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邪神さんと冒険者さん 69

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洞窟奥の調査を終えたフィルが入り口の方へと目をやると、

松明の灯りの中で村人達やリラ達が

班に分かれて洞窟内の探索をしながら

ゴブリンの死体の回収をしているのが見えた。


村人達はそれぞれの班ごとに分かれて探索を進めており、

手に持つ松明の灯りを頼りに闇の方へと進んで行き

仲間の灯りが届かない場所まで来たところで

そこに手近な石を積んで予備の松明を立たせ、

徐々に洞窟内に松明の灯りを増やしていく。

おかげで先ほどまで真っ暗だった洞窟は既に中間ほどまで光で満たされ、

入り口近くならば松明が無くても歩くのに困らないほどだった。

さすがにフィル達の居る洞窟最奥の地面や壁を照らすには至らないが

それでも岬に建てられた灯台の明かりの様に

暗闇の先に明るく松明が灯る様は

闇の中を探索する不安を和らげるには十分な働きをしてくれていた。


「向こうは順調みたいですね~」

村人達の松明とフィルの剣の灯りのおかげで暗闇に迷う心配も無くなり、

サリアはすっかり普段の調子を取り戻したようだった。

「そうだね。この分なら、回収の方はすぐに終えられそうだね」

先程までとはうって変わった少女のいつもの呑気な口調に、

調子がいいんだからと呆れ半分ながらも、

この方がサリアらしいかと安堵半分でフィルは頷く。

サリアが言うように作業は順調に進んでいた。

大広間に転がっているゴブリンの死体の数はおよそ二十、

数としてはそれほど多い訳ではないし、

小柄な体躯は大人なら一人でも軽々持ち運ぶことが出来る。

フィル達が合流する頃には、ほとんど作業は終わっている事だろう。


「うんうん。この分なら私たちが戻る頃には全部終わってそうですね……ってあれ?」

サリアもフィルと同じ事を考えてい様で、

フィルの言葉に相槌を打ちながら村人達の様子を眺めていたが

彼らの回収の様子を見て、怪訝そうにフィルに尋ねる。

「ん~?……なんか、みなさん、フィルさんの倒した死体を見て引いているみたいですけど……」

そう言ってサリアがほら、と指さす先には

今もダリウがゴブリンの死体の腕をつかんで持ち上げたところで

ぱっくりと大きく切り裂かれた切り口が表れ、、

その傷口にゴルムとモード老がうわぁと呆れた様子で何やら話しているのが見える。

他の班も大体同じような感じで、

ファイアーボールから逃れようとして折り重なるように倒れた焼死体や

喉に投げ矢が深くめり込み悶絶死している死体を発見する度に、

耳を澄ますと「うわぁ」とか「こりゃひでぇ」などといった言葉が

敏感になったフィルの耳へと届いてくる。


「ええっと……、フィルさん……あれって何をしたんです?」

村人達からはだいぶ離れているおかげで、声を聞き取ることはできないものの、

その村人達の仕草から、向こうの様子を大体察したサリアが

苦笑いを浮かべて不審げな視線をフィルへと向けて尋ねてきた。

そんなサリアに、フィルは首をかしげて見せる。


「うーん、普通に倒しただけのはずだけど……どうしたんだろうね」

「え~、いやぁ、あれってどう見てもあれって、もっと酷い感じですよ?」

とぼけるフィルにサリアは疑わし気にフィルを見上げる。

以前にフィルの剣技を見ているだけあって、

なかなか納得してはもらえそうには無かった。

「死体を処理するのだって大変なんですから、あまり酷い殺し方はだめですよ?」

「いやいや、僕だってちゃんと気を使ったよ? それに一度に何匹も相手にするのに、そんなに手段は選べないよ」

咎めるサリアに、しかたないだろうと主張するフィル。

だが、その主張に勢いは無く歯切れも悪い。

それが何処か悪戯の見つかった子供の言い訳の様で

サリアはクスリと笑い声をあげた。


「確かにその通りなんですけどね、あんなにバッサリ切られているのを見れば、驚かれるのも無理ないですって」

幼い弟を窘める姉のような口調で、

そう言って顔を向けた視線の先には、

首を飛ばされたゴブリンの首だけを気味悪そうに持っていく村人の姿があった。

「うーん、まぁそうなんだろうけどね。でも、こっちも確実に仕留めていかないと危なかったからね」

少人数で大勢の敵を相手にする時は、

なるべく足を止めない様に戦った方が都合がいい。

もちろん、相手の練度や構成にもよるが

大抵の場合は、足が止まればそこへは集中砲火が待っている。


一太刀で殺すためにも深く切る必要があるんだと

ばつの悪そうに弁解するフィル。

そんなフィルの弁解をサリアは楽しそうに聞いていた。

それは自分よりも実力が上の冒険者であるフィルが

駆け出しの自分に窘められて困っているのが可笑しいというのもあったが、

何もよりも熟練の冒険者が下した判断というのは、

駆け出しの自分にとってはとても為になる情報だった。


「まぁ、フィルさんの言い分は良く分かりますけどね。でも意外です」

「なにがだい?」

「フィルさんほどの冒険者でも、ゴブリン相手に気を抜けないんだなぁって、なんか経験を積んだ冒険者って、ゴブリン程度まったく相手にならないっていうイメージがあるんですよね。こう、矢が飛んできても弾いちゃうみたいな」

「確かにそう言う特技を身につける人も極一部には居るけどね、普通の人は経験を積んでもしぶとくはなるだけで、物理的に固くなったりはしないよ」

「え~、でも伝説の英雄とかって、ドラゴンの炎とかにも耐えちゃうじゃないですか?」

「あれは強力なマジックアイテムだったり防御の魔法でダメージを軽減しているのだと思うよ。しぶとくなったのとダメージ軽減が組み合わされば、かなり長い間ブレスに耐えられるからね」

フィルの答えになるほどと頷くサリア。

こういう時は本当に素直で良い生徒なのにとフィルは思う。


「なるほど~、あ、そういえば、フィルさんはそんな魔法のアクセサリーとか持っているんです? その革鎧も剣も魔法の品なんですよね?」

「ああ、そうだけど、これらは初歩的なエンチャントがいくつか施されているだけだよ。流石にそう言った強力な品はそうそう手に入る物じゃないからね」

興味津々といったサリアに

どんなアイテムを持っているかという質問にははぐらかして答えながら

腕を広げて自分の鎧を見せるフィル。


フィルの言う通り、今フィルが装備している品は

どれもマジックアイテムとしては下位の部類に属しており、

冒険者が身につける装備としても下級、

貴族や元冒険者を親にもつような運の良い駆け出しの冒険者ならば

最初から持っていてもおかしく無い物ばかりだった。

勿論、フィルの持つ武具にはこれよりも強力な品は幾つもあるが、

不用意にそんなアイテムを見せびらかしたところで

金の無心をされるか、あるいは盗賊に狙われるか

いずれにせよ、どうせロクな事にはならないだろう。

こういう情報は身内であっても不用意に伝えない方が良いというのは

フィルがこれまでの経験で学んだことだった。


だが、相手は交渉や言葉のプロであるバード、

フィルの曖昧な答えでも満足したようにうんうんと頷くと、

ひょいとフィルの顔を覗き込む。

「ふふふっ、流石フィルさん。熟練の冒険者の言葉はとっても参考になります」

その表情はとても納得したと雄弁に語っていたが、

それが本当に言葉通りに受け取っただけなのか、

それともフィルの事情を理解した上で納得してくれたのか

こうした機微に疎いフィルには、その笑顔がどちらなのか判別することは出来なかった。


「……あらかじめ言っておくけど、僕はそんな凄い人じゃないからね? 多少経験があるって程度の、ただの引退した冒険者だよ」

「ふふふっ、そうなんですか? でも街の時はすっごくカッコよかったですよ! あ、そうだ、フィルさんってデーモンやドラゴンと戦ったりとかもあるんです?」

フィルの言い訳を聞いているのかいないのか、

ここぞとばかりに興味深々と言った感じでフィルを覗き込みながら尋ねるサリア。

バード特有の物語を探しだす嗅覚なのか

その期待のこもった目に、フィルはどう答えたものかと暫し思案する。


バードと呼ばれる者達は総じて勘が鋭い。

以前の冒険や仲間のことを少し話しただけでも

今のフィルが破壊の神に憑りつかれているという事に辿り着いてしまう可能性は大いにあった。

自分の今の生活を脅かしかねない存在であるバードに

不用意に関わりすぎた事を、不安に思わない訳ではないが……

(それでも、もう暫くは今のままでいたいというのは僕の我儘なのだろうな)

自分は世捨て人になったのだと思っていたが、

冒険にも人と関わりにも、未だにこんなに未練があった事を改めて思い知り

フィルは自嘲の笑みを浮かべる。


「そんな物語に語られるような冒険はやってないからね? それに幼生体のドラゴンや下級デーモンなら、ある程度の実力を持った冒険者でも何とか出来る事は多いんだ」

「へぇ~。じゃあ、幼生体でもドラゴンって強いんですか?」

「そりゃ、幼生体と言えども気を抜けないさ。お互いに命がかかっているからね。ドラゴンっていうのは知性が高いから自分が不利だと感じれば罠だろうなんでも使ってくる。伝説のような華々しい戦いとはかけ離れた酷く泥臭い戦いだよ。それよりもほら、そろそろ皆の所に戻らないと」

なおも聞こうとするサリアだったが、

切れの良い所でフィルは村人達のほうを指さし合流を促す。

指先の向こうでは既に半分以上のゴブリンの回収が終わっていた。


「ほら、みんなの手伝いをしないとね。僕らばかり何もしないって訳には行かないだろう?」

「むぅ……そうですけど~」

こうして慕ってくれる娘に本当の事を言わないのは

嘘をつき続けるようでフィルとしても心苦しいものがあったが、

とはいえフィルの正体なんて知った所でロクなことにならないだろう。

いまだ納得がいかないという顔をしているサリアの頭に

ごめんねの想いも込めて手を乗せポンポンと叩くと、

フィルは洞窟の中ほどで作業しているダリウ達の元へと歩き出した。



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