邪神さんと冒険者さん 14
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(やれやれ、これでフラウに泣かれなくて済みそうだ)
ライトの呪文が灯った松明を居間に置いておき
照明のさびしい廊下を玄関へと向かうフィルは、
フラウには大丈夫だと伝えながらも
村人がやって来たことに内心ほっとしていた。
村の状況を考えれば、
村人達だけで問題を解決するか
自分の力を借りるかの二択しかない以上、
きっと来ると信じていたとはいえ
一人も来なかったらと、
最悪の場合をどうしても考えてしまう。
足音からすると人数は少ないようだが、
それはこの際、諦めても良いだろう。
事件が起きた時、即座に行動に移せるというのは
非常に重要な素質と言える。
状況は悪化していくという事を受け入れることが出来ずに
有限な時間を「熟慮」していた所為で
結果として取り返しがつかない事にしてしまう者のなんと多い事か。
長老をはじめ、村の上層部のような「熟慮」して
リスクがあると日和見に走ってしまう者達が方針を決めている
この村では貴重な存在といえる。
勇敢さという点についても、
あの暗闇の中、この屋敷までやってきた時点で
合格にして良いだろう。
(……あとは体格に恵まれた若者とかなら文句なしだな)
実戦については付け焼刃にはなってしまうが
きちんと武器の扱い方と、
ある程度の戦闘時の立ち回りを教えれば
ゴブリン程度なら、なんとかなるはずだ。
少なくとも無駄に死なないよう
自分が最大限サポートをするつもりだし。
装備を持っていなければ、
少し分不相応かもしれないが
前のパーティの時に傭兵などへ貸し出していた
魔法の武具を貸しても良いとさえ考えていた。
あと一つ、願わくば、
戦う意思をきちんと持っていて、
訓練を逃げ出したりしない根性がありますように……
そんなことを考えながら玄関へと向かう。
特に用は無いはずだが、
なぜかフラウとサリアもその後を突いてくるので
自分が安堵して少し浮かれ気味なのは悟られないように、
頑張って真面目な顔を作り、
玄関前でコホンと咳払いを一つして、扉を開ける。
玄関を開けた先にいたのは、
三人の年頃のお嬢さんだった。
「ええと……」
勇敢で血気盛んな村の青年
それが高望みだというのは何となく分かっていた。
分かっていたが、
それでも思いつめた中年のおっさんぐらいは
来るだろうと考えていたフィルは一瞬、思考が停止する。
「あの……、こんばんわ……」
三人のうち真ん中の娘……見知った顔で、あの食堂の女給の娘だった、
がおずおずと言った感じで、停止したフィルへと声をかける。
他の初対面の二人も娘も大体同じぐらいの年頃のようで
緊張と真剣さと怯えが混ざったような何とも言えない表情で
フィルの方を見ている。
照明が無く、廊下のランプの明かりもあまり届かず暗い玄関、
唯一の照明である、娘たちが森を抜けるのに用いたのであろう
手提げのランタンに照らし出されたその表情は
揺れる炎の光のせいで、言いようのない迫力があった。
たぶん、普段なら可愛らしいであろう、
うら若きお嬢さん達にそんな風に見つめられながら
思考停止中のフィルは
サリアも含めて、何でここには
年頃の娘さんばかり来るのだろう
神様になるとこうなるのかなぁ
などとぼんやりと現実逃避してた。
「あ、リラお姉さんです! 来てくれたんですね!」
思考はまだ止まった状態のフィルだったが
後ろから聞こえてきた嬉しそうなフラウの声で我に返った。
どうやら、フラウが言っていた剣の上手いリラと言う人物は
食堂の給仕の娘の事だったようで、
呼ばれた娘は、幾分表情を緩めると
少しぎこちなくではあるが、フラウに笑いかけた。
「こんばんわ。フラウちゃん、良い子にしてた?」
「はいです! やっぱり来てくれたのです!」
お姉さんが来てくれると信じてたと、
素直に嬉しそうな様子で喜ぶフラウ。
フラウの喜ぶ様子を見て、
ようやくフィルの思考も働く気になったようだった。
「フラウが前言ってた人って、この人だったんだ?」
「はいです! リラお姉さんです!」
それなら、食堂の時に名前教えてくれれば良かったのに
とも思わないでもないが、
得体のしれない余所者にいきなり名前を告げるのも
それはそれで勇気がいりそうだと、すぐに考え直す。
「ええと……こんな所で話すのもあれだし、詳しい話は中で聞くでいいかな。とりあえずは中にどうぞ」
そう言って玄関を開き、三人を屋敷の中に入るよう促す。
お嬢さん達も流石に何時までも真っ暗な玄関で話をするのは避けたいようで
ほっとした様子で玄関をくぐり、屋敷の中へと入っていく。
三人を居間へと案内したフィルはそのまま、
片側のソファーへと座るように勧めて
自分たちも反対側のソファーへと座った。
「……ああ、そこのソファーに座ってください。サリアはこっちのソファーに座ってもらえるかい?」
「はいはい、フラウちゃん、横に座るね」
「はいです」
少女達が全員席についてからフィルもフラウの横に座る。
先ほどの暗い玄関や廊下と比べて、
ライトの魔法がかかった松明が居間全体を照らしているお陰で
大分明るくなった雰囲気に
ようやくお嬢さん達に顔にも安堵の表情が浮かんだ。
「よく来たね。ええと、君達はゴブリン退治に?」
何とか話を進めなければと、
とりあえず知った顔の女給の娘……リラに聞いてみる。
リラは、少し躊躇したものの、意を決したのか、真っすぐにフィルを見て言う。
「はい、私達とゴブリンを退治して欲しいんです! お願いします!」
決意に満ちた表情。
若干、娘の気迫に押されつつ、
フィルは他の娘達をもう少し観察してみる。
リラは先ほど食堂で見た時と同様に給仕の服を着ていた。
おそらくは、フィルたちが食堂を出た後、
すぐさま他の二人を呼んで、
簡単な準備をしたぐらいで、この場所へと向かったのだろう。
(リラがこの三人の中ではリーダーなのかな)
そんな風にも思ったが、もう少し様子を見てみることにする。
残りの二人は知らない顔の娘だった。
一人はウェーブのかかった淡いベージュの髪を肩口に揃え、
ごく普通の服を着た娘……少しおどおどした様子といい
こうしてみると本当に普通の娘にしか見えない。
そして、もう一人は他の二人よりも少し大人びた雰囲気の
長い金髪の娘……こちらもごく普通の服を着ているのだが
胸には地母神の聖印を下げていた。
(クレリック……? アデプトかもしれないけど……)
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