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邪神さんと冒険者さん 25

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三時課を告げる午前の鐘も鳴る前だというのに

村の雑貨屋の入り口の扉は既に開かれていた。

「へぇ、こんな朝早くからやっているんだ」

「ふふふ、お仕事で足りないものがあった時に、すぐに買えるように朝早くからやっているんです」

凄いでしょうと嬉しそうに言うフラウ。

たしかに農家などは朝も早い。

そんな客を相手にするなら店も朝が早い方が都合がいいのだろう。

フラウの説明になるほどと頷きながら

フィルは店の扉をくぐった。


「いらっしゃい。あら」

「おはようございます。この前頼まれた食料を買ってき……」

「あんたのトコ、昨日また村長が無理言ったんだって?」

店に入ったフィルの顔を見るなり開口一番、

女主人の言葉に、村の噂の伝わる速さに閉口しながらも、

苦笑いを浮かべて肯定するフィル。


「それはまたご愁傷様。ところでその子は?」

女主人はそんなフィルの不幸に笑ってそう言うと、

それからサリアの方を見た。

午前中は買い物に行くだけで戦闘は無いからと、

革鎧は身につけずに旅着のみのサリアは、

ぱっと見は「朗らかな旅の娘」といった感じで、

決して印象は悪くないのだが、

それでも見知らぬ娘の登場に、

女主人の顔には警戒の色が浮かんでいた。


火竜とオークにより外との交流が断たれ、

近くの街や村から見捨てられたこの村が、

知らない顔を警戒するというのも仕方のない事なのだろう。

どうしたものかと考えながら、サリアの紹介を始めるフィル。


「ああ、街に行ったときに知り合ったんです。旅の詩人で……」

「サリアと言います。フィルさんに冒険の話を聞かせてもらおうと同行させてもらっているんです」

フィルが言葉を選ぶのに悩んでいることを感じ取ったのか、

途中から引き継いで、サリアが自己紹介を始める。

流石に、村のトラウマともいえるダンジョンの見学がしたいからと言わない辺り

ここの住人の感情をよく読み取っていると言える。


「へぇ~確かに元冒険者の話は、詩のネタに丁度いいんだろうねぇ」

「はい、それはもう。フィルさんが色々話してくれると言うので、ついてきてしまいました」

それからも、ニコニコと笑顔で受け答えするサリアに安心したのか、

先ほどまでの警戒を少しだけ解いた女主人は

ゆっくりしておいきと、サリアを歓迎すると

さっそく、フィルとの取引に取り掛かった。


大量の食料は移動だけでも大変だからと、

店の倉庫へと移動したフィルは

頼まれていた食料をバッグから取り出しては

女主人が指定した場所へと置いていった。

当初はがらんとしていた倉庫の片隅が、

みるみるうちに、積み上げられた食料で埋まっていく。


「いやぁ、すごいもんだねぇ。あっという間に倉庫がいっぱいになっちまったよ」

これだけの食料だと、買った後の移動も一苦労なのだろう。

これは楽できた分も手間賃も弾まないとねぇと上機嫌な女主人。

「それじゃあ、少し物が入用なのですが、購入できますか?」

「なんだい? うちにあるのなら遠慮なく言っておくれ」

建て替えていた代金と手間賃とあわせた金貨十五枚を受け取りながら、

これ幸いにといったフィルの言葉に快く応じる女主人。

品不足の村で、しかも部外者の自分相手の商売で

高く売りつけられることも覚悟していたフィルだったが、

どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。


とはいえ、品不足であることには変わりなく、

日用品でもある松明や油はともかく、

それ以外の物……冒険者が使うようなポーションや薬といった類になると、

村人が大怪我をした時の為にとって置いた

キュア・ライト・ウーンズのポーションが四個に、

解毒剤と耐毒剤がそれぞれ三個、辛うじてあるぐらいで

その他のマジックアイテムやスクロールなどは見る影も無く、

武器にしても、昨日リラが言った通りで、

可能性は低いが、村の鍛冶屋なら置いてあるかもと言う情報のみだった。


取り敢えず、店にあるポーションを見せてもらうことにして

机の上に並べられたガラスの小瓶を手に取り、品を確認するフィル。

ビンを見る限り少し古い物のようだが、

基本的にポーションは腐らないので、こちらは特に問題にはならない。

品物が問題ない事を確認したフィルは女主人へと向いた。

「すみませんが、ある分、全部買ってもいいですか?」

「はいよ。全部で金貨五百九十枚だね」

「そんなにするんです!?」

横の、それも下から聞こえた声の方を見てみると、

フラウが驚いた様子で机の上に並んだ小瓶を見ている。

この辺りではなかなか見ない、ガラスで出来た小瓶は

たしかに物珍しい物ではあったが、

この瓶一つだけで、さっき取引をした食べ物全部よりも高いということが

どうにも信じられないといった様子だった。


「ポーションや薬は結構高いからね。これでもポーションの中では安い方なんだよ」

「ふぁ~」

やっぱり信じられないといった面持ちで小瓶を見つめるフラウ。

そんな少女の様子の横で、フィルはバッグから金貨を取り出し、

並べられた小瓶の横に金貨を置いた。

「これで足りるはずです。すみませんが確認してもらえますか」

「はいよ。少し待ってておくれ」

そう言うと、金貨の山を揃えて枚数を数える。

全てを数え終え、枚数が足りている事を確認すると、

商品をフィルへと差し出した。


癒しの魔法を操るクレリックがいれば

傷の心配はしなくても良いようにも思われがちだが

それでもポーションの需要は高い。

クレリックが他の準備しておいた呪文も癒しの力に任意変換出来ると言えど、

一日に唱えられる限界を超えては、それ以上癒せないし、

特に戦闘中は、少しの回復の遅れがパーティ全体を壊滅させることもある。

その時、クレリックに全てを委ねるというのはあまりにも不用心と言える。

魔法と比べてかなり高価なポーションが、それでも買われ続ける理由は

命と比べれば安い物だという、冒険者自身の苦い教訓によるものだった。


「すまないねぇ、こういった品はこれまでドラゴンの所為で仕入れが殆ど出来なくてね……」

今のあるのは昔の残りを大切にとっておいた物だと言う女主人。

それなら街に行ったときに仕入れておいた方が良かったのかもしれないが

村の状況を考えれば、食料を優先するというのは致し方の無い事だろう。

「そう言う事なら、今度街に行ったときに幾つか買ってきますよ」

「そうだねぇ、今回の代金で余裕も出来たし、また仕入れをお願いしようかね」



「それにしても、これだけ準備をするという事は、結局ゴブリン退治に行くつもりなのかい?」

既に昨日の件は聞き及んでいる女主人が、

フィルに心変わりでもしたのかと尋ねる。

「ええまあ……、とはいえ、さすがに一人では行かないですけどね」

「それじゃあ、だれと?」

「えへへ、リラお姉さんたちが一緒に行ってくれるのです。だからきっとゴブリンだって大丈夫です」

フラウの嬉しそうな一言に、女主人の目が丸くなる。

「行くって、あの子達がゴブリン退治にかい!? そりゃどういうことだい!?」

「え、あ、あの」

女主人の剣幕に怯えてしまい、

それ以上は何も言えず、フラウはフィルの後ろに隠れてしまう。

フラウの様子に慌てて、コホンと咳払いをして、場を取り繕う女主人。

代わりにフィルが言葉を引き継ぐ。


「この子の言った通り、昨日、リラさん達が僕の家を訪ねてきたんですよ。それで一緒にゴブリン退治を手伝って欲しいと頼まれたので了承したんです」

「そんな! あんな年端も行かない娘を戦わせようっていうのかい!」

おそらくリラ達を子供の頃から知っているのだろう。

心配そうな女主人に、フィルも出来る限り慎重に言葉を選ぶ。

「今の所、僕の所にゴブリン退治を申し出てくれたのは彼女達だけなんです。もちろん僕も彼女達に「万が一」が無いように、出来る限りのことをするつもりです」

そう言うと、先ほど購入したポーションを手に取る。

「このポーションも、彼女達に必要だから購入しに来たんです」


実際の所、フィル自身、傷や病気を回復させるアイテムは

以前のパーティの物が十分に残っており、

さらに言えば、フィル自身は装備している魔法のベルトの効果で

少しぐらいの傷ならすぐに癒すことが出来たため、

この程度の効果のポーションを飲むぐらいだっら、

その分の行動を攻撃にまわした方が効率が良いぐらいで

購入しなくても何ら困ることは無いのだが、

幾つかの理由から、なるべく手持ちのアイテムは使わないつもりでいた。


「だけどねぇ……」

それでも不安そうな女主人。

たしかに、傷を治す手段が少し増えたからと言って

冒険にはそれ以外にも危険や苦しい事、

冒険なんてやらなければよかったと後悔するような事が沢山ある。

これまでも商店を通じて冒険者とも関りがあったのだろう。

そう言った意味では、彼女の心配は、まったく解決できていないと言える。


「そこのサリアも手伝いを申し出てくれましたし、戦力的にもバランスは取れていると思っています。何より、ファイターとクレリックとウィザードが揃っているんですからね」

「けどねぇ、いくら技能を持っているとはいえ、あの子たちは実戦経験の無い子供だよ? それをいきなり殺し合いなんて……」

一応、国の法律上は成人しているとはいえ、

まだ幼さすら残る、年若い娘をモンスターと殺し合わせるのだ、

女主人が不安になるのも仕方のない事だろう。

だが、フィルとしても昨日の夜、闇の中、必死に訪ねてきたリラ達の顔を思い出すと

ここで彼女達を諦めさせるという選択肢を選ぶつもりは無かった。


「そうですね、でも、現状、問題を解決しようと動いてくれたのは彼女達だけなんです。それにゴブリンの生態を考えると、住み着いたのだとすれば、増える前になるべく急いだ方が良い。あまり時間が無い以上、僕としては出来る限り彼女たちに協力するつもりです」


フィルの説得に、女主人もため息をつく。

ゴブリンが危険だという事は、彼女自身よく分かっている。

数匹のゴブリンが住み着き、それほど強くないからと放置をしていて

しばらくして、何十というゴブリンの群れに襲われた村の話は

それこそ、そこら中の酒場で耳にする笑い話だった。

そう言った話は、現実を直出来ない愚か者の末路を教訓にする話であって、

ゴブリン程度、すぐに駆除できると考えていたが

実際に住み着かれると、駆除のすることのなんと難しい事か。

下手に手を出してゴブリンの逆襲にあえば、

こちらにも相当な被害が発生するだろう。

誰でも身内は可愛く、怪我をすることは望まない。

このまま被害が出ないのなら、

もう暫く様子を見ていれば、そのうち何処かへ行くのでは? そう思えてくる。

「何もないという事は、相手は襲うための準備をしている。という事ですよ?」

おそらくはこの魔法使いが言う事が正しいのだろう。

そして、話に出てくる村のように、ある日突然襲撃を受けるのだ。

「分かっているさ、そんな事は……、けどね、出来る事なら平穏なままやり過ごしたいって思ってしまうのさ」

そう言って重い溜息をつく女主人。

分かってはいるが、やはり動くことは難しい。

それなら、彼らを手助けする方が建設的かもしれない。


「分かったよ。うちじゃあ大した手助けは出来ないけど、……そうだね、さっきの品を割引するぐらいなら出来るよ」

「いや。そのお金は村のために使ってください。外から物を購入するにはお金が必要になりますから」

そう言って首を振るフィル。

前回食料の買い出しを頼んだ時、

注文の量が中途半端だったり

薬やその他の品を頼めなかったことからも、

この店にそれほどお金が残っていない事は、容易に想像がついた。

おそらく、村にもそれほどお金は残されていないだろう。

普段は自給自足故に生活自体は何とかなっているが、

こうした不測の事態では、

冒険者を雇うにしろ

必要な品を揃えるにしろ

外の力を借りる為に何かと資金が必要となる。

フィルとしては、今後の事を考えれば

少しでもこの店に金貨を渡して、

村の基礎体力になってもらえればと言う思いだった。


「分かったよ。それじゃあ、代わりにそちらのお嬢さんの方をサービスさせてもらうわ」

何から何までフィル達に面倒をかけていることに苦笑いの女主人に礼を言い。

サリアの買い物を済ませたフィル達は店を出ることにした。



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