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邪神さんと冒険者さん 54

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フラウや村人達に見送られて村を出発したフィル達の一団は

先ほど登った山道へと再び戻ってきた。


かなりの大所帯となった一団の先頭にはフィルとモード老が立ち

その後にはリラ、ダリウ、ラスティの順でそれぞれのパーティが続いていく。

「どうやら、さっき僕たちが通った来た時と変化は無いようです」

フィルは山道の上に残された痕跡に何か変化が無いか

注意深く確認して横を歩くモード老へそう報告する。


今回、フィルは道中の探索に

ベテランの狩人であるモード老の力を借りる事にした。

これだけの大人数ともなると、隠密行動は絶望的になる。

であれば少しでも早く相手を見つけ出し

手早く仕留めていくのが最善だろう。

その点、モード老は古参の猟師らしく豊富な知識と経験を持ち、

またこの辺りの山は彼にとっては良く慣れ親しんだ土地という事もある。

神になった事で知覚が向上としたとは言え

山中での探索や追跡技術自体はまだまだ未熟で

探索に不安を残すフィルにとって彼の参加は心強い。


「ふうむ、この足跡じゃな……この感じじゃと特に警戒している感じはせんなあ……」

そう呟く視線の先にあるのは、足跡と言うよりは草のへこみと呼べる程度の物で

フィルでもともすれば見落としてしまいそうな痕跡だった。

「確か途中で待ち伏せされたんじゃったか?」

「ええ、洞窟と村とちょうど中間ぐらいの場所です。おそらくは口封じと、食料を得るために迷い込んだ村人や獣を襲うつもりだったのでしょう」

「じゃろうな。被害が出る前だったのは幸いじゃな」

モード老の言葉にフィルも頷く。

「ええ、まったくです。確認した限りでは他に争った跡もありませんでしたから、村人の被害も無いと思います」

「それは何よりじゃな。まずは相手の先を動けているといったところかのう。願わくばこのまま一気に片づけられれば良いんじゃがの」

だが、さすがにそこまで簡単に事が運ぶとは考えていないのだろう。

そう言いながらも山道の先を見つめる老狩人の表情は厳しいままだった。


「そうですね。とはいえ、僕たちがゴブリンの待ち伏せを倒してから結構時間が経っていますし、相手に気付かれている可能性もありますから、注意していきましょう」

「そうなれば道中に罠がある可能性もあるのう……やれやれ、罠張ったりはワシらの仕事だというのに、シカかイノシシになった気分じゃよ」

「ははは、僕も敵地に入るときは、何時だってそんな気分ですよ」

モード老の愚痴に笑って答えるフィル。

二人はそんな事を話しながらも見落としが無いよう神経をとがらせ、慎重に山道を進んでいく。

後に続く村人やリラ達は

皆、フィル達の邪魔をしないようにと気を使ってか

それとも戦いを前に緊張してか、

山に入ってからは誰一人として喋る者はいなかった。

二十人弱の集団である一行はかなりの大所帯ではあったが、

無言のまま、足音だけが木々の中に吸い込まれていく。


「どうやらこの近くには居ない様じゃが……遠くからの物見なぞ居たら厄介じゃのう……」

「確かにそうですね……」

道の彼方を見やりながら、そう言ってやれやれと溜息をつくモード老にフィルも頷く。

山の中でこれだけの数の集団が移動するのは、なかなかに目立つ。

特に白い外套を着た少女の一団というのは

緑色と茶色しかない山の中ではとにかく良く目立った。

目立つ事は極力避けたいところではあるのだが

前回のように弓で待ち伏せされる可能性がある以上、

悪属性からの攻撃なら弓であろうと魔法の加護が発揮されるこの外套は、

可能な限り彼女達に身に着けさせておきたかった。

とはいえ、やはりこれだけ目立つ集団は物見にも見つかりやすいだろうし、

見つかれば当然、巣穴の警備が強化されて

ゴブリン退治はより難しくなってしまうだろう。


村を出る時には少女達の白い外套を

こんな時にまで洒落っ気を出すなんてなどと揶揄する者がいたが、

フィルはこの時に外套の効果と、

着させる理由が先頭に立って戦う彼女達の身の安全の為と説明して

揶揄する村人をおとなしくさせている。

村人達にああは言ったが、

フィルとしてもこの選択が最善だったのかは悩ましい所だった。


「どのみちこの人数では相手に見つからずにやり過ごすのは無理でしょうし、私達で少しでも早く敵を見つけて排除していくのが最も確実かと思います」

「……そうじゃな。じゃが、儂は戦力としてはあてにならんぞ?」

「ははは、その時は後ろから適当に援護射撃をしてもらうぐらいで十分ですよ。あの子達は十分に戦えますからね」

そう言ってちらりと後ろを見やると、

すぐ後ろを歩いているリラが、少し困ったような照れ笑いが混ざった

なんとも言えない表情でフィルを見返す。

「ええと、頼りにしてもらえるのは嬉しいんですけど。ほんとは結構かなり不安なんですよ?」

「それは仕方ないさ。どんなに経験を積んだって、戦いは何が起こるか分からないからね」

「うう……やっぱりそうなんですね……」

情けない声を上げるリラ。

だが、その姿に昼食の時のような憔悴した様子は見えない。

彼女なりに、次の戦いへの覚悟も出来たのだろう。

「とにかく、何度も言うけど無理はしない事だよ。不用意に奥に誘い込まれると罠がある事が多い。そう言う時に踏み止まる冷静さを大事にするんだ」

「はい、頑張ってみます!」

フィルの言葉に真剣な表情で返事をするリラ。

こうして元気を取り戻してくれた事に

リラ自身は勿論、周りで支えてくれたダリウやサリア達、

そしてプリンで元気づけてくれたフラウに感謝をしつつ

フィルは更に山道を登っていった。


幸いなことに前回来た時から特に山中の様子に変化は無く

一行は特に罠や襲撃に会う事も無く

前回ゴブリンに待ち伏せされた地点までたどり着く事が出来た。

「ここで、ゴブリンの待ち伏せを受けたんです。念のためゴブリンの死体を確認してきても良いですか?」

「ああ、構わんよ。仲間が来ているのなら、何か手が加えられているかもしれんからのう」

「ええ、それじゃあ少し見てきますね」

そう言うと、フィルは一旦、皆には山道で待っていてもらい、

一人、ゴブリンの死体を隠したところへと向かうと

他の者が周辺を歩いた痕跡が無いか

死体周辺の地面を注意深く調べだした。

前回離れる際に置いておいた目印の小枝や小石に

変わった個所が無いことを確認し、

死体にも手を加えた形跡がないことを確認したところで皆の所へと戻る。


「誰かが来た様子はありませんでした。ここには来ていないと見て良さそうです」

「そうか。ゴブリンは夜行性だからのう。おそらくまだ巣の中なのじゃろうな」

「そうであってほしいものですね。先を急ぎましょう」


さらに道を進み、洞窟へと分岐する小道まで来たところで

フィル達はもう一度足を止めた。

「これは……確かに酷いもんじゃな……」

「ええ、見ての通り洞窟にはかなりの数のゴブリンが居ると思われます」

道一面に残された大量のゴブリンの足跡。

その異様な光景に言葉を失うモード老。

後から追いついた村人達からもざわめきがおこる。

流石に既に何度も見ているリラ達はざわついたりはしなかったが

それでも、厳しい表情で足跡を見つめている。


「それではもう一度、僕が洞窟へ入って、中の構造と敵の配置を確認してきます。皆さんは少しの間此処で休んでいて下さい」

フィルは皆にそう伝えると、洞窟へと続く小道へと一人向かった。

道の途中、先ほどと同様にインヴィジビリティを唱え姿を消すと

さらに続けて別の呪文を唱える。

呪文の完成と共にフィルの視界に色が無い地形が浮かび上がる。


『ダークヴィジョン』

光で闇を照らす『ライト』の呪文と違い、

この呪文では完全な暗闇の中でも見通す能力を得ることが出来る。

暗視は白黒でしか物を見ることが出来無いが、

これなら明かり無しで暗い洞窟の中を歩いても不自由はしない。

効果時間もそこそこ長く、便利な呪文ではあるのだが、

呪文の対象が一人の為、

一つあれば皆が恩恵を受けるライトと違い、パーティで使うには勝手が悪く

どこかに潜入する際、ローグにウィザードがかけるといった使われ方の方が多かった。


呪文を唱え終えたフィルは

木の葉や、道に落ちた枝で音を立てないよう注意深く移動しながら小道を進み、

洞窟を守るゴブリンが見える位置まで移動する。

洞窟の前には相変わらずゴブリンの見張りが二匹立っており、

周囲の様子を見張っているのだが、日中もさらに時間が経ち、

ゴブリンにとっては朝の前の真夜中と言ったところか、

二匹の退屈は頂点に達しつつあるようで

槍を杖のようにもたれかかり

ああだこうだとお互いお喋りに夢中になっているのが見えた。


(これなら傍を通っても気づかれ辛そうだな)

ゴブリンの注意がお喋りに向いているのを幸いと

フィルは息を殺し、足音を立てぬよう注意して、そっとゴブリン達の間を通り抜ける。

フィルが二匹の間を通っている最中も二匹はずっと喋り続け

結局、どちらにも気付かれること無く、洞窟の中へと入っていく。


洞窟に入った途端、獣臭さに汚物のすえた臭いの混じった

なんとも言い難い臭いがフィルの鼻を刺激した。

(やはりゴブリンはオークと違って腐臭が強いな……)

ゴブリンには衛生といった概念が無いらしく

ごみの中でも快適に過ごすことができると言われている。

この辺の感覚は同じ野蛮な種族として括られる事の多い

ホブゴブリンやバグベアだけでなく、

オークやオーガ、コボルド等と比べても更に酷い。

そのため慣れない冒険者が彼らの巣穴に入るときは

大抵この臭いに気分が悪くなるものが一人や二人出るのが常だった。

(……けど、今となっては懐かしい気分すらするとは……)


以前のパーティに居た頃、初心者の頃は言うに及ばず

ベテランの域になってからもゴブリン退治の依頼は何度も受けた。

報酬も低ければ戦利品も期待できない。

ゴブリン退治はそんな仕事なのだが、

困ってるのは見捨てられないというクレリックを皆で冷やかしつつも、

腕慣らしだ、呪文の実験台だと、皆、なんだかんだと理由をつけて

依頼を受けていたのが随分と懐かしく感じられる。

(……あの頃と比べて今は一人だ、注意して進まないと……)

こんな所で感傷に浸る自分に苦笑いしつつ、

フィルは気を取り直して、罠に注意しつつ洞窟の中を進んでいく。


人が二人ほど並んで通れるぐらいといった通路を少し歩くと

そこそこの広さで、数人の大人がゆったりできるぐらいの広さの空間が広がっていた。

自然の岩石で出来た天然の空間には

向かって正面、右と左に、まるで通路のように穴が開いており

それぞれ洞窟の更に奥へ続いている。

(ふむ、奥へ行く前の待合所……ロビーといったところか)


岩石で出来た天然のロビーはどうやら衛兵の詰め所となっているようで

武装したゴブリンが七匹ほどたむろしていた。

それぞれが酒を飲んで賭け事をしたり、

大いびきをかいて居眠りしていたりと

まともな街の衛兵ならば、即刻処分されるような有様だが

良くいる野盗も大体こんな感じだし

彼らからすればいざという時に動ければそれでよいのだろう。

そんな取り留めも無いことを考えながら、

フィルは左側の通路へと向かってロビーを突っ切っていく。


(待ち伏せや外の見張りもそうだけど、オオカミやウォーグは連れていないみたいだな)

規模の大きいゴブリンの群れでは

オオカミやそのより強力な近種であるウォーグなどを飼う事がある。

これらは単体で強力なだけでなく、

ゴブリンを背に載せて戦う事もあったりと、

経験の浅いリラ達や村人ではかなり危険な相手となる。

今回のゴブリンを見る限り、人数的にはかなりの規模だが

こうした備えが見当たらないという事は

ゴブリン側も強行軍でそこまでの余裕が無かったのかもしれない。


そんな事を考えながらロビーを抜けて左側の通路へと入るフィル。

途中、地面に貼られた縄がフィルの視界に入る。

おそらくは、中に入って来た侵入者のための罠なのだろう。

罠はどれも容易に発見でき、造りも単純な代物であったが

夜目の利かない人間が相手ならば、これで十分なのだろう。

(とはいえこちらは全員が夜目が効かない、ときてるからなぁ……)

姿を消したまま、フィルは身をかがめると罠の無効化に取り掛かった。

ゴブリンに悟られないよう注意しつつ罠を無効化すると

通路の更に奥へと進んでいった。



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