邪神さんと冒険者さん 24
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次の日の朝。
フィルは少し控えめに肩を揺らす小さな手と、
ここ数日で随分と耳に馴染んだ少女の声で目が覚めた。
「フィルさん。フィルさん。起きてください。あさですよー」
手の方を見ると、そこにはフィルと同様、
まだ布団を被ったままのフラウが
フィルを起こそうと肩を揺すっている。
「ん……、おはようフラウ」
「えへへ、おはようございます」
寝起きで少しぼんやりしたフィルとは対照的に
すっかり目が覚めているようで、肩に手を載せたまま笑顔で返すフラウ。
窓の外を見れば、まだ早朝と言った頃か、
日は昇っているものの、空気はまだ澄んだ朝の冷気が残り
初夏だというのに、ひんやりとした肌寒さを感じる。
眠気覚ましにと、布団の中で少し伸びをして
再び力を抜くと、マットがふわりと体を包む。
「ん~~っ。やっぱりベッドで寝ると疲れが取れるな」
思えばこの家に来て初日に使って以来、
ベッドはフラウに譲り、寝起きはずっとソファだった。
固い寝床には慣れているとはいえ、
柔らかいベッドはやはり気持ち良いもので、
もう一度枕に頭を沈めて感触を楽しむ。
「ふふふ、やっぱりこっちで寝たほうが良かったのです」
フラウの嬉しそうな声と共に、フィルの頭に小さな手が載せられた。
普段は見上げてばかりだが、
ベッドの上ならフィルを真横から見れるのが嬉しいのか
普段、自分がされているお返しとばかりにフィルの頭を撫でるフラウ。
何となく立場が逆転したようで苦笑いを浮かべるフィルだが、
嬉しそうに手を伸ばしてくる少女のほわっとした笑顔と
もう随分と昔に忘れた、好意の向けてもらえることの心地良さに、
自分でも驚くほど素直にフラウに頭をゆだねた。
「あはは、ありがとう」
「えへへ。いつも撫でてもらっているので、おれいなのです」
フィルのお礼に、こちらも笑顔で返すフラウ。
「ねぇ、フィルさん?」
「うん?」
「これからもずっとベッドで寝てほしいです。ソファでは体を壊しちゃうのです」
申し出にドキリとして、改めてフラウを見れば、
少し恥ずかしそうに、けれども真剣な顔でフィルを見つめるフラウと目が合う。
ずっとソファで寝させていたことを気にしていたのだろう。
フラウの顔は心配そうで、
良かれと思ってソファで寝ていたことが
逆に心配をさせてしまっていたことに、フィルは少し反省をした。
そして、フラウの方もやはり恥ずかしかったのか、
暫くの間はうーっとこらえていたが
やがて我慢できなくなったのか布団に潜り込んでしまった。
そんなフラウの優しさを嬉しくも思いつつ
さりとて言葉に甘えてしまって良い物か
慣れない選択に、返事に困っていると
布団の中でフィルの腕に小さな腕が重なった。
「いいよって言ってくれるまで、放してあげませんです」
潜っていた布団から顔を浮上させて言うフラウ。
昨日フィルに膝枕してきた時のような
少し悪戯っぽくて、少し照れくさそうな、でも真剣な表情。
(我ながら……この顔にはなんか弱いんだよな)
「……うん、ありがとう。それじゃあ、これからもベットを使わせてもらうね」
「!はいですっ」
暫く迷った後、少しの敗北宣言と、多めの感謝を込めてのフィルの返事に
ぱっと花が咲くような笑顔で嬉しそうに、フィルの腕をぎゅっと抱きしめる。
「はは……そろそろ起きようと思うけど良いかな?」
「もう少しだけいいです?」
「ん……そうだなぁ、まだ朝も早いみたいだし、そうだね」
「えへへ。はいですっ」
朝食は昨日の残りがあるし、それほど急ぐ事も無いか……。
色々諦めたフィルは、フラウの頭に手を載せると、
いつものようにフラウの頭を撫でた。
それから暫くの間、フラウが落ち着きフィルの腕が解放されて、
ようやく布団から出れる頃には、
朝の冷たさも大分薄れて、
晴天の初夏らしい、爽やかな空気となっていた。
昨日焼いたパンの残りと、簡単なスープで朝食を済ませた一行は
それぞれの用事を済ませるため、
全員で山を下りて村へと向かった。
「んん~。空気が美味しいー。昼間はいい場所なんですね!」
「ああ、昼間ならね。景色も良いしね」
「そうなのよね。昼間は全然怖くないのよねー」
背伸びをして、新鮮な山の空気を目一杯深呼吸するサリアに同意するフィルとリラ。
昨日、夜にこの道を登った時は、辺り一面の深い闇でそれどころではなかったが、
午前特有の心地よい日差しが木漏れ日になって差し込む山道は、
木々から吹く風も気持ちよく、
こうして皆でのんびりわいわいと歩いていると
ピクニックでもしているかのような気分になってくる。
「出来る事なら、もう夜にこの道を通るのは避けたいですよねー。……それはそれとして」
と、それまで山歩きを目一杯楽しんでいたサリアだが
くるりと向きを変えると、フィルの方へと向き直った。
悪戯っぽい表情を見るに、また何か変なことを思いついたのだろう。
嫌な予感と共に、フィルが少し身を引くと
さらに嬉しそうにフィルの方へと寄ってくる。
「それにしても、今日のフラウちゃんは朝から上機嫌ですね」
「うん? ああ、そうだね」
フィルに向かって意味ありげに話題を振るサリアに適当に返事をするフィル。
そんなことは気にしないといった風で、さらにフィルへと話しかけてくる。
「まるで告白が成功した乙女と言った感じですねー」
「そ、そうなのかな。その辺は僕にはよく分からないけど」
「そうなんですかー? ダメですよー。それじゃ女の子を悲しませちゃいますよ?」
芝居がかった仕草で、ダメダメですねと首を振るサリア。
文句の一つも言い返したいところだが、何か言えば藪蛇になる事は明白で
とりあえずやり過ごそうと、フィルはそうなのか?ととぼけて見せる。
「そんなことより、フラウ、今日用事が済んでからだけど……」
「はいです?」
あーというサリアの声は無視してフラウへと話題を振るフィル。
フラウもフィルの気持ちを察してか、
仕方ない人ですねと言わんばかりの苦笑交じりでフィルを見上げる。
「あとで、イグンさんに会いたいのだけど、案内してもらえるかな?」
「はいです。イグンおばあちゃんに何か手伝ってもらうのです?」
「うん。明日はいつ戻ってこれるか分からないからね。フラウにはイグンさんの所で待っていてもらえればと思ってね。それでお願いに行こうと思うんだ」
「そう……なのです?」
少し不安そうなフラウに、必ず戻ってくるよと安心をさせるが
「とはいえ、相手の規模が分からないからね。もしかしたら、夜までかかるか……下手したら明日までかかるかもしれないからね」
「そんなに大変なのです?」
「うーん、ゴブリンという話だし、多分夜までには終わるとは思うけど……実際の所は出てみないと分からないからね」
手に入れた情報と実際が違うことと言うのは
冒険ではよくある事だった。
ゾンビが出たと行ってみれば、魔術師が実験をしていたり。
盗賊を退治しに行けば、狼男が首魁だったり。
邪教の集団を倒しに行ったら、幹部連中が全員デーモンだったり。
今回も、ゴブリンだけならいいが、
別のより強いクリーチャー、そうでなくてもゴブリンの上位種などがいれば
このパーティでは苦戦は必至だろう。
そうなれば、正攻法は諦め何らかの別の手段をとったりと、
確実に余計な時間が掛かることになる。
出来る事なら、なって欲しくはない事態だが、
最悪の場合は考えておかないと、いざ遭遇した時に無事に生き残ることができない。
差し当たって今回で言えば、
まずは不測の事態が起きた時に、余計な心配をしないで済むよう、
フラウの居場所を確保しておくことが第一だった。
「それじゃあ、後でイグンおばあちゃんにお願いですね」
「うん、できればその時はリラ達にも説得してもらっていいかな?」
「わかりました。アニタもトリスもいいわよね?」
「ええ、私もご一緒しますね」
「うん、大丈夫です」
これだけ皆で行けば彼女も説得できるだろう。
そんなことを考えながらフィルは村への山道を下る。
村に到着し、
装備の準備に家に戻ったリラ達と別れたフィルとフラウ、サリアは、
頼まれていた食料の受け渡しと、
装備の調達を済ませるため雑貨屋へと向かった。
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