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邪神さんと冒険者さん 38

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リラ達冒険者パーティとオオカミとの戦闘、

必死に戦う冒険者達を間近で見た男達。

普段ならば勇者の勝利を喜び、喝采をあげる所だが

これから自分も同じことをやるとなれば話は別で

皆、呆然と声も無く勝利に喜ぶ少女達を眺めながら立ち尽くしていた。


盾役を買って出た青年、ダリウとラスティの二人も

他の男達と同様、呆然とその戦いを見ていた。

自分達も少しは戦えるだろうと思っていたが、

少女達の動きは予想以上で、

正直、今の自分たちがあそこまで戦えるかと言うと自信は無い。


「えーと、皆さんもあんな感じで戦ってもらいます。基本は盾の人が流れを止めて、周りの人で攻撃してもらいます」

フィルは訓練の進行役も兼ねて村人へと説明する。

その言葉に村人達が再びざわつきだす。

「……おい、あんなの相手、俺達に出来るのか?」

「盾役から漏れたら、俺達が正面から戦うんだよな……?」

素振りをして体もほぐれたとはいえ、いきなりの実戦に二の足を踏む男達。

フィルはそんな様子にはお構いなしに話しを進める。


「皆さんはまだ戦闘に慣れていないので、オオカミよりも小さい野犬を相手してもらいます。これで集団での戦闘に慣れてください」

野犬と言う言葉に、お互い顔を見合わせ安堵する男達。

オオカミはともかく犬相手なら何とかなると考えたのだろう。

とはいえ、本気で噛みついてくる犬に噛まれれば

普段着の者はもとよりレザーアーマーを着ている者だって、

怪我の一つは覚悟しなければならない。


「それじゃあ、五人パーティを二つ作ってもらえますか? それぞれ盾役が一人とレザーアーマーを持つ人が二人ずつになるよう分かれてください」

フィルの指示に男達はダリウとラスティをリーダーに、それぞれ五人のパーティを作る。

見れば、どうやらゴルムとフラウの父親はダリウのパーティに入ったようだった。

ゴルムがフラウの父親に何やら伝えているのが見える。


「前衛は盾役を中心に、レザーアーマーを着た人が左右をカバーするようにしてください。後衛の人は敵が自分に来ないよう注意しつつ、敵の後ろに回り込んで殴ってください」

「なぁ……この鎧と盾で大丈夫なのか?」

戦い方の指示を飛ばすフィルへと心配そうに尋ねるダリウ。

見ればラスティも不安そうにこちらを見ている。

たしかに鋲で補強されているとはいえ、

リラが装備している魔法のチェインメイルと比べると

革鎧では相手を受け止めるのは些か頼りないのだろう。


「ああ、それなら大丈夫だよ。確かに革鎧だけど魔法でチェインメイルと同じぐらいには強化されているからね。野犬ぐらいなら問題ないよ」

「そ、そうなのか……とはいえやっぱり不安になるな……」

「俺もあんな戦闘を見せられるとね……」

ため息交じりのダリウの言葉に、ラスティも同意する。

「まぁ、最初は誰でもそうだよ。でも君達は体格もいいし向いているかもしれないよ?」

「俺達が? そうだと良いんだがなぁ……」

フィルの言葉に悩まし気に唸ると、

ダリウは複雑な表情でリラ達のパーティの方を見た。

「俺もあいつらみたいに上手く戦えればいいんだが」

「リラはともかく、他の子達は今日が初めての戦闘で殆ど素人のようなものだよ。リラが頑張ってリードしてくれてるから危なげなく勝てているように見えるけどね」


そう、リラが中心に立って敵を引き付けているおかげで

トリスやサリアは囲まれる心配なく敵を無理なく攻撃でき、

アニタも援護に集中できている。

その意味では今のパーティはうまく機能していると言える。

だが、実戦では矢で後衛を狙う敵もいるし、

前衛を無力化してくる魔法使いもいるだろう。

ゴブリンと言えどもその可能性は無いわけではない。

そう考えると、まだまだ色々身に着けていかなければならないのだが、

その辺は付け焼刃の訓練故、足りないのは致し方の無い所だった。

とはいえ、せめて後で説明だけでもやっておいたほうが良いだろう。


「そ、そうなのか……? 俺には全員が戦闘に慣れているようにしか見えなかったが……」

「その辺は盾役のファイターが頑張っているからだろうね」

「なるほど、ファイターか……やっぱり凄いよな」

「君だって見た所、かなり鍛えられているように見えるけど。きちんと訓練して重装鎧とか着れば良いファイターになれるんじゃないか?」

「いや、これは畑仕事で鍛えただけだし、あまり戦うのは……」

フィルの評価に微妙な表情で言葉を濁すダリウ。

その様子を見ていたラスティが笑いながら言った。

「ダリウはこの見た目ですけどあまり戦うのは好きじゃないんですよ」

「いや、俺も狩りとかはするが……さすがに剣を持って殺し合いをするのは初めてだからな……」

ダリウは苦い顔でそう言うと、

ラスティにそう言うお前だってこんな武器使ったことないだろう? と言葉を返す。


ロングソードやバトルアックスといった戦闘に特化した武器は、軍用武器と呼ばれ

棍棒やダガー、スピアのように、単純武器と呼ばれる武器とは異なる技能が要求される。

生活にも利用する単純武器は村人にも広く利用されているが

衛兵でもない限りは、一般の村人で軍用武器を扱える者はごく僅かだった。

尤もこの村の場合はもっと別の理由で、

そんな事をすれば「歯向かおうとしている人間」として

オークの粛清の対象となってたのだろう。

村の殆どの者が戦闘に不慣れなのも仕方の無い事だった。


「なるほど……、まぁ戦士の皆が戦うのが好きって訳じゃないさ。冒険者にも無暗に殺す事を嫌う戦士は沢山いたしね」

「戦士と言うのはそれでも戦えるのか?」

「戦う事は問題無かったよ。冒険者の仕事なんて困っている人を助ける事が殆どで、大抵相手は悪党だからね。そう言った意味では傭兵とかよりも気が楽なものさ」


金で雇われ、同じような境遇の人間を相手に殺し合いをする傭兵と違い、

依頼次第ではあったが、フィル達が相手にしたのは大抵は救いようの無い悪党達だった。

稀に已むに已まれぬ事情を持つ者が居ない訳ではないが、そう言った者は極僅かだし、

それに何より、ダンジョンの奥や、山奥の廃屋に法の加護は届かない。

ここで殺せば足がつかないとばかりに襲ってくる者に対して

慈悲をかける必要は無いし、そもそもそんな余裕も無い。


「なるほど……それじゃあ、戦うのが怖い時はどうしたらいいんだ?」

「ふむ……」

「もし負ければ殺されるし、勝てても大怪我を負うかもって考えるとな……」

「うーん、そうだなあ……」

ダリウの素直な告白に、フィルはふむと考える。


「戦いが怖いというのは仕方がない事だと思う。でも心構えと慣れで、ある程度克服できるものだと僕は思っている」

「……」

「心構えは自分達がやらなかった時にどうなるかを想像すればいい。ゴブリンはすぐに数が増えるからね。もし、今被害が少ないからと放置すればすぐに数を増やして君達じゃ手に負えなくなる。そうなった時の事を考えるんだ」

フィルの言葉を神妙な顔で聞く二人。

ゴブリンが出没した村が、その後共存できたという話はほとんど聞かない。

何故なら、最初は辛うじて人間の方が優勢で保っている力関係も、

直ぐに膨れ上がるゴブリンの数に逆転し

食料や娯楽を求めるゴブリンに襲われるか、

逆に先手を打って冒険者が雇われて駆除が行われるかのどちらかだからだ。


「……確かに、このまま放っておけば、村に大きな被害が出るでしょうね」

ラスティの言葉にフィルは頷く。

「そう。ゴブリンやオークは言葉も通じるし交渉も可能だけど共存は出来ないと思った方がいい。彼らの社会は力が全てだ。弱い者はただの糧としか見られない。それこそドラゴンの時のように奴隷のように飼殺されるか、そのまま襲って略奪の対象になるかのどちらかだろうね」

嘗ての惨状を思い出したのか、二人は苦々しい顔になる。

ドラゴンとオークが村人達に何をしたのかは、

彼等の方が良く分かっているのだろう。

尤もこの場合はドラゴンがさらに上位に君臨していたおかげで

オーク達もおいそれと村に手を出せず、

単純な略奪の対象にはならずに済んだようだったが。


「ゴブリンと共存している村と言うのは無いのか?」

「少なくとも僕は聞いたことは無いな。近くに住み着いたゴブリンを放置していた村が、暫くして大量のゴブリンに襲われて滅んだという話なら何度か聞いた事があるけどね」

「……戦わずに済ませる方法は無いのか……?」

「僕の知っている限りでは無いかな。相手はこちらの事をカモだと思えば何度でもやってくるよ。まぁ、これも僕の経験則でしかないけどね」

フィルの言葉にダリウはため息とともに考え込む。

フィルの言葉は一般常識としてはどれも広く知られている事だ。

だが、実際にゴブリンに住み着かれると、人は時として安易な手段を取ってしまう。

誰だってこれまで文字通り血の滲む努力で貯めてきた私財を投げ捨てて冒険者を雇うのは嫌だろう。

だが、そこで目先の損をケチれば、新しい教訓話がまた一つ生まれる事になる。

それがどうしても支払えないからこそ、こうして自分達で対処しようとしているのだ。


「そうなのか……いや、確かにそうなんだろうな」

「慣れの方は……こればっかりは場数を踏まないとだけどね。まずはこの訓練で徐々に慣れていくのが良いよ。相手は犬だし君達なら大した相手ではないはずだしね」

フィルの言葉に苦そうな表情でたたずむ二人だったが、やがて意を決したようだった。

「……分かった。よろしく頼む」

フィルの言葉に頷き気合を入れるダリウ。

まずは試しにという事で、訓練を始める為

さっそくダリウのパーティから広場の中心へと進む。


広場の中央に立ち、それぞれの武器を構える男達。

「それじゃあ野犬を召喚しますから、実際に戦ってみてください」

「わかった、こっちは準備OKだ! 頼む!」

フィルの呼び声に、ダリウが応える。

一列には並ばずに前に三人、後ろに二人で陣形を組み待ち構える。

実戦訓練と言う意味では、隊列の動きを覚える為にも

リラ達の時のように一列に並んだ状態から始めようかとも考えたが

本職の冒険者では無い一般人の

さらに言えば初めての戦闘訓練なのだし今は良しとしておく。


先ほど同様にフィルが呪文を唱えると野犬が三匹召喚される。

オオカミと比べれば体格こそ貧相だが、

そのむき出しの敵意に男達はつばを飲み込む。

「それじゃ、始め!」

フィルの掛け声とともに犬達は男達へと向かって駆け出す。

真っすぐ中央のダリウへと突撃し、噛みつかんと飛び掛かった。

ダリウはすかさず盾をかざし犬達の突進を防ぐが、

連続での衝撃に体勢を崩され半歩ほど後ろに弾かれる。

「ぐっ!」

「革鎧の人は盾役のサポートを! 後衛の人は後ろから回り込んで攻撃してください! 引付役はとにかく攻撃を受けないよう注意を!」

フィルの言葉にゴルムとレザーアーマーを着たもう一人の村人が、

ダリウに群がる犬の内、左右の一匹ずつへと殴り掛かる。

そのどちらも致命傷を与えることが出来なかったが

野犬はそれぞれの殴り掛かってきた相手に標的を移す。


戦闘開始から暫くは両者ともに拮抗した戦闘となった。

ダリウは護りは固いものの、慣れない剣のせいか思うように命中できず、

その左右で戦うゴルムと、もう一人の村人もなかなか命中できず、

野犬とはお互いに致命傷を与えることが出来ずにいた。

だが後衛の村人がそれぞれ左右で行われている戦闘に加わり、

一対二での戦闘になると野犬の不利は明らかになり、

ダリウが中央の野犬を倒すのとほぼ同じ頃に左右の野犬も村人達に倒される。

結果、無事勝利したものの、レザーアーマーを着て前衛に出ていた村人とゴルムは

流石に無傷とは行かずに、軽い怪我を負ったようだった。


「ふむ……前衛も大した怪我では無さそうだし、後衛は怪我人無し、と……初戦としては十分かな……?」

正直な所、野犬でこの程度では、

さらに強いゴブリンやゴブリン・ドッグと戦えば、

被害を出さずに勝利するというのは難しいだろう。

だがこれまで殺し合いに関わった事の無い者が、

さらに言えばろくな装備も持たずに戦った結果としては十分と言える。


「とはいえ、前衛の人はもう少し防御力が欲しいですね……やはりレザーアーマーだけでは不安ですからライトシールドで良いので四つほど何とかなりませんかね?」

フィルはバッグから治療用具を取り出すと、

野犬に噛まれたゴルムともう一人の革鎧を着た村人を治療しながら尋ねた。


「ふむ……ライトシールドを四つか……板を張り合わせた簡単な物なら明日までに作れると思うが……」

傷の痛みか、それとも消毒液が染みるのか

痛みに顔をしかめつつ答えるゴルム。

「それではお願いできますか? とりあえず今日の訓練は僕の持っている盾を使ってください」

そう言うと、治療を終えたフィルは

バッグの中からリラ達が使う盾よりも二回りほど小振りの盾を二枚取り出しゴルムへと手渡す。

「僕もライトシールドはあまり持っていないので、貸し出せるのはその二つぐらいですが……とりあえずこれで練習してください」

「ああ……助かる。……だが……こっちの盾は大丈夫なのか?」

そう言ってゴルムは盾のうち一枚をしげしげと眺めた。


貸し出した盾は二枚、

一枚は木で作られた至って普通のライトシールドだったのに対し

ゴルムが手に持つもう一枚は、青々とした葦を幾重にも重ねて編まれた小盾だった。

触ってみると、魔法で強化されているらしく固い感触が返ってくるが

見た目、葉で出来た盾と言うのはどうにも頼りない。


「確かに随分と固いようだが……だいじょうぶなのか?」

「ま、まぁ確かに見た目はこんなですが、防御力はもう一枚の盾よりも強力ですよ」

盾を眺めて心配そうに尋ねるゴルムにフィルは笑って答える。

ダリウ達の革鎧もそうだが、魔法の防具と言うのは見かけ以上の固さを持つ物も多い。

この盾も並のライトシールドと比べてかなり高い防御力を誇る。

とは言えこのような見た目では、実戦で使わない限り納得するのは確かに難しいだろう。


「ふ~む強力なマジックアイテムと言うのは分かるが……」

「貸し出せそうな盾がそれぐらいしかないんですよ。性能は保証しますから」

なおも胡散臭げに葦の小盾を眺めていたゴルムだったが

贅沢できる状況ではない事は承知しており

フィルの説得に、無いよりはましと盾の使用を決断する。

「……分かった。それではありがたく使わせてもらおう」

次の訓練の組の村人を呼び、ライトシールドを手渡すゴルム。

そのやり取りを見届けたフィルは

男達から少し離れた木陰で休んでいるリラ達の方を振り返った。


フラウは既にリラ達の所に戻っており、

少女の配る柑橘を絞った水の入ったコップを手に

のんびりと木陰に腰を下ろして談笑をしているようだった。

いつものような元気な笑顔のフラウにほっと安心するフィル。

リラ達の方も既に何度か戦闘を繰り返し慣れてきたのか

消耗は初戦と比べて大分少ないように見える。

もう一つの村人のパーティの戦闘が終わる頃には、

体力も十分回復している事だろう。

この分なら、あと数回も戦闘すれば

慣れるという目的は十分達成できそうだった。



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