邪神さんと冒険者さん 56
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フィルは洞窟を出ると急ぎ小道を下り、
村人達が待機している合流地点へと向かった。
(皆、無事だといいんだが……)
リラ達の実力があれば昼間のゴブリン数匹程度、
遭遇したとしても勝利できるだろうとは思う。
とは言え、ゴブリンとの実力差がそこまで大きくないというのも事実で
不意の遭遇で浮き足立ったりしてイニシアチブを相手に取られれば
思わぬ深手を負ってしまう事だって十分にありえるだろう。
洞窟に逃げ込んできたゴブリンの様子から
村人達が勝利したのだろうが
戦闘があったのならば怪我人が出ているかもしれない。
ポーションを渡してあるし、
クレリックのトリスが同行しているとはいえ、
ポーションの数にも奇跡の使用回数にも限りがある。
ゴブリン達に気付かれた以上、
次の作戦を早く決める必要もあるし
いずれにせよ急いで戻るべきだろう。
往く時には足跡を残さないように注意した小道だが
もう今のこの状況ならばゴブリンが見に来る事も無いと
土に足跡が残るのも構わずに急ぎ駆け降りる。
おかげでで数分もしないうちにフィルは合流地点へと到着した。
道中いろいろと心配をしていたフィルだったが
合流場所に到着したフィルが目にしたのは
出発した時と殆ど変わらない皆の無事な姿だった。
幸いなことに一行の中には怪我をした者が居る様子は無く
だが、やはりゴブリンと遭遇した後だからだろうか
皆、隊列を組んで言葉も発せず
真剣な表情で周囲の警戒している。
隊列の先頭では剣を抜き、盾を構えたリラが
次のゴブリンとの遭遇にいつでも対応できるよう立ち、
そのすぐ後ろではクロスボウを両手でしっかりと持って周囲を警戒するアニタと
ショートボウに矢をつがえた状態で同じく警戒するモード老が待機している。
更にその後ろにはトリスとサリアが控え、
続く村人達とリラ達前衛、どちらのサポートも出来るよう待機している。
外から見ると大の男達が小柄な少女と老人に護られているようにも見えて
かなりシュールな感じがするが
武装も技能も彼女達の方が上である以上、正しい選択と言える。
(ふむ……こうして見るとなかなか様になっているな)
一生懸命頑張っているリラ達を眺めながら
怪我人を出してしまっているのではとか
浮き足立ってしまっているのではないかと
心配していたフィルは
ほっと胸を撫で下ろすとともに
彼らの事を経験不足と侮っていた事を心の中で謝罪した。
フィルは少し離れた場所で呪文を解除し姿を現すと、
村人達に向かって手を上げ合図を送った。
「フィルさん!」
先頭で警戒をしていたリラがまず気付き声を上げる。
その声に他の者達もフィルが戻った事に気が付き
溜めていた息を吐きながら武器を下ろす。
お互いに顔を見合わせ軽口を言いあったり
緊張が解けたことで力が抜けたのか座り込んだりと
ざわざわと動きたした一団の元へとフィルは向かった。
「待たせたね。洞窟の中で矢を受けたゴブリンが駆け込んでくるのを見たけど、皆は無事だった?」
「あ、はい! こっちに怪我人は出ていません。でもゴブリンは逃がしてしまって……」
フィルの報告に、そう言って表情を暗くするリラ。
見れば他の面々も心配そうにフィルの方を見つめている。
せっかくゴブリンが寝ている時間帯にやって来たというのに
先程逃げたゴブリンが洞窟に戻ればゴブリン達は全員目覚めてしまうだろう。
奇襲のチャンスが潰れただけでなく、敵の防衛も強化されるというのは
駆け出しの冒険者や素人の村人達にとってはかなりの脅威と言える。
フィルはそんなリラの頭に軽く手を乗せぽんぽんと軽く叩く。
「そうだね。でもまだ致命的と云う訳じゃないさ。ゴブリン達は僕の事は気付かれていない。まだまだこちらが有利なのは変わらないよ」
「……はい……」
「僕としては皆しっかりやっていると思うよ。たとえゴブリン達が目覚めたとしても、さっきみたいに冷静に動く事が出来るならきっと大丈夫だよ」
その言葉が効いたのかどうか、
ようやく皆の表情にも平静が戻る。
場の空気が軽くなっていくのを確認したところでフィルが口を開く。
「よし、それじゃあこれからの事について決めてしまおう」
フィルはそう言うとリラ達パーティと
そのすぐ後ろで待機していたゴルム、
そして最後尾でリラと同様に盾を構えて後ろからの襲撃を警戒していたダリウとラスティを呼び、
狭い山道の上、何とか円陣を組んで、さっそく作戦会議を開いた。
「やっぱりゴブリンは巣に戻ってしまったんですね……」
「せっかくあんたに見に行ってもらったというのに……申し訳ない」
「ああ、まぁ、僕が向こうに居たことは知られていないはずです。まだまだこちらが有利ですよ」
ゴブリンを逃したことを謝るリラとゴルムにフィルは明るい調子で応える。
「向こうの作戦は大体予想がつきます。裏を上手く突けば勝利することも可能です。落ち着いていきましょう」
そう言うとフィルはその辺に落ちている木の枝を手に取り
地面に洞窟の見取り図を書き込んでいく。
「洞窟の中を見てきましたが、今ならゴブリン達の準備もそれ程ではないし十分戦えますよ」
そう言いながらフィルは入り口から通路らしい線を一本引いて、それから丸を書く。
「……洞窟は手前にロビーのようなそこそこの広さの部屋と、それから通路でつながれたかなりの広さの大広間の二つの空間で出来ていました。ちなみに大広間に繋がる通路は二本ありました」
フィルは丸から二本の線を引いて
その先に大き目の丸を一つ描く。
「これは……もしかしてフィルさんって絵が下手? あだっ」
「こういうのは理解できればいいの」
隣でフィルの描いた絵を眺めながら、
真面目な口調で無遠慮な感想を伝えるサリア。
そんな少女の頭に軽くげんこつでつっこんでからフィルは話を進める。
「ゴブリンの数は約五十、その中で気を付けるのは体格の大きなリーダー格が一匹と、呪文を使いそうなのが二匹です。洞窟の中に灯りは無し。おそらくこの大広間におびき寄せて、暗闇に慣れていない所を囲い込んで袋叩きにするつもりでしょう」
「ぅ~酷いです! 女の子の頭を叩くなんて!」
サリアはわざとらしく痛そうに抗議するが、
訴えも空しく会議は順調に進められていく。
「なるほど……だが明かりを持っていけば問題無いのでは?」
ゴルムの質問にフィルは首を横に振る。
「いえ、ゴブリンの暗視は松明の照らせる範囲よりも遠くから見ることが出来ます。あれだけの広さがあれば四方の灯りの届かない暗闇から攻撃されてなぶり殺しにされるのがオチでしょう」
「ふむ……それでは、この大広間へは入らない、ということか?」
ゴルムの質問に、今度は頷いて答える。
「そうです。皆さんにはロビーにある大広間へと続く二つの通路の入り口でそれぞれ待機してもらいます。ここならゴブリン達との戦闘は通路を通ってくる者だけに限定できます。それから私が大広間に入ってゴブリンをロビーへ炙り出しますのでそれを討ち取ってください。通路には途中にコンティニュアルフレイムの松明を置けば暗闇の不利もある程度解決するはずです」
「なるほど……だが、明かりを置いても消されてしまうのでは?」
ダリウの質問にフィルも頷く。
コンティニュアルフレイムの炎は水の中に入れたりしても決して消える事は無いが
とは言え火を消す事が出来なくても、
例えば袋などで被せてしまえば簡単に光を遮ることが出来る。
ゴブリンと言えど、その位の知恵はあるだろう。
「まぁ、時間稼ぎではありますね。消せない炎とはいえ、光を遮るだけなら幾らでも方法はありますからね」
「じゃあ、松明をロープで結んで、ゴブリンが近づいてきたら、ロープを引いて引き寄せるというのはどうですかね? 上手くすれば警戒していてもおびき寄せられるかもしれない」
そう言うラスティの提案にフィルは頷く。
「なるほど、相手はゴブリンだし効果的かもしれないね。それで行く事にしよう」
「あ、でも紐を持つ人はどうします? 前に立つ人はそんな余裕ないと思いますし、やっぱり後衛の人が持つのでしょうか?」
前衛の殆どの者は盾と剣を持つ必要がある。
たとえ片手が空いていたとしても、
大量のゴブリンと正面からぶつかるのだ、
紐を操っている余裕なんて無いだろう。
トリスの質問にフィルは少し考えてから答える。
「それについては戦闘に参加するパーティを二つに、あとは彼らを補佐するパーティを一つに分けようと思うんだ」
そう説明してからフィルは一同を見渡す。
皆、真剣な様子でフィルの言葉に耳を傾けていた。
すぐ横で待機している村人達も自分達の配置に興味があるのだろう
声を立てずにじっとフィル達の会話を聞いている。
「配置についてですが、左の大き目の通路をリラのパーティ、ダリウのパーティが右の小さめの通路、ラスティのパーティは皆の補佐をしてもらいます。ラスティのパーティには松明もだけど、リラやダリウの各パーティを突破してロビーへ出てきたゴブリンを倒してもらいます。あとはダリウのパーティで疲れた人や怪我をした人が出たらその人と交代してください」
「わかったわ」「わかった」「分かりました」
フィルの説明にリラ、ダリウ、ラスティそれぞれが返事をする。
ゴルムの方を見るとゴルムも無言で頷く。
各パーティのリーダー達の返事を確認したフィルは
自身のバッグを開けるとそこへと手を突っ込み
コンティニュアルフレイムの掛かった魔法の松明を三本取り出した。
「ラスティにはこれを渡しておきます。あと洞窟内での灯りですが、メインの灯りはアニタと僕でダリウとリラの盾にライトの呪文をかけます。それと予備の灯りとして普通の松明をラスティの班の人達に持ってもらっていいですか?」
そう言いながら魔法の炎の灯った三本の松明をラスティへと手渡す。
ラスティが松明を受け取るのを確認したフィルは、
今度は腰のベルトに取り付けてあるポーチを開けると
そこからスクロールを二本取り出す。
「これはグリースの呪文のスクロールだよ、使い時は分かるとは思うけど、ゴブリンの足止めに使ってね」
「は、はい、ありがとうござます」
スクロールをアニタへと手渡し、
受け取るのを確認した後でフィルは皆へと顔を向ける。
「さっきも言いましたが今ならゴブリン達の準備も完全ではないですし作戦の裏をつければ十分勝てます。それにロビーでなら背後から襲われる事は無いでしょうから焦らず行きましょう」
フィルの言葉に一同が頷く。
打合せを終えた一行は
洞窟へ向かって先を急いだ。
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