邪神さんと冒険者さん 70
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フィルとサリアが洞窟の大広間を探索して
ゴブリンが残っていない事を確認したおかげで
村人達によるゴブリンの死体の回収作業は一気に加速した。
先ほどまではあれほど重苦しいと感じた闇も
ゴブリンに襲われる心配がなければ大した障害とはならず、
ほどなくして洞窟内の殆どが松明の明かりで満たされた。
先程までは大広間のあちらこちらに転がっていたゴブリンの死体も
殆どが村人たちの手で外に運び出され、
残り数体を残すのみとなると、
ようやくこれで全てが終わると村人達の顔にも安堵の色が浮かんできた。
探索を終えたフィルが村人達と合流する頃には
ゴブリンの回収作業はほぼ終わっており、
既に自分の分の作業を終えた村人やリラ達の班が
最後のゴブリンの死体を運び出そうとするダリウの所に集まっている所だった。
ダリウの班に居る村人達のリーダー格のゴルムが
リラや別の班のリーダー格の村人と話し込んでいる所を見るに
おそらくは今後の作業について確認をしている所なのだろう。
「お疲れ様。奥の確認は終わったよ。そっちはどうだい?」
「ああ、こっちは特に問題無いな。生きているゴブも無しだ。あとはここの奴を運べばお終いだな」
合流して尋ねるフィルに、
ダリウはそう答えながら最後に残ったゴブリンの死体の腕をつかむと、
まるで農家の人が取れたての大根を見せる様に持ち上げてみせた。
その様子をフィルの横で見ていたサリアから抗議が上がる。
「うぇ……もうっ、そういうのは見せないでくださいよぉ!」
持ち上げられた死体はその拍子に腹の傷口が大きく開き、
中からは本来は体の中に納まっているべき、あれやこれやがはみ出てくる。
だがダリウは気にした様子も無く、むしろサリアの様子を見て楽しそうに笑う。
「ははは、悪い悪い。こっちはさっきからずっとこんな死体ばかり見てたからな。少し感覚がマヒしてるみたいだ」
そう言って抗議するサリアに悪戯っぽく笑うダリウ。
それはどこか蛇や虫を見せては女の子を怖がらせる少年を思わせた。
普段あまり表情を出さない青年だが
こうして見ると意外と茶目っ気もあるようだ。
「むぅ……これは、反省の色は無しですね」
恨めし気なサリアの言葉に、もう一度楽しそうに笑うダリウ。
その様子を見てサリアはますます頬を膨らませる。
(そろそろ頃合いかな)
これ以上はサリアを怒らせるだけど判断したフィルは
いまだ頬を膨らませているサリアの頭にポンと手を乗せる。
「まぁまぁ、僕たちは作業を手伝えなかった訳だし、サリアもそれくらいにしとこうよ。ね?」
「むぅ……分かりました」
フィルから宥められ仕方なく承諾するサリア。
フィルとしても、たしかにあまり気持ちの良い物では無いが、
とはいえ、この傷を作った張本人が他ならぬフィル自身で
ダリウ達はそれを回収をしてくれているのだから
苦労に感謝こそすれ文句を言うのは筋違いというものだろう。
「本当に助かったよ。結局全部回収してもらってしまって、手伝えなくて済まないね」
「なに、その代わり安全を確保してもらったんだしお互い様さ。そういえば、この死体は本当に燃料無しで大丈夫なのか? 外で掘ってる穴を見たが、あれじゃあ、かなり燃やしてぎりぎり入り切るかどうかって大きさだったぞ」
通常、これだけの死体を燃やすとすると油にしろ薪にしろ、燃料は相当な量が必要になる。
今の村にはそこまで燃料を賄うだけの余裕は無く、
もしもフィルの魔法で燃やす事が出来ないとなれば
相当な数の死体が穴には入りきらず野ざらしになってしまう訳で
この山を生活の糧として使う者としては心配するのはもっともだろう。
「ああ、その辺は大丈夫だよ。こういう時に丁度いい魔法があってね、炎の壁で時間をかけて燃やすんだ」
「あ、ウォール・オヴ・ファイアーですね? たしか精神集中している間はずっと燃えてるんですよね?」
説明するフィルにアニタが尋ねる。
流石に同じウィザードだけあって、フィルの呪文が気になるのだろう。
「そう。あの呪文なら長時間炎を出し続ける事が可能だからね。穴の底にかけて、後はそこに死体を投げ込んでいけば問題なく処理できるよ」
「なるほど、つくづく魔法ってのは便利だよなぁ」
そう言いながらフィルの説明に頷くダリウ。
魔法なんて原理原則というのは全く分からないし興味も無い。
だが、油も燃料も必要無く、長時間燃やす事が出来るのであればそれに頼るのが一番だろう。
心配事も無くなったのならと、
ダリウはもう一度手に持っていたゴブリンの死体を持ち上げて見せる。
「それじゃ、さっさとこれを外に運んで、終わらせるとするか」
「そうだね。ああ、あと、この後の事なんだけど、奥にゴブリンの荷物らしい箱があるんだ。どうせだから皆で一緒に確認をしようと思うんだけど。希望者を呼んでもらえるかな?」
「箱? モンスターの宝箱か何かか?」
「中身はあまり期待しない方がいいですけどね」
フィルの言葉に思わぬ報酬かと問うダリウ。
そんなダリウにフィルに代わってサリアが得意げに答える。
少し前にフィルから中身は期待できないと言われた時はあれほど不満を漏らしていたのに
今では、そんな事を微塵も見せずに得意げになってダリウに講釈をたれている。
そんなサリアに何か言おうかとも思うのだが、
(下手な事を言って藪をつつく必要は無いか……)
余計な事でサリアに恨まれるのも損だと考え直し黙っておくことにする。
「そうなのか? でもゴブリンの貯め込んでいるアイテムなんだろう? 何かそれらしい物があったりするんじゃないか? 武器とか宝石とか」
「ゴブリンって、基本的にガラクタばかり貯め込むんですよ。おそらく箱の中も殆どがガラクタなんじゃないですかね」
「箱の中身を確認するというのも目的の一つだけど、罠があれば解除しておくというのも目的なんだ。箱をあそこに置いておくにしても、罠が仕掛けられていたら危ないからね」
サリアの説明にフィルが追加をする
実際、ゴブリンの箱の中のアイテムなんて大した価値にはならないだろう。
だが、だからと言ってあのまま中身の分からない、
罠がかかっているかどうかも分からない箱を
そのままにして置く訳にもいかないだろう。
「なるほど……、けどそれじゃあ数人で行った方が良くないか?」
「まぁそうなんだけどね。それだと見た人達だけで報酬をコッソリ盗ったとかで疑われる可能性もあるからね。できれば大人数で確認をしておきたいんだ。こういう宝箱の中身が殆ど無い時は特にね」
「ああ……なるほどね」
特にと強調するフィルの言葉にうなずくダリウ。
宝箱を開けに行った者達が戻ってきて報酬は無かったと言った時、
中身を実際に見ていない者達には、
その言葉が真実かどうかは分からない。
本当に信頼しあっているのであれば問題無いかもしれないが
少しでも疑念を持ってしまったのなら
そこからお宝を横取りされたんじゃないかと疑心暗鬼に陥るのは容易に想像できる。
「……たしかに、それなら皆で確認したほうがいいな。これを運び終えたら外で作業している皆も呼んで見てみるか。松明もそれ位ならまだ保つだろうしな」
「それじゃ皆でいったん外に出ましょうよ。そのゴブリンで最後だしね」
ダリウの言葉にリラがそう提案する。
此処での作業は全て終わり、あとは外に運び出したゴブリンの処分のみ、
一行は手の空いた村人に声をかけつつ、
最後のゴブリンの死体を持って外へと向かった。
それから十数分後、一行は再び大広間に戻っていた。
今度は同行した村人のほぼ全て、
結局、三人の村人が外で見張りに残ることになり、
それ以外の全員で宝箱を見に行くことになった。
大広間の中は既にほぼ全てが松明の灯りで照らされており、
当初の黒一色の底の見えない不気味さは無くなっていた。
それでも炎の明かりでオレンジ色に揺れる岩肌は
普段の生活とは明らかに異質な雰囲気であり、
ラスティ達のように初めて大広間に踏み込んだ村人から驚きの声が上がる。
「これは……何とも独特な感じだね」
「さっきは明かりが無くて大変だったんだぜ。光が届かないとまるで地面が切り取られたみたいでさ」
感想を漏らすラスティに得意げにダリウが語る。
他の村人達も同様、お互いに先ほどの苦労話に花を咲かせながらも
一行は魔法の灯りを持つリラとダリウの先導で
大広間の最奥、ゴブリンの箱がある場所へと辿りついた。
「それじゃあ、罠の確認をしますから、皆さんは少し下がっていてください」
一同が箱から少し離れて見守る中、フィルはそう言うと、
カバンから盗賊ツールを取り出して宝箱の解錠を始めた。
まずは蓋と箱の隙間や微細な穴を慎重に探り罠が無いかを確認する。
鍵穴の奥に針が飛び出す仕掛けを見つけ出すと、
今度は針の射線にならない様、
手の位置ををずらして鍵穴にツールを差し込み
わざと針の罠を起動させ、飛び出てきた針を折り曲げ無効化させる。
「これで良しと……、他に罠は無さそうだね……」
わざわざ口に出して安全確認をするフィル。
実際のところ、口に出す必要は特に無いのだが、
口にすることで不安を紛らわせるし
何よりも後ろに控えている仲間への合図にもなる。
以前のパーティでも仲間のレンジャーが独り言を言いながら罠を外していたのを不意に思い出し
あれもそんな意図でやっていたのだろうかと懐かしく思い出す。
「それじゃあ、蓋を開けます」
そう皆に声をかけてから、改めて箱の蓋に手をかける。
まだどこかに罠が仕掛けられているのではないか、そんな不安が頭をよぎるが、
とはいえ、これ以上はいくら時間をかけても見つけるのは難しいだろうし、
もし見つけれたとして、解除できるかどうか分からない。
やれるだけの事はやったし、村人達は下がらせてある。
万が一罠が残っていて発動したとしても
ゴブリンの仕掛程度、フィルなら十分耐えられるだろう。
いずれにせよ、あとは運を天に任せて箱を開くのみだった。
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