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邪神さんと冒険者さん 8

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朝、フラウより先に目覚めたフィルは

自分の腕にフラウの腕がまかれていることに気が付いた。

ずっと寄り添っていたのだろう、

安らかな顔で眠る少女。

父親か恋人にでもなったらこんな感じなのだろうか

どちらの経験も無いフィルにとっては何とも不思議な

けれども心地よい気分だった。


冒険者になって戦闘や探索ばかりだったこの数十年は

言い換えれば、殺戮と略奪の連続だった。

たしかに殺した相手は人殺しや悪魔、不死者など、

あらゆる意味で人々を食い物にする者達であり

自分たちは常に誰かを救うために戦ったのだが

それでも自分の手が血にまみれていることに変わりはない。


何時の頃からか、自分は戦いで負けて死ぬか、

たとえ生き残ったとしても、一人孤独に死ぬか、

これまでの恨みを持った誰かに狙われ殺されるかの

いずれかになるであろうと考えるようになっていた。

そして被害は自分だけでなく周囲にも及ぶであろうとも……

冒険者として成功をしていくにつれ、

フィルは恋人や妻を持つことは諦め

そう言った機会からも自分から避けるようになっていた。


遠い昔に手に入れることを諦めていた光景に

もう暫くはこのままで居たいとも思えてくるが

このままサリアに見つかったら何を言われることか。

とはいえ、あどけない幸せそうな寝顔は名残惜しく、そっと髪を撫でてみる。


「おや~、フィルさんも起きたのですか?」

背後からかかる声に一瞬びくっとするフィル。

ゆっくりと首を反対側へと振り返ってみれば

そこには布団から顔だけ出した状態で

楽しそうにサリアがこちらを見ていた。


「君は、何をしているんだね?」

「いやぁ、まだ眠いので布団で惰眠をと思っていたんですけどね、フィルさんが起きたみたいなので声をかけてみたんですよー」

そううそぶくサリアは、布団をすっぽりかぶり、

ぬくぬくとした状態でこちらを楽しそうに見ている。

その姿は、どこかキャンプで見張りをしている時を彷彿とさせた。


「それにしても、結局一緒に寝たんですねー。いいなーフラウちゃん、幸せそうですねー」

さっきのフィルの行動も一部始終見ていたのだろう。

楽しそうにはやし立てるサリア。

そんなやり取りが届いてしまったのか、

フィルの手の中で、フラウが身じろぎをした。

「んっ…ふぁあぁ……」

頭の感触に何か起きてるのかよく分からずに、

気の抜けた声がもれ、瞼が少しだけ開く。

「おはよう。フラウ」

まだ寝起きではっきりしないのか、

ぼうっとした様子だったが、

自分がくっついているのがフィルで

そのフィルが頭を撫でていたのだと気が付くと

えへへと嬉しそうに笑みを浮かべる。

「おはようございますぅ……えへへ」

「うん、おはよう」

まだ少しぼうっとしているフラウの頭を撫でてやると

幸せそうに目を細める。暫くそんな風に頭を撫でてると

次第にフラウの意識もはっきりしたものになってきたようだった。

「さてと、それじゃあフラウ、起きて着替えてしまおうか。サリアももう起きているみたいだしね」

「フラウちゃんおはよーございます」

「あ、おはようございますー」

もともと早起きであり、朝には強い方のフラウは

サリアへ挨拶を返すころには、もうだいぶ目も覚めていたが、

それでも少し名残惜し気にぎゅっとフィルに身を寄せた後、

えいやと、勢い良く起き上がる。

そんなフラウの元気な様子に続いてフィルも身を起こした。


「そうだ、サリアとフラウに申し訳ないのだけど、すぐに終わるから、先に僕が着替えるまで扉の外で少し待ってもらえるかな」

自分とフラウの着替えをバッグから取り出し、ベッドに置くフィル。

「はい、これはフラウの分、ベッドに置いておくね」

「あ、フィルさん洗濯しておいてくれたのですね。ありがとうなのです」

「ああ、寝る前にね。昨日のうちにやっておけば今日は別の事に呪文を使えるしね」

「フィルさん~私の着替えはどこですかー?」

「サリアのはベッドの物入れに入れておいたよ」

「おーありがとうございますー」

そんなことを話しながらサリアのベッドを見てみると、

バード少女も布団からはい出ようとしていたところだった。


二人が出るのを確認したところで

即座にローブに着替え、ベルトとブーツを装着する。

ものの数十秒で支度を済ませると、外で待っていた二人と交代して

今度は廊下に出て、二人の身支度が終わるのを待つ。


もうすぐ夏になる季節は、

朝でもとても過ごしやすく、

晴れた良い天気もあって、

涼しい空気が何とも心地よい。

店の者がすでに開けていったのだろう、

開け放たれた鎧戸から差し込む光で宿の廊下は

蝋燭なしでも問題ないほどに明るかった。


「昨日はフィルさんと一緒に寝たんですねー」

「えへへ、はいです。一緒に寝てもらいましたー」

「で、どうです? 告白とかしちゃったんですか?」

「えへへー、ないしょですー」

「おおー、これは、脈ありですねー?」

「ないしょなのですよー」

部屋の中からは二人の賑やかな会話が続いていた

しきりにフラウから話を聞きたがるサリア。

声がフィルに届いている事を分かっていて

わざとサリアは喋っているのだろう。

どうしても聞き出したいというよりは

話題にすることで、それとなくフラウの恋路を応援しているようにも聞こえる。


サリアを止めに入りたいところだが

着替えをしている最中の部屋に入るわけにもいかず

入り口の前で悶々と待ち続けるフィル。

部屋の前を他の客が通らなかったのは

本当に運が良かったと、つくづく思う。

それからしばらくして、朝の身支度を終えた二人が部屋から姿を現し

三人、一階の食堂へと向かう。



それなりに朝早くの時間のはずだが、

宿の食堂は既に何人かの宿泊客らしき人々で賑わっていた。

皆、旅装をしているところを見ると

これから出立する旅人達なのだろう。


この世界での一般的な旅の基本は、

街道を明るいうちに移動し、

暗くなる前に街に辿りつければ宿を探し、

もしたどり着けない時は見晴らしの良い広場や避難小屋など

安全な場所を確保する事だった。


都市と都市を繋ぐ大きな街道と言えども、

街から少し離れれば、そこには街灯など無く

夜になれば闇に覆われ、治安が一気に悪化する。

そのため、旅をする者達は、朝に移動を開始し、

夕暮れ前、なるべく日が高いうちに次の宿場に到着し

そこで余裕を持って宿を確保するのがほとんどだった。

ここにいる者達もまた、

これから街を出て次の街に向かうところなのだろう。


フィル達を見つけた店の主人に促され、

奥のテーブル席へとついた三人は

出てきた朝食のスープとパンを食べながら

今日の予定について話し合った。



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