邪神さんと冒険者さん 53
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午後の方針について打合せを終えたフィルは
自分も昼食をとろうとして、辺りを見回してみた。
かつては牧草地だったという広場では初夏の青空の下、
村人達が友人や家族と共に
丸太や持参してきた腰かけや茣蓙を広げ
思い思いにお喋りをして昼食をとっているのが見える。
フィルは村人達の中にフラウの姿が無いか広場を探してみるが
フラウとイグン老の姿は見つけることが出来なかった。
せっかくの料理だし二人を呼びに行こうかとも思うのだが、
やはりまだ大勢の人の前に行くのは辛いのかもしれない。
それに今回のゴブリン狩りは時間制限付きも同然、
フラウを呼びに行って戻ってきた後では、休憩時間は殆ど残っていないだろう。
そんな事を考えながら行こうかどうか迷うフィルだったが
ふと村の方を見てみると、丁度、左右に民家が並ぶ道の向こうから
イグン老とフラウが並んでこちらの方へとやってくるのが見えた。
フラウは手にバスケットを提げており
イグン老の方を見上げては何かを楽し気に話しかけている。
イグン老もフラウの言葉ににこやかに相づちを打ち
一見するとまるで仲の良い祖母とその孫娘のような、そんな風にも見える。
直ぐに向こうの方でもフィルに気が付いたようで、
フラウがバスケットを提げていない方の手を大きく振る。
フィルが手を振り返すと、フラウはイグン老へ一言二言何かを伝えて
こちらの方へと駆け出した。
「フィルさーん!」
ぱたぱたと駆け寄りながらフィルを呼ぶフラウに、
フィルも片手を上げて応える。
「よかった。あたりを探しても居なかったから、呼びに行こうか迷っていたんだ」
「えへへ、実は皆さんのおやつを作ってたのです!」
少し息を切らして顔を上気させながら、
手にしたバスケットを両手で見せるフラウ。
バスケットにはナプキンが被せられており中を見ることは出来なかったが
嬉しそうなフラウの顔からも、中のおやつは自信作なのだろうと想像できた。
「えへへー。自信作なんですよー」
そう言うフラウの笑顔はなんとも嬉しそうで、
フィルとしても、これは是非とも美味しく頂いて
そして沢山フラウの事を褒めてあげねばという気になってくる。
「それは楽しみだね。ところでフラウ達はお昼ご飯はもう食べたのかい?」
「えっと、まだなのです。フィルさんはもう食べちゃいました?」
そう質問を返しつつ小首をかしげて見せる。
そんな様子にフィルも笑みを浮かべて、今度はフラウの質問へと答える。
「いや、僕もまだでね。フラウと一緒に食べようと思って、ちょうど探していたんだ」
その言葉を聞いて嬉しそうに顔をほころばすフラウ。
「ほんとです!? えへへ、それじゃあ一緒にご飯なのです!」
「そうだね。あっちでリラ達が休んでいるから僕たちもあそこに混ぜてもらう事にしようか」
「はいですっ」
嬉しそうに頷くフラウに笑いかけ、
それからリラ達の方を見やると
ダリウやサリアが即席厨房から運んできた料理で昼食を始めているのが見えた。
先ほどまで元気の無かったリラも、ダリウからシチューを受け取り、
少しずつだが口をつけている。
(……あの様子なら午後も大丈夫だろう)
まだ、もう少し休む必要はあるだろうが、
何かを食べようとするぐらいには気力も回復したようだし
午後の戦闘はどうやら問題無くやれるだろう。
心の中で安堵の息をついてフィルはフラウへと話しかけた。
「あちらはもうご飯を食べ始めているみたいだし、僕らも自分の分を受け取りに行こうか」
「はいですっ」
フィルの提案に元気よく返事するフラウ。
そんな少女の頭をひとしきり撫でた後
イグン老も追いつき、三人となったフィル達は
自分達の昼食を受け取りに即席厨房へと向かった。
厨房では今まさに料理が出来上がったようで、
食堂の主人の手により香草を効かせたイノシシや川魚の串焼きが
次々と大皿へと載せられていく。
野菜に鶏肉が沢山入った具だくさんのシチューももちろん美味しそうだったが、
焼きたての香ばしい匂いを漂わせている串焼きも捨てがたい……。
そんな事を考えているとフィルの腹の具合も
どんどん空腹になっていくような感じがしてくる。
結局、三人分のシチューを貰い、さらには皆で食べなさいと
食堂の主人から肉や魚や野菜、様々な串焼きが山と盛られた皿を渡されたフィルは
左手にシチューを乗せたトレー、右手には串の大皿と
酒場の給仕のように両手に料理を抱え
リラ達の休んでいる場所へと向かうことになった。
「あ、フィルさん、用事は終わったんですか?」
やってきたフィル達に気が付き手を振るサリア。
そんなサリアにフィルも串の大皿を持っている腕を少し持ち上げて応える。
「ああ、こっちの方は済んだよ。僕達もご飯を一緒させてもらっても良いかな?」
「ええ、あ、それじゃこっちにどうぞ!」
フィル達が来るだろうとあらかじめ用意していたのか
サリアは茣蓙を敷くとフィル達にこちらにどうぞと手招きする。
茣蓙は村人から借りてきたのだろう
見ればダリウとラスティが座っている所にも
同じような茣蓙を敷かれている。
「ああ、ありがとう、それじゃあお言葉に甘えてさせてもらおうかな」
「ふふっ、それにしても随分沢山もらって来たんですね。こんなに食べられるんですか?」
フィルの手にした皿を見て、楽しそう半分、呆れ半分といった感じでサリアが尋ねる。
たしかにフィルの持つ皿には何本もの串焼きが積まれて
とてもではないが一人で食べられる量には見えない。
「いやいや、これは僕達三人の分だけじゃなくて、リラ達の分も持って行けって言われて持ってきたんだよ」
フィルとしても午後の事を考えると
食べすぎは良くないと分かってはいるのだが、
村人達のせっかくの好意を無下にするのも心苦しい。
それに、大人達が育ち盛りの若者達にお腹いっぱい食べさせてやりたいという気持ちは
見た目はともかく中身は中年のフィルには大いに共感できる所だった。
そんな事を考えながら大皿を前に出して、皆に食べるように勧めつつ
自分も大皿から焼いたばかりの焼き魚を一本手に取りかぶりつく。
香草と岩塩でほど良く味付けされ、
丁度良い具合にこんがり焼けた川魚は
口に入れるとホクホクの身が中でほろほろと崩れて広がる。
「これは美味いな。さすがちゃんとした料理人が作ると一味違うみたいだね」
「フィルさん。こちらのお肉もとっても美味しいですよ!」
イノシシや鳥肉の串はどれも歯ごたえがあるものだったが
それだけに噛めば噛むほど味が広がる。
次はこれを、その次はあれをと、
美味しい串焼きに喜ぶフィルとフラウ。
その様子にサリアやトリス、アニタも串を手に取るが
リラだけは串を手にすることは無かった。
「リラはまだ食欲が沸かないのかい?」
「すみません……シチューぐらいなら何とか大丈夫なんですけど、お肉とかはまだちょっと……」
時間をかけて回復させるしか無いとは分かってはいるが
フィルの問いにリラは申し訳なさそうに答える。
先程はようやくシチューに口をつけていたが
やはりまだ本調子ではないようで、
シチューの皿も先ほどからあまり減っているようには見えない。
「そっか。まぁこればかりは仕方ないさ。初めての実戦だったんだしね。とにかく今は無理せず落ち着くのを待つのが良いよ」
「そうですね……なんだか思っていたよりも自分って繊細だったんだなって、びっくりです」
そう言って少し自嘲気味にえへへと微笑むリラ。
「あっ! それならこれはどうでしょう?」
そんな様子を眺めていたフラウだったが、
なにか思いついたようで自分の持ってきたバスケットを前に出すと、
載せられていたナプキンを取り去った。
中に入っていたのは、木の器に入ったプリンだった。
薄い黄色をしたプリンが七個、
籠の中に並べられ、甘い香りを漂わせている。
その横には小さな小瓶が一つ置かれて
こちらからは柑橘の爽やかな香りを漂わせている。
籠の中を眺める……特に女性一同から……わぁという歓声が漏れる。
「これ、フラウちゃんが作ったんですか? すごいですね!」
「本当、これならリラでも食べられそうね」
サリアやトリスに褒められてえへへと笑顔を見せるフラウ。
「ほう、これは……すごいね」
「おばあちゃんと一緒に作って来たんです!」
そう言ってフラウがイグン老方へ向きねーっと言うと
イグン老もそうねと笑顔で頷く。
「これならきっと、リラお姉さんも食べられるんじゃないでしょうか?」
さっそくフラウはプリンに小ピンのシロップをかけると
期待のこもった視線でリラへとプリンを差し出した。
「ありがとうねフラウちゃん。それじゃあ……お言葉に甘えて……」
やはりリラも女の子で、甘い物には弱いのだろう。
フラウから差し出されたプリンを素直に受け取ると
スプーンですくって一口、口に入れる。
「ん~っ、甘くて美味しい!」
「えへへ、はちみつを沢山使っているんです! 元気が出るんですよ!」
幸せそうな顔で頬に手を当てるリラに
嬉しそうに答えるフラウ。
「へぇ~どれどれ、フラウちゃん私も食べて良いですか?」
「はいです。サリアさんもどうぞです!」
昼食の最中だが、少女達は我慢できないようで
皆それぞれにフラウからプリンを受け取ると
スプーンですくったそれを口に入れる。
「ほんとだ、美味しいですね!」
「ええ、疲れもとれてしまうわね」
「う~、甘くて美味しい……」
サリア、トリス、アニタの評判も上々なようで
皆の喜ぶ顔に、フラウの顔にも嬉しそうな笑顔が広がる。
「えへへ、良かったです。あ、フィルさんにも、はいです!」
「ありがとう。ほう、これは美味しそうだね」
そう言ってフィルもフラウから差し出されたプリンを受け取り
スプーンですくい口へと入れる。
蜂蜜をたっぷりと使った濃厚な甘みのとろける食感のプリンに、
上からかけられた柑橘の爽やかなシロップが良く合う。
「うん、美味しい。これは確かに疲れもとれそうだ」
「えへへ、はいです!」
「ありがとう、とても美味しかったよ。今度家でも作ってみたいね」
「ふふふ、作り方教えてもらいましたら、今度作ってあげますね!」
そう言って嬉しそうに笑うフラウ。
それからは順番が逆になってしまったが昼食を終え
食後の休憩に入った一同。
思い思いに座りながら体を休める一同を眺めながら、
フィルはイグン老へと少し気になっていたことを尋ねた。
「イグンさん。蜂蜜を沢山使ってしまったみたいで、良かったんですか?」
幾ら自然が豊富な山里の村とはいえ、
蜂蜜はかなり高価な品と言える。
具体的に言えば蜂蜜で言えば五十グラムで銀貨一枚、
いくら村の顔役とは言え、村自体があまり裕福でないこの村では
かなり大変な事なのではないだろうか?
野暮とは知りつつ、そんな心配をするフィルに
イグン老はいつも通りの優し気な笑顔で答える。
「ふふふ、いいのよ。みんな頑張ってくれているんですもの。こうして喜んでくれる顔が見れただけでも十分ですよ」
「ですが……」
「おばあちゃんに出来る事はこれ位ですもの。あなた達はなにも気にしなくていいのよ」
そう言って笑うイグン老にフィルは頭を下げる。
「ああ、そうだ。イグンさん、もしよければですけど、僕の家にある食材を作ってフラウにまたお菓子作りを教えてあげてもらえませんか?」
「あら……でも良いの? あなたの言葉を返すようだけど、甘味は結構高価な品よ?」
「ええ、この間、街に行った時に砂糖やバターも買ったんですよ。どうせ僕じゃあまり活用できないのですし、是非イグンさんに使って貰えればと思いまして。それで作ったお菓子は皆さんにおすそ分けしてもらえればと」
もう暫くこの村では品不足が続くだろうが、
皆がお菓子を口に出来れば少しはその苦労も和らぐのではないだろうか。
フィルの提案に暫く考えこむイグンだが、ややあって頷くと
「わかったわ。それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「わぁ、フィルさん! ありがとうございます!」
それまでずっとフィルの横で会話を聞いていたフラウが、フィルに飛びついてくる。
お菓子を沢山作れることが嬉しいのだろう。
そんな無邪気に喜ぶ少女の頭を撫でてあげながら、
フィルはふとあることを思い出し、
カバンから何か小さい物を取り出すと、
それをフラウの手に載せた。
「ええと……これは?」
「ああ、忘れていたんだけどフラウにあの家の鍵を渡しておくね。家に何か忘れ物をした時や、食材で必要な物があった時に家の中に入れるようにしておかないとね」
「わぁ、いいのです?」
「ああ、でも、ちゃんと無くさないようにするんだよ?」
「はいですっ! えへへへ……」
フィルから差し出された鍵を受け取り、
自分のポシェットの中に大事そうにしまうフラウ。
「えへへ、大事にしますね!」
「うん、きっとフラウなら大丈夫だよ」
そう言ってフィルはフラウの頭を撫でる。
そうこうしているうちに休憩時間は終了し、
いよいよゴブリン狩りが始まった。
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