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邪神さんと冒険者さん 49

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ゴブリンの装備を回収し終えたフィルは

死体を道から外れた茂みの裏に隠し、

地面の血だまりには靴で土を蹴りかけて跡を隠していった。

(時間も惜しいしさすがに周囲の臭いを消すのは無理か……)

一通り血の跡は消すことが出来たが

周囲に漂う血の匂いをは如何ともしがたく、フィルは顔をしかめる。


懸念は幾つかあった。

今回の作戦は一度村に戻り、

それから皆で攻め込む手はずとなっている。

もしその間にゴブリン達がこの現場を発見したら

ゴブリン達の警戒はまず間違いなく厳しくなるだろう。

そして、たとえ稚拙な物でも罠が仕掛けられれば

ローグ技能を持つ者が居ない村人達では大きな被害が出るのは免れない。


一応、魔法で死体を別空間に隠したり、

分解して跡形もなく消滅させたりといった手もあるにはあるが

こちらは駆け出しの冒険者には現実的な選択ではなく

リラ達に冒険のやり方を教えるという目的から外れてしまう為

フィルとしてはあまりやりたくはなかった。


「取り敢えずこんな所か……あとは次に来るまでに他のゴブリンが来ない事を祈るしかないな」

「……ところでフィルさん、あの死体ってどうするんですか?」

作業を済ませてグローブについた汚れを払い落としている所で

サリアが死体を隠した茂みを見ながらフィルに尋ねてきた。

フィル達のいるこの場所からは隠した死体が直接見える事は無いが、

それでも周辺を漂う血の匂いは死体の存在を強烈に主張しており、

その臭気にあてられたのかサリアの顔色は心なしか青ざめている。


「ああ、全てのゴブリンの死体は纏めて燃やすのが良いと思うよ。そのままにしても獣のエサか、下手したらアンデットになる可能性もあるからね。何より死体が転がっている山なんて不気味で山菜を取りに行き辛いだろうからね」

「確かに、そうですよね……」

今はゴブリンの騒ぎの所為でそれどころではないが

本来この山は自分達の生活の一部であり、


そんな場所に死体が放置されるのは正直気分の良いものではない。

「とはいえ、やるとしたら全てのゴブリンを倒したその後で、になるけどね」

「そう……なんですよねぇ……」

フィルの言葉に、サリアは諦め顔でため息をつく。

後片付けが出来るようになる為には

まずは残りのゴブリンを倒さなければならないのだ。

たった二匹のゴブリンでさえ、あれほど苦労したことを思うと

これからさらにあと何匹と戦うのか、本当に溜息しか出てこない。

「油断しなければきっと大丈夫だよ。僕も手伝うしね。その後の事は村の人に手伝ってもらおう。さすがに僕達だけでやるのは厳しいからね」

そう言ってサリアの頭にぽんと手を置いて

それからフィルは鹵獲した装備の入った麻袋をフィルのバッグへ詰め込む。

辺りを全て片付け終えたところで、

まだ転がって気絶しているゴブリンの傍に立ち、

おもむろに呪文を唱える。


「……ねぇ、あれってなんの呪文?」

呪文を唱えるフィルから後ろに少し離れて、

フィルの行動を見ていたリラが小声でアニタに尋ねる。

そんなリラにやはり小声でアニタが説明する。

「あれはチャーム・パースンの呪文だよ。あの呪文を使うと相手を魅了して友好的にさせることが出来るの」

「へぇ~」

「相手を魅了すると、呪文をかけた人を大切な友人と思い込むようになるの。相手の情報を情報を聞き出したり、こちらに有利になる行動をとらせたりすることが出来るんだよ」

「……なんかそう聞くと、すっごく悪人っぽい呪文に聞こえるね」

「ええ、ですから悪用しちゃダメなんですよ。大きな街ですと、街中であの呪文を使うだけで犯罪として逮捕されちゃったりするんですから」

アニタの呪文の説明を引き継いで、

今度はサリアが呪文と社会とのかかわりを説明する。

「チャームに限らず、精神に関係する魔法は、街中で使うと犯罪と見做されますから注意しないとですね。特にチャームやスリープは未熟なウィザードやバードでも使えますから、特に厳しく取り締まられるんですよ」

「へぇ~、アニタは使えるの?」

「一応、私のレベルでも使える呪文だけど……。肝心の呪文を持って無いから私じゃ使えないよ」

「それなら今度お金が溜まったら、皆でお金を出し合ってスクロールを買ってはどうかしら? クレリックにはこうした呪文は無いから、アニタが覚えておけば、いざという時役に立つと思うのだけど」

サリアの説明に、リラだけでなくアニタとトリスも加わり

如何な時に使うのかと使うかと呪文談義が始まる。

サリアに説明を代わりにしてもらっている事を幸いに、

フィルは今のうちにゴブリンへの尋問を済ませる事にする。

呪文を発動を確認した後、ゴブリンの頬を軽く叩き意識を覚醒させる。



『……コ……コは……オ、マエは?』

『ああ、僕は君の友だ。君が危なかったから助けたんだ』

目を薄く開き、まだ意識が朦朧としているのか

途切れ途切れに尋ねるゴブリンに

フィルはゴブリン語で相手の身を案じているような言葉を選び返す。

『ソ、ウカ……?』

チャームの魔法は正常に機能し

ゴブリンはそれを聞いてフィルの言葉を疑いもせずに信じ

安心して深呼吸するように溜めた息を吐きだしたが

次に周りを見回した時にフィルの背後にいるリラ達を見つけ、

怒り狂ったように喚き叫ぶ。


『オイ! 向こうにニンゲンがイルゾ、アイツラはやくコロセ!』

『ああ、あれは僕の仲間だ、君は僕の友だから手を出さない。安心するといい』

傷口の開くのも構わずに叫ぶゴブリンを宥めながら

フィルはリラ達にもう少し後ろに下がるように指示する。

『今は大丈夫だ、だが戦いになったら危ないのは君の方だからな。とにかく落ち着くんだ』

怪しまないように注意深く言葉を選ぶフィルに

魅了されたゴブリンはようやく落ち着きを取り戻し

フィルの方へと向き直る。

『ソ、ソウカ……? わかった。オマエが言うならソウなんだろウナ』


チャームの魔法で魅了された相手は、術者の言葉を最大限に好意的に解釈してくれる。

無理な命令をすれば術は簡単に破れてしまうのだが

情報を聞き出したりするだけでなく

少しぐらい怪しい状況でも対象を納得させたりと

こうした状況では非常に役に立つ呪文と言える。


『大丈夫そうで良かったよ。ところで君に教えて欲しい事があるんだ。君達はあの村を襲うつもりなのかい?』

『あの村? ……あ、ああ、モチロンだ。アノ場所はいえも多い。襲エバ、オレタチの家がタクサン増える!』

村を襲ったら家畜はエサに、

人は奴隷にするのだと得意げに話すゴブリン。

この会話をフィルから少し離れた所で聞いていた少女の内

ゴブリン語の分かるサリアが思わず「うぇ」と声を漏らす。


「サリア、あのゴブリンの言っている事を通訳してもらってもいいかしら」

「あ……ええ、そうですね。あのゴブリン、村を襲ってゴブリンの住処にするって言ってますよ」

トリスの質問に、サリアは聞いた内容を皆に伝える。

それを聞いた少女達の表情がどんどんと険しいものになっていく。


『なるほど、それは凄い計画だね。ところで君達はこの先の洞窟にいるのかな?』

『アア、ソウダ。ナカマ達は皆アソコダ』

『そこには何人ぐらいいるんだ?』

『タクサンだ。村を滅ぼすニハ、タクサンいるカラナ』

『なるほど、君達はここに来る前はどこから来たんだ?』

『キタのヤマを三こ超えたトコロだ。俺達の国オオキクナッタ。フエスギノ分、スム場所をフヤス』


サリアの通訳を聞いていた少女達が息を飲むのがフィルの方からも分かった。

ゴブリンはその後も村を襲う計画をフィルに語った。

ゴブリン曰く、人間は臆病だから襲ってこない

それに夜に襲えば人間は簡単に殺すことが出来る。

そうすれば、あそこの物は全部俺たちの物だ。

得意げに襲撃した後の皮算用を語るゴブリン。

途中からサリアはリラ達への通訳をやめていた。

後ろを見ればサリアが唇を固く締め、

睨みつけるようにゴブリンの方を見つめていた。


『おまえにも女をイクツカやってもいいぞ。ナニセ俺たちはトモッ』

得意げに村を襲う話を続けていたゴブリンだが、話は唐突に途切れた。

何が起きたのか分からずゴブリンが自分の胸を見ると

そこにはフィルの剣が突き立てられている。

攻撃を受けたことで魅了が解除されたゴブリンは

今まで自分が何をして、何をされていたのかを悟り、

怒りの形相で何かを言おうと口を開きかけた所で、

フィルは突き刺した剣をさらに捻る。

ゴブリンは抵抗することも出来ず、

手を伸ばしかけて……そのまま息絶えた。


「フィルさん……」

「うん? ああ……すまない、思わず手が動いてしまってね……」

心配そうに声をかけてきたサリアへ

そう言いながら剣を引き抜くと血をぬぐい、リラ達の方へと振り返る。

「つい殺してしまったよ。無抵抗な者を殺すなんて、やはり僕では高貴な善には成れそうにないね」

フィルはおどけて肩をすくめて見せるが

サリアの通訳を聞いて事情は察しているのだろう。

少女達は一様にフィルの方を硬い表情で見つめている。

「……やっぱり村は狙われているんですね」

「そうだね。まぁ、初めから予想はしていた事だし。相手を心置きなく切り捨てることが出来ると思えば、収穫としては良かったんじゃないかな」


フィルはそう言うと、バッグからポーションを取り出した。

「このタイミングであれだけど、リラにこのポーションを渡しておくよ。取り出しやすい所に入れておいて、必要になったら飲むんだ」

「これは?」

「キュア・ライト・ウーンズのポーションだよ。村の雑貨屋で買ったのだけど渡し忘れていたからね。あとこっちはアニタに持っていてもらおうかな」

そう言って、解毒剤と耐毒剤を一本ずつアニタへと手渡す。

「ありがとうございます。そう言えば、ゴブリンもポーション持っていましたよね? あれはどうします?」

「ああ、そうだね、味見をした限りでは問題なさそうだし、リラが使うと良いよ。気になるのなら後で売り払ってもいいしね」

「あれを味見したんですか? うーん、ゴブリンが持っていたのなんですよね……まぁ中身が問題ないなら……」

リラはポーションを受け取ると、

口の部分を良くふき取った後、

それも腰のポーチへとしまいこむ。

「うん、こっちは使わなかったら売り払おう……って、あれ?」

「どうかしたの?」

「あ、うん……私たちがこうして売り払ったポーションがお店に並ぶんだよね?」

不思議そうに尋ねるアニタに、

リラは考えが纏まり切っていないのか確認するように尋ねる。

「うん? そうだと思うよ?」

「それじゃあ、こっちのお店で買ったポーションも……」

「……うーん、確かにどこから来たのかは分からないね……」

何とも言えない表情でポーチに納まったポーションを見つめるリラ。

顔見知りの薬師や教会が作る物ならともかく、

冒険者が持ち込んできた物など、

それこそ何処から拾って来た物か分かったものではない。

結局のところ、店で買おうが、怪物から奪い取ろうが

鑑定した効果を信用して飲むしかないのだろう。


「で、でもフィルさんも味見してくれたし、きっと大丈夫だよ! ……たぶん」

「そうね……うん、命には代えられないもんね……ふぅ」

慰めるアニタに疲れた笑みで返すリラ。

そのどこか悟ったような表情にフィルも苦笑いを浮かべる。

「ははは、まぁ、ポーションの由来を考えすぎてもしょうがないさ。それじゃ、そろそろ奥へと進もうか」



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