邪神さんと冒険者さん 66
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「お、おわったぁぁ……」
そう言いながら、ダリウは力なく腰が抜けたようにそのまま尻餅をつく。
疲労も限界に達し、緊張の糸が切れたのだろう。
洞窟内の空気はゴブリンの血肉と獣臭さと腐臭が混ざり充満して不快この上なかったが、
それでもダリウは呼吸できるだけでも幸せとばかりに
息が上がり荒くなった呼吸を鎮めようと何度も大きく息を吸いこむ。
隣を見れば、同じく血まみれのラスティが疲労困憊といった様子で
こちらも地面に腰を落として深呼吸を繰り返していた。
戦っていた時間なんて、ほんの数分だったはずだ。
普段、村で畑仕事をしている時なら、作物の様子を看ているうちに
それこそあっという間に過ぎてしまう程度の時間。
だが、そんな僅かな時間が戦闘では果てしなく長いものに感じられた。
尽きる事が無いかのようなゴブリンの数と勢いに
どんどん消耗していく自身の体力。
今でも脳裏には自分達を殺して外へ逃げようと、
吠えながらショートソードで切りかかってくる
獣の様なゴブリンの形相がこびり付いて離れなかった。
(……あれ? 震えてるのか?)
そんな事を考えながらダリウが自分の手を見てみると
返り血に塗れて赤黒く染まった小手は小刻みに震えていた。
もう既にゴブリンは倒されて、ここは安全だというのに、
今更ながら自分が震えている事に気が付いたダリウは、
安堵と苦笑いが混じった笑みを浮かべる。
「お疲れさま! 二人とも無事だった!?」
「ほんと! 頑張りましたね! うんうん、えらいえらい!」
そんな疲れて動けないダリウとラスティを、
後ろで援護をしていたリラとサリアが労いの言葉を元気よく投げかける。
相手はゴブリンだし、こちらは魔法の武具持ち。
近くで戦っているのは見ていたしで
二人に怪我が無い事は分かってはいたが、
それでもまったくの素人が最前線に立ったのだから心配にもなる。
未だに上がった息を落ち着けようと苦戦している二人を
中腰で覗き込むサリアとリラ。
その表情には心配気な雰囲気も勿論あったが、
それ以上に子供が何か悪戯を企んでいるような、
そんな雰囲気が感じられた。
「いやぁ~これでお二人も血まみれ仲間ですねー。ふふふっ、ようこそこちらの世界へ!」
「ほんとにお疲れ様! それと、ようこそー!」
どうやら自分達以外に血まみれの犠牲者が増えたのが嬉しいようで
悪戯っぽく笑い心の底から嬉しそうなサリアに、
普段なら相手の不幸を笑うなど不謹慎だと窘めているであろうリラまでもが笑顔で続く。
さらには同じ血まみれ仲間のトリスが、こちらは心配そうに加わり
後衛に居たおかげで難を逃れたアニタもお疲れ様ですと皆に加わる。
心配半分、からかい半分でわいのわいのと、
男二人を取り囲む少女達の輪が出来上がり、
楽しそうに労う少女達に、されるがままの男二人。
そんな楽しげな様子を、若者たちは元気があって良いなぁと
自分は巻き込まれないよう少し離れた場所から、
フィルは笑顔で見守る。
「いやー大変でしたねー。とりあえず顔の血だけでも拭き取った方がいいんじゃないですかね? ゴブリンの血とか、口に入ったりしたら病気になるかもしれませんよ?」
「そうそう。ダリウもラスティも顔だけでも早く拭いた方がいいんじゃないかな?」
自分達と同じ目にあった同志を嬉しそうに心配するサリアに、
こちらも嬉しそうにリラが同意する。
サリアもリラも先の戦闘では、
今のダリウ達と同様、頭から全身血まみれという目にあっていた。
今は顔に付いた血を拭き取ったおかげで大分落ち着いていたが
ダリウ達を見ていると、その時の不快な感触を思い出すのだろう。
血まみれで呆然としている二人にあれこれ笑顔で助言する姿は、
まるで泥沼に落ちて何が起きたか分からず呆然とする犠牲者に
先に泥沼に落ちた者が仲間が出来たと歓迎しているような、
彼らを見ていると、何となくそんな場面が頭の中に浮かんでくる。
「二人とも本当に大丈夫? なんだか顔色も悪いわよ?」
「あ、ああ……大、丈夫だ……なんとか……ちょと……まってくれ……」
二人の反応が薄い事に心配そうに尋ねるトリスの呼びかけに、
未だに呼吸が整わず、はぁはぁと息を整えながら
疲れて重くなった右腕を上げて、どうにか応じるダリウ。
いくら相手がゴブリンで、そしてこちらは若くて体力があるからと言え、
素人が最前線で、しかもリラ達よりも長い時間戦っていたのだ。
文字通り絞り出すように体力を使い切った体は
回復までには、まだまだ時間が必要なのだろう。
そんなボロボロのダリウ達二人を眺めていたサリアだったが
二人以外の周りの村人の様子を眺め不思議そうに疑問を口にした。
「それにしても、他の人たちはあまり疲れてないみたいですね?」
「そりゃ……少し戦っては……すぐに……交代してたからな……」
「ああ……なるほど。それでですか……」
回りの様子を見ての何気ないサリアの疑問に、
息を切らしながらも律儀に説明するダリウ。
確かにサリアの疑問の通り、周囲の男衆を見てみると
疲れ切って座り込んでいるのはダリウとラスティの若者二人だけで、
他の中年の村人達にはそれほど疲れた様子は見られない。
これだけ見るとダリウ達の経験不足とも思われそうだが
ダリウの説明に、なるほど~と一同は納得する。
ダリウが説明した通り、一緒に前衛をしていた村人達は皆、
適度に戦っては、適度な手傷を受け、適度なタイミングで交代するという
なんとも丁度の良い塩梅で戦っていた。
ゴブリン達に取り囲まれる心配が無いという状況は
村人達に無理をせずに適切な判断を下せるだけの心の余裕を作ったのだろう。
僅かな傷でも無理せず交代したおかげで死傷者、重傷者が居ないばかりではなく、
さらには村村人達全体の疲労もごく僅かと
殆ど完勝と言っても良い勝利だった。
おかげでたっぷりと勝利の余韻に浸る村人達は、
まるで村祭りの運動競技に参加した後のように
お互いの健闘を称え合ったり軽口を言い合ったりしている。
村人達は余裕をもって戦闘出来た一方で
ダリウとラスティの場合はそうもいかなかった。
二人以外に盾役ができる装備の者が居ない為、戦列から抜ける事は許されない。
その為、当初の予定では、ダリウが傷ついたらラスティと交代する予定で
それなら息を整え疲労を回復する余裕もあったはずだった。
だが一度に押し寄せて来る大量のゴブリンに
一人ではなく二人で相手したほうが確実と判断したのだろう。
そう判断したラスティの判断は妥当と言えるが、
もし二人の体力が尽きたら二人どころかパーティ全体が
総崩れになった可能性もあったと考えると
結構危ない賭けであったともいえる。
(まぁ、もし一人だったとしても周りの被害が増えていたかもしれないし、結果が良ければ良しか)
たしかに戦力に余裕が無い状態での逐次投入は愚かな判断といえる。
それに盾が安定しなければ、その余波は他の村人達に及ぶ事になるのだ。
そう考えると、盾二人で確実にゴブリンを抑え込むというラスティの判断は良かったのだろう。
呑気に雑談する村人達と、
疲労困憊で動けないながらも怪我も無くぴんぴんしている二人を眺めながら
フィルはそう結論付けることにした。
そんな若者二人の息が元に戻るのを楽しそうに見守るリラ達の所に
先ほどまで怪我した村人の治療などの指示を出していたゴルムがやって来た。
ゴルムもまた前衛役に参加していたようで、
その腕にはゴブリンから受けた刀傷を治療した跡が見える。
だが、そんな傷を気にする風でもなく、
傷薬と包帯で軽く処置された腕を何時ものように動かして
村人達へとてきぱきと指示を出していた。
「おう、お前たち、よく頑張ったな!」
そう言って若者達を褒めるゴルム。
普段から厳つい顔は、変化が微妙で本当に嬉しく思っているのか正直分かりかねたが
それでもばんばんとダリウの肩やら背中やらを叩く姿は
やはりこの男も喜んでいるのだろうと思う。
「……ああ……何とかな……」
息が上がっているのか、ゴルムに叩かれて上手く喋れないのか、
おそらくその両方のせいで、どうにかそう答えるダリウ。
ラスティはと言えば会話はダリウに任せるとばかりに
その横で荒い息を落ち着けるのに専念している。
「何度か……死ぬかと思ったよ」
実際、盾を隙間をぬって、剣が突き立てられたことも何度かあった。
ゴブリンの攻撃は鎧で全て弾かれたが、
もしも装備していた鎧が魔法の掛かっていない
ごく普通のスタテッドレザーアーマーや革鎧だったのなら
おそらく今ここにこうして居ることは無かったかも知れない。
そう語るダリウにゴルムはもう一度背中をバンと強く叩く。
「ああ、だがよく耐えてくれた。お前達のおかげで、誰も死なずに済んだ。本当によくやってくれた」
叩かれる背中の加減の無さに
苦笑いと、しかめっ面が半々の微妙な表情になりながら頷くダリウ。
今回の事が余程嬉しかったのだろう。
ダリウを一通り叩き終えた後は、
今度はラスティを標的に切り替え力強く労い始めるゴルム。
迷惑そうな、だが、観念してされるがままのラスティに
皆の輪へとやって来たフィルはリラ達と顔を見合わせ、それからお互い笑みを浮かべる。
「ああ、そうだった。済まないが、あんたにもう一つ相談があるんだが」
ダリウとラスティをひとしきり叩き満足したのか、
ゴルムはやって来たフィルの方へと向き直った。
その表情は、既にいつも通りの厳つい表情で
どうやら言葉通り、フィルへ何か相談があるように見えた。
「ええ問題ないですよ。どうしたんですか?」
「ああ、倒したゴブリンなんだが、これの死体の処分で相談しておこうと思ってな」
フィル達冒険者は通常、死体はそのまま放置するのが基本だった。
一応、ネクロマンサーやグールのような、死体を戦力に再利用する輩が相手では
こちらも死体を燃やしたり回収したりするが
それ以外の場合では身ぐるみ剥いで、後はその場に放置、というのが殆どだった。
その為、敵のアジトに強襲をかけるなんて状況では
部屋やら通路のそこかしこに身ぐるみ剥がされた敵の死体が転がる。
なんて事は実に良くある事だった。
物騒な感じもするが、大抵はその後で依頼をして来た国やら村やら個人やらが
必要であればやって来て現場を確認をして、その時に死体の処理もやって行くのだった。
その時回収される物には、彼らにとって有用な物あったりするしで
なんだかんだで、この流れはお互い受ける利益もあって上手く働いている。
危険の排除が冒険者の仕事であって、
それ以外の作業は契約外、と言ってしまうと乱暴だが
実際の所、少人数の冒険者パーティでは死体の処理をいちいちするのは厳しく
出来る時はするが、必ずやらなければならない訳ではない
という方針の下で、死体を放置していくことは結構多かった。
依頼を受けて討伐に向かう根無し草の冒険者ならばそれで良かったのだが
その土地に住む者としては、そうも言っていられないのだろう。
もし、死体がアンデットになりでもすれば、それこそ村の脅威だし、
放置した死体から悪病が生まれる危険もある。
そうでなくても、山の中に死体が転がっている場所なんて
気味が悪くてとてもではないが生活の糧として使う気になれない。
それを考えれば、村人達がはやく死体を処分したいと思うのも
十分理解できる事だった。
「確かに結構な数が出ましたからね。穴を掘って一カ所に集めて燃やして、そのまま埋めるのが良さそうですが?」
「やはりそうなるか……。まぁ外に手ごろな広さの場所もあるし、そこでやろうと思うが、手伝ってもらえるか?」
「そうですね。とりあえず穴を掘ってもらうのと、ゴブリン達の装備や荷物の回収をしながら、死体を一カ所に集めるのを分担してやりましょう。燃やすのは私の魔法を試してみます」
「そうか、そうしてもらえると助かる。あの数を普通に燃やすのでは油もかなり必要になりそうだしな」
「でしょうね。それじゃあ、まずは手ごろな穴を作ってもらえますか? 結構な火力で燃やすので、今の死体の量より小さな規模の穴でも十分入ると思いますけど、穴の直径は少なくとも三メートル以上にしておいてください」
そう言いながら、フィルは自分のバッグからショベルを三つほど取り出しゴルムへ手渡す。
「あ、ああ、わかった。皆にはそう伝えておこう。それにしても用意がいいな……」
「ははは、冒険に出ると、こういった道具は良く必要になるんですよ」
面食らった様子でショベルを受け取るゴルムに、フィルは笑ってそう言った。
冒険をしていると、こうした些末な道具のお世話になることは多い。
特にロープやシャベルやツルハシのような道具は
行軍の最中で使う頻度も多く、皆で作業できるよう
予備を含めて十分な数を準備しているのだが、それが幸いした。
「なるほど。そうなると、残るは奥のゴブリンの回収か、それなりに数は居るのか?」
「ええ。中に生き残っているゴブリンは居ないはずですが、念の為、複数人で組んで探索するのが良いでしょうね。結構広いですから灯りを人数分用意して、皆で持って行った方が良いかと思います」
「そうか、わかった」
フィルの言葉にダリウは頷くと、さっそく村人達を呼び集めた。
ラスティの班にこの場のゴブリンの死体から装備の回収と
洞窟の外への運搬、そして埋めるための穴掘りを指示すると、
リラ、ダリウの班には洞窟の奥の探索を指示する。
「ゴブリンは居ないが、奥は広いそうだ。用心のため、全員松明を持っていけ」
ゴルムの指示に従い、暗視の呪文の効果が続いているフィルと
未だに盾にライトの魔法が灯っているリラ、ダリウ
それと魔法の松明を手にしたアニタとサリアとトリスを除いた
村人達は各自で用意しておいた予備の松明に火をつける。
「それじゃあ、皆準備は良いですか? 先ほども言った通り、中は結構広いですから数人で組んで、それぞれの組はお互い十分に離れて空間全体を照らすようにしてください。そうすれば万が一何か残っていたとしても対応しやすいはずです」
フィルの言葉に皆は頷くと
フィルを先頭にした一団はぞろぞろと通路の奥、大広間へと向かった。
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