邪神さんと冒険者さん 46
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村に到着した一行は、
集合場所である村の食堂へ行く前にイグン老の家に向かった。
ドアをノックし、出てきた老女にフィルは頭を下げる。
「朝早くからすみません。今日はこの子をよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるフィルに
昨日伝えていたこともあって出てきたイグン老は
ええ、ええ、と頷くと笑顔でフラウを自分の方へと招き寄せた。
「さぁ、フラウちゃんや。今日はおばあちゃんの相手をよろしくね」
「はいですっ」
「今日は皆が帰ってきたら食べれるごちそうでも一緒に作りましょうかねぇ?」
「わぁ! ほんとうです? すごいです!」
こうして仲良く話す姿は本当の祖母と孫のように見える。
これで心配事の一つはもう大丈夫だと安堵のするフィル
そんなフィルの方へとイグン老は向き直った。
「フィルさん。この子たちをどうかよろしくお願いしますね」
そう言うとイグン老は深々と頭を下げた。
そして、頭を上げた後、リラ達の方へと向かう。
「あなたたちも気を付けてお行きよ。フィルさんの言う事をちゃんと聞くんだよ?」
「うん、大丈夫だよ」
「ちゃんとリラが危ないことしないよう気を付けておきますね」
「私もちゃんとリラを見張っているから安心して」
「ちょっと二人共、何で私だけなの!?」
トリスとアニタの言葉に頬を膨らませるリラ。
普段はリラが三人のリーダーのように振舞っているが、
意外と普段はリラも弄られ役なのかもしれない。
「ふふふ、それはリラちゃんの事をみんな心配なのよ。ねぇ?」
口調こそ穏やかだが、心からリラ達を心配しているのだろう。
笑顔でなだめるイグン老の言葉に不承不承といった様子で頷くリラ。
そんなやり取りに彼女が村で慕われている理由が見えた気がしたフィルは
ふと、自分と同じ部外者であるサリアの方へと目を向けてみた。
この場においてはフィル同様に部外者であるサリアは
皆に水を差さないよう意識してか
三人からは少し間を置いてフィルの隣へと移動していた。
彼女達の光景を穏やかに見守るような、
だけど少し羨ましいようなそんな表情に
フィルは何となくサリアの頭に手を置いてみる。
「わっ、急にどうしたんです?」
「ん? いや、サリアも心配だからね。気を付けるんだよって思ってね」
フィルの言葉に先ほどの自分に思い当たったのか、
サリアは照れくさそうに笑顔を見せる。
「もうぅ 私だって冒険者ですからね! ちゃんと気をつけますよ! ……心配してくれた事にはちょっとだけ感謝しますけどね」
「ははは、ちょっとだけかぁ。ま、それで十分だよ」
「ふふふっ、それじゃあ少しですけど、ありがとうございます」
フィルとサリアが話している間に、
イグン老とリラ達の挨拶も済んだようだった。
「皆さん無理はしないでくださいね。フィルさん。みなさんを守ってくださいね」
イグン老の隣に立ち、フィル達を見上げるフラウ。
不安は完全に拭う事は出来ずにはいるが、
それでも笑顔で見送ろうとするフラウの頭を撫でてフィルは頷く。
「うん。任されたよ。絶対に皆で無事に帰るからね」
「はいです!」
フラウとイグン老に見送られて五人は集合場所である宿屋へと向かった。
集合場所である宿屋前の通りには既に多くの村人が集まっていた。
今回の探索に出る武装した男達だけでなく、
見送りの家族や知人なども加わり三十人ほどが集まり、
早朝の宿屋の前は普段では見せない賑わいを見せている。
村人達は皆、気の合う者同士、
今日のゴブリン狩りについて話をする者、
武器の感触を再確認するため素振りをする者、
心配そうに小事を言う家族を宥める者、
思い思いの事をして出発までの時間を待っている。
その中にはゴルムやダリウ、ラスティの姿も見え、
そしてフラウの父親も……その家族なのだろう母親と思われる女性と、
フラウの姉らしき雰囲気のよく似た年頃の娘と一緒にいるのが見える。
「ふむ……思っていたよりも雰囲気は悪くないね?」
これから殺し合いに行くはずなのだが、
村人達の雰囲気に悲壮感や緊張感は無く
男達の顔には自信すら感じられる。
「昨日の訓練で自信がついたんじゃないでしょうか? 私も武器の使い方とか戦い方とか何となく分かってかなり不安が取れましたし」
アニタの言葉に、ああ、なるほどと頷く。
昨日の訓練では本当に触りぐらいしか教える事が出来なかったが
それでも、戦闘になったらどう動くかのが良いか、
仲間との連携などの感覚は感じてもらえたのだろう。
「それなら昨日の訓練も無駄じゃなかったと言えるね」
「はい。でも……」
そこまで言うと、アニタは言葉を濁す。
「でも、私達もそうですけど、やっぱり素人でしかないんです。私達はまだ装備が整っていますけど、みんなはゴブリンと正面から戦えば怪我じゃ済まないかもしれない……」
アニタの言う通り、村人達は戦いの素人達だ
技能が未熟なだけでなく、
武器だって間に合わせの物ばかりだし
鎧を着ていない者も多い。
一対一ならゴブリンの方が有利なぐらいだ。
「そうだね……彼等にはなるべく危険が無い所で働いてもらおう。その代わり君達が先頭に立つ事になる訳だけど……こっちは僕も手を貸すし、何とかなるさ」
「……はい。私達が頑張らないとですね」
自分達の役目に神妙に頷くアニタ。
少しは戦いに慣れたとはいえ、
本気で殺しにかかってくる相手にどこまで対抗できるのか
表情を硬くするアニタにフィルは笑って頭に手を乗せる。
「大丈夫、君達の冒険者としての実力は十分あると思うよ。君達なら慎重に進めばゴブリンに負けたりしないさ」
笑いかけるフィルに、ぎこちなくだが笑い返すアニタ。
「おお、来たか、こっちだ!」
村人達の方へと近づくフィル達に気付き、ダリウが片手を上げる。
傍にはラスティも一緒で二人共、
昨日フィルが貸し与えたレザーアーマーに身を包み腰には剣を、
手にはカイトシールドを装備しているのだが
訓練の後で制作したのだろうか、
背中に見慣れない小盾を背負っているのが目にはいった。
「今日はよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「ああ、二人共も今日はよろしく。その盾は昨日作ったやつかい?」
「ああ、結局、全員の分を作ることにしたよ」
ダリウの言葉にフィルは改めて村人達を見回してみた。
改めて見るとダリウの言う通り、今回探索に出る男達は全員、小盾を手にしていた。
それほど大きくない盾であるためか、
各人工夫して背中に背負ったり、腰に下げたりしている者も見える。
皆が揃いの小盾を持ち武器を携える様はどことなく頼もしく見えた。
「なるほど、盾は全員分作ったんだね」
「ああ、後衛も結局は殴るしな。前衛が壊れた時の予備にもできるし全員で持つことにしたんだ」
「ダリウが自警団の証みたいで良いんじゃないかって言ったら皆が乗り気になったんですよ」
「お前だって盾を使いやすくするんだって、乗り気だったじゃないか」
ラスティの言葉に照れくさそうにそっぽを向くダリウ。
そんな二人ににんまりとした笑顔でリラが入って来た。
「へぇ~、ダリウも良いこと言うじゃない」
「いや……俺はただ……」
笑顔でリラが褒めると、
ダリウのこちらから見ても分かるぐらい顔を赤く染めた。
何となく察して、トリスやアニタ、ラスティを見ると、
三人共、楽しそうに二人のやり取りを眺めている。
「ほら、リラ、ダリウ君の方が年上なんだから。あんまりからかわないの」
普段からお姉さんの役回りなのだろう、
トリスがリラを窘めるが、笑顔の為かいまいち効果は薄い様だった。
そんな若者達の青春の様子にフィルが目を細めていると
話題から逃げたいのだろうダリウがフィルの方へと向き直った。
「そ、そうだ、さっき聞いたんだが、昨日も村にゴブリンが姿を現したらしい」
「それは本当かい? 詳しい様子は何か聞いた?」
これ以上、彼を困らせるのも可哀そうだし、
何よりゴブリンの情報は得ておきたい。
相手の居場所に繋がるかもしれないと情報に食いつくフィル。
そんなフィルにほっとした顔のダリウが説明を続ける。
「あ、ああ、今日の夜中にゴブリンが村の近くに現れたらしい。現れたのは前に見つかった場所からそう離れてない場所で、見張りが鐘を鳴らしたらすぐに逃げていったって話だ」
「見張りの人は大丈夫だったの?」
「ああ、フィルのアドバイスに従ってこちらも三人いたからな。ゴブリンはすぐ逃げて行ったそうだ」
「そうなんだ、良かった……」
あの程度なら俺達でも大丈夫だというダリウの説明に安堵するリラ。
だが、フィルとしては一概に安心をしてはいられなかった。
ゴブリンは目先のことばかり考え、
数日より先の予定を立てる事もできないと言われるが
逆に言えば前の日より有利に戦おうとするぐらいはやるという事だ。
それに何よりゴブリンは夜目が効く。
見張り以上の数で夜に襲われたら、村が大きな被害を受ける事は免れない。
「なるほど……それは多分偵察だね。次は見張りを倒せるだけの人数を集めてくるかもしれないな」
そう言うフィルの言葉に、ダリウ達の顔が青くなっていく。
「それだと……だとすると、今日中にゴブリンの巣を見つけて退治しないと不味いんじゃないですか?」
こちらも青ざめた様子のラスティにフィルは頷く。
「ああ、ラスティの言う通りだね。ゴルムさんに相談して予定の前倒しをお願いしたほうが良いかもしれない」
フィル達がゴルムの元へと向かうと、
そこには難しい顔をしたゴルムを中心に幾人かの村人が集まっていた。
その中には昨日の訓練では見かけなかった
モード老ともう一人の猟師らしき男性の姿もある。
「おはようございます。昨日もゴブリンが村の近くに姿を見せたと聞きましたが」
「ああ……もう聞いていたか。おそらくは偵察だろう。次は数を集めて見張りを狙ってくるかもしれない。こうなると悠長にはしていられないな」
ゴルムもフィルと同様、相手の思惑を感じていたのだろう。
その表情は険しく、何としても本日中に片をつけたいという意図が見て取れる。
「確かにそうですね。それで少し相談なのですが、午前の探索で前倒しできそうな所があればと思うんですが、地図を見せてもらっていいですか?」
ゴルムは頷くと自身のバッグから、
昨日見たのと同じ地図を取り出し広げて見せる。
「ふむ……今日の捜索ですが、洞窟を確認した後の集合場所を、宿の前ではなく村の外れにしたいと思いますが問題無いですか?」
そう言うとフィルは三つの洞窟からそれぞれ同じぐらいの距離にある村の外れを指さす。
村の中心にほど近いこの宿屋は、確かに集合するのに分かり易い場所だが、
村の外れからここまでは、往復するだけでも数十分の時間を消費してしまう。
集合場所を変えるだけでも大分時間に余裕ができるはずだ。
「ふむ……確かにそれなら時間の節約になるな」
「この辺りには集合場所に都合の良い場所はありますか?」
「ああ、今は使われていない畑跡が空き地になっているはずだ」
「なるほど、それではそこを集合場所にしましょう」
「分かった。それでは皆も集まったようだし、予定よりも早いが出発しようと思うがいいか?」
「ええ、私の方は大丈夫です」
ゴルムは頷くと大声で周りの村人達を集めた。
「皆、集まってくれ! これから今日の説明をする!」
ゴルムの集合に集まってきた村人達へとフィルが説明を引き継ぐ。
「今日の探索では、午前は各グループに分かれて地図のこの三カ所の洞窟でゴブリンの痕跡がないか確認します。場所については猟師の方、皆さんの班に一人づつ付いて案内をお願いします」
「おう、任せてもらおう」
モード老ともう一人の猟師が請け負うのを確認しフィルは説明を再開する。
「洞窟の入り口を確認してゴブリンの痕跡があるか確認したら、地図のこの場所に集まってください、ゴブリンの巣があった場合は、少しの休憩の後で本命の洞窟に向かいます。全て洞窟が外れの時は午後はゴブリンを見つけたという場所からの捜索に予定を変更します」
フィルの言葉に集まっていた一同は頷く。
「往きは道中にゴブリンが潜んでいる可能性がありますから、時間をかけて慎重に進むようにしてください。洞窟に到着したら、ゴブリンが居れば入り口に足跡なりの痕跡があるでしょうから、それを確認したらすぐに戻って来てください。帰り道はそこまで注意せずともよいはずです」
フィルの説明を真剣な表情で聞く村人達だが
待ち伏せと言う言葉に皆の顔に不安そうな表情が浮かぶ。
脅しのようになってしまうが、
知らずに本当に不意打ちを食らうよりは何倍もましだろう。
「相手はゴブリンですがこれまでの報告を聞く限り、武装をしていたり複数で行動している可能性が高いです。今は昼なので闇討ちの可能性は低いですが、隠れて待ち伏せしている可能性もあるので周囲に十分注意して進むようにしてください」
説明が終わるとフィルは自身のバッグを探り
水色の液体の入った小瓶と透明な液体、オレンジ色の液体の入った小瓶を
二瓶づつ取り出しゴルムへと手渡した。
「これを各パーティで一瓶づつ持ってください。こっちは低位ですがキュアのポーションで、こっちは解毒剤でこれが耐毒剤です。もしも必要になったら遠慮なく使ってください」
「いいのか? こちらとしては助かるが……高価なアイテムなんじゃないか?」
低位とは言え金貨数十枚の品に、
ゴルムの顔が僅かに緊張する。
「万が一の用心です。これから行く場所は皆さんにとって良く知った山でしょうけど、潜んでいる相手はどんな手を使ってくるか分からないですからね」
大量のゴブリンが相手となれば、
ポーション三個なんてまさに焼け石に水と言える。
とは言え、連戦になった場合、人一人の怪我を回復できるというのは大きい。
「使わなかったら返してもらえればいいだけですし、万が一の備えとして持っていってください」
真剣な様子のフィルにゴルムは頷くと瓶を受け取る。
「分かった。これは後衛の誰かに持ってもらう事にしよう」
「よろしくお願いします。どうか十分にお気をつけて」
「ああ、あんたもあの子達を頼んだぞ」
厳つく感情が読めない顔で真っすぐに見つめるゴルムにフィルは黙って頷く。
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