表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/278

邪神さんと冒険者さん 18

---------



扉を開けた先、

真っ暗な空間へとフィルが松明を掲げると

魔法の白い光によって、食堂の全体が照らし出された。

かつては豪奢な食堂だったのだろうが

高価な調度品は全て領主に没収され

辛うじて残った幾ばくかの備品も使用人達に持ち去られた後には

広い部屋の真ん中に大テーブルとイスだけが寂しくとり残されているのみだった。

壁や天井は豪華だが、飾り気のない部屋は、

どこか会議室のようなそっけなさを感じさせる。


「なんだか豪華なんだけど殺風景な部屋ですね」

どうやらサリアもフィルと同じ感想を持っていたようで

部屋に入り、中を見渡しながらぼやく。

「まぁね、だから二人の時は食事でここを使うのは避けたんだ」

壁のランプ掛けに松明を括り付けながら、

サリアの言葉に同意するフィル。

もっとも、豪華な調度品があったところで

この寂しい部屋で二人だけで食べはしないだろうが。


「確かに……このテーブルで二人だけで食べるのはちょっと酷かもしれませんねー。やっぱり向こうの居間の方が良かったかな?」

「二人の時はあっちのほうが良いのですけど、みんなで食べるならこっちの方がきっと楽しいです!」

殺風景な部屋での夕食に少し後悔しているサリアだったが、

そんなサリアへと自信満々でフラウが答える。

サリアとは違いフラウの方は食堂での食事が嬉しいようで

にこにこしながら持ってきた皿をテーブルへと置く。


「おお? フラウちゃんは乗り気ですねー?」

「二人だけですと誰もいなくてちょっと怖かったんですけど。ここで食べてみたかったんです」

嬉しそうに答えるフラウ。

「とってもきれいでお姫様になったみたいです!」

「あはは、部屋は豪華ですもんね」

そう言うと、芝居がかった仕草で、椅子を引き

フラウに着席をうながすサリア。

「ささっ、姫様どうぞこちらへ」

「えへへ、はいです!」

嬉しそうに席について

サリアとお姫様と執事ごっこをしているフラウに、

見ていたフィルもつられて笑顔になる。


フィル達が料理と皿を準備している向かい側では、

リラとアニタが大皿に積み重ねたパンを準備していた。

「うーん、テーブルが大きすぎて、これだと大皿に届きにくそうね」

「席を詰めちゃったほうがいいかも?」

「そうね。別に晩餐会という訳じゃないし、詰めてしまいましょうか」

リラとアニタの言葉に同意するトリス。

片側に五脚ずつ、十人が広々と食事をとれる大きなテーブルは

貴族の豪華な食事を並べられるように

一人が利用する分のスペースもかなり広く取られている。

優雅にフルコースのディナーを並べるのなら良いのだろうが

普通に料理を取り囲んで食べるにはお互いが離れすぎてしまい

料理をとるにも会話をするにも、どうにもやりずらい。

使い慣れた村の食堂ぐらいに席を詰めて、それぞれ席につく。


「や~、これは美味しそうですねー。もうお腹ペコペコですよー」

豆の煮込みが入った大皿を覗き込んで、

んう~と声にならない声を上げながら香りをかぐサリア。

まったくもって、はしたないが

そんな様子をニコニコと見守るフラウ。

「えへへ。いっぱい作りましたから、沢山食べてくださいねー」

「うんうん、これは楽しみですねー! フィルさんもフラウちゃんの手料理、楽しみですよね?」

「あ、ああ、そうだね」

突然話題を振られて、言葉に詰まるフィル。

フィルとしても、もちろん楽しみではあったが、

そうやって改めて言われてしまうと、何とも気恥ずかしい。

フィルが照れているのを察知し、追撃に移るサリア。


「ふっふっふ、どうしたんですか~? こ~んな可愛いお嬢さんの手料理が食べられるんですよ? 嬉しくないんですか~?」

「いや、その……」

弄られて渋面になるフィルを見て、ますます笑顔になっていく。

「もうっ、サリアさん、そんなにフィルさんを困らせちゃだめです」

フィルが困った顔を見てサリアを止めようと、

料理を器に盛っていたフラウがたしなめるのだが

そんな健気な少女に、嬉しそうにサリアは標的を変更する。


「いやいや、こんな美味しそうな料理なんですよ? ちゃんと嬉しさを伝えるべきです! 嬉しい事を嬉しいということが出来て男性は一人前と呼べるのですよ! 私だったらこんなに素敵な料理を作ってくれる娘さんを放っておきはしません!」

「あ、あうぅぅ……」

フラウの料理の素晴らしさと偉大さを大げさに説くサリア。

なおも続く褒め殺しの勢いに圧されてしまい、

フラウはなんといって返したら良いか分からなくて固まってしまう。

そんなフラウの頭にフィルの手が載せられる。


「ありがとうフラウ。僕のせいでごめんね。本当にフラウはサリアと違って優しいなぁ」

「フィルさん……」

話題がそれてほっとした様子のフラウ、

そんなフラウを見て、こちらもほっとしながら

さっき言い逃してしまった言葉を続ける。

「フラウの料理はおいしそうだったんだけど、サリアに先に言われてしまったせいで言う機会を逃してしまったんだ。ごめんね」

「大丈夫です。でも、えへへ……嬉しいです!」  

フィルにも褒めてもらえて

上機嫌で料理を皿に盛っていくフラウ。

そんな微笑ましい様子を眺めながら、

ふとフィルが奥を見るとサリアがフィル達を見ているのが目に入る。


何かをやり遂げたような満足感に満ちた顔は

フィルの視線に気が付くとにっこりと笑顔へと変わる。

(やれやれ、まったく……)

全て計画通りと言った感じのサリアに

心の中でため息を漏らすフィル。

そうこうしているうちにフラウが全ての皿に盛りつけて、

柑橘を絞り入れた水をグラスに注ぎ

真ん中の大皿からそれぞれパンを配りおいて

準備が整い全員が席についた。



「それじゃあ、頂こうか、どれどれ……んむ」

さっそく焼きたての平パンに豆の煮込みを載せてかぶりつく。

発酵させていない平パンは

通常の丸いパンのような、ふんわりとしたものではないが、

その代わり、しっとりもちもちした食感は

焼きたてなこともあって、噛めば噛むほど味が出てくる。

さらには豆の煮込みも、玉ねぎや野菜の甘味と肉の塩味、

さらには出汁が良く浸み込んだ豆が丁度よい具材になり

良い味付けに仕上がっていた。

空腹だったこともあり、瞬く間に一枚目を食べきってしまうフィル。


「うん、これは美味しいね。何枚でも食べられそうだ」

「たくさん焼きましたから、たくさん食べてくださいね」

トリスが言うように大皿には平パンが高く積まれており

一人二、三枚は食べても大丈夫と言った様子だった。

フィルはそれじゃあ遠慮無くと、二枚目に手を伸ばす。


「この煮込みもおいしいわね。作ったばかりなのにちゃんと出汁も効いているし」

「えへへ、フィルさんと一緒に頑張りました!」

感心した様子のリラに、本職の給仕に褒めてもらって嬉しいのだろう

フラウが上機嫌で答える。

「僕は野菜や肉を切るぐらいだよ。味付けや料理はフラウがほとんどやったんだ」

「へぇ~すごいわねフラウちゃん」

「うんうん、その歳でこれだけ作れるなんてすごいわ」

トリスとリラの誉め言葉に照れつつフィルの方を見上げる。


「フィルさんもどうです? 美味しいです?」

「うん。とても美味しいよ」

「えへへ~」

今度はすんなりと感謝を伝えることが出来たフィルに

フィルに褒められて満面の笑みを浮かべるフラウ。

つられて、フィルもフラウに微笑みかける。

そんな二人を見ていたサリアが再び不満げにフィルへと向く。


「むぅ~、フィルさん! そこはもう少し気のきいたセリフを言うべきじゃないですか?」

もうっダメですよと、まるで姉のように指を立てながら、ダメ出しをしてくるサリア。

再度のつっこみに、フィルも少しうんざりしながら答える。

「そうは言ってもなぁ、そんな気の利いたセリフを求められても出ないって」

「ぜひ僕のお嫁さんになってほしいよとか! これからも毎日僕のご飯を作っておくれとか! もっと色々あるでしょう!?」

「いや、それは褒めてるというよりプロポーズじゃないか?」

「そんなことありません! フィルさんの真心を伝えないと!」

もっともらしい正当性を並びたてて、フィルに告白を迫るサリア。

真面目な口調だが、その仕草は芝居がかっており、

あきらかにフィルのをからかって楽しんでいる様子だった。

今度は流石に慣れたのか、

二人のやり取りに楽しそうに目を細めるフラウ。


賑やかなお嬢様に、

やれやれと軽くため息をつくとフラウに向き直る。

流石にフィルも二度目は慣れたようで

適当に切り上げるとフラウの方へと向いた。

「まったく、それはそれとして、本当に美味しいよ。ありがとう」

「はいです!」

フィルとサリアのやり取りを楽しそうに見ていた少女は

フィルの言葉に嬉しそうに笑う。

これだけ楽しそうに笑うフラウの見るのは初めてかもしれない。

フィルは少しだけ、

フラウの向こうの席で満面の笑みを浮かべている

元凶となったお節介な吟遊詩人に、

ほんの少しだけ感謝をした。



「そう言えばフィルさん、ダンジョンを案内してもらう件ですけど……」

夕食もひと段落し、

後片付けをしようと食器を集めるフィルを、

サリアが思い出したかのように呼び止めた。

「ああ、約束してたからね。巣穴へは何時行くんだい? 僕の方は何時でもいいけど」

フラウと共に片づけていたフィルは手を止めてサリアの方へと尋ねる。

もともと彼女はこの屋敷の裏にあるダンジョンの見学目的でついてきたのだ、

ここに長居をするのは彼女にとって本意ではないだろう。


「そうですねぇ……良ければ今のゴブリンの件が解決するまでは、みんなのお手伝いしようかなと思うのですけど、その後でいいですか?」

「そりゃ、手を貸してくれるというのなら、ありがたいけど……さっきも言ったけど、殆どただ働きだよ? しかもいつまでかかるか分からないし、それでもいいのかい?」

一応、ここにいる分には食費の心配が無くなるとはいえ、

ここに長く居てもサリアに得が有るようには思えない。

ゴブリン退治がすぐに終わるかどうかも分からない状況で

問題が解決するまで手伝うというのは、

いくら何でもサリアの負担が大きいように思えた。


「そうなんですけど、でも、それはほら、さっきここに泊めてくれるって言ってもらいましたし、私をここまで案内してくれたお礼でおあいこ、ということで」

そう言ってからにっこりと笑うサリア。

やれやれと、ため息をつきながらもサリアの厚意に感謝する。

たぶん、多くのバードがそうであるように、

この娘もまた善人なのだろう。

目の前の人が困っていれば、見過ごすことはできない。

それは冒険者としては、とても良い傾向ともいえる。

自分の損得抜きで人に尽くす者は、

巡り巡って自身の名声や信用へとつながることが多い。


「まぁ、君がそれで良いならありがたく手を借りるよ。皆もそれで良いかな?」

「本当にありがとう、サリア。とても心強いわ」

リラが三人を代表して了解の旨を伝える。

正直なところこのメンバーだけでゴブリンの巣に潜るのは心細かったのだろう。

嬉しそうな三人に、サリアもまた笑って応える。


「いえいえ、それじゃあ改めて、トリスにキャトリンもよろしくね」

「よろしくお願いしますね」

「は、はいっ、こちらこそ!」

サリアの言葉に、トリスとキャトリンも笑顔で返す。


先ほど一緒にパンを焼いていたが、

瞬く間に三人と仲良くなり、

既にお互い名前で呼び合う仲になっている。

バードとしての才能なのか

この娘の気質なのかは分からないが

フィルは、サリアのコミュニケーション力の高さに

改めて感心させられていた。



---------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ