邪神さんと冒険者さん 37
---------
村人達への指示も一段落したフィルは、
傍にいるフラウの方へと向いた。
生贄の件に関わった村人は来ていないとはいえ、やはり大人の事が怖いのか
フィルがゴルム達と話をしている間中も傍から離れようとはせず
時折フィルの服の裾を掴んではしばらくすると放し、
またしばらくすると服を掴む……そんなことを繰り返していた。
フィルもその事に気付いていたが
せっかく来てくれた村人達の時間を無駄にしないためにも
フラウが我慢してくれているのに甘えて、ゴルム達との打ち合わせを優先させてもらっていた。
それも一段落して、ようやくフラウの事に時間が使えるようになると、
フィルはフラウへと話しかけた。
「ふむ、まずはこんな所かな……。ごめんね一人にさせちゃって、準備も出来たようだし、これでひとまずは大丈夫だと思うから」
「あ、ええと……、大丈夫です」
えへへ、と笑顔を返すフラウだが、その笑顔は少し疲れているようで、
普段と比べ無理をしているようにも見える。
(やはりここにいるのはフラウには辛いのだろうな……)
普段なら、そんな様子なら少し休憩をと言う所なのだが
する事も無く家で一人待たせるのは、それはそれで辛いのだろう。
(とはいえ、フラウはちょっと休んだ方がいいよなぁ……)
「そうだ、ちょっといいかな?」
「はいです?」
フィルはダリウとラスティに暫らく剣の素振りをして体を慣らしておくよう伝えると
フラウと共に皆から離れ、屋敷の玄関の方へと移動した。
「フィルさん、どうしたんです?」
わざわざ皆から離れてまでするのだから、他の人に聞かれたくない事なのだろうか?
小首をかしげながらフィルを見上げて尋ねるフラウ。
「ああ、フラウに少しお願いがあるんだけど、柑橘を絞った水とコップを持ってきて貰えるかな? 訓練を始めてから結構経ったし、もう一戦訓練をした後ぐらいだったら、リラ達も喉が渇いているだろうからね」
「ふふふ、はいです!」
なるほどと笑顔で承諾するフラウにフィルも笑顔で返す。
「うん、よろしくね。あ、あともう一ついいかな?」
「はいです?」
今度は何だろうと首をかしげるフラウ。
そんな少女を困らせる質問をこれからするのかと思うと気が重くなる。だが……
「いや、さっきあの人達を見た時にフラウが緊張していたなって思ってね。あの中にフラウの親御さんが居るのかな?」
「え……?」
「もうしそうなら、僕も何か力になれないかな?」
フラウはどう答えようか少し悩んだ様子だったが
それでも少しの間をおいてフィルへと父親の事を教えてくれた。
「ええと、はいです……奥で素振りをしている。あの右から二番目の人がおとう……さんです」
向こうの父親に悟られないようにか、あまり村人達を見ないで父親の位置を伝える。
教えてもらった場所を見ると、たしか中年の男が棍棒を振っているのが見える。
それは先ほど、初めて見た時に顔色を変えた男性だった。
心なしか覇気を感じられず、先ほどレザーアーマーを持っていた中年と違い、
何の鎧もなく普段着で来ている所を見ると、
やはり余裕のある生活ではないのだろう。
娘の事が気になるのか、こちらを気にしている様子がここからでも見て取れる。
「なるほど……あの人がそうなんだね。ありがとう。教えてくれて」
「あの……フィルさん」
「うん? どうしたんだい?」
「おとうさんが何か言ってきたら、私どうしたらいいです?」
そう言って不安そうにフィルを見るフラウ。
フィルにはどうするのが最良なのかは自信は無いが
それでも、この少女が悲しむ事にはなって欲しくなかった。
フィルはしゃがんでフラウを見つめた。
しゃがむと少しだけフラウの方が高くなり、少しだけ見上げる形になる。
「僕も一番良い方法と言うのは分からないんだけど、一つあるとすれば」
「はいです」
「もし、フラウのお父さんが謝ってきたら許してあげて欲しいんだ。やっぱり親子なんだから憎しみ合うのは色々辛いと思うんだ」
フィルの言葉を聞いたフラウは、少し苦しげだったが
それでも、暫らく思案した後、フィルへと微笑みかける。
「……はいです。でも、フィルさんはそれでも良いのです? フィルさんも大変だったはずですよ?」
「僕は大丈夫だよ。フラウがすごく優しくていい子だったからね。だから僕の事は安心していいよ」
「フィルさん……。それじゃあ私もきっと大丈夫です。えへへ」
そう言って微笑む少女の頭をフィルは優しくなでる。
フラウもまた、胸のつかえが取れたのか、ほっと息を吐くと
いつもの明るい笑顔に戻ったようだった。
「うん。それなら安心だね。あ……あともう一つ、これはフラウが良ければだけど……」
「はいです?」
どうしたんです? と小首をかしげるフラウ。
フィルはどう言っていいものかと少し迷ったが、少し照れくさそうに伝える。
「いや、その……もしすべて丸く収まっとして、それでも、出来たらフラウにはこの家で僕と一緒に居て欲しいな……ってフラウ?」
見ればフラウは固まっていた。
少し驚いたような表情はこころなしか顔が赤い。
ええっと……、と言った感じでどう言おうか迷いながら言葉を選ぶように言う。
「私ってフィルさんと一緒に居てもいいです?」
「ああ……うん、この家に一人は寂しいからね」
この地に住み始めた時は、これからはずっと一人なのだろうと思っていた。
破壊衝動に何時負けるか分からない自分が周りに被害を出さないためには
こうして人に会わず静かにしているのが一番だと。
だが、フラウに会って少女の笑顔を見ていると、
人でなくなってしまっても人と一緒に生きていたい。
慣れてきたとはいえ、破壊を望む心の声は今も変わらずあるし、
無謀な望みなのかもしれないが今ではそう思う。
「えへへ、はいですっ」
フラウはフィルの言葉に嬉しそうにそう言うと、
フィルの頬へと顔を寄せ、そのまま耳元でそっと囁いた。
「おとうさんと仲直りした後も、フィルさんと一緒にいますね。約束しちゃいます」
そう言ったかと思うや、頬にチョンと口づけをする。
ほんの一瞬、戯言のような軽いキスだったが、
フィルには一瞬何をされたのか分からず固まってしまう。
「へ?」
「えへへ、約束しちゃいました!」
フィルが我に返った時にはもうフラウは先ほどの位置に戻っていた。
悪戯が成功した後の楽しそうな満面の笑顔で言う少女。
「あ、ああ……出来ればでいいんだよ? なんかほら、どうしても戻りたくなったら戻ってもいいからね?」
「ふふふ。約束しちゃったのです」
我ながら恥ずかしい事を言ったと、改めて思い知り
慌てて言い繕うフィルへと、嬉しそうに言うフラウ。
照れ臭さに目をそらし庭の方を見れば、
何事かと村人やリラ達がこちらを興味深そうに見ていた。
とくにフラウの父親はプルプルと震えているし、
サリアやリラ達に至っては、おお~と言わんばかりに
興味津々と言った感じでこちら見ているのが、
ここからでもよく分かるのが、よく分かるだけに余計に恥ずかしい。
「さ、さぁ、飲み物持ってきてもらっても良いかな? その間にリラ達にはもう一戦戦闘をしてもらっておくよ」
「ふふふ。はいですっ!」
ぱたぱたと嬉しそうに玄関を開けて家に入っていくフラウを見送り、
振り返えれば、こちらを見ていた村人達が
見てませんでしたよ、とばかりにもそそくさと素振りに戻っていく。
そんな皆の様子を気恥ずかしくさらに見送った後、フィルはリラ達の所へと向かった。
リラ達の所へと行くと、先ほどの様子はばっちり見られていたようで、
皆がそれぞれ、何か楽しそうなおもちゃを手に入れたような顔でフィルを迎え入れた。
(むぅ……やっぱり女の子は、こういう色恋話が好きなのかな……)
「むふふふ、お帰りなさい。フラウちゃんとはどうしたんです?」
「うん? ああ、まぁ飲み物を持ってきてもらうようお願いしたんだ」
「ほほーう」
そう言葉を濁すフィルに、サリアは含んだ笑みを隠す素振りも見せずに
近所のおばさんが耳打ちするかのように顔を近づける。
とは言え実際に耳打ちするのではなく耳の傍で普通に喋っているだけなので
周りにいるリラ達三人からは筒抜けであるのだが……
「それだけで、女の子にチュっとされちゃったんですかぁ~?」
「むぅ、……そっちについては、フラウの父親について少し話したんだよ」
おや? と言う顔でフィルへの追撃を止めるサリア。
既に一緒に行動して随分と経つし、
フラウから生贄になった事を聞いているのかもしれない。
「あの……フィルさんは、あちらの人達の中にフラウちゃんのお父様がいる事を?」
遠慮がちに尋ねるトリス。
生贄について口にはしないが村人達は全員、
少女が生贄としてフィルの所に差し出されたという事を知っているのだろう。
「ああ、初めて見た時に一人様子がおかしい人が居たから、もしかしてと思ったんだ。さっきフラウに確認したらやっぱりそうだったよ」
「そうでしたか……それでフラウちゃんは?」
トリスは一度は殺されかけたという事が、
少女の心に負担を掛けてはないかと気にかけている様子だった。
「うん、あの子自身も悩んでいるみたいだった。ただ、できれば向こうが謝ってきたら許してあげて欲しいとだけは伝えておいた」
「そうですか……確かに拒絶したままではお互い苦しいだけでしょうしね」
「そうだね。僕としてはフラウが悲しんだり後悔したりしないようなって欲しいと思う」
「ふふふ、それであんな風に嬉しそうにキスされちゃったんですか? まだ何か隠していたりしません?」
うふふふと、再びフィルの前にひょっこりと顔を出してくるサリア。
相変わらず、抜け目がないなと思いつつ、視線を逸らして話題を変えることにする。
「えーっと、それじゃあ訓練を再開しようか。もう一度オオカミでやってみよう」
「え~?」
尚も食い下がるサリアの頭にポンと手を乗せる。
「ほらほら、僕の事は良いから、訓練は今日中に終わらせたいし、あちらの訓練もしなきゃだし、手早く済ませないとね」
サリアも含めて一斉にはーい、という元気な返事が返り、
娘たちは広場の真ん中へと移動する。
広場の真ん中に立ち、再び隊列組む娘達。
先ほどまでののんびりとした雰囲気から一変し、緊張漂う様子に変わった事に、
なんだなんだと訓練していた村人達の視線が自然とリラ達へ集まる。
「なんだ? 何か始まるのか?」
「そうみたいだが、隊列の練習か何かかね?」
「な、なんかちょっとやりずらいね……」
「うう……見られていると思うと失敗しそう……」
男達の好奇の視線に晒され、
リラが少し気恥ずかしそうにつぶやきアニタが同意する。
人前で説法することもあるだろうトリスですらも
この視線には居心地が悪そうにしている。
フィルもどうしたものかとは思ったのだが、
むしろ村人達に次の訓練を知ってもらういい機会なので
彼等にはこの場に居て欲しい所ではあった。
「あはは、ギャラリーはカボチャだと思うと気が楽になりますよ?」
サリアだけは流石は人前で歌うのが本職のバードと言うか
観客を前にしても動じていない。
「サリアって歌を歌う時、そんなこと考えてたの?」
「時と場合によります。大好きな人ならそれこそ一生懸命心を込めますし、嫌いな人ならそれこそカボチャです」
頼もしい半分、呆れ半分のリラの問いに自信満々に答えるサリア。
随分と乱暴な方法だが、その答えにそれはもっともねと頷いたリラは
トリスとアニタへも元気づけようと声をかける。
「なるほど。それじゃカボチャと思って無視しましょう」
「ふふふ。そうね、そうしましょうか」
「そうだね、頑張ろう」
「みんな、準備は出来たようだね。それじゃあ行くよ」
皆の気持ちの準備も整った事を確認し、
フィルが呪文を唱えオオカミが四匹召喚される。
少女達の前に現れた、犬よりも一回り大きな体躯、
村の周辺ではめったに見ない野生の脅威に村人たちがざわついた。
「はじめ!」
フィルの声と同時にオオカミが一斉に襲い掛かる。
先ほど同様リラは盾を構えて一歩前に出る。
右の一匹が抜けたが、左の一匹が抜けようとした際に盾を当て行く手を阻む。
中央からは二匹が噛みついてくるが、
オオカミの攻撃ならば鎧で防げるのは先の戦闘で分かっていた。
今回はそちらに任せる算段なのだろう。
リラの思惑通り噛みついた中央二匹のオオカミだが
思うように傷を負わせる事が出来ず、戸惑った様にいったん離れる。
抜けた一匹には今度はトリスが盾で押し留め、
そこにサリアが後ろに回り込み攻撃を加える。
アニタはリラに集まった三匹が効果範囲に入るように呪文を唱える。
スリープが発動し二匹が寝たが、一匹は運良く耐えきったようでさらにリラに攻撃を加える。
リラの方もロングソードを巧みに使いオオカミへと着実にダメージを与える。
リラの攻撃とアニタのクロスボウがさらに一回ずつ命中したところオオカミは崩れ落ち、
同じ頃、トリス、サリアと戦っていたオオカミも倒れ伏す。
最後に眠ったままのオオカミにとどめを刺したところで戦闘が終了となった。
「お疲れさまー!」
「アニタ、ナイスでした!」
「すごかったですよアニタ」
「え、あ、ありがとう」
殺気籠った激しい戦闘から一転、
キャッキャと言い合っている娘たちに、
後ろから見ていた男達からどよめきが漏れる。
---------