邪神さんと冒険者さん 52
---------
「これは……また……」
目の前の光景に、辛うじてそこまで言って、
その後をなんと言えば良いのだろうと言葉をつまらせるフィル。
その反対に横に立つサリアは目の前の光景に目を輝かせていた。
「やぁ~、これは賑やかですね!」
朝方に打ち合わせで決めた集合場所に到着したフィル達。
そこで彼らが目にしたのは、
明らかに今回のメンバー以外の村人達も参加し
料理を手に家族や友人と談笑に興じ
美味しそうな香りが漂う……お祭り会場と化した空き地だった。
そこそこ広い空き地の真ん中には
焚火とレンガを積み重ねて作った簡単な焜炉が作られ
その後ろには食材や食器が積まれたテーブルや調味料の入った壺が並べられ
さながら即席の厨房が出来上がっていた。
そんな即席厨房では
宿の主人が焚火を取り囲むようにして
魚や肉の刺さった串を手際よくセットしていき、
隣ではご婦人方が即席焜炉の上に大鍋を乗せて
良く煮込まれているのであろうシチューをかき混ぜている。
更にそのすぐ横ではどこかの御隠居か、御老人の手により
鉄板で野菜や肉やチーズと一緒に平パンが並べて焼かれ、
辺り一帯には煙に混じって
良く炙られ油を滴らせる魚や肉の匂いや、
香ばしいパンの香りが漂い、
昼食前のフィルの胃袋をこれでもかと言うぐらいに刺激する。
そして、厨房から少し離れた場所では
彼らが腕によりをかけた料理を
村人達が家族や友人と共に思い思いに食べていた。
ゴブリン狩りのための武装も、
こうして和気あいあいとお喋りをしながら料理を食べていると
まるで村祭りで仮装大会でもあって
それに参加しようとしているかのようにも見える。
そんな村人たちを、呆気にとられてフィルが眺めていると
遠慮がちにリラが声をかけてきた。
「……ええと、……フィルさん? もしかして怒ってます?」
「ん? ああ、いや……そんな事無いよ。なんだか皆、逞しいなって思ってね」
不安そうに尋ねるリラに、フィルは笑って答える。
陰鬱に戦いを怯えて待つよりは
こちらの方がずっと良いと思える。
むしろ、先ほど初めての命のやり取りをしたリラ達の方が
この光景を見て怒ったりしないかと心配に思えた。
「リラの方こそ、自分達が頑張って来たのにって、思ったりはしないのかい?」
「私ですか? うーん……そんな事はないですよ。皆は私達が頑張れるようにって、こうしてやっているんじゃないかなって思うんですよね」
「ははは、確かにそうかもね」
「だから、こういうのも良いのかなって……そんな感じです」
そう言って照れ臭そうに笑うリラに、フィルも頷く。
その後ろを見れば他の三人も大体同じような意見なのか
少し呆れたような、なんとなく諦めたような、
だが、笑顔で返す少女たちに
フィルも確かにそうなんだろうなと納得をする。
そんな感じでフィル達が空き地の入り口で話をしていると
ゴルムがフィル達に気が付き、こちらにやって来た。
「おう、もどってきたか」
相変わらず厳つい顔で、その表情は全然読めないが
その手には他の村人達と同様、並々とシチューが入った大ぶりの深皿を持っている。
「俺たちの方はどちらの班も空振りだった。そちらは……どうやら当たりだったようだな」
戻ってきたフィル達に状況の聞こうとしたゴルムだったが、
リラについた返り血を見て、先に事情を察したようで、
厳つい顔をさらに引き締めてふむと頷く。
「お前達、怪我は無かったか?」
「あ……うん、大丈夫、ちょっと疲れたぐらいかな。それよりこっちはずいぶんと賑やかだね」
ゴルムの問いに疲れた様子を見せたものの軽く笑って答えるリラ。
後半は小言のつもりで言ったのかもしれないが
案外、人の沢山いる所に戻りほっとしたというのが本音なのかもしれない
そんなリラに、ゴルムは厳つい顔のまま、ここまでの事情を説明してくれた。
「ああ、今日は食堂の方が昼飯を用意してくれる事になったんだが、そうしたら他の者も手伝うと言い出してな。探索に行く時間も迫っていたんでこの辺の仕切りは全部食堂に任せておいたんだが……探索から戻ってみたら御覧の有様という訳だ」
見れば、食堂の主人が焚火の所で、周囲のスタッフ?にあれやこれやと指示を飛ばしているのが見える。
ゴルムの言うように、食堂がこの場所を切り盛りしてくれているのだろう。
「だがおかげで飯は上手い物が食えるぞ。お前たちもゆっくり休んで喰うといい」
「あはは……そうするね。と言いたいところだけど、私はちょっと食欲が無いから。休ませてもらうね」
リラはそういうと皆から少し離れた所にある木陰に腰を下ろす。
他の三人もリラに付き合うことにしたようで
皆木陰の方へと向かうと座り込んでふぅと安堵の息を漏らす。
「あいつらは……大分参っているようだな」
「ええ、彼女達にしてみれば、初めての実戦ですからね」
四人とも揃ってほうっとした様子で休んでいる少女達を眺めながらゴルムが呟く
そんなゴルムにフィルは頷く。
さらに眺めていると、リラ達を見つけたダリウとラスティが、
四人の所へと近づき何やら話しているのが見える。
あの四人は彼らに任せておけば大丈夫だろう。
そんなことを思いながらフィルはゴルムに先ほどの状況を伝えた。
「洞窟までの道の途中、武装したゴブリンが六匹、茂みに隠れて待ち伏せをしてました。おそらく通る人を襲うつもりだったのでしょう。後で念の為、村人達に行方不明者がいないか確認をしてもらえますか?」
「……なるほど、分かった。あの返り血はその時の?」
「ええ、幸いこちらに怪我は無かったですけどね。ただ、道中ずっと敵がいないか気を張っていましたから精神的にかなり疲れているみたいですね」
「……このまま戦わせても大丈夫なのか?」
向こうでリラとダリウが話している様子を眺めながら、フィルに尋ねるゴルム。
厳つい顔からは、表情を読み取り辛いが
彼なりに心配しているのだろう。
「……少し休めば大丈夫でしょう。それに行くなと言っても彼女達が納得しませんよ」
フィルの言葉にゴルムはううむと渋い顔で頷く。
「あの娘達が言い出したら聞かないのは今に始まったことではないか……」
「そういう事です。それよりもこれから行くゴブリンの巣ですが……」
フィルはゴルムへ、ゴブリンの数について先程、獣道で見た足跡の事を伝えた。
報告を受けたゴルムの顔が渋い顔から苦い顔へと変化するのが分かった。
「そんなにいるのか……俺たちで大丈夫なのか?」
村人側が無傷で確実に相手できる数といえば、
一つのパーティに対してゴブリンが二匹……いや、せいぜい一匹の限度だろう。
いくらゴブリンは膂力が低いとはいえ、
相手は小さく、そして素早い。
装甲が薄く、武器の扱いにも慣れていない村人では、
こちらの攻撃を当てられないうちに
相手の刃物で切り裂かれてしまうことだろう。
そんな相手にこちらの被害を最小限にするには
集団で取り囲み、挟撃状態にして命中の可能性を上げ
一匹ずつ確実に仕留めていく事が重要で
昨日の訓練も集団で動くための呼吸合わせが主な目的だった。
だが、それだけの数を相手にするとなると
一対一の戦闘どころか、相手の集団に取り囲まれかねない。
そんな余裕は無いのではないだろうか。
ゴルムの疑念にフィルも頷く。
「たしかに、村の皆さんは下手に巣の中に突入するよりも、洞窟の入り口や細い通路の出口で待機して、出てきたゴブリンを仕留めてもらうという事をしてもらおうと思います」
そう言うとフィルはゴルムに作戦について簡単に説明を始めた。
「先に僕が一人で入って洞窟の中を撹乱します。それからリラ達のパーティが個別に掃討していきます。皆さんは出口付近に陣を構えてゴブリンが外に逃げ出さないようにしてください」
「なるほど……俺たちはそれでいいが、あの子達は大丈夫なのか? ……あんたは多分大丈夫なんだろうが……」
フィルの説明に、ゴルムがううむと唸る。
男達が後ろで控えて、少女達を死地に送るというのはいかがなものか。
だが、この中で死地に行ける実力を持つのは
たしかに彼女達しかいないだろう。
リラ達の分の食事を受け取りに行く
ダリウとラスティとサリアを眺めながら
厳つい顔をさらに固く絞るゴルム。
フィルとしても笑って大丈夫だと言いたいところだが
こればかりは楽観視はできない。
彼女達の実力では、大量のゴブリンに取り囲まれた場合、
無事でいられるかはフィルとしても正直なところ不安が残った。
「彼女達もゴブリンの中心から少し外れた場所で戦ってもらうようにするつもりです。あとは僕の装備も幾つか貸し与えましたから、無理をしなければ大丈夫だと思います」
だが、これまでの訓練と、先ほど貸し与えた装備、
あとはフィルと彼女達の頑張り次第で十分解決できる問題ではある。
後はそこを信じて実行するしかないのだ。
「ううむ……確かにそうだが……」
苦そうにしていた厳つい顔をさらに苦々し気にしながらも
ゴルムはフィルの言葉に頷いた。
---------