邪神さんと冒険者さん 36
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ゴルムの説得も無事に済み、
無事に一山超えることが出来たフィルは改めて広場を見回した。
(それにしても随分と人が増えたな……)
ここに集まった男達は丁度十人。
さきほどまでのピリピリした雰囲気はゴルムが折れたことで
諦め半分、肩の荷が下りた半分のほっとした空気へと変わっていた。
全員がこの村の男達らしく、
言うなればここにいる全員はリラ達三人とは顔見知りと言う訳で、
彼等も冒険者の技能を持つ彼女達が
戦力として無視できない事を良く分かっているのだろう。
三人を村へ連れ戻さないと決まった事にどこかほっとしているように見えるのも、
それならば何となく分かる気がした。
既にリラ達の所には青年が二人、
楽しげに雑談をしているのが見える。
(あれは……たしか昨日、食堂の前にリラと一緒にいた……)
二人の青年は昨日の夜、フィル達が食堂を出る時に見かけた若者だった。
幼馴染なのだろう、五人は良く知った仲のようで
今も二人のうち大柄な方の青年が
訓練の様子を聞いて心配そうに尋ねて
笑顔のリラから心配しないように宥められていた。
(ふむ、何というか……青春って感じ……なのだろうな)
少し離れた場所で行われる若者たちの日常の光景を
フィルは少し眩しく感じて目を細める。
やっている事と言えば何という事の無いただの雑談だし
彼女達の事だから、自分もあそこに行けば加えてもらえると分かってはいるのだが、
それでも目の前の風景は、自分とはひどく縁の遠い事のような気がして、
どうしてか行くことが躊躇われてしまう。
自分にもあんな頃はたしかにあったはずだが、
それ以上に長い冒険の日々のせいか
あの頃に親しかった友の顔も声も、記憶は随分と曖昧になっており
それが自分が既に青春の終えた中年であることを否応にも実感させた。
青春の眩しさに耐えかねたフィルは、
同世代のゴラムと、今後についての相談へと話を戻すことにした。
こちらもフィルが若返ってしまったせいで
これまで通りの対応でとは行かなくなってしまっているが
それでも元の年齢が近い分、どう対応したら良いかは分やりやすい。
「ところで……ここにいる人で剣を使える方はいますか? もしくは戦士や衛兵の経験者とか」
若者たちから集まった村人達へと視線を移して、ゴルムに尋ねるフィル。
集まった村人達は皆、体格も健康も問題無さそうだし
人数的にも十分な数が揃っている。
村人の中に誰か戦士系のクラス経験者がいれば、
その者をリーダーにして、そこからパーティを二つ作るのが一番だが
経験者が居なかったとしても若者もいるし、
戦士スキルを覚えてもらえば問題ないだろう。
「いや……戦士や衛兵をやっていた者はいないな。棍棒や槍ぐらいなら使えるが、皆、剣で戦ったことは無いはずだ」
「なるほど……まぁ経験者がいれば僕の所まで来たりしないか」
そんなことを考えていたフィルだが、返ってきたゴルムの返答に頷く。
少し残念ではあるが、経験者が居ないのは元より想定していた事であり
付け焼刃といえども、少しの訓練でもゴブリン程度なら十分通用するだろう。
それに何より、ここで訓練して武器の使い方を身につければ、
この村の治安もさらに良くすることが出来る。
そう思えば、それほどがっかりする事も無いだろうと
フィルは次の質問をすることにした。
「ふむ……それじゃ弓を使える人は?」
「ここにいる中では俺と、あそこの二人がショートボウを使える。あとは村に猟師が二人いるが、ここにはいない。一応、スリングなら普段から害獣除けに使っているから皆使えるが……」
「ほう、野外を探索する時にショートボウとスリングをお願いするかもしれません。その時はお願いできますか?」
「わかった。他にはあるか?」
「そうですね。あとは鎧か……あそこで着ている人以外、他に鎧を持っている人とか自警団の備品とかはありますか?」
「自警団ではそう言った共有の鎧は用意してないな。俺も正確なところは分からないが、老人が抱え込んでいたりしてなければ、村にある鎧で使えそうなのは今あいつらが着ているのと、後はさっき話した猟師二人が持っているのでほぼ全てだと思う。金属鎧を持っている者もいないはずだ」
ゴルムの報告を聞き、フィルは少し思案する。
元より一般人である彼等が鎧を持っていないのは仕方ないとして
自警団などは見回りや警備で万が一戦闘になった場合
最低限の鎧が無ければ、かえって団員の被害が増えてしまう。
普通の街の衛兵なら個人の鎧を支給されるだろうし
小さな自警団でも共有資産で鎧を持っていたりするものだが
これまで特に問題と考えられられなかったか、
それとも、考えてはいても出来ない理由があったか、
おそらくは後者なのだろうが
今後この村が自立するためにも
装備を揃えていく必要があるだろう。
「うーん、武器は棍棒でも十分だろうけど……やはり荒事になるなら鎧が欲しいな……」
戦闘時に限らず、敵の罠や危険な地形など
最低限でも防具が有るのと無いのとでは怪我人の発生数が大分違ってくる。
鎧は前衛に立つ者は勿論、できれば全員に揃えたいところだった。
「戦える人数分の鎧を揃えることはできますか?」
「いや……さすがに今すぐには無理だろう。村に金が無いというのもあるが、これから鎧を作るにしても、作るのには時間が掛かる。一応、老人達に聞いて回ろうとは思うが……あまり当てには出来無いと思ってくれ」
「まぁ、確かに……」
無い袖は振れぬよと言いつつ、自身も残念そうに答えるゴルムにフィルも頷く。
一応、元冒険者であるフィルの資金力で
街へ行って鎧を買ってくるという案もありはするが
ゴルムからすると訓練はともかくそこまで頼るのは抵抗があるのだろう。
質問にも真摯に答えてくれるし、
可能な限りの対策を考えてくれる辺り、
リーダーを任されるだけあって実直な人柄で信頼できる人物のようだ。
そんなことを考えながら、さてどうしたものかと改めて男達を見回してみる。
レザーアーマーを持つ村人はゴルムを含めて四人、
そのどれもが中年から年配者であり、
若者たちは一様に粗末な棍棒と普段着という装備だった。
ドラゴンに支配される前はそれなりに村も豊かだったのだろう
年配者たちは鎧だけでなく武器もダガーやヘヴィ・メイスを持っていたりと
若者達と比べて明らかに良い装備だった。
とはいえ、実戦経験が無く、体力的にも衰え始めている彼らが
前衛での激しい戦闘に耐えられるとは思えない。
できれば、体力的に有利な若者たちに装備与えたいところだった。
(またサリアに文句を言われるかな……まぁ、仕方ないか)
この先の事を少し想像して、一つため息をつくと、フィルは男達の前に出た。
「えーと、皆さん中から二人ほど盾役を務めてもらいます。盾役は鎧を着ている人にお願いしようと思いますが、持って無い人でも引き受けてくれる人が居るなら、盾と鎧はこちらで貸し出します。誰か志願してくれる人はいますか?」
フィルの言葉に村人達がざわめく。
「鎧があるっていっても革鎧だしなぁ……」
「お、俺は武器だってろくに使えないんだぞ……」
案の定、鎧を持った村人は皆、躊躇しているようだった。
ちらりと横を見るとゴルムも他の村人達と同様、どうしたものかと悩んでいる。
体格が良く、リーダー格とはいえ、ゴルム自身は戦士ではなくあくまで一般人だった。
そんなのが戦闘で一番前に出ればどうなるかは想像に難くない。
「……それじゃ一人は俺が……」
「俺達がやります!」
だが、危険な役目であり、押し付ける訳にもいかないと
ゴルムがリーダーとして盾役を引き受けようと名乗り出た時
若者の中から声が上がり二人の若者が前に歩み出た。
見れば先ほどリラ達と談笑していた二人の青年だった。
一人は体格がよく、かつてはガキ大将だったのであろう厳つい若者と、
もう一人は中肉中背で優しげな雰囲気のする若者、
こうして改めて見てみると、随分と対照的な印象の二人だった。
やはりと言うか、この二人も他の若者同様に装備は普段着と棍棒であり、
戦闘に赴く格好としては心許ないものだが
リラ達と話して何か感じたのか、
やる気と言うか、決意と言うか、その真剣な表情は、
鎧を着て躊躇している年配者たちと比べて対照的だった。
「盾役には敵の攻撃を集中する。危険な役目になるけど覚悟はあるかな?」
「……ああ、大丈夫だ」
脅しにも聞こえるフィルの言葉に体格の良い若者が答え、
優し気な若者も頷く。
(ふむ、この二人になら任せても良さそうだな)
フィルとしてもやる気のある者が出て来てくれるのは喜ばしかった。
こと戦闘においては、士気は大きな影響を与える。
これが高いだけで戦闘が有利に進み勝利に繋がることも珍しくはない。
「わかった。それじゃあ君達お願いしよう。武器や防具はこちらで用意するよ。ああ、あと、君たちは剣は使えるかな?」
「いや……俺達は使ったことないです」
今度は優し気な若者が答え、大柄な若者が頷く。
「どうしても必要という訳じゃないかもしれないけどロングソードの使い方を学ぶ気はないかな? 付け焼刃になってしまうけど今回だけじゃなくて今後も役に立つと思うけど」
そう言うフィルの提案に二人は顔を見合わせる。
「俺は……習おうと思うが」
「そうだね、この機に俺も習っておきたいかな」
二人は相談の後、フィルへと向き直る。
「ああ、付け焼刃で構わないから教えて欲しい」
「俺も、教えてください」
大柄な青年に続き、優し気な方も剣の訓練を承諾する。
そんな二人の前向きな様子にフィルも満足気に頷く。
「こちらこそよろしく頼むよ。それじゃあ先に装備を渡しておこうか。あ、それと、他の人は暫くは棍棒で素振りをして武器に慣れておいてもらえますか?」
フィルは青年達と、後半はゴルムにそう伝えると、
バッグから、鋲を打ち込み補強した革鎧を二つと
自分が使っている物と同じ型のロングソードを二振りを取り出し二人に渡した。
「まずはこの鎧は着てもらっても良いかな。スタデッドレザーアーマーだからレザーアーマーと同じように扱えるはずだよ。サイズも成人男性を想定して調整してあるから、後は腰の調整位で済むはずだ」
「分かった」
「ありがとうございます」
フィルの説明に青年達は返事しさっそく鎧に手をかけ身に着ける。
フィルの言った様に、殆ど調整の必要無く装着し終えると
体をひねったり、腕を回したりして具合を確かめる。
さらにカイトシールドを取り出そうとしたところでフィルは手を止めた。
リラやトリスに渡したのと同じ型のカイトシールドは残りは一枚だった。
他のカイトシールドも有るには有るのだが、より強力な物ばかりで
駆け出しにもなっていない者に持たせるのは優遇しすぎな気もする。
(リラならばもう少し強力な盾を持たせても良いか……)
ふむと、少しだけ思案の後、フィルはリラ達の方へと向かう。
「リラ、すまないけど君の盾を彼らに渡して、代わりにこちらを使ってもらえるかな」
そう言ってバッグから銀色に鈍く光る盾を取り出しリラへと差し出した。
「あ、はい、いいですよ……って、なんか随分豪華な感じですね?」
これまで貸していたカイトシールドは
魔法が掛かっているとはいえ、上張りには特に何も描かれておらず、
素材の木がそのままのシンプルな盾だったのと比べ、
フィルが差し出した盾は、表面を輝き方の異なる二種類の銀色の金属で覆い、
板を止めるリベット部分もただ打ち止めるだけでなく、
さらにスパイクを取り付け威圧感を増すなど、
かなり手の込んだ造りの盾だった。
「ああ……見たまんま、シルバーシールドという名前の盾で、前に使っていた盾よりも強い防護の魔法が込められている。後は恐怖に対する耐性が増すという盾だよ」
「へぇ~! なんか凄い盾みたいですけど、いいんですか? これ?」
そう言いながらも嬉しそうに受け取り、手の甲で軽く叩いてみたり、
色々と弄りながら尋ねるリラにフィルも笑って答える。
「今貸している盾は三枚しか無くてね、どうせ一枚はこの盾を使ってもらう事になる訳だけど、それなら一番必要になるだろうリラに使ってもらうのが良いだろうからね」
「あ、あははは……なるほど、私が一番前ですもんね……はい、それじゃあこっちの盾をどうぞ」
なるほどと、少し苦笑いのリラから以前使っていた盾を受け取り、
再び青年二人の所に戻るフィル。
「盾はこれを使ってもらえるかな。ああそうだった、今更で申し訳ないけど名前を教えてもらえるかな?」
「ダリウだ」
「ラスティといいます」
「ふむ、じゃあ、ダリウにラスティ、先に基礎的な剣と盾の使い方を教えるから、その後で少しの間素振りして体に慣らしてもらっても良いかな」
「わかった。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
二人の返事に頷くとフィルは剣の握り方に上からの振りと突きを教え、
盾を持った状態での素振りを指示する。
初めて持つ武器とはいえ、普段から農具や棍棒などを扱っているのであろう。
二人はすんなりと動作を覚え、多少ぎこちないながらも盾を持ち剣を繰り出す。
取り敢えず前衛の目途が立ったことにホッとしたフィルは
先ほどからフィルと一緒について回っているフラウに目をやった。
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