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邪神さんと冒険者さん 74

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夜も大分更けた頃、

フィルは街灯も何もない夜の山道を一人、

我が家を目指して歩いていた。

夜の山道は星明りすら木々に遮られ、

辺りは一帯闇一色だったが

昼のゴブリン狩りの時にかけたダークビジョンの魔法が

今も昼と同等の視界をフィルにもたらしていた。

お陰で松明もランタンも持たずとも悠々と山道を登るフィルだが

灯りを持たないのにはもう一つ理由があった。


(……これだけあると、暫らくは料理はしなくても良いかな?)

フィルは自身の両手にある大きな包みから漂う

野菜や肉の香ばしい香りにそんな事を考える。

彼の左右の手には深皿に入った様々な料理が

重箱のように重ねられて風呂敷に包まれていた。

村を出る際に村人達から半ば強引に持たされた「お土産」だった。



数刻ほど前、

フラウ達と別れたフィルは村人達の宴会に参加していた。

広場の中央には丸太であつらえた即席の椅子やベンチが設置され

それを取り囲むようにして屋台が置かれている。

昼の時も結構な賑わいだったが

夜になって屋台も村人も更に数が増え、

所々に置かれた松灯に照らされた村人達で賑わう様は

何かの祭りといっても違和感が無いほどだった。


血まみれの服と鎧を着替えに行くというダリウ達と別れ

フィルは一人気ままに屋台で作られる料理を物色していた。

屋台はそれら一つ一つをそれぞれの家庭で切り盛りしているらしく、

各家庭の自慢の家庭料理が作られている。

野菜やキノコや川魚、

少し奮発した所では塩の効いたベーコンといった具合に

地元の食材をふんだんに使った炒め物や煮込みがそこかしこで調理され

村人達に提供されていく。

漂ってくるのは香りは、どの屋台の料理も良い香りばかりで

街で食べるファストフードの屋台とは随分と違うが

自分で適当に作るか酒場で食べるかで

普段こうした家庭料理とは縁の遠いフィルにとっては

それが余計に魅力的に見えた。


フィルにしては珍しく、どれを食べるかあれこれ迷った挙句、

オートドックスなキノコと野菜の炒め物を平パンで包んだ料理を受け取ると

手近な所にあった丸太に座り、さっそく平パンにかぶりついた。

キノコは油で煮込んだものなのだろうか、

噛み締めると良く出汁の効いた汁があふれてくる。

どうやらこのキノコが調味料代わりもしているようで

野菜炒め全体に程良くキノコの出汁の味が染み込んでいた。

「うん、キノコの味がいいな……歯ごたえも良いし、パンに良く合う」

「そこの家のは煮込むときに干したキノコを使っているんだよ」


独り言に思わぬ返事があり、声のした方を見ると、

何人かの村のご婦人が料理の皿を持って立っていた。

先程から自分の周りで人が行ったり来たりしていたが

てっきり自分には関りのない事とばかり思っていたフィルが面食らっていると

ご婦人の一人が手にしていた料理をフィルの方へと差し出して言った。


「あんた、良かったらこれもお食べとくれよ! ところで何処から気なすったのかい?」

「あ、ありがとうございます。ええっと、東の方から来ました」

「はい、これも美味しいよ! 好きなタイプはどうなんだい?」

「え、ええっと……ああ、本当に美味しいですね」

「ほらほらそんないっぺんに聞いたら答えられないじゃないか。じゃあ、村の娘の中じゃだれが好みだい? あ、これも街じゃ食べられないよ!」

次から次へと差し出される料理と質問の数々。

料理の方はどれも美味しい物ばかりだったが

質問の方はどれも返答に困るものばかりだった。

「あ、いや、それはちょっと……ははは」

曖昧な笑顔を浮かべながら誤魔化すのが精一杯なフィルに

ご婦人方は更に質問(と料理)を浴びせかけてくる。


(今後の暮らしの為にも、仲が悪くなるような事は避けたいんだけどな……)

冷たくあしらえばそれで済むのかもしれないが、

それでは村人達に対するフィルの心象が悪くなってしまう。

特に家庭の胃袋を預かるご婦人方は家の中でも最大の権力者であり、

そうした権力者に睨まれては今後の村の暮らしに支障をきたすのは必至だ。


できれば穏便に事を済ませたいのだが……。

そんなフィルの願いにはお構いなしに

良い話題の種が来たとばかりに御婦人方がフィルに群がる。

彼女達にとっては恐らく挨拶のようなものなのだろう。

元々娯楽に乏しい村にとって、噂話は貴重な娯楽と言える。

そこに若い、独身の、元冒険者の、ついでに魔術師が転がり込んできたのだ。

まさに狼の群れに迷い込んだ羊だった。

あれこれ根掘り葉掘り聞き出そうとするご婦人方に

愛想笑いを浮かべながらどうにか質問をかわすフィル。

(この歳にもなって好きな娘を聞かれるとは……自分、四十過ぎのオジサンなんだけどなぁ)

若返った肉体を恨めしげに思いつつ、

誰かこの状況から助けてくれる人が居ないか周りを見回してみる。

どこかに知り合いが居れば、それに便乗してこの場から離れたい。

(のに……誰もいない……!)

取り囲む猛者達の迫力に気圧されながら、

誰か助けを求めようと周りを見まわしてみるが、

既にリラ達は家に戻った後でここには居らず。

先程着替えに行くと言っていたダリウ達はもちろん、

ゴルム達年長者たちすらも見当たらなかった。


どうやら彼らも全員、着替えやら身を清めにやらで家に戻ったらしかったが

こうなると、皆で自分を罠に嵌めたのではと疑いたくなってくる。

助けを求めて周りを見回したフィルだったが、

やはり知り合いは何処にも見当たらない。

(……あれ? あの娘は……)

そうやって周りを観察している中で

フィルは働いている娘達の中に、見知った顔を見たような気がして

もう少しよく見てみようと目を凝らしてみた。


そこに居たのは、どうやらフラウの姉らしかった。

よく知った少女に似た顔立ちの、

だが少しだけ大人びた感じの娘が

母親と一緒に屋台で料理を作っている。

それはまるでフラウの成長した姿を見ているようで

なんとも不思議な気分にさせられるものだった。


「おやま、フィルさんはやっぱりフラウちゃんのような娘が好みなのかい?」

「いいわねぇ、あの子も本当に良い子よねぇ……でもちょっと若すぎやしないかい?」

「それでいうなら、お姉ちゃんの方だって人気高いわよねぇ」

フィルの視線に気付き盛り上がるご婦人方。

「ああ、いや、まぁ……」

なんと言ったらいいものか、

むしろ何か言えば墓穴を掘りそうでフィルが答えられないでいると

そんな事もお構いなしにご婦人たちは更ににぎやかに盛り上がっていく。

散々におもちゃにされてようやく解放される頃には、

既にダリウもラスティも着替えを終えて広場に戻ってきていた。



「よお、お疲れさん」

ようやく解放されて、ぐったりしているフィルに

並々とエールの入ったジョッキを差し出し労をねぎらうダリウ。

普段着に着替えるついでに水浴びもしてきたのだろう、

先程まではあれ程酷かった頭から被ったゴブリンの血も

今は全て洗い落として綺麗さっぱりした表情になっている。


二人はどこかから調達したのだろう。

ダリウは両手にエールのジョッキを

ラスティは片手に自分の分のエールと

もう片方の手には料理の皿を持っていた。

どうやら村の残り少ない秘蔵のエールが飲み尽くされる前に

フィルの分も確保してくれたらしい。

フィルは二人に礼を言ってジョッキを受け取ると、

男三人で互いのジョッキを打ち合わせる。

「「「おつかれー」」」

川の水で冷やしていたというエールは適度な冷たさで、

柑橘のような味わいが乾いた喉を心地よく潤わせていく。

「ぷはぁー。こういう時は、やっぱうまいな!」

ダリウの感想に、フィルもラスティも同意する。

「つまみ代わりに貰ってきたんだけど、まだ食べられそうかい?」

さっきは結構食べてたみたいだけどと苦笑い混じりで

ラスティが差し出してくれた皿は鶏肉の煮込みだった。


「ああ、肉は別腹だよ。これは酒によく合いそうだね」

先程まで色々と頂いた料理も美味しかったが

殆どは野菜とキノコがメインだった。

酒のツマミとしてはやはり肉が良い。

そんなフィルの希望を叶えてくれそうな一品に素直に喜ぶフィル。

早速一切れいただき噛み締めてみると

酒に合うためにという味付けなのだろう。

塩とハーブの程よく効いた肉の旨味が口の中に広がる。


「これは確かに酒に合うね。それにしても肉もそうだけど、よくエールがこれだけ残ってたよね。あの状況じゃ麦とか確保するの大変だったろうに」

「俺も村にこんなに酒があるなんて知らなかったよ。まぁ、その辺は何とかしたんじゃないか?」

フィルの疑問にそう言って笑いながらエールを煽るダリウ。

普段よりもテンションが高く見えるが

お酒が入ったからと言うにはまだ僅かしか飲んでいないはずだ。

おそらくはこの場の雰囲気に酔っているのだろう。


「とはいえ、村にある分は今回のが本当に最後らしいよ? これからは街に買いに行かないとね」

「そうそう、そのことで相談したいんだが」

ラスティの言葉に、ダリウが思い出したといった感じでフィルを見た。

「今回手に入れたゴブリンの装備なんだが、あれを街で売って、代わりに野菜の苗や家畜を買おうって事になったんだ」

「あと、お酒とか調味料とかの村で不足しがちな物もね」

「ふむ、良いんじゃないか? あれなら、きちんと修理して売れば家畜を買うには十分な金額になると思うしね」

「それでなんだが……」

二人の話によると、街への行商に若いダリウ達が任されたらしい。

要は体力がある若者に力仕事を任せたということなのだが、

条件として、同伴者に街の事を知る誰かを連れて行くようにも言われているらしい。


勿論、ゴルムを始めとした村の年長者は街について知っているのだが、

町と村の関係が途切れて随分と経つ今、最近の事情には疎い。

それに何より、折角街で自由に遊べるというのに、

大人達にああだこうだと口出しされるのは避けたい。


「という訳で、フィルに俺達と一緒に街に行ってもらいたいんだが、頼めないか?」

「それは構わないよ。ここから街までの道はなんだかんだで、まだ安全とは言えないからね」

ダリウの依頼に頷くフィル。

もともと街へは食料の買い出しやらで今後も行くつもりだった。

そのついでと思えば特に問題もないだろう。

そう答えるフィルに安堵する二人。


「それは助かるよ。それでついでと言ってはなんだけど、街の中でも案内を頼みたいんだけどいいかな? 僕達この村から出たことが無くて、街の事とか全然知らなくて街の事を知っているフィルに街の中の案内もお願いをしたいんだよ」

ダリウに続いてのラスティの言葉に、フィルはふむと思案する。

フィルの用事自体はおそらくそれほど時間はかからないし

市場に行くのならばダリウ達の行く場所とも被るだろう。

特に問題は無いようにも思える。

「たしかに初めて行く土地じゃあ案内がいるか。それは構わないけど僕もそこまであの街に詳しい訳じゃないよ?」

「家畜や野菜の店は以前取引のあった店を聞いておくから大丈夫だよ。良い宿や武器屋とかの僕らが普段行かない店を教えて貰えればと思ってね。あとは取引の時に失敗しない様に一緒に居てもらえると助かるんだ。農作物の交渉ならともかく、武器の相場とか価値とかは正直僕らにはさっぱりだからね」

「それぐらいならお安い御用だよ。武器の相場も価値も大体分かってるつもりだしね」

そう言ってラスティの依頼に了承するフィル。


「それにしても、あんな武器が金貨で売れるなんてなぁ」

「きちんと修理をしてからだけどね」

広場の入口に積み上げられた剣や鎧の山を眺めながらぼやくダリウに

ラスティが笑いながらツッコミを入れる。

確かにゴブリンからの戦利品は

随分と汚れて、所々刃が欠けたりもしていた。

このままではとても売り物に出来たものではないが

それでも元々の造りは決して悪いものではなく

破損を魔法で修復して、洗浄して、丹念に磨き上げれば

普通の中古武器として売ることができるだろう。

「それでもだ。金貨一枚あれば小麦が大袋で二つは買えるんだぜ? あれだけ売ったらどれだけになるか」

「他のも買うんだからね? 羊なら金貨二枚はするし、雌牛だと金貨十枚が相場だよ? 無駄遣いは出来ないよ?」

「たしかにラスティの言うとおりだね。それに武器の幾つかは村で使うのに残したほうが良いだろうしね」

「そうだけどさ、それでもあんな武器一つで苗やら家畜やらが買えるんだから、なんかこう、釈然としないんだよな」

フィルにもダリウが言いたいことが何となく分かった。

彼ら農民は必死になって、それこそ血の滲むような苦労をして作物を作る。

そしてそれらは量り売りで銅貨幾枚で売られていく。

一方で、最下級のモンスターが使っていた武器が

自分たちの収入の何倍もする金貨幾枚で売れる。

幾ら命の危険があるとは言え、やはり釈然としない物があるのだろう。

「まあ、そうだね、でも今回は運が良かったんだと思うよ?」

「そうなのか?」

「ああ、普通のゴブリンならここまで装備が整っているのは珍しいからね。大抵は剣を持っているのなんて群れの中に数匹で、あとは棍棒が良いところだよ。倒しても戦利品がまるで無いなんてざらだからね」

実際、そうした群れの方が多い。

そのため相手の装備を戦利品として回収したとしても

ゴブリン退治は盗賊退治などと比べて報酬の見込みが少ない依頼と言える。

そういった意味では今回は豊作だったといえるが、

それは一概に運が良いとは言えなかった。

これだけの装備を整えられるぐらいに規模の大きなゴブリンの勢力が

この村に来れる状況にあるという事でもあるのだ。

もしその勢力がこの村に総攻撃をかけてきたとしたら、

おそらくこの村はひとたまりもないだろう。

不安を煽る事にはあえて口をつぐみ、ダリウを慰めるフィルだったが

この村の防衛を更に強化する必要性をひしひしと感じていた。



それから暫く三人で飲んだ後、そろそろ帰ろうかという所で、

フィルは再び先ほどのご婦人達に呼び止められた。


「フラウちゃんに聞いたんだけど、貴方の家って食べ物が腐らない魔法の食料庫があるんでしょう? それなら沢山持って帰っても大丈夫よね?」

そう言ってフィルが有無を言う前に、

笑顔の婦人から大きな包みが手渡された。

流石にこんなに沢山の料理を持ち帰るのは気が引けるが

下手な遠慮はご婦人たちの機嫌を損ねるだけで良策とは言えないだろう。

半ば強制的にお土産を持たされたフィルは、ご婦人たちに礼を言い、

そのまま見送られて家路へと向かったのだった。



(それにしても家の食料庫とか、もうそんなことまで知っているんだ……)

山道を登りながら、村人達の情報の早さに苦笑いを浮かべるフィル。

フラウは今日は午後からずっと村人達と一緒に居たのだ。

あの勢いで文字通り根掘り葉掘りと尋ねられたら、

幾ら秘密にしたいと思っていても色々喋ってしまう事だろう。

(あの勢いじゃあ仕方ないか……、うん、仕方ないな)

今もフラウにはあまり危険なことは教えてはいない。

フィルの方で伝える情報をきちんと管理すれば良いだけの事だ。

(それに……)

と、フィルは両手の包みへと目を移してみる。

バッグ・オヴ・ホールディングを持つフィルに

持ち運びを考慮して包んで手渡したという事は

フラウはこの魔法のバッグについて、

村人達へは伝えなかったという事なのだろう。

(もう少しフラウの事を信じていてもいいかな)

幼い少女に負担になるような秘密を持たせるつもりは勿論無いが

それでも、少しぐらいは一緒に秘密を分け合っていきたい。

そんな事を考えながら、フィルは料理を両手に抱えたまま

我が家への家路を急いだ。



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