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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第2章 不法投棄
20/91

20 放射性廃棄物

 児玉はもう1度ガレキの山を見直した。泥がついていないので、津波ではなく地震の揺れだけでつぶれた建物だろうと思われた。わざわざ原発の近くの処分場に棄ててこいということは、どう考えても放射能を帯びているということだ。作業員が誰も居ないってことは、そうとうやばい物なんだ。だから警戒区域に棄ててこいっていうんだ。放射性廃棄物を捨てても不法投棄にならないと脇田は言うが、そんなはずあるか。とにかくやば過ぎる仕事だ。このままばっくれる潮時か。しかし、2百万円も欲しかった。児玉は置き去りにされたユンボにマスターキーを差し込んだ。

 脇田が聞いた噂話はほんとうだった。放射性廃棄物には廃棄物処理法が適用されないので、不法投棄罪も無許可収集運搬罪もない。放射性廃棄物を規制する原子炉等規制法にも不法投棄罪はない。つまり不法投棄をしても罰する法律がない。宇宙人を殺しても殺人罪にならないのと同じ理屈だった。

 放射能を帯びているに違いないガレキを積んだ児玉は、脇田にもらった地図を頼りに、国道と県道を避けて市町村道だけを走り継ぎながら、原発のある双場郡に向かった。すれ違う車はまったくなかった。放射能特別警戒区域の外側にも警戒区域、計画的避難区域、緊急時非難準備区域、特定避難勧奨区域があった。日本らしい無意味な細かさだ。外国から見れば日本全土が特別警戒区域だろうに。警戒区域に近づくにつれて、明りの灯いている家はどんどん少なくなった。ところがさらに原発に近づくと、煌々と明りの灯った施設が遠くに見えた。児玉はヘッドライトを消した。

 脇田が手に入れた地図には、近づいていけない場所として、「オフサイトセンター(原発事故対策の前線基地)」や自衛隊のキャンプなどが描かれていた。児玉が見たのは「Jビレッジ」の明りだった。児玉も九基(宇田川)にそそのかされて相馬港から逃亡しなければ、いったんそこへ行くはずだった。もともと原発立地補助金で建てた豪華な保養所だったが、東日本電力が集めた臨時作業員を寝泊りさせる施設に転用されていた。ここでその日その日の作業員を選抜する仕組みだった。

 児玉はJビレッジを迂回して海岸に向かった。そこまで行けば津波でつぶれた家があるはずだった。脇田が言っていた処分場じゃなくたってかまいやしない。とにかく海岸まで行ったら積荷を捨てようと決めていたが、ヘッドライトを消したまま不案内な道に巨大なダンプを進めるのは至難で、どうしても海岸まで行きつけなかった。それでもやたらな場所に不法投棄すれば後で調べられることになると思い、暗闇の中を闇雲に走り続けた。

 1時間以上も走り回っているうちに、児玉は「フタバックス最終処分場」という案内看板を偶然見つけた。行くだけ行ってみようと思い、看板の案内に従って進んだ。処分場はすぐに見つかった。立派な門扉が何者かに壊されていた。もしかして脇田と同じことを考えたやつがいるのかと思いながら、児玉は進入路に入った。路面は何事もなかったかのようにきれいなままだった。だが、道路ではずっと消したままだったヘッドライトを点けたとたん、光景が一変した。進入路の両脇は不法投棄現場と化していた。台貫やビデオカメラ付きのゲートを備えた立派な事務所は、ドアが破られ、窓ガラスが割られていた。内部も荒らされているようだった。

 昇り坂を数百メートル進むと処分場の堰堤の上に出た。星明りにぼんやりと捨て場の全景が浮かび上がった。児玉は初めて許可のある管理型の本格的な捨て場を見た。容量は100万立方メートル以上あるようで、ちょっとした球場より広い感じがした。穴の方向からは安定型ではありえない異様な悪臭がただよってきた。

 児玉は堰堤を降りて、積荷のガレキを捨てる場所を探した。原発の爆発であわてて逃げたのか、埋め立て途中の廃棄物が処分場のそこここに散乱していた。便乗投棄もあるに違いなかった。コンパクターなどの高価な重機はすべて撤収されていた。児玉は処分場の底の一番奥まで行って積荷のガレキをダンプアウトした。処分場は放射能がなくなるまで、何十年も再開できないだろうし、ここなら何を棄てたって目立たないだろう。脇田はバカじゃないと思った。

 ダンプをUターンさせた時、ヘッドライトを反射する青い光を見たように思った。児玉はヘッドライトを点けたままにして、誘われるようにダンプを降りた。青い光に敏感になっていたのだ。運転席にも漂ってきていた臭気がひどくなった。かまわずに青い光を探して、先客が捨てたガレキに近づいた。

 小山になったガレキの中に泥まみれの蒲団のようなふっくらとした白い物体が目についた。ジャマなガレキを取り除けようとすると、児玉の到来を待っていたかのように、だらりとなにかが垂れた。蒲団だと思ったのは胎児のように背を丸めた人間の胴体だった。普通なら驚くところだが、警察署の留置場から出てガレキの中を放浪した時に、こんな死体はいくつも見たから驚かなかった。垂れた腕を見ると薬指が切られていた。きっと女の死体だと思った。処分場に死体まで捨てにくるなんてひどい連中だと、自分を棚に上げて思った。

 よく見ると震災直後にいくつも見た泥まみれの死体とは、いくらか様子が違っていた。死体は全裸で、下着1枚着けていないようだった。まさか着ている服まで盗む泥棒がいるとも思われない。昼間っから風呂にでも入っていたか。だが、津波が来るまでに服は着れただろう。腐敗がはじまっているはずなのに、肌はまだなんとなくきれいだった。顔はガレキに埋まって見えないが直感的に美人だったんだろうと思った。だから屍姦されたのかもしれない。津波の後はなんでもありの地獄絵だった。

 死体なんかにかかわっちゃいけない。長居は無用と踵を返した時、再び青い光が目についた。足元に青い石のついた指輪が転がっていた。女の指を切って盗んでみたものの、安物だと気づいて棄てたんだと思った。雨で洗われたのか、それとも石を磨いて品定めしたばかりなのか、指輪はきれいだった。

 指を切ってまで死体から指輪を盗むやつの気がしれないと思っていた児玉だが、ヘッドライトに照らされて妖しい青白い光を放つ石に抗い難い魅力を感じた。それは原発から放たれた青い光にそっくりだった。児玉はもう1度死体を見た。

 「ごめん」うっかり口を滑らせたように小さく死体に向かって唱え、形ばかり合掌すると、児玉は指輪を大事そうにジーンズのポケットにしまった。さんざん津波ドロボウをしたのに、生涯で今はじめてドロボウをしたような気分だった。

 どうしても顔を見てみたいと思って、ガレキを片そうとしたとき、死体の首の方からガサリと落ちてきた。顔は石かコンクリート片か何かでぐちゃぐちゃにつぶされていた。

 「ひえっ」さすがの児玉もおぞましさに飛びのいた。出来心で顔なんか見ようとしなければよかったと後悔しながら、ダンプの運転席に逃げ登った。ポケットの指輪も捨てたほうがいいと思った。指輪を持っていたら自分が殺して顔までつぶしたと疑われかねない。だがなぜか棄てられなかった。死体が自分の意思で指輪をくれたように思ったせいだった。

 「助けて」そんな声が聞こえたようにすら感じた。俺、放射能のせいで狂ったのか。児玉はぞくっと粟立ちながら、エンジンキーを何度も何度も捻りなおした。

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