邪神さんと冒険者さん 64
---------
「みんな、無事かい?」
「ふぅ……こっちは、みんな大丈夫……だよね?」
通路の奥から合流してきたフィルの問いに
溜めた息を吐きだしながら、リラがパーティの皆を見回して答える。
リラ達の前には
押し寄せてきた十数匹のゴブリンの死体が積み重なり転がっていた。
人と比べ小柄な種族といえ、
さして広くない通路にこれだけの数が一カ所に溜まると、
道は塞がれ足の踏み場は無くなり、流石に動きづらい。
フィルは鉄臭い血の臭いの立ち込めるゴブリン達の死体を踏み越え、
リラ達に合流すると、少女達の様子を改めて確認する。
「なんとかぁ……リラが……敵を集めてくれた、おかげで……助かりましたぁ……」
ゴブリンの死体が目の前にあるのも構わず、ぺたりと汚れてない地面に座り込み、
荒い息を整えながら苦笑いを浮かべるサリア。
後衛だったアニタはともかくとして、
前衛で正面からゴブリン達を受け止めた三人は酷い有様だった。
大きな怪我も無く、完勝と言っていい戦果だったが、
三人ともゴブリンの返り血やら汚れやらを全身に浴び、
お喋りをする余裕もなく肩で息をしている様は
満身創痍の辛勝と言われたほうが、むしろ納得できただろう。
(……実際、もう少しゴブリンの数が多ければ危ないのは此方だったな)
疲労で座り込んで動けずにいるサリアは言うに及ばず、
どうにか立っているリラやトリス、後ろで援護をしていたアニタにも、
その顔には疲労の色がくっきりと出ている。
もしも、フィルが大広間で倒したゴブリンが、もう少し少なかったのなら、
もしも、増援が呼ばれた時に興味を持ったゴブリンが、もう少し多かったのなら、
スタミナが尽き動けなくなったところを嬲り殺しにされていたかもしれない。
戦場では勝利と敗北は運次第とは良く言うが、
今回の勝利にも運による所は多分にあったのだろう。
(……まぁ、それをひっくるめて実力か)
技術やイニシアチブももちろん重要だが、勝敗はそれだけで決まるものでは無い。
その時の地形やリソース、メンバー各人の調子、
様々な要素が複雑に関係して結果となるのだ。
時の運も含めてリラ達の実力がゴブリン達を上回ったから勝利できた。
そういう事なのだろう。
(こちらは問題無さそうだし、ダリウ達の方へ加勢するか)
少女達の様子を一通り見回して、皆が無事であることを確認したフィルは
隣の通路で戦っている村の男達の方へと目を向ける。
少し離れた、もう一つの通路では今も村の男達とゴブリンとの戦闘が続いていた。
前線では早々にラスティが戦列に加わり
ダリウと二人で盾役としてゴブリン達を受け止める。
その左右に村人がついて、こん棒を振るっていた。
そこに後ろに控えている猟師達が合間からショートボウで矢を射かけ、
さらにゴブリン達の背後ではファイアーエレメンタルが
炎で出来た体を蜷局にして通路の中央に陣取り、
ゴブリンが逃げ出さない様、近場のゴブリンから一匹ずつ
炎の漏れる口で噛みついては燃え上がる体ごと地面に叩きつけて屠っていく。
(前線を維持できているようだが、いかんせん攻撃力不足か……)
スタテッドレザーアーマーとは言え魔法の鎧と、魔法の盾は
ゴブリン程度の攻撃をそう簡単には通したりはしない。
魔法の盾は正面のゴブリンをすっぽりと覆い視界を遮断し
稀に盾の隙間からショートソードを持った腕が伸ばすことが出来ても
ゴブリン程度が持つ膂力の一撃は魔法の革鎧が弾いてく。
おかげでダリウもラスティも未熟な技術ながらも、
大きな傷も受けずにゴブリン達を食い止める事が出来ている。
一方で、非力で粗雑で稚拙とはいえ、日頃から暴力に慣れ親しむゴブリン達は
村人達の慣れない攻撃を容易に見切り避けてしまう。
小柄で素早いゴブリンに翻弄され、
攻撃を当てることが出来ずにいる前衛の村人達。
ファイアーエレメンタルや猟師達の援護のおかげで、
徐々にゴブリン達の数を減らせてはいるものの、
その速度は決して早いものではなく、
この分では残りのゴブリンを倒しきる前に、
ダリウ達のスタミナが尽きてしまいかねない。
(これは早い所、援護に向かった方がよさそうだな……)
フィルはそう考えながら、もう一度リラ達へと目を向ける。
全員無傷の完勝ではあったが、
慣れない戦闘に見た目以上に体力と精神をすり減らしたのだろう。
少女達の顔には疲労の色がはっきり残っており、
回復にはまだかなりの時間がかかりそうに見えた。
(このまま戦っても直ぐにスタミナが尽きそうだな。やはりここで休んでいてもらうのが良いか……)
「みんな、僕はダリウ達の加勢に行ってくるけど。君達はここで休んでいて」
ここで時間をかける訳にもいかないと、そう言ってリラ達を残し
村人達の援護へと向かおうとするフィル。
そんなフィルの言葉に一番最初に反応したのはリラだった。
「わ、私たちもみんなを手助けに行きます!」
気丈に顔を上げフィルを見つめるが、
流石に溜まった疲労は隠しきれない。
そんなリラをフィルは宥める様に首を振る。
「そうは言うけど、このまま戦っても直ぐバテて被害を増やすだけだよ?」
「まだ戦えます! 確かに疲れてますけど、私達だってやれることがあるはずです!」
「ふふっ。こういう時のリラって頑固なんですよ。……私もまだあと一回ブレスが残っています。残っている呪文をキュアに変換しても良いですし、お役に立てるはずです」
「私も、スリープが二回分と、あとフィルさんに借りたグリースのスクロールが一本残ってます!」
リラの言葉に、トリスとアニタが自分のリソースを申告する。
二人とも諦め半分のようだが、もう半分は笑顔だった。
そして、そんな三人の少女とフィルの視線は
自然と座り込んだサリアへと向けられる。
「ええっと、私は……恍惚の呪歌は……この乱戦だと難しいか……勇気鼓舞とかなら特に回数とか気にしなくても行けますし、援護なら大丈夫です!」
勿論行けますよとサリアは笑顔を浮かべる。
だが、他の三人と比べて明らかに疲労の色が濃い。
一応、ロングソードやレイピアの心得があるとはいえ、
バードはファイターやクレリックほどには近接戦が得意とは言えない。
革鎧は動きやすくはあるものの、
魔法も何もない普通の鎧では刃を防ぐには心許なく
相手の攻撃を常に動き回り避ける必要がある訳で、
金属鎧、それも魔法の鎧に身を固めたリラやトリスと肩を並べて戦えば
他の三人より多く体力を消耗してしまうのも致し方無い事だろう。
「無理はしませんから! ねっ?」
リラの言葉にふむと、言葉に詰まるフィル。
疲れているとはいえ、快く引き受けてくれたサリアも加え
四人の真っ直ぐな目に、フィルは諦めて溜息をつく。
「……分かった。ただし前線ではなく、あくまで皆の援護だからね?」
万全でない状態での戦闘は不安要素が一気に増える。
本当ならば、ここで休ませるのが最善なのは分かっているが、
少女達の気持ちも汲んであげたいという思いもあった。
(あくまで支援に徹するなら、体力の消耗は最小限で済むか……)
なにより心配事は沢山あるものの、
少女達が皆を手伝いたいと言ってくれた事は素直に嬉しかった。
目の前で苦境に陥っている者を見捨てず助けるというのは、
まさに英雄の資質と言えよう。
そんな事を考えると、自然と自分の顔がほころんでくるのを感じたフィルは
彼女達に悟られせまいと、
にやけ顔にならない様、苦心ししながら顔を引き締める。
それから胡麻化しついでに、サリアへはお小言を一つ付け加えておく。
「あと、サリアは無理はするんじゃないよ? バードの戦い方はファイターやクレリックと比べてスタミナの消耗が激しい。あくまで援護に徹するんだよ?」
「もうっ、だからそこは、君ならやれる! 頑張れ!って励ます所ですよ?」
わずかな休憩では十分に回復したとはいえず、
いつもの元気さは感じられないが、
それでも笑って言い返す返すサリア。
まったく、この少女は……。
危なっかしくて人が心配しているというのに
親の心子知らずとはよく言ったものだ。
フィルはそんな事を思いながら、サリアの頭に手を乗せてポンポンと軽く撫でる。
以外にも、そんなフィルの手に素直に頭を撫でられるサリア。
「はは、それだけ言えれば上出来だよ。とにかく皆、無理はするんじゃないよ?」
フィルの言葉に四人の少女達は頷く。
「よし、それじゃあ彼らの支援へ行こうか。僕はゴブリン達が逃げられないように裏から回り込むから皆はこのまま合流してくれ。方針は、合流したらアニタはスリープを定期的にかけて、トリスは怪我人の手当、リラはアニタからクロスボウを借りて援護、サリアは皆を鼓舞しつつ可能ならスリングで援護、あくまで援護に徹する事。これでいいね?」
「「「「はい!」」」」
元気に返事を返し、村人達の方へと駆けて行く少女達。
合流後すぐに開始されたアニタのスリープの詠唱を背中越しに聞きながら
フィルもまた、ゴブリンの背後に回り込むため、
再度、大広間へ続く通路を急ぎ戻る。
---------