邪神さんと冒険者さん 59
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「フィルさん、戻りましたよー」
ゴブリンに動きが無いか洞窟の中を見張るフィルの元に
村人達を引き連れたリラが戻ってきた。
フィルが見張っていた洞窟から視線を外し、
声のする方に目を向ければ、
リラと彼女のパーティ、
そしてそのすぐ後ろには村の男達を率いたダリウとラスティの姿が見える。
若者達が先頭を歩き、大人達を先導している姿に
我ながらオヤジ臭いとは思いつつ感慨のようなものを感じるフィル。
(この様子だと僕が必要無くなるのも結構すぐかな……)
彼らが一人前となるのも、そう遠い事では無いのだろう。
果たしてその時は冒険者として旅立つのか。
それともこのまま村人として暮らすのか。
漠然と、そんな事を考えているうちに、フィルの元へと一行は到着する。
「待たせたな。そっちの様子はどうだ?」
「ああ、こっちに動きは無いね。どうやらこの先の部屋にゴブリンは居ないみたいだよ」
到着早々、質問をするダリウに
フィルは洞窟の中をもう一度のぞき込みながら
ここからは敵の姿が見えない事、
先ほどから物音も無い事を伝える。
フィルの報告に、ダリウは洞窟の中を覗き込んでみるが、
暗視を持たない人間では残念ながら、
洞窟の中は塗り潰されたような暗闇で
中の様子をうかがい知ることは出来なかった。
「そうなのか? うーん……俺じゃ全然分らんな……」
「まぁ、僕の方は暗視の魔法が掛かっているからね」
それでもどうにか闇の向こうを見ようと、
ダリウはしかめっ面で洞窟の奥を睨み見るが
やがて諦め溜息と共にフィルの方へと向き直る。
「……やっぱダメだ。便利だよなぁ。魔法ってのは」
「ははは、程度の差はあるけど、ダリウだって勉強すれば使えるはずだよ?」
ぼやくダリウに、フィルは笑って答える。
魔法使い……特にウィザードと呼ばれるクラスは
血筋で魔法を操るソーサラーや
神の寵愛を受けたクレリックとは違い
特殊な才能や血筋が必要とはならない為
「使える」と言うだけなら存外にハードルは低い。
大抵の人間なら真面目に数年も修行すれば
初級呪文の一つぐらいは使えるようになるだろう。
「俺がか? 文字だって少ししか読めないぞ? 流石に無理だろ」
「まぁ、高位の魔法はともかく、ライトなんかの初級魔法なら頑張れば大抵の人は使えるはずだよ」
「俺が……魔法を……?」
その言葉に惹かれたのか
うーむと自分が魔法を使う様を想像するダリウだったが、
暫くすると、何か思い当たったのか気が付いたのか、
疑わし気にフィルへと尋ねる。
「……たしか魔法を習うには無茶苦茶金がかかるって聞いたことがあるぞ?」
「ああ……あははは……まぁ、そうなるかな?」
フィルの視線を逸らした乾いた笑いに、さらに疑わし気な視線を向けるダリウ。
ダリウの言う通り、ウィザードの修行には何かと金がかかる。
スクロールにスペルブック、触媒にその他諸々、
魔法に関連する品というのは、とにかく高価な品が多い。
それだけでなく、通常、魔術師から魔法を教えてもらうには授業料が必要となり
それが高位のウィザードともなれば
師事を受けるのに天井知らずに高額な授業料が要求されることも珍しくない。
それ故、大都市にあるウィザードの学院のような場所は
高額な授業料や教材代を支払う余裕のある
貴族や裕福な商人の子息に生徒が限られた、ある種の富裕者の為の場となり、
そしてそれが、一部のウィザード達が他者を見下すような考えを持つ遠因となり、
さらにそれが、人々からウィザードが不信の目で見られる理由の一つとなっていた。
「いやいや、僕ならお安くしときますぜ」
「無理無理、どの道、そんな金も勉強する時間も俺には無いって」
へっへっへとわざとらしく揉み手をしながら繰り出す
フィルの怪しいセールストークにダリウが苦笑いと共に肩をすくめる。
「ははは、それは残念」
予想していた通りの反応に、
フィルもまた苦笑いと共に肩をすくめる。
村人達の生活はとても忙しい。
朝早く日が昇る前から畑や家畜の世話をして
日が落ちて暗くなってからは家の中で作業をする。
一日の殆どがこうした生きる為の仕事にあてられ、
とてもではないが、どれだけ役に立つかも分からない
魔法を覚える為にさける時間が無いと言うのは
もっともな事だった。
「それよりもっと剣を教えてもらいたいんだが。教えてもらえないか?」
「うん? そうは言っても僕はそこまで専門職じゃないよ? 一応、本職はウィザードだしね」
「それでもだ、この辺りで一番の腕前は間違いなくお前なんだからな。剣だけじゃ無く色々な武器や戦い方を教えて欲しい」
ダリウの頼みにフィルはふむと頷く。
正直な所、村で一番と言われても自慢にはならない。
だが、それでも頼られるというのは悪い気はしない。
自分は何処かで人と接したいと思っているのだろう。
冗談から一転して真剣な表情で教えを乞うダリウを前にして、
そんな考えがフィルの頭をよぎる。
「まぁ……僕は全然構わないよ。時間のある時にまた家に来ると良いよ」
「そうか! それは助かる! ああ、授業料は現物支給になるがいいか?」
「ああ、肉とかもらえると嬉しいのだけど」
「二人共ともこれから戦闘だというの余裕たっぷりですねぇ……」
男二人の呑気な会話はまだ続きそうな雰囲気だったが、
後ろで見ていたサリアが会話に入って来たことで終了となった。
言葉の端々に呆れた様子が感じられるのは
こんな所でふざけている男二人を窘めに来たのだろうか。
どうしたものかと、手伝いをさぼっていたところ見つかった子供のように顔を見合わせる二人。
「いやあ、ほら、こういう時こそ軽い冗談と言うのは効果的なんだよ?」
「ああ、緊張して動けないなんてなっちゃだめだからな! なぁ、ラスティ?」
「え? 僕もかい?!」
突然話題を振られうろたえるラスティの肩へと手を回し
笑顔で同意を求めるダリウ。
「そうだとも、お前だって後で剣を教わるだろう? なぁ? 仲間じゃないか!」
「え? あ、そうだね、ははは」
ダリウの機転で被害を二人から三人に広げる事に成功し、
三人、愛想笑いを向けてサリアの怒りを鎮めようとする。
そんな男達の様子に軽くため息をつくサリア。
「ふぅ……まぁ、良いですけど。……ところで、洞窟の入り口はこれ一つなんですよね?」
「ああ、中をざっと見た限りはね。隠し通路がある様子もなかったよ」
「それなら、この中に燃やした生木を放り込んで燻り出したほうが良くないですか? 今なら外も明るいですし、明るい場所で戦えばこちらが有利だと思うのですが」
サリアの提案にフィルは少し考え、ダリウの方へと視線を向ける。
ダリウもフィルの言わんとしている事に察しがついたのか、ああと頷く。
「うーん、それはどうだろうね」
「ああ、確かにそれは無理かもしれないな」
「え、どうしてですか?」
「まぁ、ちょっとここに立ってみ」
「? ……こうです?」
フィルだけでなくダリウにまでダメと言われて納得のいかない表情のサリア
ダリウはそんなサリアを促して、フィルの横へと立たせる。
不満気なサリアの顔を穴の中から流れ出る
少しばかりの異臭を含んだ生温かい空気が撫でていく。
「……洞窟の中から風?」
「うん。おそらくどこか別の所に細い穴があって空気の通り道になっているんだ。この様子だと火を焚いても、煙はこちらに向かって流れてきてしまうだろうね。それに……」
そう言ってからフィルは洞窟入り口周辺を指し示す。
「それにこの入り口に配置できる人数は多くても六人がせいぜいだよ。ゴブリンは小柄で素早いから、それだけじゃ突破される可能性が高いし、そのまま山に逃げ込まれたら後々厄介だよ」
フィルの説明に横に立つダリウも頷く。
「なるほど確かに……それならフィルさんの言っていた中の部屋で戦った方が俺達の人数も活かせるし、ゴブリンの動きも制限出来る……?」
「そう言う事、あの広間を先に占拠すれば囲まれる心配もないしゴブリンを細い通路だけに制限できて戦いもし易いからね」
フィルの説明にむぅと唸りながらも頷き納得するサリア。
フィルはそんなサリアの頭に手を置いて、
ポンポンと叩きそれから一同へと振り返る。
「それじゃあ行くとしようか。先に僕達のパーティでロビーを確保しに行くから、ダリウとラスティはここで待機して呼んでから来て」
「ああ、分かった」
「こっちは何時でも大丈夫です」
返事するダリウとラスティに頷くと、
今度はアニタの方へと振り向く。
「よし。まずはリラとダリウの盾にライトの魔法をかけてしまおう、それが終わったら僕たちのパーティだけで洞窟へ入る。ダリウは入り口から盾を掲げて洞窟を照らしていてくれ」
フィルの指示にダリウが頷き
自身の盾をアニタへと差し出す。
その横でラスティが先ほどフィルから渡された魔法の松明を取り出している。
「灯りならこの松明を投げ込んでみてはどうです?」
(暗視のある僕は関係ないけど、皆が戦うとなるとたしかにあったが良いか)
「そうだね。どうせ向こうにはバレてる訳だし入るときに投げ込んでしまおう」
フィルはラスティの助言に頷き松明を一本受け取ると、
それを自身の腰のベルトへと差し込む。
「大丈夫だと分かっていても、なんか火傷しそうでヒヤッとしますよね。それ」
フィルのベルトに差し込まれ腰の辺りで燃え盛る松明を覗き込みながらつぶやくリラ。
魔法の炎で燃える松明に熱さは無く、
火傷したり腰の装備が燃えたりすることは無いが、
知らない者が見れば、このままでは火傷では済まなさそうな雰囲気がある。
「慣れれば気にならなくなるんだけどね。まぁ、慣れたら慣れたで今度は普通の火を触りそうになってヒヤッとするんだけどね」
「あははは……それはそれで気をつけないとですね」
「リラも気を付けるんだよ。洞窟でこれを持って先頭に立った時、燃やすつもりで押し付けても何にも効果が無いんだからね。 さてと、それじゃあアニタ、ライトを二人の盾にかけてしまおうか」
「はい! 分かりました!」
フィルとアニタがライトの呪文を唱え
短い呪文寧勝の終わりと共にリラとダリウの盾が白く輝き出す。
「おう、これは明るいな。それに松明と違って明かりが揺れる事も無いんだな」
ダリウがそう言いながら光を放つ盾を洞窟の方へと掲げると、
それまで黒で塗り潰されていた空間が白い光で照らされ、茶色い岩肌が姿を見せる。
「これだけ明るければ闇討ちも怖くないですね! あとはあの陰にゴブリンが居るかですけど、やっぱり鏡で見るんですか?」
「ああ、そうだけどこれも使おうと思うよ」
リラの疑問にフィルはバッグに手を突っ込むと
五十センチほどの棒を数本と、
先ほども使用した手鏡を取り出した。
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