彼女の消息をたぐりよせる糸口となる奇跡の出来事にちがいない。そう思うと胸の高鳴りが収まらなかった。

 いわき市内の食料品スーパーの2人姉妹の長女として産まれた佐々木美姫とは、市内のコバト保育園で出会った。美姫は保母になって1年目、涸沼も市役所の社会福祉課に異動になったばかりだった。初めて児童福祉法の立入検査に行ったのがコバト保育園だった。涸沼は美姫に一目惚れしてしまった。

 園児たちを寝かしつけてから、保育園の近くのバラ園でお弁当を食べている美姫を涸沼は偶然見かけて声をかけた。ちょうど同じ季節、5月の陽射しの下、春咲きのバラが5分咲きになっていた。意外なほどすんなりとデートに誘う言葉が出てきたのに自分でも驚いた。軟派は初めてだった。

 1年の交際を経て2人は密かに結婚を約束し、正式な婚約指輪ではなかったが、涸沼は2人の名前を彫った指輪をプレゼントした。式は白夜のフィンランドの雪原でオーロラを見上げながら挙げ、新居の庭には本格的なバラ園を作ろうと夢を語り合った。

 婚約して半年がたった金曜日、いわき駅前の喫茶店で飲んだコーヒーが2人の別れになった。美姫は上京したまま帰ってこなかった。都内で事故に巻き込まれたに違いないと両親が捜索願を出したが、警察は大人の家出には冷淡だった。

 指輪が投げかけた心の波紋は、やがてある確固たる確信へと昇華していった。

 彼女を取り戻すためなら、どんな犯罪にだって手を染め、財産と人生のすべてを捧げ、命だって喜んで投げ出そう。そのためにやるべきことは1つ。堂本から指輪を取り戻すこと。指輪の発見場所に行って美姫の消息の手掛かりを探すこと。そして美姫と再会することだ。3年間の美姫の失踪の秘密を暴き出すことになるかもしれなくても、躊躇はできない。

 3年前に始まった奇跡がまた動き始めている。そうでなければ指輪が自ら戻ってくるハズがない。3年前に止まった運命の歯車がまた動きだしたのだ。3年前に途絶えてしまった夢をまた作り直すのだ。この3年間に彼女になにがあったとしても、彼女の気持ちにどんな変化があったとしても、3年前に誓い合った言葉を、彼女はまだきっと覚えていてくれるに違いない。指輪の導きで、きっと3年前の気持ちを取り戻すことができるに違いない。そして新たな気持ちを作り始めることができるに違いない。指輪の発見が、再び2人の人生が交わる吉兆なのだとしたら、彼女の人生に再登場するために最高の装いを整えなければならない。

 思えば思うほど居ても立ってもいられなくなった涸沼は、仕事を放り出し、行くあてもなく市役所を飛び出した。

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