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邪神さんと冒険者さん 48

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「さ、さすがに……武器持って来られると、ちょっと怖い……かな」

ゴブリンが動かないことを確認してリラがようやく剣を引き抜くと、

支えを失ったゴブリンの体は、

傷口から血を吹き出しながらどさりと崩れ落ち、リラの前に転がった。

召喚クリーチャーとは異なり、何時までも残る死体。

傷跡から真っ赤な血だまりが広がっていくそれを呆然と見つめるリラ。

見ればその手に持った剣の剣先は小刻みに震えていた。

(初めての戦闘だし無理も無し……か)

殺意を持つ相手と戦うのも初めてなら、

その相手を殺すという事も初めてなのだ。

年若い少女がこうして立っていられるだけでも

十分に気丈と言えるだろう。


「大丈夫っ!? 怪我はない!?」

「え……? あ、うん……」

「リラ……?」

いまだ呆けているリラに気が付いたトリスが心配そうに声をかけるが

当の本人は相変わらず固まったまま、生返事を返すのみだった。

急いでリラの腕に怪我は無いか、

鎧についた返り血は傷ではないかとリラに外傷がないかを確認をするトリス。

それでも、まだ上の空といった感じのリラだったが

トリスがお腹をめくろうとしたところで我に返り、慌てて鎖帷子を手で押さえる。

「あ、うん、大丈夫っ! 多分擦り傷も無いと思うから!」

リラの言葉にトリスは悪戯っぽく、だがほっとした様に微笑み

成り行きを心配そうに見守っていたサリアとアニタもほっと息をついた。


フィルはそんな少女達のやり取りを眺めつつ

自分の剣を抜くと撃ち落とした三匹の様子を確認するために

獣道の先にあるゴブリン達の潜んでいた木へと歩き出した。

「僕は向こうの三匹の生死を確認してくる。皆はそこの三匹に息があるか確認しておいてもらえるかな?もし生きているようなら情報を聞こうと思うから殺さずに生かしておいて、死亡を確認したのは念の為とどめを刺しておいてもらえるかな。心臓が止まった程度だと極稀に蘇生したりするのが居るんだ」

「あ、はい、わかりました!」

サリアの返事を背中に聞きながら、

念の為、他にゴブリンが潜んでいないか

獣道の左右を警戒しつつ茂みの中に踏み入り、

ゴブリン達が落ちた木の根元へと向かう。


木の根元には三匹のゴブリンが矢が刺さった状態で転がっていた。

三匹のはどれも即死のようで、

胸を撃ち抜かれた者が二匹

喉を撃ち抜かれた者が一匹

どの死体も驚きや怒り表情のまま目を見開いた形相で絶命していた。

フィルは念の為、改めて剣でゴブリンの喉を貫きとどめを刺すと、

死体の腕を掴んで、少女達のいる他の三匹のある場所へと引きずって行く。


「こっちは全員死んでいたよ。そっちはどうだった?」

「こちらは一匹、まだ息があるみたいですね。そのまま放って置いたら死んでしまいそうですけど……魔法で傷を治してみます?」

そう尋ねるトリスにフィルは首を横に振る。

「しや、魔法は温存しておいて良いよ。僕が応急処置をするからね」

トリスに案内してもらい、息があるというゴブリンの容態を見ると

たしかに傷は深く、そのまま放っておけば、まず死ぬだろうが、

治療さえ施せば意識を戻すことは十分な可能なように見える。

「うん、これなら応急手当てをすれば息を吹き返せそうだ……」

フィルはさっそくバッグから治療用具を取り出すと

鎧を剥ぎ取り、治療用具の包帯や軟膏を使い

傷口を消毒し止血をした後で包帯を巻いていく。

「フィルさんって……本当に何でも出来ますよね……」

迷いの無い手つきで、テキパキと傷の手当てをしていくフィルの手際に

感心半分呆れ半分といった感じで感想をもらすサリア。

他の少女達もその様子を取り囲むようにして眺めている。

「あはは、まぁ慣れ……なのかな……? 治療用具があれば呪文やポーションを節約できるからね。応急処置なら技能に不慣れでも問題無く出来るし、あって損は無い技能だと思うよ」


技能さえ十分にあるのなら“治療”技能は非常に役に立つ技能と言える。

瀕死の者を安定状態にする応急手当以外にも、

傷の治療や毒、病気の治療なども行うことが出来る為、

クレリックが居なかったりポーションが不足した時には命綱にもなりえる。

とはいえ、回復出来るも出来無いも技能者の腕前次第となってしまう為に、

技能が低いうちは治療に失敗することも多く、あまり過信できない技能ともいえる。

高価な治療用具があればそれだけ治療の成功率も上がるので

普段使い用と合わせて、いざという時用に高価な治療用具も持っておくと尚良い。

そんなことを説明しながらゴブリンを治療していくフィル。

こうして少女達の前で技能を使っていると

本当に何かの教師にでもなったような気分になってくる。

そんな事を考えながらフィルは最後の包帯を巻き上げていく。


「よし、これで暫くすれば目を覚ますだろう。とりあえず、僕はこれの手足を縛り上げてるから、みんなには他のゴブリンの装備をはぎ取ってもらえるかな。彼らの装備は全て持って帰るんだ」

「えぇ……あれ持って帰るんですか? すっごい汚いですよ! 臭いだって酷いですし……」

装備の回収と言うフィルの言葉に心底嫌そうな顔のサリア。

それ以外の面々もやはり同じ気持ちのようでサリア同様、

困ったような微妙な表情になってサリアの言葉にうんうんと頷いている。

「キチンと洗ってメンテすれば使えるのだってあるし、直接使わないにしても売ればお金になるからね。ショートソードや革鎧とかは、バラして素材として再利用したっていいしね」

「ううぅ……でもこれ、ゴブリンが使っていたのですよ?」

「今回は報酬のあてが無い以上、こんなのでも回収して足しにしないと本当に収穫が無くなっちゃうからね。運搬は僕がするから、報酬が欲しいなら君達もちゃんと手伝うんだよ?」

そう言いながらもフィルは手を動かし続けてゴブリンの手足を縛り、

それが済んだら他のゴブリンの死体から鎧を取り外しにかかる。


「う~これが報酬かぁ……」

「でも、確かにゴブリンを倒しただけじゃお金にならないもんね」

鎧を引き剥がし、武器や盾と共に一カ所にまとめて置いていくフィルを見ながら情けない声を出すリラ。

そんなリラに仕方ないよと困った笑顔で慰めるアニタ。

確かに相手の身ぐるみを剥いで売り払うというのは思う所があるのだろう。

……それ以上に、この不衛生そのものと言ったすえた臭いのする生物の死体から

グローブの上からとは言え触るのには、生理的に嫌なものがあるのだろう。

とは言え、特に駆け出しの内は、

宝箱に眠るマジックアイテムを期待出来る訳もなく

こうして手に入れられるものは何でも売るぐらいでないと

正直何時まで経っても懐が温かくならないのは、

フィルはかつて駆け出しだった頃の経験で痛いほどに身に染みている。


「ショートソードをきちんと修理して売れば金貨数枚にはなるし、ショートボウなら金貨十数枚にはなるんだよ? 今の懐事情からこれを逃す手は無いんじゃないかな?」

「それはそうですけど……この革鎧とか穴が開いちゃってますよ? 血でべっとりですし」

「フィルさんならメンディングやメイク・ホウルの呪文で治せるんじゃないかな?」

ゴブリンから鎧を脱がせようと鎧を確認し、

その破損具合に売り物になるのかと訝し気なリラに

ショートボウやショートソードを先に広い集積場所へと持ち運んでいたアニタが答える。

「一応私も使えるんだけど未熟で大きなアイテムは治せないんだ。確かバードも使えるんだよね? サリアはどう?」

アニタの問いに、リラと一緒に鎧を脱がせるために

ゴブリンの脚を掴んで引っ張ろうとしていたサリアは首を横に振る。

「私は他の呪文を覚えるのを優先しちゃったので、あの呪文覚えてないんですよ。今回は残念ながらお役には立てそうにないですね」


『メンディング』はアイテムの破損を修理することが出来る便利な初級呪文で

一回の呪文の発動までに十分ほどかかるのが難点といえば難点だが、

平時に使用する分にはさして問題にはならない、日常生活に役立つ呪文と言える。

とは言え、より効果の高い『メイク・ホウル』と違い

メンディングはあまり重い品は修理できず

特にアニタ位のウィザードではダガーを修理するのが精一杯のため、

今回鹵獲した装備の修理担当は、必然的にフィルがする事になる。


「うん、まぁ、修理は僕の方でやるから大丈夫だよ」

「むぅ……修理はそれで良いかもしれないですけど、この村でこれらの武器を買い取ってくれるところってあります? たしか村にお金が無くて今の状況になったんですよね? ……あっ!」

そこまで言ってサリアは何かを思い出したのか声を上げた。

「……昨日雑貨屋さんでお金を使ったのって、この為だったんですね?」

「ああ、渡したお金を回収するようで少し気も引けるけどね。雑貨屋なら買い取った後の活用の仕方は色々あるだろうし、売ってもそんなに迷惑にはならないんじゃないかな」

「なるほど……むぅ……それでもこれはやっぱり酷いです。後でフィルさんには何か仕返しをしなければ!」

「そうは言うけど、冒険者をやるならもっと酷い目だって沢山あるし、こうしたことも慣れておかないと駄目だよ」

報酬の為と覚悟は決めながらも、それでもフィルへの恨み節を漏らしながらゴブリンの革鎧を外すサリア。

そんなサリアに苦笑いを浮かべながらも、フィルは少女達を見守る。

少女達の様子が自分達の駆け出しの頃の姿に重さなり、

少しだけ懐かしさがこみ上げてくる。

自分達も初めての頃はあんな感じで、

死体や他の生物に尻込みしたものだったが

何も感じないようになったのは何時の頃からだろうか。


「うう……この革鎧、血でべっちょりですよ……」

「軽く水で洗い流していく? 飲み水の水袋ならあるよ?」

ゴブリンの放つ匂いと、血で汚れた革鎧に情けない声を上げるサリアに、

あとは洞窟を見て戻るだけだからとリラが自身の水袋を差しだす。

「ああ、血とかはぼろ布で軽くふき取る程度で良いよ。それが終わったらこの袋に入れてね」

そんな少女達の様子を笑顔で眺めながら

フィルはバッグから麻で出来た大袋を取り出す。

その袋を見てサリアがやっぱりといった納得顔になる。

「あ、やっぱり、フィルさんも直接そのバッグに入れるのは嫌なんですね?」

「そりゃそうだよ。それ以外にも戦利品は一旦袋にまとめておくと分かり易いというのもあるしね」

「なるほど、確かにそうですね……それよりも、フィルさん楽しんでます?」

「ははは、いやぁ、なんか少し自分が駆け出しの頃を思い出してね」

少女達とは反対に、むしろ楽しそうに二匹目のゴブリンの鎧を剥くフィル

そんなフィルをサリアは呆れた様子でため息をつく。

ゴブリンの荷物を回収した結果、

ショートソードが四つ、ダガーが二つ、

破損したレザーアーマーが四つ、

ライトシールドが三つ、ショートボウが一つ、

それと、ポーションの中でも最も低級のライト・キュアウーンズ・ポーションが一つ、

どの装備もどこかから盗んだものを手入れもせずに使っていたのだろう、

どれも大分汚れてくたびれており、そのままではとても使う気になれないが、

剣と弓はきちんと洗ってメンテナンスをすれば

呪文で修理しなくても十分使い物になりそうだったし、

ポーションについては未使用状態で割れずに残ったのは幸運だと言えた。



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