26 義捐金詐欺
児玉は堂本になりすまして印鑑を買い、銀行口座を開設し、携帯電話を契約し、レンタカーを借りた。脇田のアドバイスで無精髭を生やしたおかげで、どこでも堂本の免許証はまったく疑問を持たれなかった。新しい携帯が手に入ったので、脇田にもらった携帯は川に捨てた。
常磐道が通行止めだったため、仙台からいわき市役所まで、下道で半日がかりになった。カーナビがあるので迷わなかったが、到着したのは午後3時過ぎだった。前日から降り続く雨で、駐車場に水溜りができていた。児玉は傘を指さずにエントランスに走った。
1階の市民課で印鑑登録申請書に氏名、生年月日、住所を堂本の免許証から転記した。電話番号だけは自分の携帯を記入した。自分のといっても携帯の名義も堂本だった。
「堂本さんは義捐金の申請はお済みですか」印鑑証明書を交付する際、窓口の女性職員から声をかけられた。
「わかんないすけど」堂本は小声で言った。地元の訛りがないのを気づかれたくなかった。
「ちょっとそちらにかけてお待ちください。ご家族が申請したかどうか調べますから」
「はい」児玉は生返事した。
5分ほど待つと女性職員が児玉のいるソファまでやってきた。「申請されてないみたいです。ご家族はご両親だけですね」
「はい」
「ご無事ですか」
「連絡が取れないんで心配なんです」
「もう地震から2か月ですよ。まだ連絡が取れないってことは」
「生きてますよ」
「そうですよね」女性職員は気の毒そうに作り笑いをした。「義捐金は3階の会議室で受け付けてますから、申請して行ってください」
「あのう、義捐金はいくら出るんですか」
「堂本さんの部落の建物はほとんど全壊でしょう。県と市から5万円ずつ、日赤から35万円だと思うわ」
「それじゃ45万ぽっちですか」
「家がなくなったのに少なくてごめんなさいね。でも、これは第1次で、また次の配分がありますから。たぶん全部で100万円くらいは出ると思うから」
「そうですか」
「堂本さんは東京に行ってらしたのね」女性は児玉に訛りがないのに気づいたようだった。
「仕事で川崎に。地震の日は帰省しててね」
「そのまま川崎にいらしたらよかったわねえ。だけど住民票はどうして川崎に移さなかったの」
「家出なんすよ」
「ああ、そっか」女性職員は児玉の出まかせを信じた様子だった。家出して上京する若者は少なくなかったのだ。
児玉は1階の窓口を離れた。必要な書類が揃えば長居は無用だと思ったが、義捐金が45万円手に入ると言われて欲が出た。どんな様子が覗くだけ覗いてみようと3階に上がった。
「義捐金のご申請でしょうか」3階に上がるなり、いきなり男性職員に声をかけられた。
「はい」児玉は生返事をした。
「それでしたら番号をどうぞ。今混んでますので30分くらいお待ちいただきます。住所のわかる物はお持ちでしょうか」
「免許証がありますけど」
「それでしたら、あちらのソファで番号をお呼びするまでお待ちください」
「はい」児玉は言われたとおり番号札を取ってソファに座った。
義捐金など申請することになろうとは思いもしなかった。印鑑証明書をもらう程度なら罪の意識も少ないが、義捐金となれば、ばれたら詐欺罪だ。しかし、こうなったらなるようになれと思った。いっそこのままずっと堂本のままでもいいと思った。堂本になってしまえば鷹目親分を殺めた裁判もない。堂本は児玉より音の響きもかっこいい。ただし賢治という名前は好かなかった。軍司のほうがいい。




