邪神さんと冒険者さん 16
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「それじゃあ……?」
「力を貸すと言ったからね」
経験不足を指摘された後なだけに、追い返されると思ったのか、
フィルの申し出を半信半疑といった様子で尋ねるリラに
若干の諦めにも似た表情で、約束だからとフィルは答える。
(それにクラス持ちでない普通の村人と比べれば、この娘たちの方が確実だろう……)
村人、コモナーと呼ばれるクラスは、
便宜上、一般人の経験の程度をクラスとして扱ったもので、
当然、そこで覚える技能は
戦闘以外の生活に関する雑多な技能が殆どとなる。
一応、棍棒などの単純な武器の習熟こそしているが、
その扱いは武器の素人と言われるウィザードと同程度であり、
鎧に至っては多くの者が身に着けた事が無いなど、
正直言って戦闘には向かないクラスと言える。
たしかにコモナーでも数を集めればゴブリンを倒すことも可能だが
正面からぶつかり合えば、怪我人どころか死人も出る可能性がある。
その点では、戦士を含んだクラスが揃っている、この娘達の方が、
村人たちが集まって戦うよりも確実に生き残れるだろう。
なによりも……と、フィルは一度、三人を見回す。
「僕が行かなかったとしても、このまま君たち三人だけでゴブリン狩りに行ってしまいそうだからね。さすがにこんな若い娘に何かあったら気分が悪い」
そう言って重たく息を吐くフィル。
この娘たちの思いつめた表情を見れば、
これが遊び半分で決めた事ではない事ぐらいは分かる。
その様子を見ていたサリアがフラウへと耳打ちする。
「フィルさんって時々、おじさんみたいな言い方しますよね?」
「えへへー、そうかもです?」
吟遊詩人ゆえか、妙に勘の鋭いサリアの言葉に
実際には若くないことを知っているフラウが笑って応える。
てっきり、そんなことないですと、言い返されると思っていたサリアは
おや?っとした表情になる。
「サリア、聞こえているよ。大人っぽいとか、しっかりしているとか言って欲しいものだね」
「いや~でもほら、その年頃の男の子は、もうちょっとこう、ノリの良い所とかありません? 女の子が困っているのを見捨てておけないんだ! みたいな?」
身振り付きで、熱血な勇者を演じるサリア。
そんな事言っていたら、流石に相手も引くんじゃないか?
そうフィルは突っ込みを入れようとしたが
「もうサリアさんったら、あ、でもフィルさんも可愛い女の子が困ってたら助ちゃうって言っていましたよ」
「「へ?」」
突然のフラウの言葉にサリアとフィルが一緒に気の抜けた声を上げる。
たしかに、あの時言った言葉だが、ここでフラウから出てくるとは思っていなかった。
当のフラウは何故だかとても嬉しそうにしている。
「このお屋敷に来た時にそう言ってくれたんですー」
そう言うと、えへへーと自身の両腕でフィルの腕を取り、くっつくフラウ。
フラウの不意打ちで固まったままのフィルだったが、
せっかくフラウが嬉しそうにしているのだからと、フラウの言葉に頷く。
「あはは……確かに言ったね」
「はいです! だからリラお姉さんたちも絶対助けてくれます!」
「ははは、僕の追加で、どこまで出来るかは保証できないけどね」
フィルの腕を取りながら自信満々に言うフラウと、
少し困った様子で加勢を約束するフィル
ここにきて、ようやくリラ達三人の表情にも安堵が戻ったようだった。
「とりあえず、明日、戦術や探索の基本を覚えてもらって、大丈夫そうなら明後日、本格的に討伐に行くでいいかな?」
「「「はいっ」」」
三人がそれぞれ返事をするのを確認するフィル。
そんなフィルにサリアが声をかけてきた。
「ふふふ、フィルさん、このサリアさんもお手伝いしますよ? いかがですか?」
「え? 手伝ってもらえるのはありがたいけど、報酬は期待できないと思うよ?」
サリアの言葉に少し心配そうに答えるフィル。
手伝いしてくれるという申し出は、正直な所かなり嬉しかったのだが、
サリアに巻き込んでしまっても良いものか……
サリアも冒険者なのだから、手伝ってもらうのなら、
何等かの報酬が支払われるべきだとフィルは考える。
だが、元々、村人達が報酬を用意できなかったから、
こんな面倒な事になった訳で、
直接サリアが報酬を受け取ることは難しい。
かといって、ゴブリンから宝を奪えるかと言うと、それも望みは薄い。
これまでの経験上、ゴブリンは十匹規模の巣で
金貨数十枚程度の価値のアイテムが見つかるのがせいぜいだ。
あとは剥ぎ取った装備を素材として売るか、
どちらにしても大した収入にはならない。
サリアを見る限り、装備は殆ど痛んでおらず
昨日の戦闘での立ち回りからも、
まだまだ駆け出しと言ったところと見える。
バードは酒場などで歌うことで、路銀を稼いだりも出来ると言うが
それでも所持金に余裕があるようにも思えなかった。
「うーん、サリアは路銀の方は大丈夫かい? 戦闘に参加するとなると、ゴブリンとじゃ下手すると赤字になる可能性の方が高いよ?」
「も~! この期に及んで私の懐の心配していたんですか?」
重ねて心配するフィルに呆れるサリア、
それでもフィルは真面目な顔で答える。
「駆け出しの時は報酬の額も少ないし、宿代とかも馬鹿には出来ないんじゃないか?」
僕の時は結構苦労した覚えがあるからねと、後輩を心配をするフィル。
そんな先輩にサリアは笑って応える。
「まぁ、懐が厳しくないと言えば嘘になりますけど……フィルさんにはお世話になりましたし? ここらで恩返しをしておこうと思いましてね。それにゴブリン相手なら数が多いでしょうから、人数は少しでも居たほうが良いじゃないですか?」
「たしかに……そうなんだけどね」
「その代わりと言ってはなんですけど、暫くの間ここに泊めてもらってもいいですか? なんだか、村に泊まるのは、あまり歓迎されそうにはないですし……懐も厳しいですし!」
少し心細げに、少し照れながら言う仕草はとても可愛いらしいのだが、
昨日の強引さを知るフィルにしてみると芝居なんだろうかと邪推してしまう。
とはいえ、サリアの言う通り、このまま村で宿を取らせるのは確かに可哀そうだし、
報酬の代わりと言っては何だが、しばらくの間、家に泊める事にも特に不都合は無い。
いや、問題と言うか……まぁ、何となく、若い娘と同じ屋根の下と言うのは少し気恥しいが。
「フィルさん、せっかくお部屋も空いていますし、サリアさんを泊めてあげて欲しいです」
迷うフィルを後押しするように、
抱いたままの腕を引っ張り訴えるフラウ。
フィルを見上げるその眼差しにフィルはやれやれと言った感じで敗北を認める。
「分かったよ。村長達にはあんな風に言っちゃったし、君があそこの宿を使っても居心地悪いだろうしね」
「やったー! ありがとうございます!」
嬉しそうに喜び、お互いに健闘を称えあうフラウとサリア。
ここ暫くの間で、ずいぶんと二人仲が良くなったように思う。
「その代わり、ありがたく手を貸してもらうからね」
「はい! 力を合わせればゴブリンぐらいきっと大丈夫ですよ!」
「まったく……その自信はどこから来るのやら……」
自信満々に答えるサリアに、やれやれとため息をつくフィル。
とはいえ、バードが参加してくれるのはありがたかった。
バードは近接武器の心得があるだけでなく、
ウィザード、クレリックほどでないにしても呪文が使え
さらに呪歌や鼓舞といった技を使うことが出来る。
特に鼓舞はバードがパーティの一員としてその場に加わっていることで
魔法的効果を周囲に発生させることができ、
駆け出しのバードと言えど勇気鼓舞を使えば、
同じく駆け出しで武器の扱いに不安がある
このパーティにとっては大きな助けになるだろう。
絶対に必須なクラスではないが
その情報収集能力と、支援技能の多さ
何より、バードのいるパーティは一般市民からの受けも良い事から、
余裕があるパーティならぜひにも欲しいクラスと言える。
話も纏まり、そろそろお開きにしよう事で、
フィルはリラ達が何やら気まずそうにしていることに気付く
三人ともお互いを見合わせて
誰が言い出そうかと確認をしあっているようだった。
「リラお姉さん、どうしたのです?」
フラウもリラ達の異変に気付いたようで不思議そうに質問する。
助け舟が出されたことに、少しほっとしつつ
リラがフラウへとばつが悪そうに言う。
「あはは、えーっと、ほら、いまって、ゴブリンがでたって、騒ぎになっているじゃない?」
「はいです」
「ここから村までの道って、ずっと山の中ですごく暗いでしょ?」
「はいです。すごく暗かったです」
「さすがに今あの道を通るのは、危ないかなぁ~って……ゴブリンが出るかもしれないし」
……ふむ?
何となく、リラ達の言わんとしている事が分かってきた。
だが、面と向かって頼むのは恥ずかしいのだろう。
そんなリラ達を思いやってか、それともこの娘の気質なのか
再び抱いたままの腕を引っ張り訴えるフラウ。
「フィルさんフィルさん。皆さんを泊めてあげたいです」
「ああ……まぁ……部屋はあるから構わないが……でも親御さんとか心配しないか?」
大体の予想もついていたフィルも素直に了承する。
だが娘が三人も行方不明になったら村では大騒ぎになってしまうのではないか
そんなフィルの問いにリラは照れたように笑って応える。
「あ、それなら大丈夫です。私達三人とも親は居ませんから」
言われておおよその理由に思い当たる。
彼女達の技能が誰から教わったのかと考えれば
おおよそ親が冒険者やそれに類する者で
ドラゴン達に挑んで死んだか、
あるいは、単に目に留まり殺されたと言ったところか。
それなら、冒険者としては中途半端な技能な事も
教える者がいないという事も納得がいく。
「なるほど……それじゃあ、何もない所で申し訳ないけど、空いている部屋を好きに使うといいよ」
これ以上、何か言えば彼女ら古傷をえぐる事になるかもしれないと、
親については何も聞かずに宿泊の許可をするフィル。
三人のほっとした様子を見ると、
やはり夜道を女の子だけで歩くのは怖いのだろう。
実の所、自分が送って行っても良いのだろうが、
皆と一緒に過ごせて嬉しそうにしているフラウの様子を見ていると、
こうした客人も悪くはないのだと思う。
結局、この場にいる全員が泊まる事になり、
さて、これからどうしたものかと考える。
街でいろいろ買ってきた直後なだけに
食料の心配しなくて済むのは幸いだった。
「それじゃあ、ご飯の支度の前に、部屋を案内しておこうか」
そう言うと、自身のバッグを開き、中を探るフィル。
「悪いんだけど、部屋に明かりがまだ用意できてなくてね。ランプを用意するからちょっと待っていてね」
バッグから油と街で買ったランプを五つ取り出すと、
さらに火口と火打石を用意し、ランプへと火を灯す。
「あれ? そこのランプから火を移せばいいんじゃないですか?」
居間の壁に掛かっているランプをみて
リラが不思議そうに尋ねる。
「あのランプはコンティニュアル・フレイムの炎でね、何かを燃やすことが出来ないんだ」
「こんてにゅあるふれいむ?」
「魔法で作る消えない炎だよ。炎と同じように明るいけど物を燃やすことは出来ないの」
聞きなれない単語を聞いて、オウム返しをするリラに
アニタが魔法の説明をする。
「おー、あのランプって魔法の品だったんだ!?」
魔法の炎と言う言葉に驚くリラ。
普段の生活は魔法とは縁が無いだけに、物珍し気にランプを眺める。
「いや、炎は確かに魔法の炎だけど、ランプの方はごく普通ランプだよ」
「コンティニュアル・フレイムを宿す先は普通の松明でもランプでもなんでもいいの。特別な効果は無いけど一度宿すとずっとそこで燃えていてくれるんだよ」
ランプは魔法の品でないというフィルの言葉に
アニタが魔法の効果をリラへと説明する。
「なるほどー、それで、あのランプからは火が移せないのね」
納得したリラは、もう一度ランプを眺めてみる。
(友達になら普通に話せるんだ)
先ほどから、ずっと緊張していたアニタしか見なかったが
リラと話している時のアニタは、
おとなしそうだが、ごく普通の女の子と言った感じだった。
自分も、仲良くなれば、あのように接することが出来るのだろうか?
そんなことを思いながら、一つ目のランプの炎を
他のランプにもまわして点けていく。
全てのランプに火が灯ったところで
サリア達四人に持たせ、自分も一つ持つ。
居間から出て、階段を上り二階へと向かう一行、
廊下には所々にランプを灯しているものの、
広さに対して照明は全然足りておらず、
暗く静まり返った廊下の中、所々にランプが灯る様は
その奥の闇を一層引き立てているようにも見える。
「うわーなんだか家の中なのにちょっと不気味ですね」
「サリアさんもそう思うです? はじめの日は、明かりが一つも無くてもっと怖かったんです」
サリアの言う通り、確かに静まり返り人気の無い館と言うのは
慣れてない者からすれば不気味と言えるのだろうが……
それでも、人の家なのだから、ちょっとはこう、言い様があるだろうにと思う。
だが、それを言う前にフラウが同意してしまい、
フィルは、ぐぬぬと文句を飲み込む。
「ええーそれは怖そうですね。フラウちゃんは大丈夫だった?」
「はいです。フィルさんがずっと一緒にいてくれたのです。次の日には雑貨屋さんでランプを買って廊下につけてくれたのです」
優しいのですよ~と嬉しそうに言うフラウ。
さすがにこれだけの人数では、
初日のような不気味さは殆ど感じられないのか、
皆の中で楽しそうにしている。
初日にフィルとフラウ、二人でしたのと同様に
今度は六人でそれぞれの部屋を見て回る。
フィルとフラウが使っている部屋を覗いた
客間一つと、使用人部屋二つと元貴族の部屋を見て回り、
結局、客間にトリスとアニタ、
使用人の二部屋にそれぞれサリアとリラが寝ることになった。
やはりと言うか、元の持ち主の寝室が選ばれることはなかった。
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