邪神さんと冒険者さん 68
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フィルは生き残ったゴブリンがないか確認をするため、
サリアと共に大広間の奥への探索を開始した。
フィルを先頭に二人は光源のまったく無い洞窟を
フィルの暗視を頼りに周囲の気配を探っていく。
(ふむ……やはり生き物の気配はないか……)
物音、臭い、それから僅かな空気の揺らぎ、
五感で感じる感覚は既に周囲に生き物が無い事を伝えていたが、
それでも後ろを歩く少女に万が一が起きないようにと
念の為にロングソードを抜き、
フィルは周囲の気配を丁寧に探りながら歩を進めていく。
そんなフィルの後を、右手にはレイピアを、
もう片方の手には魔法で造られた消えない炎が灯る松明を手にしたサリアが続く。
「まってくださいよー! 松明一つじゃ暗くて危ないんですから!」
入り口でゴブリンの死体を回収している村人達との距離も随分と離れ、
大広間も中間地点に差し掛かろうかといったところで
サリアの文句にフィルは苦笑いで振り返る。
「フィルさんは暗視が効くからいいですけど、こっちは松明でぜんぜん見えないんですからね!もう少しゆっくり歩いてくださいよぉ!」
「うーん、十分ゆっくり歩いてると思おうけどなぁ……」
実際、明るい場所でみれば、かなりゆっくり歩いているように見えるだろう。
だが、周囲の探索をしながらのフィルの歩く速度はそれほど速い訳ではないとはいえ
迷いも怯えも無いその足はどんどんと先へと進んで行く。
一方で松明の灯り一つで、周囲は完ぺきな闇の中というサリア。
地面こそ見えてはいるが、洞窟の中の岩だらけの道を
揺らぐ炎だけで確認しながら進むのは容易な事では無かった。
しかも、地面に気を取られていれば、フィルはどんどんと先に進んで行ってしまう。
「私だって地面を確認したり周りを注意したりで大変なんです!」
そんなフィルにむぅと言い返すサリア。
見れば少女は不安そうで怒っているような、そんな微妙な表情でフィルを睨みつけている。
サリアからしてみれば、暗視を持たない普通の人間が、
松明を持っているとはいえ光の全く無い闇の中を進むのだ。
闇の所為で視界が効かない周囲に気を配ったり、地面の凹凸を確認したりと
ただついていくだけでもなかなかに容易な事では無いのだろう。
とはいえ、冒険者が暗いのが苦手というのはちょっと情けない。
「だけどなぁ、付いてくるって言ったのはサリアだよ? それに冒険者なんだし暗い場所にも対応できないとね」
「そんなこと言ったって! 怖いものは怖いんです!」
やれやれと窘めるフィルにそう言い返すサリアだが
暗闇が怖いのか何時もの強気な余裕はあまり感じられない。
「いやいや……そんなこと言っても、冒険者なら……」
これ位、平気なぐらいじゃないとやっていけないよ?と続けようとしたフィルだったが
サリアが目に涙を貯め、泣きそうになっているのを見て言葉を止める。
「……わかったよ。それじゃあ、この剣にライトをかけてもらえるかな? 僕のはもうダリウの盾に使ってしまっているし、松明はこれから戦闘の可能性があるなら片手は空けておきたいからね」
溜息を一つ吐き、我ながら甘いなぁと、そんな事を考えながら
観念したフィルは手にしていたロングソードをサリアへと差し出した。
ライトの呪文というのは基本的に一人の術者は
一つの光源しか維持する事が出来ない。
どれだけの回数、その日に唱えられるよう準備していたとしても
前の呪文が持続している間にもう一度呪文を発動すると
既にある光源は解呪されて消えてしまうのだ。
パーマネンシイ呪文で永続化させればその限りではないが
それにはかなりのコストがかかってしまうし、
そもそも今回の冒険ではパーマネンシイの呪文は準備していなかった。
「ダリウの盾の灯りを消す訳には行かないからね。確かサリアはまだライトの呪文は残っていたよね?」
そう言って剣を差し出しながら依頼するフィル。
その言葉に安堵したのかサリアの表情がぱぁっと明るくなり、それから得意げに答える。
「仕方ないですねー。それじゃあ私がライトを唱えてあげますねっ」
仕方ないからですからねーなどと言いながらも、嬉しそうに呪文を唱えるサリア。
先程まで半泣きだった少女が、
今は嬉しそうに得意げな顔になっている。
ころころ変わる表情は見ていて飽きないものだったが
何となく、この少女に振り回されているようで、
フィルはもう一度、やれやれと軽い溜息をついた。
サリアによる初級呪文の短い詠唱の後、
自身の剣に魔法の光が灯ったのを確認したフィルは
剣を前にかざして灯りで照らされた周囲を軽く見渡した。
幸いなことにダークビジョンの呪文は
光を増幅したり、熱源で物を判別するといった類ではなく
魔法的な感覚により、周囲の物体を知覚する呪文だった。
相変わらずの白黒の世界であったが、
ライトの光の影響を受けることなく、暗視の効果が働いている事を確認をした後で、
フィルはサリアの方へと振り向いた。
「……さてと、これでいいかな?」
「はい! これ大丈夫です! これなら離れてもフィルさんを見失わないですからね!」
これでバッチリですとぐぅっと親指を出すサリア。
暗闇で灯りを持っていては敵からも目立ってしまうのではと思うが
ゴブリンのように暗闇でも平気で相手を見つけ出す能力を持つ者が相手では
灯りを持っていようがいまいが、今更な話ではあった。
「やれやれ……まぁ、ゴブリンからすれば、こちらが灯りを持っていようが関係ないか。そうそう、ここからがさっき言ったゴブリンが隠れているかもしれない岩場だから、十分気を付けるんだよ。特に岩陰とかはゴブリンが潜んでいるかもしれないから、十分注意するんだよ?」
「はい! 任せて下さい!」
まるで心配性な母親のようなフィルの言葉に、先程とは打って変わって自信満々に答えるサリア。
先程までとは全然違う、そんなサリアの様子に調子がいいんだからと軽い溜息を一つ吐くと
フィルはサリアを従えて岩の裏側の確認を行った。
岩の間を抜けて裏側へと廻り、岩の隙間やら物陰、
そこが終わったら、さらに大広間の奥までの壁の隙間や窪みを丁寧に調べていく。
一通り洞窟内を見て回り、生き物の姿も気配も無い事を確認すると、
フィルとサリアはようやく剣を下ろした。
「……ふむ。どうやら、ゴブリン達は居ないみたいだね」
「これで、一安心ですね」
ほっと息をつき、ようやく一安心といった様子で、
手にしていたレイピアを腰の鞘に納めるサリア。
フィルの方はと言えば剣は手にしたままだったが
それは身を護るためというよりは、貴重な照明係として、
鞘にしまうとサリアに怒られるから、という理由の方が大きかった。
「あ、そうだ、この辺に松明を置いておきますね。みんなが奥がどの辺りまであるか、分かった方がいいですよね?」
「それはいいけど、サリアは暗闇だと怖いんじゃなかったのかい?」
「流石に大分慣れましたし、ゴブリンが居ない事も確認できましたからね。もう大丈夫です!」
自信たっぷりにそう言いながら、
サリアは近くの壁に手ごろな窪みを見つけ、
そこに手にしていた松明をねじ入れる。
「これで良しと」
腰に手を当て、満足気に壁を照らす松明を眺めた後、
それからサリアはフィルの方へと振り返った。
「これでこの辺りの安全も確保できましたし、奥の地形も皆さんから見えるようになりましたし、これからどうします?」
「そうだね。いったん皆と合流してから、あそこにある箱を開けようと思う」
そう言って、暗闇を指さすフィル。
サリアの設置した松明からは大分距離が離れている為、
殆ど闇に隠れてしまい輪郭が僅かに見える程度だが、
指さした先に、ぎりぎり箱っぽい物体があるのが見える。
「そおいえばさっき通った時に箱がありましたね。 あれってゴブリンの?」
「ああ、この群れのリーダーらしいゴブリンが、自分の寝床のすぐ傍に置いてたんだ。もっとも、ゴブリンの財産なんて大した物は期待出来ないだろうけどね。一応は戦利品だし、どうせなら皆で開けるのが良いだろう?」
戦利品という言葉にサリアの顔が明るくなる。
フィルとしては大した物は無いという事をきちんと伝えたはずだが
やはり、どうしても期待は抑えられないのだろう。
「へぇ~。何が入っているんでしょうね。宝石とかマジックアイテムとかありますかね!?」
「いやぁ、多分ゴブリンの箱だし、ろくなものは入ってないと思うよ。まぁゴミばかりだったとしても、金貨数枚分でも価値あるものがあればいいんだけどね」
期待に胸を膨らませるサリアとは反対に、
これまでの経験から、苦笑いでもう一度期待はしない方が良いよとフィル。
サリアはそんなフィルにむぅと不服そうな表情を見せる。
「えぇ~、でも、何かお宝が入っているって事だってあるかもしれないじゃないですか!」
「そりゃ、まぁ、可能性は有るかもしれないけどね。……たぶん無いと思うよ?」
「もうぅ、フィルさんってば夢が無いんだからっ!」
フィルの言葉に頬を膨らませて見せるサリア。
だが、それも直ぐにしぼみ、また先程の上機嫌な顔に戻る。
「それじゃ皆さんを呼んできちゃいましょうか。がっかりするのも喜ぶのも、早いうちにしちゃった方がもやもやしなくて済みそうですしね」
「そうだね。それじゃあ皆を呼びに行こうか」
「はいっ!」
フィルの言葉に元気よく返事をすると
先ほどまで打って変わって軽い足取りで皆の所へと向かうサリア。
本当に泣いたり笑ったりところころと良く変わる。
先を歩くバード少女の後姿にそんな事を考えながら
フィルはやれやれと笑いながら首を振ると
それから少女の後を追うように歩き出した。
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