邪神さんと冒険者さん 47
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ほどなくゴブリン狩りは開始された。
見送りの村人に見送られる中、宿屋の前を出発する一行。
フィル達のパーティは村の北側、その山の中にあるという洞窟を目指して街道を西へと進んでいく。
農家らしい質素だがしっかりした家々が並ぶ村の通りをしばらく歩くと
左手に点々と木が茂る畑が姿を見せる。
ここのところ続く晴天は水の不安が無くなった事で逆に好材料になったようで
作物の青々とした葉が遠目からも見て取れた。
(あの分ならこの夏の作物は大丈夫そうだな)
見た限りでは枯れそうな作物は無く、どれも元気に育っており、
数日前には雨乞いに生贄を差し出していた事を考えれば十分な成果と言える。
これならフラウも喜んでくれるだろうか。
そんな事を考えつつ畑を眺めながら、
さらに通りを進むと、ほどなく村の境界へと到着する。
村の境界といっても門や柵がある訳でもなく、
村の名前と「宿はこちら→」と書かれた簡素な立札が立っているだけで
それ以外で目に付くのと言えば
さして大きくも無い道の傍らから枝のように伸びる
馬車はおろか、馬で通るのがやっとの細い分かれ道ぐらいだった。
ダリウの話によるとゴブリンはこの分かれ道から姿を現したらしく
分かれ道に入って進んだその先にフィル達の目的地があることからも
これから向かう洞窟が一番の有力候補と言えた。
「あ、ここです。ここから入って暫く進むと山に続く分かれ道があるんです」
「なるほど、助かるよ。地図だけだと少しわかり辛かったからね」
分かれ道を前に指で指し示すリラに
フィルは礼を言うと分かれ道へと歩を進める。
村の北から西に囲むように広がるこの山は、傾斜が緩やかで山の幸も多く、
なによりドラゴンの居た山とは村を挟んで反対側でオークも来ないとあって、
普段から猟やキノコ採りに利用され村人たちにも馴染みの深い山なのだという。
それはリラ達にとっても同様で、子供の頃から皆で山に入り
山菜取りや薪木拾いなどをしていたらしい。
流石に目的地の洞窟は知らなかった様だが
すぐ近くまで通っているという山道を彼女達の案内で進んだ。
周囲を青々とした草が生い茂る小道を暫く進むと
それまで辛うじて整地されていた小道はほどなく終わり
歩いて踏み固めるに任せた獣道へと変化していった。
それを更に進むと、
以降は違う領域と主張せんばかりに薮と木々が集まり生える
平野と山林の境界にたどり着く。
獣道はその木々の合間をぬってさらに山の中、
奥へ奥へと細々と続いているのが見える。
「さて、これからいよいよ山に入る訳だけど……」
山へと続く道を前にしてフィルは皆の方を振り返る。
少女達を見れば、その表情は皆真剣で
昨日の訓練の時に学んだ隊列をきちんと守り
手には武器を持ち何時でも戦闘できるよう準備を整えている。
どこにゴブリンが潜んでいるか分からない状況では最善と言えるが
こんなに気を張って山登りをしては、体力の方が持つのかどうか不安になってしまう。
「隊列は僕が先頭に立って警戒しながら歩くから、リラ達もその後ろから周囲を警戒しながらついて来て。接敵していない場合はおそらく矢を撃ってくるだろうから、僕が合図を出したらリラとトリスは盾を構えて前に出て飛び道具の警戒を。アニタはクロスボウで後ろの敵を優先的に狙う様に、サリアは相手の出方次第でスリングとレイピアで適宜周りを援護してあげて」
フィルの指示に一同はそれぞれ頷く。
そんな中でアニタが手を上げる。
「あ、あの、呪文はどうしましょう?」
「呪文はとりあえず節約できるようなら節約していくのが良いけど、本当に良いタイミングがあったなら遠慮なく使っていいと思うよ。特にスリープとかは戦況を大きく替えられるからね」
フィルの言葉にわかりましたとアニタが頷く。
「あとは……武器や盾をずっと構えているのは辛いだろうから、途中でバテないよう注意するんだよ? 僕が見逃す可能性もあるとはいえ、合図があるまでは武器は抜かずに体力を温存するぐらいでもいいからね?」
そう言うフィルだが、緊張しているのか、やはり硬い表情で頷く少女達。
この様子だともう暫くはこんな感じが続くのだろう。
「はは、まだ実感が沸かないか……とにかく無理はしないように。疲れたら遠慮せずに言ってね」
(まぁ、実戦を何度か経験すれば自然と無駄な力も抜けると思うけど……)
この辺は変に油断して慣れてしまっても困るが、
いざという時に疲れて動けないというのも困る。
やはり彼女達が慣れていくのを見守るしかないのだろう。
少女達の返事に自身も頷くと
再び山の方へと向き直り山の中へと入っていく。
山道に入ってからというもの
それまで僅かではあるがあった少女達の会話もついに無くなり
一行は無言のまま目的地の洞窟を目指していた。
既にここはゴブリンの領域であり、
何時ゴブリンに襲われるのか分からない
さらに言えば自分達は駆け出しの冒険者。
襲われれば怪我するかもしれないし、
下手をすれば死ぬかもしれない。
そう考えると自然に口数も無くなり、周囲への警戒も強くなる。
先頭を歩くフィルもまた無言で、
何か痕跡が無いか、周囲に何か潜んでいないか
普段よりもさらに注意深く歩を進めていた。
以前のパーティではフィルよりも技能の高い仲間がいたので
周囲の警戒にここまで気を使うことは無かったのだが
自分の働きに皆の命が掛かってくるとなると気も重くなる。
さらに言えば以前のパーティなら不意打ち程度でそうそう死ぬような事は無く、
万が一、死んだとしても蘇生手段も複数あったために
索敵の失敗程度は軽いイベントと済ませることが出来たが
流石に駆け出しの冒険者が不意打ちを受けるのは致命的であり、
蘇生とて、大した理由もなく使っては後々面倒な事になるのが目に見えている。
此処は何としても索敵は成功させて皆を無事に生還させたい。
そう考えれば考えるほど気が重たくなっていく。
幸いな事に神になってからは知覚力も上がったのだろう。
以前と比べてより明確に様々な変化を知覚することが出来るようになっていた。
おかげで、山道を登ってから暫くしたところで
フィルはゴブリンの痕跡を見つけることが出来た。
「ふむ……確かにゴブリンか何かが居るみたいだね」
昨日の夜に姿を見せたゴブリンもどうやらこの山道を使っていたらしく
山道には所々に小さな人型生物らしき新しめの痕跡があった。
「へぇ……これ足跡なんですね……全然気が付きませんでした」
「ああ、靴で歩いた跡だと思う。歩幅から見てもゴブリン位の大きさだと思うよ」
感心するリラにフィルは泥の付き方や地面の変化の見方を説明する。
先頭を務める事が多いリラが探索の技能を持つことはパーティにとっても良い事だろう。
フィルの説明にリラが頷いていると、
後ろに続くサリアやアニタ達も集まってきた。
感心しながらフィルの説明を聞く様は、まさに教師と生徒といった感じに見える。
「なるほど、それにしてもやっぱりここに居るんですね……」
「ああ、それも村に続く道を使って、村の様子を見に来ている」
フィルの言葉に気味が悪そうに改めて周囲を見回すリラ。
人一人が進める程度の幅の山道は昼だというのに日が遮られて薄暗く、
何かが隠れていてもおかしくない雰囲気を漂わせている。
普段から村人が一人では立ち入らないよう言われる場所だが
今ではゴブリンが居るという事実がより一層周囲を不穏に見せていた。
「やっぱり……待ち伏せとかしているんですか?」
「どうだろうな、その辺は相手次第だからね……でも村の事を知っていて、この道も知っている。そしてそれが昨日、村人に警戒されていると感づいたとしたら、警戒して罠を仕掛けている可能性はあると思うよ」
「そう……ですよね」
「まぁ、どのみち倒さないといけないのだし、本番の前に数を減らせる機会だと思えば悪いもんじゃないさ」
「たしかに……そうですね」
フィルの言葉に微妙な表情で頷くリラ。
村のためとはいえ、本心では殺し合いなどしたくは無いのだろう。
フィルとしてもその気持ちが分からなくも無いが
今は村の為という決心を優先させることにする。
「ゴブリンはすぐに数を増やすからね。仕方ないけどこうするしかないんだよ」
そう言いながら、フィルは地面を注視する。
それから暫くの間、山の中を歩を進める一行、
ゴブリンの足跡はなおも続いており、
やはりと言うか目的地の洞窟へと向かい続いてた。
足跡をたどり、道のりの半分ほどで
フィルは風に乗ってかすかに獣に似た異臭を感じ取った
見れば遠く離れた木の上、枝葉の緑に隠れるように
複数の物陰が潜んでいるのが見える。
そのすぐ近くの茂みが不自然に揺れているところを見ると
あそこにも隠れていると見て間違いないだろう。
相手との距離はまだかなり遠く離れており
ショートボウはおろかロングボウでも射程外であり、
おそらくゴブリンは弓の範囲内に入り次第こちらを攻撃するつもりなのだろう
フィルは少し歩みを緩めると
ゴブリン達に気付かれないように後ろのリラ達に話しかけた。
「みんな、ゴブリンが隠れている。右側の木の上と、左側の茂みの裏木。弓の射程に入り次第、僕が弓を射るからそれまで気づいていないように振舞って。僕が動いたら皆は相手の弓を警戒しつつ、こちらに向かってくるゴブリンの相手をお願い」
「わ、分かりました!」
少しうわずってはいたが、気合は十分に入っているリラ達の返事を聞きつつ。
フィルはしばらくはそのまま探索をするように進んでいく。
そしてある程度進み、自身の弓の射程に入ったところで
流れるような動作で歩きながらに弓を構え、
そのままゴブリンの潜む木の枝へ向かって矢を放つ。
矢は木の枝葉に吸い込まれ、短い悲鳴と共に枝の上から何かが落ちてくる音が聞こえた。
「リラとトリスは盾を構えて警戒を!」
フィルの指示とほぼ同時にゴブリンが三匹、
雄たけびを上げながら茂みから飛び出してきた。
いずれのゴブリンも粗末ながらも
ショートソードとレザーアーマー、
ライト・シールドで武装しており、
明らかな殺意をこちらに向けて駆け込んでくる。
「代わります!」
リラはすぐさまフィルの前に出て隊列を交代し盾を構える。
その間もフィルは二射目を撃ち、
枝の上に隠れているゴブリンをさらに仕留める。
コンポジットロングボウは
ゴブリン達が一般に利用するショートボウと比べて二倍近い射程を誇る。
完全に射程外のゴブリン射手は成す術なく木の上から撃ち落とされた。
だが、枝の上にはまだ別のゴブリンがいるらしく、
ぎゃあぎゃあと怒り叫ぶ声が山の中に響く。
『くそっ、またやられた! はやくコロセ!』
(指示を出す者は居ないか、それとも先にやった奴だったか……そういえばこの中でゴブリン語が分かるのが誰か居るか確認してなかったな)
ゴブリンが喚く“言葉”を聞いたフィルは、
ゴブリンの指示の雑さにそんな事を思いつつ、
続く三射目を声のした木の枝へと放つ。
この世界では、各種族ごとに使われる標準的な言語が分かれている。
ゴブリン語もその一つでゴブリンやホブゴブリン、バグベア達に使われる言語だった。
「あれなんて言ってるの!?」
「仲間がやられて、動転しているみたいですよ!」
リラの問いに、すぐさまサリアが返す。
もちろん、言語を習得していなければ会話の内容は分からない。
その為、多くの冒険者はパーティで分担して他の種族の言語を覚えて、
交渉などに役立てるのが一般的だった。
フィルがゴブリンの射手を全て落とした頃になり、
ようやく走ってきたゴブリンの一匹がリラに接敵する。
途中、アニタの放ったクロスボウが先頭を走っていたゴブリンの胴に命中し
これを崩したおかげで、残りは二匹、
既に数の優位はフィル達にあるのだが
頭に血が上っているゴブリン達は後ろが全滅したことに気が付いていないのか
狂ったように叫びながらショートソードを振りかざし
リラ達へ向けて真っすぐ突っ込んでくる。
リラはそんなゴブリン達を前に、盾を構え待ち構える。
小柄で素早いゴブリンだが、その動きにも慌てずに距離をとり
飛び掛かって来た所で剣を斜めに振り下ろす。
「こんのぉ!」
オオカミとの訓練で素早い動きにはだいぶ慣れたのか、
斜めに振り下ろされたリラの剣は的確にゴブリンを捕らえ
相手が盾を構える前に首へと大きく切り込む。
まともに剣を受けたゴブリンはたまらずに倒れこむが
すぐそのあとに、崩れるゴブリンを盾にするように、
ゴブリンの背後からもう一匹のゴブリンが襲い掛かる。
突き出される剣を盾でかろうじて捌いたところを
サリアのレイピアが二匹目の肩口に突き刺さる。
「ええい! よしっ いまです!」
二匹目が怯んだところを、すかさずリラの剣がゴブリンの腹を突く。
すべてのゴブリンが倒れたところで、ようやく一同は息をついた。
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