邪神さんと冒険者さん 40
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そこにいたのはフラウの父親だった。
三十の後半から四十半ばと言ったところか
少し細身で気弱そうに見えはするものの、
畑仕事で鍛えられたその体は弱々しさは感じられない。
だが、娘の安否が心配なのだろう。
近くで見ると寝不足なのか大分憔悴しているのが見て取れた。
「あの、私は二コラと申します。フラウの父親……だった者です」
「あ、ああ、ええと、初めましてフィルと言います」
前保護者と現保護者、お互い少し気まずそうにギクシャクと挨拶を交わす。
初対面の挨拶としてどうかとも思うが、
棄てた者に、押し付けられた者、事情が事情なだけに仕方がない。
「あの……、娘は元気にしていますでしょうか?」
「ええ……僕が見る限り元気に暮らせていると思いますが……」
「あの……、一度、娘に会わせてもらえないでしょうか?」
覚悟はしていたが、いざその時が来ると緊張するもので
男の申し出にどうしたものかと、リラ達のパーティのいる方へと目を向ける。
フラウはリラ達と一緒にゴルムやラスティ達と話をしていたようだったが
どうやら向こうでもこちらに気が付いたようで、
不安そうにこちらを見つめている。
「……分かりました。ですが、あの子の気持ちは必ず尊重してあげてください。その事は守ってもらえますか?」
真剣な表情で念を押すフィルに、男は少し考えた後に静かに頷く。
その仕草に先ほどフラウと会話をした時の少女の仕草が重なる。
(こういったところは確かにフラウに似ているな)
「わかり……ました」
男が承諾するのを確認したフィルは男を連れてフラウの元へと向かった。
フラウもフィル達がこちらに来るの見て事情を察したのだろう。
一人、皆から少し離れて二人を待っていた。
「フラウ、君のお父さんが話があるそうだけど、良いかな?」
「はいです……えっと、フィルさんも一緒に居てもらえますか?」
やはり一人では心細いのだろう。
すがるような眼差しに断る訳にもいかず、
フィルもフラウの横に立ち話を聞くことにする。
男はどう切り出したら良いか迷っていたようだったが頭を下げるとフラウへと言った。
「本当にすまない事をした!」
横に立つフラウの小さな手がフィルの手を掴んだ。
頼るように握るその手をフィルも握り返す。
「謝っても許されないとは分かっている。ただ私達は決してフラウの事を捨てたいなんて思っていなかった。お母さんもミーナも、今もフラウの事を心配している。あの二人は許してやって欲しいんだ」
フラウの握る手が強まった気がした。
見ればフラウはうつむき感情を押し殺しているようだった。
暫くの間うつむき沈黙した後、ようやく言葉を絞り出す。
「私は……恨んでなんていないです」
「フラウ……? そ、そうなのか? それなら家に戻ってこないか? 母さん達も待っているよ」
ホッとした様子の父親は家に戻るよう説得をするが、
その言葉にフラウは首を横に振る。
「お家に戻ることはだめです……」
「そ、そんなことは無いぞ。二人も心配している、彼だってフラウの意志を尊重すると言っているんだ。もう十分頑張ったんだから戻っても……」
「違うんです」
「違う?」
「……私はフィルさんと一緒に居たいです……」
フラウの言葉に父親は一瞬固まったが、
子供の我儘と思ったのだろう。
気を取り直して、駄々をこねる子に言い聞かせるように説得を行う。
「そんな我儘を……彼だってやることがあるのだろう? 男一人で子供の世話なんて、彼に迷惑をかけるだけだよ?」
「そんなことないもん!」
尚も続く説得にフラウは顔を上げて、父親の言葉を遮るように叫んだ。
その言葉を皮切りにフラウは感情が堪え切れなくなる。
フィルの手をしっかり握り、口調も強い物へとなっていく。
「一緒に居ようって約束したんだもん! 私はフィルさんと一緒にいるの!」
「…………」
「フィルさんは村に食べ物をあげたり、雨を降らせたり、街まで食べ物を買いに行ったり、こんどはゴブリン退治を手伝って、ずっと村のお手伝いをしているんだよ! それなのに何か貰ったり全然なくて……そんなフィルさんが私に一緒にいて欲しいって言ったんだもん! 私はフィルさんのために居てあげたいのっ!」
普段は素直に言う事を聞く娘の、思いがけない反論に、
父親は困惑し説得を続けるべきか迷うが、
フィルの手を固く握るフラウの手を見て、娘の意志の固さを察したのか
諦めたような納得するような、ため息を一つついた。
「そうか……わかった。でも何時でも顔を見せに来て良いんだからね?」
「うん。心配しなくてもだいじょうぶだよ」
一生懸命説得をしたせいか、少し疲れた様子だったが、笑顔で答えるフラウ。
その喋り方は普段フィルが聞く敬語ではなく、
心なしか普段よりも幼く、と言うよりは年相応の子供らしく見えるのは
これがこの子の本来の口調なのだろう。
普段は気を使っているのかもしれない。
「わかったよ。お母さん達にも心配しないよう伝えておこう」
「うん。おとうさんも心配しないでね」
フラウの返事を聞いた父親は少女の頭を撫でると
フィルの方へと向き直り頭を下げた。
「……この子をどうかよろしくお願いします」
「……責任をもってお預かりします」
フィルがそう言うと、フラウの手にまた力が込められた。
見れば照れくさそうにこちらを見上げるフラウと目が合う。
男は再びフラウへいつでも戻って来て良いからねと言うと
もう一度フィルへと頭を下げ、それから他の男達と同じ道をたどり帰路についた。
フラウの父親の後ろ姿を見送るフィルとフラウの所に
成り行きを見守っていたダリウとラスティがやって来た。
「なんというか、色々大変そうですね」
「あ、ああ、いや、大変って訳じゃないんだと思う。かな?」
どうだろう?とフラウにも聞いてみるが、
少女は照れ臭そうに握ったフィルの手をぶらぶらとさせている。
「いくら村が危ないからって、いきなり生贄を出すっていうのには俺もどうかと思うが……あの人も、村長に迫られて仕方なくやったんだ、あまり責めないでやってほしい」
どうやら、生贄の件は、村長達長老の独断だったらしく、
あの後、村でもかなり揉めたのだという。
それ以降、村人たちの村長達を見る目は厳しくなり、
食堂に行ったときにあれだけ人が多かったのは、
村長がこれ以上おかしな行動をしないよう見張る意味もあったらしい。
「事情は分かるし、僕も口では許すとは言うと思うけどね……それでもこの子を傷付けたこと事は納得できなくてね……」
「フィルさん……」
ここに来た初日、男達がやってきた時のフラウの怯えた様子を思い出す。
そして昨日、食堂で村人たちを前にしてフィルにすがりついたフラウを思い出す。
この村に来て以来、何かと面倒事を押し付けられたが、
フィルにとって一番許せないのは、この少女が辛い思いをしたという事だった。
自分でも幼稚だとは思うが、フラウへは許してあげるように言ったくせに
フィル自身は村長や父親の事を同情する気にはなれなかった。
「まあ……その気持ちも分からなくも無いけどな……あの人も辛かったはずだ。俺にもどうすれば皆が納得できるのか分からないが……」
「ここ数日で大分良くなったけど、少し前までは本当に酷かったからね……」
同じ村に住む者としてフラウの父親の人柄を知っている二人は
フィルとは異なり父親に同情しているようだった。
食料も無く、村が滅びるかもしれないという時に
占い師が突然やって来てフィルの事を告げたのだという。
村人達にしたら藁にも縋る思いだったのだろう。
「それは……理解はしているのだけどね……」
「こればかりは、時間をかけて治していくしか無いのかもしれないですね」
不貞腐れるフィルを宥める青年二人、見た目の歳が近いのが幸いだが
こうしていると、どちらが先輩だか分からなくなってくる。
「フィルさん……私もお父さんたちを許してあげたいです。フィルさんも許してあげて欲しいです」
……フラウにまでも宥められてしまい、
我ながら自分が大人だったことに自信が持てなくなってくる。
それから暫く、四人で立ち話をしていると
家の玄関が開き、リラがフィル達の所にやって来た。
既に鎧は脱いでおり、鎧下のズボンと
上は鎧下すら脱いでシャツ一枚と言う身軽な格好となっている。
「あーいたいた。これからご飯の支度をするから手伝ってほしいってサリアが呼んでましたよ」
そう言うと今度はダリウ達の方へと向き直る。
「ダリウとラスティはこれから盾を作るんでしょ? 早く帰らないと、ゴルムさんに怒られるわよ?」
「ああ、そうだね。俺達も帰ろうか」
「そうだな。それじゃ明日もよろしく頼む」
ラスティの言葉にダリウも頷き、山を下りようとしたが
ふと足を止めてリラの方へと振り返る。
「……明日は気を付けるんだぞ」
「ダリウだって、戦うかもしれないんだから、気をつけなさいよ?」
じゃあねーと笑顔で手を振るリラに軽く手を振り、青年達も山を下りて行く。
「それじゃ、私たちも家に戻りましょうか?」
「ああ、そうだね。これはまたサリアに怒られるかな?」
「ふふふ、そうかもしれないですね。サリアってフィルさんに絡むの好きですよね?」
「うーん、何だろうね? ついこの間出会ったばかりなんだけどね……」
二人を見送り屋敷に入る時、はたと気が付く。
「リラ、そう言えばもう家に戻っても大丈夫なんじゃない?」
もう村人達に連れ戻される心配はないわけだし、
この家に居る必要は無い気がするのだが……。
フィルがそう言うとリラは悪戯が成功した子供みたいな笑顔で答える。
「え? だって、晩御飯、一緒に食べようって、サリアとフラウちゃんと約束しましたからね」
リラとフラウがお互いね~っと言ってからふふっと笑い合う。
どうやら全て打合せ通りといった感じだった。
「でも、晩飯食べてたら暗くなってしまわないかい?」
「ええ、だから今日もお泊りするんですよ?」
「今日もって……やれやれ」
多分、何を言っても変える事は出来ないのだろうなと、
フィルは軽くため息を一つつく。
そんなフィルを楽しそうに眺めるフラウとリラ。
どうやらこの子達もサリアの影響が出ているのかもしれない。
「ふふふ……これからもよろしくおねがいしますね」
悪戯の成功に満足気に厨房へと向かうリラに続き、フィルとフラウも続く。
厨房では晩御飯の支度がすでに始まっており、
皆がそれぞれ料理を作りながら会話に花を咲かせていた。
既にトリスもサリアも鎧を脱いでおり、
フィル達が厨房に入るとお帰りなさいと声を掛けてくる。
(まぁ、寂しい食卓よりは全然幸せ、なのだろうな……)
「ただいま」
フィルも諦め半分、感謝半分な微妙な表情で挨拶を返すと
フラウを連れて厨房へと入っていった。
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