邪神さんと冒険者さん 31
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「それじゃあリラ、次からは二体ずつ同時に戦ってもらうよ」
「はい! こっちの準備はおっけいです!」
気合十分で返事をするリラに頷くと、
フィルは再び召喚の呪文を唱えようとして、手を止める。
「そうそう、それと、今度からは相手も攻撃をしてくるから、十分注意するようにね」
「え…ええ!? ちょっとまって! まってください!」
お互いを攻撃するのは訓練では普通だと思うのだが
フィルはリラの反応におや?と首をかしげる。
「そんな焦らなくても大丈夫だよ。その鎧ならそうそうは相手の攻撃は通らないはずだから」
「そ、そうなんですか? でもちょっと心の準備が、ちょっと待ってくださいね!」
そう言うと胸に手を当て深呼吸を始めるリラ。
「もしかして実戦、というか攻撃してくる相手は初めて?」
「う……はい……素振りや打ち込みは沢山したんですけど」
「なるほど……相手の攻撃を捌く訓練でもあるから、相手の動きによく注意するんだよ」
「は、はいっ!」
ドラゴンやオークの不興を買わないよう
戦士や自警団などが存在できなかったこの村では
訓練相手に務めてくれる者はいなかったのだろう。
そう考えると、リラが戦士として未完成なのも納得が出来る。
深呼吸を三度ほど繰り返し、真剣な顔で剣を構えるリラ。
準備が整ったのを確認して、
フィルは先ほどと同様に召喚の呪文の詠唱を始める。
呪文に応じて光が集まると、そこには三匹の野犬の姿があった。
先ほどのオオカミと比べれば体格も小さく、
毛は不揃いで伸び放題と、かなり貧相ではあるが
それでも遠巻きに唸りをあげながら此方を睨みつけてくる様は
家で飼われているのには無い、野生の狡猾さと狂暴さが垣間見える。
「それじゃあ、二匹に攻撃させるから、一匹目に当てたらすぐにもう一匹を切るんだよ」
「はっ、はい!」
掛け声と共に、リラは両手でロングソードを握りしめ、
真っすぐと野犬を見据える。
「それじゃ、始め!」
フィルの合図とともに三匹の内、二匹の野犬がリラへと向かって駆け出した。
ゴブリンやウルフほどではないにしろ、
野犬は素早い動きで、瞬く間にリラとの距離を詰める。
そして手前まで詰め寄ったところでジャンプし
リラの喉元を目掛け、喰らいつこうと飛び掛かる。
「ええい!」
だが、リラとて相応の訓練は積んだ身。
野犬が剣の間合いに入る瞬間にタイミングを合わせて、
左の野犬めがけ撃ち落とさんとばかりに気合の掛け声と共に剣を振り払う。
野犬も身をひねってリラの剣を避けようとするが、
既に飛び掛かっていては方向を変えることも叶わず、
たまらず肩から剣を受け、そのまま吹き飛ばされる。
リラはさらにそこからもう一匹を攻撃しようとするのだが、
こちらは間に合わずに二匹目の野犬に腕を噛みつかれてしまった。
野犬の牙は鎧を通すことはできなかったが、
それでも衝突の勢いでリラは体勢を崩し尻もちをついてしまう。
「いっつぅぅ、早く離さないと! ……ってあれ?」
尻もちはともかく噛まれている腕を引き剥がさないと!
獣の匂いを漂わせ、全力で噛みつき唸りながら首を振る野犬、
そんな相手の迫力に押され焦るリラだったが、
ふっと腕にかかっていた圧力が軽くなる。
見れば、野犬は噛んでいた腕を放すと、
態勢を崩したリラをそれ以上追撃することはせずに、
そのまま少し離れた位置へと戻っていく。
「あ、訓練……なんでしたね……ふぅ……」
戦闘が本当の殺し合いではないことを思い出し安堵の息をつくリラ。
腕や脚を動かしてみて、何処も痛めてないことを確認してもう一度ほっと息をつくと、
立ち上がって付いた土を払う。
「残念、でも一匹目をきちんと当ててきたのは流石だね」
初めてでも体がちゃんと動けている辺り、
剣技が体に身に着いている証なのだろう。
「さすがに二匹同時に来ると厳しいですね……」
「確かにそうだね。一匹目を切ったときに次を確認してたみたいだからね。同時に切るつもりぐらいじゃないと間に合わないかもね」
「あははは……つい」
「でも、初めてでこれだけ動けるなんて筋は良いと思うよ。この分なら早くものにできるかもね」
「えー、ほんとですか~?」
褒められてまんざらでもなさそうなリラにフィルは頷く。
実際、初めての戦闘でここまで動けるのであれば
ゴブリン相手なら十分に一戦力としてカウントできるだろう。
とは言え、今回は一戦力ではなくパーティの主戦力を担ってもらう訳で
リラにはもう少しだけ、頑張ってもらわなければならない。
「薙ぎ払いの時は相手を攻撃した瞬間にすぐ次に移るぐらいが良いよ。間を置くと相手もこちらの攻撃に対して備えが出来てしまうからね。その為に二匹目の位置に注意して予測して動くんだ」
「ふむふむ」
「あと、薙ぎ払いは大振りなる分、振った後に隙が出来やすくなる。さっき野犬に噛まれたように、相手の攻撃を受けやすくなるから、そこも注意したほうが良いよ」
「なるほど、さらに沢山の敵に囲まれている時に不用意に使うと危険なんですね。……やっぱ難しいなぁ……」
「あはは、これは慣れというか、気合と根性というか、体で覚えるしかないからね。僕もなかなか覚えるのに苦労したよ」
「えー、そうなんですか?」
フィルの言葉に意外そうな顔のリラ。
先ほどのフィルの動きからは、
こんな初歩な技の習得に苦労した姿が想像つかないのだろう。
「僕の場合は最初に習得したクラスがウィザードで、そのあとエルドリッチナイトとしての訓練を始めたからね。初めの頃は体がついて行けなくて大変だったよ」
当時を思い出して懐かしそうにフィル。
ウィザードは魔法という強大な力を操ることが出来るが、
精神修行と研究を主とする完全なインドア派であり
体力や戦闘技術という点では人並がいいところで
戦士系クラスどころか、クレリックやドルイド、ローグと比べても
武器を使っての戦闘には向かないクラスであった。
別途、戦士としての訓練を積めば良いという考えもあるのだが
ウィザードの技は戦士のそれとはあまりに求められる資質や技術が違いすぎるため、
ウィザードが戦士並みに戦えるようになる為には
普段のだらけた生活習慣に真っ向から立ち向かい、
訓練で体を動かし疲労した後にさらに頭を使うという、
多大な労力をかけて鍛錬する必要があり、
さらには、たとえ鍛錬を積んで熟練者となったとしても
実際の戦闘となると、
重装鎧を装備すると魔法が唱えにくくなったり、
かといってローブや軽鎧では前線に敵と向かい合うには心もとなく
他の戦士のサポートに回ることの方が多くならざるを得なくなるなど
苦労の割に今一つ中歩半端な活躍しかできない事が多い。
これだけの苦労をしても結果が得られないというのは、ある意味とても無駄な行為であり、
大抵のウィザードはそのような無駄を嫌い、
素直に魔法を極めることを目指す者が大多数だった。
それで言うと、武器と魔法を同時に鍛錬し、戦場で使いこなすことを目標とする
エルドリッチナイトというクラスは、変わり者のクラスであるといえ、
相反する技術を習得するために苦労を自ら進んで行う様は
エルドリッチナイトと呼ばれる者達が、
夢見がちな変わり者の集団と揶揄される所以でもあった。
「フィルさんでもそんな時があったんですねー」
「まぁね、駆け出しの頃なんて、貧弱なウィザードとしては、とにかく敵の前に出ないよう場所を確保する事をばかり考えてたよ」
「確かに……ウィザードならそれが正しい姿だけど……なんだか今のフィルさんからは想像できないや」
「そういうこと。リラなんて、僕と比べれば全然筋が良い方だと思うよ」
「えへへ、そんなおだてても上手くなれませんよ? でも、なんだか元気出てきました! 頑張りますね!」
「うんうん、その意気だよ。コツさえつかめばすぐに自分のモノにできるはずだよ」
フィルは傷ついた一匹を待機していたのと交代させると、
再度、二匹を離れた場所からリラへと向けてけしかける。
今度も一太刀目を当てることが出来たリラは、
さらに二太刀目を振るうが、
今度は間合いに野犬の姿が見えず剣は空を切る。
え?、と一瞬、気を取られた瞬間、
真横から野犬のタックルをわき腹に受ける。
鎧を着ての重量差もあり転ぶようなことは無かったが
完全に相手に一本取られた形となってしまう。
「ふむ、彼らの方が一枚上手だったようだね。敵の位置は常に把握するようにしないとだめだよ。場合によっては脇をすり抜けられて、後衛が狙われていたかもしれないしね」
「ううう……なかなか手強いですね。 でも、スピードにはだいぶ慣れてきました。もう一度お願いします!」
「分かった。と、二匹目も傷ついたようだから、召喚し直すね」
野犬を召喚し直して訓練を再開する二人。
リラは野犬に一太刀目をかわされたり、
先に攻撃を受けたりを何度か繰り返しつつも、
徐々に剣の振り方、そして相手の攻撃の捌き方のコツを覚えていく。
「ふぅ……あと少しなんだけどなぁ……」
「だいぶ手ごたえを掴んできたんじゃないかな」
何度目かの戦闘の後、休憩に入ったところで
先ほどの戦闘はどう動くべきだったのだろうと考えこむリラ。
「あと、もう少しでいけそうなんですけどねー」
水で喉を潤し息も整ったところで、鞘から剣を引き抜き
戦闘していた場所にもう一度立つ。
「この間合いに入る位置に上手く立てれればいいんですけど……」
先ほどの戦闘での剣の軌跡をもう一度辿るように再現して、
さっきの戦闘で自分がどう動けたかを確認する。
「相手の動きを読むというのは、それなりに経験が必要かもね。でも、動きに対応出来るようになってきたんじゃないかな? 位置取りも良くなってきているように見えるよ」
「何となく予測つくようにはなってきたのかな……でもまだ外れてばかりなんですよね」
「ははは、始めのうちはそんなものだって。相手がどう動くかは経験を積んでいけば徐々に見えてくると思うよ」
「見える、ですか? えへへ、早くそうなると良いんですけどね」
リラの息が整い休憩もとれたところでフィルの方も腰を上げる。
「よし、もう一度行くよ?」
「はい、こっちは大丈夫です!」
やる気十分で元気よく答えるリラ。
フィルはリラの方が問題ない事を確認すると
呪文を唱え、呼び出した野犬を二匹、リラへと放つ。
「よおし! 今度こそっ!」
剣を構えて二匹を見据えるリラ。
攻撃してくる野犬にも大分慣れたようで
開始前の怯んだ様子は既にどこにも見られない。
タイミングを合わせて先制を取ったリラは左の野犬から迎え撃つ。
右の野犬を注意しつつ左に飛び込み左から右へと剣を振るう。
そして、左の野犬を顔面から切り捨てると、その勢いを乗せてさらに右に振り切る。
飛び掛かろうとして胴体からもろに剣を食らった野犬はたまらず倒れ伏す。
「いい一撃だったよ。ついに薙ぎ払いも覚えたようだね」
「ふぅ……やった!」
極度の集中の後で、わずかな時間でも息が上がるが、
それでも初めた時の戦闘に比べれば疲労はかなり少ない。
「なんか始めた時と比べると動きやすくなったかな? 戦いにも慣れてきたみたい……やっぱり実戦形式だと色々勉強になるんですね」
「確かに実戦は多くの経験が得られるけど、それをちゃんとこなせたのはリラが日頃から基礎を作ってあったからだと思うよ」
「そ、そうですかね? えへへ……」
日ごろの努力を褒められて嬉しそうに笑うリラ。
「なんか嬉しいかな……これまでずっと皆からはドラゴンに見つかったらどうするんだって、訓練を止められることは無かったけど、ずっと白い目で見られてましたから」
「ああ……たしかに、村人が心配するのも分からないでもないかな」
たとえ可能性を捨てて目先の安穏を選んでいるのだと分かっていても
生き残るためには受け入れざるを得ない。
世の中にはそんな話はそこら中に転がっている。
自分以外の命も関わるのなら尚更だろう。
村人達がドラゴンに立ち向かわなかった事を勇気が無いと言うのは簡単な事だが
フィルにはそれを選択が愚かだとは思えない。
それに、おそらくは村人達も本心では受け入れてはなかったのだろう。
だからこそリラは訓練を村人に止められることなく
今日まで続けてこれたのではないだろうか。
「でも、リラはこうして今日まで訓練を続けてこれた。後は訓練の成果で皆の役に立てば、きっと皆も見直すと思うよ」
「そう……ですね。うん、そうですよねっ」
明るさを取り戻した少女にうんと頷くフィル。
「とりあず、基礎訓練はこれぐらいかな。お疲れ様。これだけの戦闘で、強打も薙ぎ払いも使えるようになるなんて、さすがは日ごろ訓練しているだけあるね」
「えへへ、こんな大変な訓練は初めてでしたけどね」
短い訓練だったが思った以上の成果に満足そうなリラ。
後は午後の訓練で皆と一緒に動いて、さらに経験を積むのが良いだろう。
「次の訓練は午後にして、他の皆と一緒にパーティでの戦闘訓練をやろうと思うけど……皆はどうしてるかな?」
そう言いながらフィルが屋敷の庭の奥の方を見てみると
アニタ達三人が木に取り付けた板を的にして射的をしているのが見える。
フィルとリラが三人の所へと行くと
アニタがクロスボウを射ち、
他の二人はそれぞれスリングを使って
それぞれ的に命中した得点を競っているようだった。
「へぇ、スリングか」
「サリアがスリングを扱えるそうなので、私も教えてもらおうと思いまして」
そう言うとトリスは近くにある石を集めてきたのだろう、
石を積み上げた小山から一つ石を取ると
スリングに装填し勢いよく良く振り回す。
そのまま片方の紐を放すと、
支えを失った石が的めがけて物凄いスピードで飛んでいく。
残念ながら石は的に当てることはできず、
僅かにそれて林の奥へと飛んでいってしまったが
弾の飛ぶ方向は良い感じだった。
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