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邪神さんと冒険者さん 50

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「ふむ……これなら、簡単に足跡をたどることが出来るかな」

「確かに、これなら私でも追跡できそうですね」

道に残された足跡を眺めながら

呆れ半分に呟くフィルにサリアも確かにと頷く。

道にはあちらこちら、そこらじゅうに

待ち伏せをしていたゴブリン達が残したのであろう

小さな靴の跡がはっきりと残されていた。

これまでの一匹の跡をたどっていたのと比べると遥かに分かり易く、

これなら追跡技能が無くても足跡を辿るのは容易なことだろう。


「それにしても、ゴブリン達って足跡を辿られるとか考えなかったのですかね?」

「足跡を隠す必要を感じなかったのだろうね。ゴブリンからすれば、此処で侵入者を殺すから問題無いと思ったんじゃないかな」

無造作に残された足跡を眺めながらつぶやくサリアにフィルは笑って答える。

「ああ~なるほど、でも、それにしては此処のゴブリンの数が少なくないです? 確実に殺すならもっといないと難しそうですよ?」

「こんなに早く敵が来るとは思っていなかったんじゃないかな。確かに冒険者相手じゃ厳しいかもしれないけど、村人を殺すぐらいなら十分だろうからね。ここのはあくまで迷い込んだ村人を狩るつもりだったんじゃないかな」

村人が冒険者を雇って討伐に差し向けるにしても

武器を手に直接反撃にやってくるのだとしても

もう暫くは時間が掛かると見ていたのだろう。

さっきのゴブリンの口ぶりからすると

村人達が準備する前に、夜襲を仕掛けてしまえば

反撃の機会すら与えず制圧できると考えているのは明らかだった。

おそらくは此処で待ち伏せをしていたゴブリン達は

村人がゴブリンの巣を発見して討伐に動くのを遅らせるための時間稼ぎで

ここまで来た村人を生きて返さないための部隊といったところだろう。


「何にせよ相手の想定を上回る早さで進められているのは良い流れと言えるね。とはいえ、ここから先はゴブリンの巣と思われる洞窟に近づく。罠が仕掛けられている可能性が高いから皆も周囲には気を付けるんだよ?」

警告の言葉に不安を煽ってしまうか少し心配したが

相手の思惑を超えて優位に立てている。

そんな状況に少しは不安が薄れたのだろう。

少女達からの返事には先ほどまでの緊張の気配はだいぶ減ったように感じられた。

心配だった緊張が大分取れた事に内心安堵しつつ

フィルは再び獣道を洞窟へ向けて歩き始めた。


再び獣道を罠や伏兵が無いか周辺を注意しつつ

足跡をたどり進んでいく一行。

暫く歩き、地図の上では洞窟まであともう少しと言う所で

足跡は獣道から外れ、

さらに木々の合間を縫うような細い小道へと続いていた。

「どうやらここから洞窟へ続いているみたいだね」

「そうみたいですね……それよりも……この足跡って……」

リラが、血の気の失せた表情で地面の足跡を見ながら呟く。


そこに残された痕跡は

既に技能を用いて探さなくても分かるとかいう程度ではなかった。

小道を挟んでフィル達がやって来た道とは反対側、

山の奥の方から、数十のおびただしい数の足跡が

まるで軍隊の行軍のように地面を踏み荒らし

小道に入る直前に濁流が吸い込まれていくように収束し、

そのままの勢いで小道へと流れ込んでいた。

おそらくは先ほど尋問したゴブリンが言う通り、

ゴブリン達は山の向こうからやって来て

そのまま洞窟へと向かったのだろう。


「こんなに……沢山……」

見ればリラだけでなく、他の少女達も血の気の引いた表情で

ゴブリン達の痕跡を見つめている。

「こんなのが夜に村を襲ってきたら……それよりも私達だけで倒せるのでしょうか?」

「こんなに沢山いたら魔法なんて全然足りないよ……」

不安げに呟くトリスにアニタ。

この足跡を見るだけでも数十のゴブリンがいる事は間違いない。

駆け出しの冒険者では数回ゴブリンの攻撃を受けてしまえば命に係わるし

呪文も数回使用すれば使い切ってしまう。

それを考えれば、この数を正面から相手にするというのはかなり厳しい。

と言うか全滅の可能性の方がむしろ高いぐらいで

少女達が不安になるのも仕方ない事と言えた。


(うーん、皆、相手の規模に飲まれているな……)

「ふむ……確かに数が多いね……とりあえず一旦この場所から離れて、身を隠しておこうか」

フィルは足跡については軽く流すと、

一行を道から外れた所にある藪の中へと移動させ

暫く此処で休むからと、リラ達を草の上に座らせた。

先の戦闘の後も、装備の回収やら死体の後片付けやらで休めなかったからか

一同はようやくの休憩にほっと息をつく。

「あの数だと戦い方には気をつける必要はあるけど戦い方が無い訳じゃないさ。狭い洞窟なら相手の数の優位も効き辛いから尚更ね。十分討伐は可能だと思うよ」

たしかにゴブリンの数は多いが、

リソースの配分に注意が必要ではあるものの、一度に取り囲まれなければ

相手が軍勢であろうと通常の戦闘とそう違いは無い。

こういう場合大切なのは、

相手に仲間を呼ばれないよう速やか且つ確実に敵を撃破していく事。

あとは囲まれないように戦う場所に気を付ける事。

そして退路を確保して、危ないと判断したら躊躇なく逃げる事。

「取り敢えずは囲まれないように注意する事からかな。少なくともリラの装備なら正面から戦う分には大抵は防ぐことが出来る。それを活かしていくのが良いだろうね」

「う~ん、出来るでしょうか……?」

フィルの言葉に不安げに自分の装備を見直すリラ。

たしかに鎧も盾も魔法で強化された品で

正面からのゴブリンの攻撃なら大抵は防ぐことが出来る。

だが、やはり怖いのは数に任せ、取り囲まれて挟撃される事だった。

あの足跡の数のゴブリンに囲まれたらと思うと背筋に冷たいものが流れる。


「その辺は洞窟の地形次第なんだろうけど、相手が細い通路を通るように陣取って、敵を各個撃破するようにするとか、地形を活用するのが良いだろうね。逆に向こうがそう言う場所に篭っているならスリープを撃ち込んで突入するとか……あとは作戦次第かな」

「……作戦……ですか?」

あの数相手に作戦で済むのかと、やはり不安そうなリラ。

だが、フィルは大したことでもないように言ってのける。

「うん、作戦といっても単純なものだけどね。僕が先に奥に入って相手をかく乱して、その間に君達が小さなグループになったのを個別で潰していく。これなら危険も大分低くなるはずだよ」

「でも、それじゃ、フィルさんが危険に……」

「その辺は心配しなくても大丈夫。僕一人ならあの程度のゴブリンどうとでもなるよ」

実際に前回ドラゴンを狩った時は

配下のオークの軍勢を相手に一人で正面から乗り込んで、そしてこれを打ち破っている。

膂力が小さく武器の扱いもさして上手くないゴブリンが相手ならさらに余裕だろう。

自信たっぷりに言うフィルに

まだ不安は完全には拭いきれていないようだが、

それでも少女達にようやく落ち着きが見え始めた。


「さてと、ここからは僕が偵察に行ってくるから。皆はここで休憩をしながら警戒をしてて」

「フィルさん一人で大丈夫ですか?」

「ああ、魔法で姿を消していくからね。ある程度なら忍び歩きもできるし大丈夫だよ」

熟練の冒険者とは言え魔法使いが一人で、

しかも魔法での偵察ではなくローグの真似事をして……

心配そうなサリアにフィルは笑って答えると、

ポーチから触媒を取り出し、それをかざして呪文を唱える。

呪文の完成と共にフィルの姿は視界から掻き消え

何もない場所から、フィルの声だけが聞こえてきた。

「それじゃあ、少し見てくるから皆は此処で隠れていてね」

「インヴィジビリティ……第二段階の魔法ですね」

「そう言う事、偵察をする時はローグにこれをかけて先行してもらうのが鉄板なんだ。じゃ、行ってくるね」

アニタの言葉に返事を返し、

もう一度、皆にはここで待っているように伝えると

フィルは洞窟へと向かった。


『インヴィジビリティ』

姿を不可視にするこの呪文は、

上位の『グレーター・インヴィジビリティ』と違い、

敵へと攻撃を仕掛けた時点で直ぐに解除されてしまったり

相手によっては不可視状態への対策をしている者が居るなど

決して万能な魔法とは言えないが、

それでも物を動かしたり罠を仕掛けたりする程度では解除されないし

効果時間も『グレーター・インヴィジビリティ』より長く続くため

何かと使い勝手が良く、熟練の冒険者となってもお世話になる呪文と言える。



「……行っちゃったのかな? 足音は聞こえなかったけど……」

「忍び歩きで登って行ったのですかね? 見えないと分かり辛いですよねー」

フィルが洞窟に向かって少しして、

返事の帰ってこなくなった空間にもういないのかな? と

フィルが居た場所に手をかざすリラ。

不思議そうに手をプラプラさせているリラに、

サリアが笑いながらフィルへの愚痴を言う。

「ふふふ、それじゃあ、私達はフィルさんが帰ってくるまで敵に見つからないように注意しておかないとね」

そんな二人のやり取りを見ていたトリスがお姉さんらしくまとめると

三人は素直に返事して茂みに身を潜め

周囲にゴブリンが居ないか警戒をしつつフィルの帰りを待つ。

あれだけの数の足跡を見た後では

隠れていても誰かに狙われているような

今にも周囲を取り囲まれるのではないかと錯覚すらしてしまう。

時折、遠くで動物の物なのか、草のこすれる音がすると

全員が息を潜め武器を手に、音のした方へと注意を向ける。

それから暫く待って、それ以上音はしないだろうという所でようやく肩の力を抜く。

「ゴブリンじゃ……ないのかな?」

「そうみたいですね……やっぱりすぐ近くにゴブリンの巣があると思うと緊張しますね」

これ以上気配の無いことを確認してほっと息を吐くリラに

こちらも血の気が引いたような疲れた表情でサリアが答える。

「やっぱり弓を手に入れておくんだったなぁ……」

「私もです……ショートボウぐらい買っておかなくては……」

「ショートボウならゴブリンのがあったし、あれを使ったら?」

「いやですよぉ~。なんか汚いじゃないですか。きちんと修理して綺麗にしたのならともかく……」

「そうなんだよね~。どちらにしても今回の冒険じゃ弓は無しと思った方が良さそうだね」

「そうですよね~。これが終わったら私も猟師さんにお願いしてみようかな……」

「ほらほら二人共、喋っているとゴブリンに見つかっちゃうわよ?」

身を隠し潜んでいるにもかかわらず、お喋りに興じてしまうリラとサリア。

そんな二人をいつものお姉さん口調で窘めるトリス。

その仕草があまりにも普段通りの光景だった為か、思わずアニタが笑いを噴出す。

「もうっ、みんないつもと全然変わらないんだから」

「え~、ちゃんと気を付けてるつもりだけどなぁ……まぁフィルさんが帰って来た時に居なくなっていたとか恥ずかしいし、ちゃんとやろうか」

そんな末っ子の様子にすっかり緊張が抜けた一同は

リラの掛け声のもと、改めて周囲の警戒に取り掛かった。



フィルの今登っている小道は

かつては山の動物か、せいぜい猟師が移動に使うぐらいの

山によくある、獣に踏まれて草の生えなくなった地面、程度の物だったのだろう。

だが今では大量のゴブリンが何十匹と歩き通ったことで

土は踏み固められ、かなりしっかりした道となっていた。

道の幅もゴブリン達は邪魔な枝を切り落としていったようで

大人一人ぐらいなら余裕をもって移動できるぐらいに広い。

フィルは自分の足跡を残さないよう注意しながら

ゴブリンが作った道を静かに慎重に進んでいった。


暫く小道を登り、さらに進むと藪と木々の合間に洞窟が姿を現した。

猟師のモード老によれば洞窟には動物が雨宿りに来たりするらしく、

そこまでは獣道となっていると言っていたが、

ゴブリン達が燃料するためにやったのだろう。

洞窟の入り口周辺の木は切られ掘り返されて

更にその上を大量の足で踏み固められ小さな広場となっていた。


そして広場の奥の方、

むき出しの岩の斜面に口を開けた洞窟の入り口にはゴブリンが二匹、

武器を携え衛兵のように、入り口の左右にそれぞれ一匹ずつ立っている。

だが、ゴブリンの生来の気性にこうした仕事は向かないのだろう

どうにもやる気が無いのか、欠伸をしたり二人で言い合いをしたり、

少し離れたこちらから見ても分かる位いい加減な見張りに

敵の事ながらフィルに苦笑いが浮かべる。


(やはりここが当たりか)

フィルはさらに敵がいないか周囲を見回してみたが、

洞窟がある崖の上や少し離れた茂み、木の上をなど見ても

他にゴブリンの伏兵は見当たらない。

やはり攻め込まれるとは思ってないのだろう。

(このまま中も確認しておくか……? いや、下手に痕跡が残って警戒されるのはまずいか……)

それに今潜入しても、本番の時に状況が変わっていたら無駄になる可能性が高い。

やるならば攻め込む直前に入るほうが良いだろう。

今回は目的であるゴブリンの巣を確認できただけで良しとするか。

洞窟の周囲をもう一度見回して、最低限の防衛しかない事を確認したフィルは

音を立てて見張りに気付かれないように注意をしながら

先ほどまで登ってきた小道を引き返して行った。



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