邪神さんと冒険者さん 41
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厨房に入ると既に食事の準備が始まっていた。
調理台ではサリアが包丁を手にまな板に向い、
その向かいではトリスとアニタがパンの具材であろう小麦をこねている。
既にこの厨房にも大分慣れたようで、
我が家の台所のように棚を開けては調理器具を取り出し
薪置きの薪を取り出し窯やコンロを扱う姿にフィルは思わず苦笑する。
「おまたせ。今日は何を作るんだい?」
「ふふふ、今日の晩御飯はお肉たっぷりのスペシャルスタミナメニューですよ!」
フィルが近くの調理場で準備をしているサリアに尋ねると、
サリアは包丁を片手に上機嫌で答える。
見れば少女の手元には大量の玉ねぎに鶏肉、豚肉にソーセージが置かれていた。
おそらくは五人でも食べたとしても二食、いや三食分にはなるだろう。
予想を遥かに上回る肉の消費スピードにフィルの血の気が引いていく。
「あ、ああ……そうなんだ……それにしても量が多いんじゃないか?」
「明日は一日慌ただしくなりそうですからね。朝ご飯と念のためお昼の分を作っておこうと思うんです」
サリアの言葉にふむと頷くフィル。
たしかにそれも一理はあるように思える。
とはいえ、三食肉ばかりと言うのはどうなのだろう……?
「なるほど……ということはトリス達も?」
「ふふふ。はいっ。今日はたくさん焼く予定です」
フィルの問いに調理台の向かいでパンの準備をするトリスが笑顔で答える。
その言葉の通り、パンの種であろう小麦を入れた鍋は
昨日と比べて倍以上はあろうという大鍋で、
そこから更にたっぷりの水、塩、砂糖を投入していく。
「窯の扱いにも大分慣れましたし、今回はもっと美味しく焼けると思いますから期待していてくださいね」
「あ、ああ、楽しみにしているね」
まぁ……パンは一度に大量に焼いてから
数日掛けて消費するというのはよくある事だから良いとして
問題はやはり主菜だ。
いくら美味しい料理でも同じ料理を三食連続で食べるのは結構きついものがある。
明日はせめて昼ぐらいは宿の食堂を利用したほうが良いかもしれない。
そんな事を考えながら料理中の少女達を見まわたしてみる。
現在、サリアがメインの肉料理を
トリスにアニタ、それにリラが加わってパンを焼いてくれている。
どちらも人手は足りているようだから
フィルとフラウは何か別の物を作ったほうが良いだろう。
「さて……サリアもトリス達も手伝う必要は無さそうだし、僕らは何か別のを作ろうか?」
「はいです!」
フィルの言葉に、にこにこと答えるフラウ。
既に手も洗い終え、腕まくりもエプロンもして、
準備万端と言った格好になっている。
「メインはサリアが作ってるし、パンはトリス達が作ってくれてるんだよね?」
サリアが言うには、作ろうとしているのは肉の炒め物、
トリス達が作っているパンとあわせて、メインの食事は十分といえるだろう。
後は前菜やスープ、もしくはデザートか。
「そうみたいですね……それじゃあスープを作るのはどうでしょう?」
「そうだね、僕たちはスープを作ろうか」
「はいですっ。こちらも多めに作ります?」
「うーん、そうだなぁ……明日の昼はともかく夜は疲れてる可能性もあるし……そうだね。二食分ぐらい作っておこうか」
「はいです!」
そうと決まればと,二人はさっそく食料庫から
鶏肉、ソーセージ、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを取り出し
それから普段よりも大きめの鍋を探して調理器具の棚を物色する。
さすがは貴族の家だけあって、
宴会用なのだろう深底、浅底、形状も様々な大人数用の鍋が揃っていた。
以前の使用人達がこの屋敷を去る際、
手頃な大きさの鍋は全て持ち去っていったのに対して、
大きくて嵩張るこれら大鍋は獲物としては不人気だったのだろう。
ほどなく様々な大鍋の中でも比較小さめで、
フィル達が作る量にピッタリの鍋を見つけると、その鍋をコンロの上へと設置する。
「それにしても、まさかこんな大鍋で料理をする事になるとはね」
「えへへ、こんなに沢山、二人だけでは食べきれないですねもんね。なんだか宿屋さんの台所みたいですね!」
「確かにそうだね。この厨房なら宿屋もレストランも出来そうだ」
「えへへ、山の上のレストランです」
たしかにこうして皆で大量の料理を作っている所を見ると、
宿屋かレストランの厨房のようにも見える。
実際のところは、こんな場所では旅人が来ることは無いだろうが
もしも人が来るなら、確かにこの建物なら
設備としても広さとしても宿泊施設に十分使えるだろう。
「それじゃあ、フラウは料理長かな?」
「ふふふ、フィルさんは宿の主人なのです」
「いいですね! それじゃあ私は専属の吟遊詩人をしましょうか」
「サリアはなんだかんだ言ってただ飯食べてそうだね……」
「むー、失礼な! ちゃんと一生懸命働きますよー!」
肉を切りながらフィルの言葉に頬を膨らませるサリア。
その後も他愛無い言い合いをしながら各自料理の準備を進めていく。
スープの具材の下準備が終わり炒め始める頃になると、
サリアの方でも具材を炒め始めたようで
お互いの鍋から香ばしい香りが漂い厨房を満たす。
「わぁ、サリアさんの方もとっても美味しそうな匂いです!」
「ふふふー、期待してくださいよーフィルさんには負けませんからね!」
「いやいや、勝ち負けは関係ないだろう? それにこちらはフラウとの共作だよ?」
「いえいえ、今炒めているフィルさんですからね! 味の責任は取ってもらいませんと!」
「えへへ、二人共がんばです」
そう言いつつお互いにフライパンの具材を焦げ付かないように注意深くかき回す。
流石にこれだけ量が多いと、放っておくと直ぐに底が焦げ付いてしまいそうで気が抜けない。
ようやく炒め終わった具材を大鍋に投入し、煮込んで味を整える頃にもなると、
トリス達の焼くパンの香りも加わり、
夕刻も近づき茜色の日差しが差し込む厨房の中は、より一層いい匂いに包まれる。
「スープの方はこれで良いかな」
「はいです!」
「パンの方もあと少しで全部焼けますよ」
すっかり日も落ちて時刻も晩御飯に丁度よい頃合い、
フィル達のスープがようやく完成する頃には
サリアの料理はすっかり出来上がり、
それから少し遅れてトリス達のパンが焼きあがる。
「さてと、それじゃあ食堂に運ぼうか」
「はいです!」
「あ、あれ取ってくるね。アニタ手伝って」
「うん、わかったよ」
「うん?」
フィルがおや? と見ていると、二人は扉を開けて裏手へと出て行く。
ほどなく戻ってきたリラとアニタの両手には壺と瓶が抱えられていた。
そう言えば荷物を預かった時に、液体の入った瓶か壺のような物の感じもした気がする。
水筒でも持ってきたのかと思っていたが……。
「お店のエールを持ってきたんだ。さぁどうぞ~」
「なるほど……あの荷物の中にはそんなのも入っていたんだね……っていうか良いのかい? いま店のって……」
「ふふふ、これは今日のお礼です。たーんと飲んでくださいね!」
フィルの質問に気にする風でもなく
そう言ってリラは各自のジョッキにエールを注いでいく。
さすが女給といった感じで、
注がれたエールの泡は綺麗に同じ高さで揃えられている。
「ほぉ……上手なもんだね」
「ふふふ……だてに毎日食堂で働いているわけじゃないですからね。はい、どうぞ。フラウちゃんにはジュースを冷やしておいたからね」
「えへへ。ありがとうございます!」
フラウのジュースも注ぎ終え、
全員が席についたところで食事が始まった。
食卓にはスープと肉の炒め物の他にも
余った時間でサリアが作った刻んだピクルスにサラダも並び、
晩御飯としては十分に華やかな食卓となった。
「どうですフィルさん? サリアちゃんの手料理は? 美味しいですか?」
「うん? ああ、美味しいよ。味付けも丁度いい感じだね」
「ふふふ、見直しましたか?」
料理の出来に満足してか、上機嫌に尋ねてくるサリアにフィルも同意する。
味付けはシンプルに塩胡椒と言った感じだが、
玉ねぎとニンニクが肉の旨味を引き立てており、
パンに挟んで一緒に食べるに丁度良い味付けとなっている。
付け合わせのみじん切りのピクルスをつけて食べると
ピクルスの酸味も良いアクセントになって、また違った美味しさが楽しめた。
「ああ、それにエールにもよく合うしね」
そう言いながらフィルはエールを流し込む。
リラの持ってきたエールはフルーツのようなさわやかな風味があり、
冷たく冷やされたそれが口の中を潤すと、再び肉への食欲が湧き上がってくる。
「ふぅ~冷えたエールというのもいいわね。こういうの宿で出したら喜ばれるだろうなぁ」
「フィルさんを真似てみたけど、上手くいったね。今度おじさんたちにも飲ませてあげようよ」
冷たいエールをぐいっと飲んで、ぷはーっとしながらも
村の食堂の事を考えているリラにアニタが笑って答える。
「そうだね。これが解決したらやってあげようよ。あ~あ、やっぱ魔法って便利だよねー。私も魔法が使えたらなー」
やはりパーティで唯一の非魔法職というのは気になるのだろう。
ジョッキを片手にふぅっとため息をつくリラ。
「ふふふ、リラも魔法を習ってみる? クレリックで良ければいつでも教えてあげるわよ?」
「い、いいって! クレリックもウィザードも私じゃ無理だったのトリスだって知ってるじゃない」
子供の頃にクレリックの修行の経験があるのか
慌てて両手を振って遠慮するリラにトリスは笑いながら返す。
「でもあれは小さい頃の話よ? 今なら目的も意志もあるし、早起きもお祈りも頑張れるんじゃないかしら?」
「うう……もうっ! それは言わないでよう!」
「そうそう、暗記や書き取りも今なら続くかもしれないよ?」
「アニタまで……二人のいじわるっ」
すっかり拗ねてしまったリラに笑いあう幼馴染二人。
どうやら子供の頃から三人はこんな感じだったのだろう。
体を動かしているのが好きな子供だったリラに
座学や神職の務めをきっちりこなすアニタにトリス、
なんとなくそんな三人の子供の頃が思い浮かぶ。
「レンジャーとかパラディンとか、戦士系で魔法ができるクラスもあるよ。目指してみるのもいいかもね」
「レンジャーも憧れるんですけど、それだと重い鎧を着れないんで盾役になれないんですよね……パラディンは……」
そう言うと、ちらりとトリスの方を見る。
「パラディンも神様へのお祈りとか大変そうなんだよね……」
「もぅ……この子ったら……」
ばつの悪そうなリラの顔を見て、トリスがふぅと溜息をつく。
「ははは、神様に仕える身だからね。仕方ないよ」
「フィルさんのクラスも魔法と剣が両方できるんですよね? いいなー」
「ははは、エルドリッチナイトは中途半端だし、盾役にもなれないしで、それこそお勧めしないよ? 盾役をこなせるとなると……やっぱりパラディンとか……あとはスペルソードと言うのがあるけど……あれはたしか秘術呪文が使えないと駄目だったかな」
「やっぱ魔法戦士はウィザードを習わないと駄目なんですよねぇ……ふぅ」
お酒が入って来たからか、少しだけ艶っぽく
物欲しげな目で溜息をつくリラに苦笑いをしながら、
フィルはエールの入ったジョッキをあおる。
「あとは、そうだなぁ……初めは戦士だった人が、途中でウィザードやクレリックの技を身につけたりすることがあるかな」
「そうなんですか?」
「ああ、もちろんその分本業が若干疎かになってしまうけど、その分のメリットもあるし、その後で更に上級職の布石にしたりで、結局はその人の目指す道次第なんだと思うよ」
「やっぱりウィザードかクレリックの訓練をしてみようかな……」
フィルの言葉にうーんと考え込むリラ。
おそらくは子供の頃にやった習い事を思い出しているのだろう。
「ははは、君達はパーティなんだし、その中でうまくバランスが取れれば良いと思うよ。盾役だってトリスと分担すれば、レンジャーでも十分やっていけると思うしね」
「なるほど……」
「ふふふ。私は聖騎士のリラというのも良いと思うわよ?」
「うう……それはゆっくりじっくり考えさせてもらうわ……」
何時でもお手伝いするわよと言うトリスに
リラは苦笑いで応えるとエールを煽る。
本職のファイターとしてもこれからの身なのだ
考える時間はまだまだ沢山ある。
こうして将来をあれこれ思い浮かべて悩むというのは、微笑ましく見えるのが半分、
フィルのように既に成長も殆ど終えてしまった者からすると少し羨ましくも見える。
この娘達が将来はどんな冒険者になっているのだろうか?
ほろ酔い気分でそんな事を考えながらフィルはエールを煽った。
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