邪神さんと冒険者さん 15
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「それで、ゴブリン退治の件についてだけど、それについては喜んで手伝わせてもらうよ」
娘三人では、信じてもらえず追い返されることも考慮していたのだろう。
フィルの返事に三人はお互いを見合わせ、安堵の息を吐く。
「ありがとうございます!」
「まぁ……さっきみたいに全部を押し付けられたらさすがに断るけど、僕だってゴブリンを放置する気はないしね」
嬉しそうに感謝を伝えてくるリラに
こちらも心配かけたことを謝るフィル。
とはいえ、この娘たちを本当に戦闘に連れ出しても良いものか、
見た限り、三人とも戦闘には慣れていない様子、
フラウはリラが武器を使えると言ったが、
それ以外の娘はどう見ても戦闘の訓練を受けているようには見えない。
「とりあえずは、自己紹介をしておこうか……って、ここにやって来たという事は、おそらく僕の事は知っているだろうし、同じ村のフラウの事も知ってるだろうから、しないといけないはサリアだけじゃないか?」
「え~初対面なんですよ? フィルさんもちゃんと紹介しましょうよ。こういうことは初めにしっかりしている所を見せるのが大事なんですよ!」
横着をしようとするフィルを咎めるサリア。
流石に吟遊詩人だけあって、こういう事には説得力がある。
ここは素直にサリアの言う事を聞くことにして
代表としてフィルが三人へと紹介を行う。
「僕の名前はフィルという。一応、ウィザードをしている。フラウは……この村の子だから皆も知っているよね。縁があって今は一緒に暮らしている。それと、そこに居るのはサリアといって……まぁ、客人といったとこかな? 」
「サリアと言います。バードをやっております。以後お見知りおきを」
そう言うと、左腕を胸の前において、仰々しくお辞儀をする。
顔を上げた後はしっかり笑顔も忘れていない。
「まぁ、見ての通りなんで、適当でいいから、よろしくしてあげて欲しい」
そんな様子に、少し溜息をつきつつ説明を終わらせるフィルに
なんか私の時って、ぞんざいじゃないですかー?と、
サリアは抗議の声をあげる。
ソファに座ったままフラウを挟んでなおも言い合いをする二人、
そんな二人の間で、楽しそうに様子を見守るフラウ。
「すまないね騒がしくて、それじゃあ君達の方を聞かせてもらえないかな」
ようやく収まったサリアの抗議にフィルは
あっけにとられている三人を改めて見渡す。
三人娘の内で最初に切り出ししたのはリラだった。
「それじゃあ私から、リラと言います。普段は食堂で給仕をしています」
「ええと……たしかリラは剣を使えると聞いたけど違いないかい?」
フィルの質問に今回の目的を思い出して慌てて付け加える。
「あっ、はいっ一通りの軍用武器と鎧を扱えます!」
フィルの質問に真っすぐ応えるリラ。
「ふむ、ある程度の鎧と盾で身を固めれば、大抵のゴブリンの攻撃は無効化できるだろう。前衛は君にお願いする事になりそうだね」
戦士……ファイターと呼ばれるクラスは、
魔法的な特殊な技能を持たず
剣技による直接の戦闘に特化したクラスと言える。
魔法が使えず一見地味で、
クラスの習得条件が他より緩く
冒険者の中ではローグと並んで数の多いクラスという事もあり
パラディンやレンジャーなどと比べ低く見られがちなクラスだが、
呪文リソースを気にすることなく敵を殲滅することができ、
味方の前に立ち、敵の攻撃を引き受け、攻勢を押し留めるファイターは
戦闘ではパーティにとって非常に大きな支えになる。
特にウィザードのような肉体的に脆い呪文職がいるパーティでは、その意味は大きい。
「それじゃあ……つぎは……と」
発したフィルの言葉に、残りの二人が身を固くする。
ただ、その程度はかなり異なり、
聖印を身に着けた娘は話題が振られたことに
気を引き締めたといった程度だったが、
もう一人の娘は、目に見えて身を強張らせてびくっと身をすくめていた。
(こっちの娘は、かなり緊張しているのかな)
「あ……いや、そんな身構えなくても大丈夫だよ?」
「は……はいっ!」
フィルの言葉にますます身を固める少女に
助けを求めに、リラの方に顔を向けてみると、
彼女もあははは、と、ほんのり困ったような笑みを浮かべている。
「ええっと、この子はちょっと人見知りでして……それじゃ私の方で順番に紹介しちゃいますね
すっかり上がってしまっているアニタの事を心配したのだろう。
リラがフォローに回ろうと自己紹介の進行係を買ってくれた。
まずはと、自分の隣にいる聖印を身に着けた娘の紹介を始めた。
「この子はトリス、地母神のクレリックをしています」
「トリスといいます。地母神のクレリックをしております。どうかよろしくお願いします」
話題を振られた聖印を下げた娘が笑顔で応じる。
少し緊張しているようだったが、
さすがは僧侶と言った落ち着いた口調で答えるトリス。
なんというか、三人の中でもお姉さんという雰囲気のする少女だった。
「こちらこそよろしく。クレリックがいるとは心強いね」
僧侶……クレリックは、
神へと祈り、奇跡の一端を行使するクラスで
傷の回復役と思われがちだが、それ以外にも、
嘘をつけなくさせるゾーン・オヴ・トゥルース
死体に質問を答えさせるスピーク・ウィズ・デッドなど
冒険時に役に立つ呪文を数多く覚え、
さらには武器で戦闘もこなすことが出来るという
冒険者としては是非にもパーティに加えたい職種といえる。
フィルも破壊神になって以来、クレリックの魔法を
自分の力を行使するという形で使えるようだが
たとえ簡単な回復魔法でも使ってしまうと
神としての歯止めが利かなくなってしまいそうで、
どうしても使う気になれず、
このクレリックの参加は心底ありがたかった。
「それで、こちらがアニタ、ウィザードです」
「あ、あの、アニタといいます。少しですが魔法が使えます! よ、よろしくお願いします!」
緊張しつつもまだ落ち着いていたトリスに対して、
アニタの方はすっかり上がってしまっているようだった。
顔色もこちらから見て分かるぐらいに赤くなっている。
(気弱と言うより人慣れしていないといった感じか)
「はは、こちらこそよろしくね」
フィルの方も、安心してもらうよう気を使ったつもりだったが
声をかけられたことで、ますます萎縮させてしまう。
「ええと、見ての通り、男の人に慣れてなくて、そのうち、慣れるとは思うんですけど……」
アニタの様子にリラがフィルへとすまなそうに伝える。
「あ、固まってたのは僕のせいだったのか……」
「あ、いえっ! そう言う訳じゃ! ごめんなさい!」
フィルの言葉に、慌てて弁解するアニタ。
その一生懸命な様子に、嫌われている訳ではなさそうだと判断したフィルは
リラと一緒に笑って問題無いことを伝える。
「ほらーフィルさんは女の子には優しくしないと駄目ですよー」
「いや、どう見ても僕は無罪だと思うのだけど……」
先ほどの仕返しとばかりに、
子供を諭すような口調で言ってくるサリアを恨めし気に見て、
それから、アニタの方へと向き直る。
まだ、少女は固まっているようだったが、
それでも落ち着いてもらえればと声をかけておく。
「ああ、うん、焦らなくていいからね。ウィザード同士だし手伝えることがあるかもしれない」
「は、はい!」
少しは慣れてきたのか、今度はフィルの方を見て
ありがとうと言葉を返す少女にほっと一安心したフィルは
改めて挨拶を済ませた三人を見回した。
「それにしても、二人はマジックユーザーなんだ? 凄いね。実の所この村で揃うとは思ってもみなかったんで驚いてるよ」
集まるのは村人、クラスは一般人……コモナーだけと予想していたフィルだったが
ここで、三人ものクラス持ちの参加があったことに
フィルは幸先の良さを感じていた。
三人の構成もパーティのバランスとしては、かなり良い構成に見える。
後はローグが居れば一通りの仕事はこなせるだろう。
「ふむ、ウィザードにクレリックにファイターか……バランスは良いね。それじゃあ次は……君達がどれくらい経験を積んでいるか確認させてもらえるかな。魔法はどのくらいまで覚えてるとか、戦闘の技能はどんなのを使えるとか」
お互いが同程度の経験を積んでいた以前のパーティならば気にはしなかったが
今回のように差がある場合は、相手の力量を把握しておかないと
手に負えない相手を任せてしまう可能性がある。
特にウィザードやクレリックの呪文は冒険の選択肢に大きく影響するため
どの程度の呪文を使えるか知っておきたい。
フィルはそう言うと、近くにいるリラへ質問を振った。
「じゃあまずはリラから、武器は使えると言っていたね」
「あ、はい、私はロングソードやロングボウとか一通りの武器の扱いができます」
「なるほど、実戦経験はあるかな?」
「いえ……まだ実際に戦ったとは無いです……」
戦士として一人前と見られない事を気にしてか
少し気まずそうに答えるリラ。
とはいえ、今のうちに実力をきちんと把握しておかないと
戦場で力不足が分かるなんて笑うに笑えない。
ここはフィルも心を鬼にして正確な能力を知るために
さらに突っ込んだ質問をしていく。
「ふむ、それじゃあ、強打や薙ぎ払いは使えるかな?」
「あ、いえ、そちらは覚えていません……」
(特技を覚えていないという事はウォリアーか? 話を聞く限り実戦経験もなしと……)
戦士職というと、冒険者の場合、
ファイターとなるのが殆どであるが、
それとは別にウォリアーという職がある。
一般兵士や傭兵などに多いクラスであるウォリアーは
経験を積んでも、強打や薙ぎ払いと言った剣技を習得することが無く
ファイターと比べると戦闘力は大分落ちる、ファイターの簡易職と言えた。
とはいえ、剣技が使えないながらも武器の扱いは上手く、
様々な鎧を着ることが出来ることで防御にも秀でたクラスであり
一兵卒としては十分に意義のあるクラスと言え、
兵役で徴用された兵士や自警団員などは、
このクラスを持つ者が多かった。
だが、少人数のパーティで
様々な状況を対処しなければならない冒険者には
やはりウォリアーは力不足であり
ファイターとして必要な訓練をする必要があるように思われた。
(ふむ、やはり、ウォリアーのままでは戦闘に耐えきれないかもしれないな……ファイターとしての訓練をするか、後でリラに持ち掛けてみるか)
「じゃあ、次はトリス、教えてもらえるかな?」
「わかりました」
次に、フィルはその隣に座っていたトリスへと質問先を替えた。
まだ緊張してはいるようだが
やはり、人と話すことに慣れているのか、
余り動じた素振りは見られない。
「ええと、それじゃあ、使える呪文でブレスやサイレンスは使えるかい?」
「ブレスは唱えられますけど、サイレンスの方はまだですね」
(ふむ、こちらも第一段階のクレリック呪文が使える……と)
「なるほど、トリスは実戦経験はあるかな?」
「いえ、私も実戦はしたことありません」
そういうトリスも、やはり半人前という事を気にしているのか
その表情は少し心苦しそうだった。
「最後はアニタだね。それじゃあ初級呪文以外に何を習得しているか教えてもらえるかな」
「はっ、はい! えっと、アイデンティファイとシールドとスリープとバーニング・ハンズとマジック・ミサイルとメイジ・アーマーです」
「アニタお姉さんってたくさん魔法を知っているんですね!」
指折り数えるアニタの答えに、
フラウは素直に感心していたが、
聞く限り、魔法は全て第一段階のものであり、
大きな都市にあるウィザードの学院で言えば、
まだまだ見習いウィザードといったところだ。
だが、冒険者になるウィザードはこの段階で冒険者となる者も多く
それに、選択した呪文は冒険向きと言えた。
「ふむ、第一段階とはいえ、実用的なものが揃っているようだね。ちなみに一日に何回使えるかな?」
「えっと、二回です」
「なるほど……アニタは実際に戦闘をした経験はあるかな?」
首を横に振るアニタ。
「ふむ……」
リラ達のスキルを確認したフィル。
三人とも実戦経験は無く、
正直な所、このまま戦場に向かわせるのは無謀と言えた。
「あの……私達、どうしてもあの生活から抜けだそうと、ずっと訓練していたんです。でも、教えてくれる人も居なくて……」
考え込んだフィルに、不安そうにリラが説明を続ける。
おそらく、この娘達は、自分達なりに一生懸命鍛錬をしていたのだろう。
とはいえ、師匠に恵まれる訳でもなくほとんどが独学で、
しかも実戦を経験する機会も無いこの状況では、
駆け出しの冒険者にすら、成れていないというのがフィルの印象だった。
「なるほど……聞く限りだといくらゴブリンとはいえ、君達をそのまま戦闘に出すのはかなり危ない気がするな」
分かってはいたが、実際に力不足を指摘されるのは
やはり厳しいものがあるのだろう。
フィルの言葉を聞いて娘達の表情が沈む。
フィルは、そんな三人を見渡しながら告げる。
「実戦を知らないまま行くのは正直、無謀だと思う。いくら単体では弱いとはいえ、向こうは手段を選ばず、それこそ死に物狂いで本気で君たちを殺しにかかってくる訳だからね」
どんどんと不安そうに表情が曇る三人、
だが、そんな理由で諦めるつもりはフィルにも無く、娘達に一つ提案をする。
「とりあえず、明日一日、実戦に近い訓練をしてみようか。ゴブリンがまだこの村に来たばかりなら、その位の時間の余裕ならあるだろうし。他にも色々、冒険に出るための準備する必要があるしね」
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