邪神さんと冒険者さん 43
---------
夜も更けて、焼き菓子の皿が空になる頃には
少女達の寝間着の宴も自然とお開きとなった。
フラウとフィルも一日の日課である
天候操作の呪文をいつものように外で唱えて雨を降らせると
ようやく今日やることは全て済んだといった感じで
自分達の部屋へと戻った。
「ふぅ、今日も一日お疲れ様」
「ふふふ、お疲れ様なのです」
ソファに体を沈め、ふぅと息をつくフィル。
そしてそんなフィルの横へと、
ここは自分の指定席なのです、といった感じでフラウがちょこんと座る。
「フラウは先に寝てしまってもいいよ。僕は今日は呪文を覚え直すだけじゃなくて、明日に備えて道具の準備もするから暫く掛かりそうだしね。今日は疲れたろう?」
「えへへ、はいです」
はいですと返事しつつも動かないフラウだったが
フィルは特に気にせずにバッグから呪文書を取り出し呪文の確認を始めた。
(明日は低位の呪文は補助を多めにしておこうか)
低位の呪文、特に第一段階の呪文には
マジックミサイルやバーニングハンズのように
直接攻撃する呪文もあるものの全体的に火力不足で
一回の呪文で倒せるのは数体が良いところと
貴重なスロットを一つ消費するには些かもったいない。
普段は一人で戦う事を考え、威嚇用に幾つか準備しているが
今回は一人ではなくパーティで挑むのだし
こうした呪文は割り切って、その分、
プロテクション・フロム・イーヴルやチャーム・パースン
スリープやグリースなどに充てるのが良いだろう。
第二段階の呪文も
普段はスコーチング・レイやエレクトリック・ループのような
攻撃呪文を準備しているところだが、
今回はグリッターダストやウェブのような
多数の敵の行動を制限できる呪文の方が良いだろう。
いや……ウェブは弓持ちの少ないこのパーティでは無駄になる可能性が高いか……。
あとは、前衛が弓矢で狙われることを考えて
プロテクション・フロム・アローズを三人に、
三回分は準備しておくのも良いかもしれない。
それと偵察で使う事になるであろうインヴィジビリティとダークビジョン……。
インヴィジビリティは一応三回分は準備しておくとして、
足りなければアイテムで代用するのが良いだろう。
元々この呪文は使う機会が多いからと
マジックアイテムとして余裕をもって準備してあったのが幸いした。
(できればマジックアイテムもあまり使う所を見せたくないのだけどな……それにしても、こうして見ると第二段階は探索で使う呪文が多いんだよなぁ……)
このぐらいの難度の呪文は、使い勝手も良く冒険中使う機会が多いのだが、
レベルが低いだけあって普段はスクロールやマジックアイテムで代用するので
冒険中に困ったという記憶は無い。
だが、今回のようにマジックアイテムやスクロールの使用を極力控えようとすると
どれを覚えていくのが最善なのか、なかなかに悩ましい。
結局、フィルはプロテクション・フロム・アローズを三回、
インヴィジビリティを三回、
ダークビジョンを一回にグリッターダストを二回、
そしてウェブを一回、それぞれ準備する事にする。
(第三段階以降は……ゴブリン相手だと過剰すぎるし、使わないという意味でも普段通りでいいか……)
暫く呪文の覚え直しに集中していたフィルだったが
自分へとかかる温かい重みに意識が現実へと戻された。
横を見るとフラウがフィルに身を預けて寄り掛かっている。
「ん?、眠くなったのかい?」
「あ、えっと、……邪魔をしちゃいました?」
自分のしたことが迷惑になってしまったかと心配そうに尋ねるフラウに
フィルは少女の頭を撫でながら笑って答える。
「いや、全然邪魔じゃないよ。でも退屈じゃないかい?」
「えへへ、フィルさんが終わるまで、こうしていたいのです。こうして居てもいいです?」
「それは嬉しいけど、無理はしちゃだめだよ?」
「今日は昨日みたいに疲れてないので大丈夫です。だからフィルさんが寝れるようになるまで、こうして待っていますね」
そう言って、えへへと微笑むフラウ。
「ははは、分かったよ、頑張って終わらせないとね」
「はいです!」
暫くして呪文の覚え直しを終えて呪文書を閉じると
「ふぁ……ぁ呪文は覚え終わったのです?」
うつらうつらとしていたフラウは、
瞼をこすりこすりしながら、フィルを見上げる。
「ああ、あとは荷物の準備を少しだけさせてもらうね」
「はいですっ」
フィルはそう言うと、
テーブルに向かって自分のバッグから装備を取り出していった。
フラウはその横でフィルが取り出す道具達を興味深そうに覗き込んでいる。
普段は魔法使いらしく動きやすいローブを身に着けているが、
明日はおそらくほぼ山の中と洞窟内を探索となるだろう。
それにリラ達のパーティにはローグが居ない為
手習い程度の腕前とはいえ
フィルが周囲に敵が居ないか索敵したり
罠が無いか調べたり解除をする必要がある。
それなら普段着ているローブよりも、
動きやすいレザーアーマーの方が良いだろう。
そんなことを考えながら、
フィルはバッグからレザーアーマーを取り出すと
それから幾つものポーチを備えた、たすき掛けのベルトを取り出した。
そしてベルトのポーチへ布や盗賊道具といった小道具から
投げ矢やスクロール、ポーションなど様々な品を入れて行く。
「わぁ……武器とかお薬とか沢山ですね!」
「はは、これらはあくまで緊急時の為の物だけどね。万が一の時にすぐに取り出して使えるように、こうした取り出しやすい場所に入れておくんだ」
「なるほどですー」
「まぁ、今回はゴブリン退治だし、使う事は無いと思うけど、念のためね」
「そうなのです?」
「うん。普通、ゴブリン退治と言うのは駆け出し冒険者が良く受ける事になる仕事なんだけど、駆け出しでは装備を揃える余裕もないから、こうした道具を十分に持っていない事の方が多いんだ」
「はいです」
「それでも、ゴブリン退治に出た冒険者はそれなりの数が成功させて戻って来ている。もちろん失敗する冒険者もそれなりにいるけどね。僕はこれは冒険者として必要な試練なんだと思うんだ」
「そうなのです?」
「うん、冒険者をしていくなら、この先さらに強い相手やずる賢い敵を沢山相手にしないとならない。ゴブリンは弱いとはいえ邪悪でずる賢いからね、駆け出しの装備で全力で戦ってどうにか突破できるゴブリンと言うのは丁度良い相手なんだと思う」
「うーんと……なるほどです?」
分かったような、分からなような
でもやっぱりよく分からないといった感じのフラウに笑い掛けながら
フィルは道具を収めていく。
これらの品は強力なキュアポーションや毒消しポーションといった品で
今回のように報酬が殆どというか、まるでない冒険では、
これ一つ使えば赤字も良い所だろう。
とは言え、少女達の身に万一の事が起こることは避けたい。
冒険では絶対という事は無く
万が一の事態に備えて準備しておくに越したことは無だろう。
「どうしても必要になったら使うけど、今回の冒険はリラ達だけの力で解決できるのが一番なんだよ」
「あ、なるほどです!」
そう言いながら、ベルトの剣帯にダガーを取り付け
最後にコンポジットロングボウと矢筒をさらに取り出したところで準備を終える。
「よし、これで準備は完了かな」
「おつかれさまです。そお言えば、松明とかは良いのです?」
「ああ、松明とかは戦闘ですぐに取り出す必要とかはあまりないからね。バッグの中に入れておいても大丈夫なんだよ」
「なるほどです?」
「あはは、このバッグ・オヴ・ホールディングは確かに便利なんだけど、取り出すのに少しだけ時間が掛かってしまうんだ。普段は全然問題じゃないけど、戦闘中だと、この一瞬で勝敗が分かれる事もあるからね」
「なるほどです。松明とかは戦闘ですぐに使わないからこちらに入れておくんですね!」
「うん、そう言う事」
なるほどと合点のいった様子のフラウの頭を撫でながら
フィルは頷き笑いかける。
バッグ・オヴ・ホールディングは大量のアイテムを持ち運ぶことが出来て
確かに便利なのだが、取り出すのに若干時間がかかるため、
戦闘時に必要な品を即座に取り出すといった使い方には向いていない。
対してハンディ・ハヴァサックという
収納できる量に制限があるものの、それなりの量のアイテムを持ち運べて、
尚且つ欲しい物をポケットから取り出す際は必ず一番手前にそれがあり、
すぐに取り出せるという便利な魔法の背負い袋があるのだが
残念ながらフィルはこのアイテムを持っていなかった。
以前のパーティではもう一人のウィザードがハンディ・ハヴァサックを使っており
フィルのバッグ・オヴ・ホールディングと役割分担をしていた。
どちらも便利なのだが、一方にもう一方を入れると
中のアイテムごと全て消失してしまうという制約があり
かといって二つ同時に持ち歩くのはかなり嵩張る為に
担当者を分担してリスクを避けていたのだった。
そのため、フィルは戦闘で使いたい物は、
魔法の品ではないごく普通のポーチやケースに入れておき、
そこから取り出して使っていた。
そのハンディ・ハヴァサックは、
もう一人の魔術師ごと破壊され、失われてしまったが、
そこに入っていたのは魔術師がいざという時の為に使う
スクロールやワンド、それと幾つかのマジックアイテムであり
冒険中に必要に応じて取り出すようなアイテムの殆どは
フィルのバッグ・オヴ・ホールディングに入っていたのは
不幸中の幸いだったのかもしれない。
「よし、準備も全て済んだし今日はもう寝るとしようか」
「はいです!」
元気よく返事すると、フィルの手を引いてベットへと行こうとするフラウ。
「えへへ、今日もちゃんとベットで寝てくださいね!」
フィルさんにはちゃんと休んでもらうのです!と気合十分でひっぱるフラウ。
そんな少女にフィルはありがとうと礼を言い、
フィルとフラウは二人、ベットで眠りについた。
---------