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邪神さんと冒険者さん 30

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屋敷を出たフィル達は

まずはリラに一人前のファイターとして

技術を習得させるべく庭の真ん中へと向かった。


かつてダンジョンの入り口だったこの辺りは

ダンジョンに住むオーク達によって

ダンジョン内の建築資材や燃料として

周囲の木が根から採り尽くされており、

お陰でかなり広い部分が、何もない平地になっていた。

さらには何人、何十人ものオークが行き来したことで

地面は完全に固く踏み平されており、

お陰で運動するには格好の広場となっていた。


アニタ達三人には外れの方で射撃の練習をしてもらい、

そんな広場の真ん中に立つフィルとリラ。

「それじゃあ、準備はいいかい?」

「はい! よろしくお願いします!」

気合十分と言ったリラの返事に、

うんうんと満足気に頷くと、さっそく今回の目的を説明する。


「リラにはファイター特技の“強打”と“薙ぎ払い”を覚えてもらう」

「強打に薙ぎ払い……」

フィルの口にした単語を繰り返すリラ。

この二つの聞き慣れない単語は昨日もフィルから質問されたモノだったが、

フィルによれば、この二つを覚えているから“ファイター”と呼ぶのではなく

特技を覚えられるかどうかが、ウォリアーとファイターとの違いであり、

それゆえ、リラがこの特技を覚えられたら一人前のファイターと呼べる。

どうやらそんな理屈らしかった。


この世界、武器を持って戦うクラスは数多あるが

街の衛兵や傭兵のような“兵士”と呼ばれる者の多くは

“ウォリアー”と呼ばれるクラスに就く。

このクラスの目的は武器をより有効に扱う事であり、

それ以上の役割や強さは求められない。

何と戦うかも分からない冒険者のクラスとしては頼り無いかもしれないが

街の見回りや、犯罪者の取り締まり、集団戦が前提の戦争で

一兵卒として動く分にはそれ以上の技術は必要無いからだ。


だが、冒険者のクラスである“ファイター”は違う。

武器を扱い敵を倒すのみならず

パーティの盾となり、戦場の流れを制し、

包囲網を突破して皆を生き延びさせることが求められる。

それを実現するための多くの技術や戦術は

ファイターのクラス特技としてまとめられ

ファイターは冒険の中で腕を磨き、これを習得していく。


ここで何としてもクラス特技を身に着け

ファイターとしてパーティの役に立ちたい。

そう思えばこそ、リラの表情も真剣なものになる。


フィルはそんなリラを見やりながら言葉を続ける。

「技としては特別難しいわけじゃない。強打は文字通り力を込めた一撃、薙ぎ払いは大きく振って同時に複数へ攻撃する技だね。特に薙ぎ払いはゴブリンみたいに数で攻めてくる相手に便利だから、これを覚えるのが今回の目標だよ」

「あれ? それじゃあ強打はそれほど重要じゃないのですか?」

「うん。まぁゴブリンに限って、だけどね。隙の大きくなる強打は命中し難くなるから、未熟なうちはゴブリンのような小さくて素早い相手に使うのは危険なんだ。それに大抵のゴブリンなら普通に当ても二回ぐらいで倒せるからね」

「でも、それじゃあどうして強打を覚えるんです?」

不思議そうに尋ねるリラに、フィルは少しバツが悪そうに笑う。

「強打は薙ぎ払いを覚える為の前提条件なんだよ。どちらも強力だけど隙も出来やすい類の技で、強打の方が覚えやすくて、薙ぎ払いを覚えるのに役立つ要素も多いんだ。まぁ、ゴブリン相手は使わないかもしれないけど当て易い相手なら有効な手段だから覚えておいて損は無いしね」

「なるほど、それで強打を覚えるんですね。ううう、なんだか緊張してきた……」


フィルの説明を聞きながら、

少しづつ不安そうになっていくリラ。

これまで剣の訓練を続けていて、

人並よりは若干膂力があるとはいえ、

それ以外はごく普通の少女であり、

体格も普通の娘と同じぐらいでしかない。

今は金属鎧に身を包んで勇ましくは見えるが、

それでも腕力だけが取り柄の男の戦士や傭兵などと比べると

どこか華奢で儚げな印象を受け、

戦士特有の相手を威圧する迫力には乏しい感がある。

そのような自分が果たして一人前に成れるのだろうか。


「大丈夫だよ。さっきも言ったけど強打も薙ぎ払いも技自体はそう難しいものじゃないから、これまで剣を訓練してきたリラなら直ぐにも覚えられるよ」

不安そうなリラにそう言って笑うフィル。

小柄な種族であるハーフリングの戦士だって世には存在する訳だし

フィルだって魔法使いで剣を持って前線立つこともある訳だし

多少の体格の差など、ある程度は戦い方でカバーできる問題ともいえる。

「これらの技で大切なのは実戦で使用できるってことだからね。それには、繰り返し使って使う時の動きやコツを体で覚えるのが一番だよ」


そう言うと、フィルは自身の腰に差しているロングソードを引き抜くと、

剣を持ったまま呪文を唱える。

詠唱に応じて、少し離れた場所に光が集まり次第に形を成していき、

光が収まるとそこには一頭のイノシシが立っていた。


サモン・モンスターと呼ばれるこの呪文は

呪文の習熟度の各段階で用意されており、

術者はその段階に応じたクリーチャーを選択して招来することが出来る。

呼び出されたモンスターは、

招来元となったオリジナルの現身のような存在であり、

この現身がいくら傷つこうとも、本体には影響が無いため、

戦闘で相手にけしかけるだけでなく、

こうした訓練の相手や標的として気軽に使うことが出来る。

今回、フィルは訓練という事で

一日に使用できる呪文の記憶枠のかなりの数を

サモン・モンスターへと覚え直していた。


「お~、アニタの魔法よりも出てくる動物が大きい……!」

「あははは、まぁ第三段階の奴だからね。それじゃ、まずは強打を見せるから見ててね」

そう言うとフィルはロングソードを両手で握り

一気に間合いを詰めイノシシへと踏み込む。

同時に剣閃が閃き、一呼吸の後、イノシシはばたりと倒れ

限界を超えたダメージに維持できなくなった体が消えていく。


「おお~! 凄いですね! あんな鋭い一撃初めて見ました!」

「こんな感じかな。まぁやっていることは単純で、防御とか技巧とかは考えず、ただ全力で相手打ち込む事に集中するというだけだよ」

初めて目にした格上の戦士の一撃に感動するリラに、

少し照れくさそうに、もう一度、今度は剣筋が見えるよう軽く振ってみせるフィル。


「振りは大振りだし、剣筋が単調になるから相手に避けられ易くなるけど、少しでも大きなダメージを与えることが有効な場面というのは結構多いから、覚えておいて損はない特技だと思うよ」

「なるほど……全力で打ち込めばいいんですね」

「うん。後はそれが少しでも命中するよう、相手の動きをよく見て、先を読んで少しでも命中するようにするんだ」

「なるほど、強打に集中しつつも、考えないといけない事はあるんですね」

「そう言う事、打ち込む直前までは相手の動きをよく見て、打ち込む時になったら全力で行くのが良いかな? 実際に何回かやればコツも見えてくるし、どう動いたら良いか自然に身につくようになると思うよ」

「はいっ! 頑張りますね!」


再びフィルは呪文を唱える。

今度も少し離れた場所に光が集まり形を成していくが、

現れたのは不格好な人型を模した泥と石の塊だった。

大きさもリラよりもさらに小さく、

人というよりも、出来損ないの土人形といった印象で

表情の無い宝石の目が二人を見上げている。

「これは……?」

「これは低位のアースエレメンタルだよ。まずはこれに強打を当ててみるんだ」

「分かりました!」

フィルはアースエレメンタルに防御するように命じると、

リラに訓練の開始を告げる。


「てえええい!」

ロングソードを両手で握り、

アースエレメンタルに思い切り振りかぶるが、

相手は思いのほか素早い動きで身をかわしてしまう。

「え!」

対象によけられ、思わず前のめりになるリラ。

「あーもちろん避けたり防御したりするから、ちゃんと狙っていくんだよ」

「むぅ……今度こそ!」


二回目、間合いを読み全力で繰り出した一撃は

真っすぐアースエレメンタルを捉えていた。

だがエレメンタルはとっさに左腕を伸ばし斬撃から体をかばう。

剣は腕にめり込んだものの、

深くは到達出来ず、一旦その場から離れる。

「強打は太刀筋を読まれやすいから防御もされやすい。とはいえ、ちゃんと狙えば当たるから、繰り返し試してみるんだ」

「分かりました!」


三回目、数度打ち込みエレメンタルが腕を上げた所で横なぎに剣を振るう。

これまでと違う攻撃に少し戸惑ったのか剣は動体に食い込む。

「やった!」

と、突然エレメンタルが上げた両腕を大きく左右に振る。

「え?」

突然の行動に驚くリラ、反撃が来るのかと慌てて下がり構えなおす。

「たぶん……うまく当てれたから、褒めてるんじゃないかな? リラの練習相手になってもらうよう頼んでるから……」

「あ……えっと、ありがとうございます」

ひとしきり振り終えると何事もなかったかのように戦闘態勢に戻るエレメンタル。

「あの……これって、倒しちゃうことになってもいいんですか?」

少し罪悪感を覚えたのかフィルに聞いてくる。

「ああ、大丈夫、召喚術っていうのは元の世界にいる本体の虚像を呼び出しているんだ。だからいくら倒しても、本体が傷つくことは無いから安心していいよ」

「な、なるほど。それじゃあ、いきます!」

そのあと更に三回ほど切りかかり、

ついに頭への強打を打ち込んだところで、

エレメンタルは崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……やった……」

「お疲れさま。強打の方は大丈夫そうだね」

「はい……なんとか……ふぅ」

疲労で地面に尻もちをついて座り込むリラ。

フィルはバッグから水の入った瓶を取り出すと彼女へと手渡す。

「あ、ありがとうございます……」

「本気で剣を振るうのは疲れたろう? 少し休憩にしよう」

受け取った瓶の栓を抜き、そのまま瓶に口をつけて水を喉に流し込む。

皮の水袋と違い、匂いの無い澄んだ風味の冷たい水が喉を潤す。

「ふぅ……少し動いただけでこんなに息が上がるなんて……」

「ははは、戦闘はとにかく緊張するからね。経験を積めば慣れ……というか耐えられるようになるかな……たぶん」

「あはは……そうだと……いいんですけどね……」

ふぅと溜まった息を吐き、深呼吸をするリラ。

「……フィルさんって魔法使いですよね? それなのにあんなに剣も出来るんですよね?」

「うん? まぁそういうクラスをとっているからね。実戦だと中途半端でいまいちなんだけどね」

「それでも、いろいろ出来るって便利ですよね?」

「そうだね。魔法が使えるというのは何かと便利だね。でも魔法には限りがあるから、やっぱり剣の方が確実で、どちらがあれば良いという訳じゃないと思うよ。まぁ、この辺はパーティで協力していけばいいんじゃないかな?」

「それはまあ、そうなんですけど……ほら、このパーティって私以外みんな魔法使えるし」


えへへと照れたようなばつが悪いような、曖昧な感じで笑うリラ。

どうやら自分だけ魔法を使え無いことに引け目を感じているのかもしれない。

だが、今のパーティ構成で、専門のファイターがいるという事は

安定性やバランスという視点からも大切なことだと思う。

「ははは、僕としてはこのパーティには前線を支える専門の戦士が必要なんだと思うよ。魔法職と言うのは案外脆いものだからね。そう考えると今、リラがファイターのクラスを取る事はとても意味のある事だと思う」

「そう…ですよね……。よしっ、それじゃあ次をお願いします!」

フィルの励ましに素直に頷き、

意気込みと共に立ち上がるリラ。

そんな真っすぐな少女を見ていると、

この娘を満足な訓練もしてやれずに殺し合いへ送り出さねばならない事に

少しだけ罪悪感がチクリと刺さる。

もちろん同行して万が一が起きないよう護るつもりではいるが

殺し合いに参加したことで受けるストレスや心の傷は

フィルでは癒すことはできない。


「よし、じゃあ次は薙ぎ払いだね。これは、間合にいる複数の敵を攻撃する技だよ」

罪悪感を打ち消すように説明を再開するフィル。

フィルの言葉にリラも頷く。

「一人に攻撃を当てた後にすぐ隣の敵に切りかかるって技で、これも強打と同じように相手をよく見ておくことが重要なんだけど、近くに居る複数の敵を把握しておく必要がある分、強打よりも集中しないといけないんだ。その分、集団を相手にするならば確実に役に立つから頑張って覚えてね」

「はい!」

「よし、その意気だ。これも技自体は単純だからすぐに使えるようになるはずだよ。それじゃあ、僕の方から手本を見せるね」


そう言うと再び呪文を唱え、モンスターを呼び出す。

今度はオオカミが四体、フィル達から少し離れた場所に出現する。

「ふむ、それなりの数が出たみたいだな。ちなみに通常の薙ぎ払いだと同時に切れるのは一体のみだけど、さらに上位の“薙ぎ払い強化”を身につければさらに複数の敵を切ることも出来る」

そういうと、フィルはオオカミを自分に攻撃させるよう指示をする。一斉に飛び掛かるオオカミに対し、一番端の一匹目へと踏み込んだフィルは、一匹目を切り伏せる。

そのまま剣を横に払い、隣に居る二匹目、更に隣の三匹目を切り払うと、

同時に三匹目が四匹目の壁になるよう回り込み、

攻撃のタイミングを逸した四匹目が足を止めた瞬間を逃さず、

さらに踏み込み、切り捨てる。

と、向こうのアニタ達が練習している方から

おおーという歓声が聞こえてくる。

見れば三人も練習の手を止め、こちらを見入っている。

向こうからさすがーとかやいのやいのと声援が聞こえてくるのだが、

普段こうして誰かに教えるという事が無かった分、なんとも照れくさい。


「すごいですね!」

「こ、言葉で言い難いんだけど、こんな感じで、切った瞬間を逃さずに次の行動に移るって感じかな。大切なのは戦っている相手だけでなく、その周りの動きもよく見ておくこと。二太刀目が当たるかどうかは運任せなところもあるけど、複数の敵を相手にする時に有効な戦い方だよ」

向こうの三人と同じように

フィルへと尊敬の眼差しを送るリラに

照れを隠しつつ説明をするフィル。

「さてと、それじゃあ本番に行ってみようか」

「はい! よろしくお願いします!」


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